第6話 恋子の正体

軽井沢駅の改札口を出ると心地の良い風が出迎えてくれた。

避暑地に相応しい緑と空気に包まれてタクシーに乗り市役所へ向かう。

田宮がバッグの中から委任状と印刷してある印刷紙を取り出した。

勿論偽造の委任状だ。恋子の記入する箇所は田宮が書いた。

タクシーが市役所の玄関に到着した。

上手く恋子の戸籍謄本を取れることを祈った。

受付には中年の女性が辺りを注意深く見渡し座っていた。

緊張で喉が渇く。

田宮が窓口に案内された。

「戸籍謄本をとりたいのですが」

「ご本人様ですか?」事務的な返事が返ってくる。

「いえ、代理人です」

「委任状はお持ちでしょうか?」

「はい」作成した委任状を差し出す。

「すこしお待ちください」と言い奥の席へと行った。

上司らしき男性と話をしている。

すぐに戻ってきた女性は事務的に、

「わかりました。ご用意しますので代理人の方の確認できるものを提出お願いします」と言った。田宮は運転免許証を差し出した。

数分後書類を受取ると素早く市役所を出て、戸籍謄本を開いた。

目に写った文字に驚き二人は目を見合わせた。

本籍地 長野県軽井沢  ○○両親は死亡、 長女坂本なゆた 兄弟はいない。

そして年齢欄を見る。

「えっ、嘘でしょ!」

そんな、そんなことってあるだろうか?

◯◯年十月十五日◯◯年生まれ…ということは、今年で恋子は

三十歳ではないか。どうなっているのか?

私はもう一度年齢欄を見た。間違いない。恋子は今年で三十歳になる。

私よりも十三歳も年上だったのか。しかしとても三十歳には見えない。

恋子が醸し出す不可思議なオーラの訳はここにあったのかもしれない。

でもどういうことだろう

「三十歳ってことは僕より八歳も年上だったのか!」

「幾つって言っていたの?」

「二十歳、現住所が中目黒になっているロードシティマンションといったら芸能人が多く住んでいる高級マンションだよ。普通の女性が住めるマンションじゃない」

「不思議ねえ。どうしてセレブのような生活ができるのかしら」

その時々出会う男の好みのオーラを出して近づいて頼っていたのかも。

男が守りたくなる女性だって橋口って男も言ってたじゃない。

あなたもそのひとりだったということね」

「まるで狐に包まれた気分だ」

「私は、益々恋子に興味を持ったわ」

田宮は話題を変えた。

「これからどうする?」

「私は新幹線予約取れたらすぐに東京へ帰りたいけど」

「空席あるか確かめて来るよ」

そう言って田宮は何処へ行った。数分後、戻って来ると。

「切符とれたよ」と言いチケットを目の前に差し出した。

「これってグランクラス席じゃない。

どうして?それに私お金持ってないよ」

「僕の奢りだよ」

一度は予約して体験してみたいと思っていたグランドクラス席。

東京発金沢駅行きの一両だけ特別車両のセレブ気分が味わえるスペシャル席。

初めて体験するグランドクラスの椅子は、すっぽりと体を包み込んでくれる。

担当のスタッフが手拭きとメニューを持参して席を回っている。

「お飲み物は何になさいますか?」

田宮は慣れている様子でコーヒーを注文した。私は冷たいお茶を注文した。

そして、お茶と和食弁当が運ばれてきた。

開けると煮物や焼き魚、野菜などが入った高級和食弁当だ。口にほおばる。

「美味しい!」感激して思わず言葉が出る。

私はセレブ気分で気分が高揚していた。

田宮が私を見て微笑んでいる。「美味しそうに食べるんだね」

「だってほんとに美味しいんだもの。こんな贅沢な時間ができて幸せ。

あなたのお陰だわ。ありがとう」

田宮は私をじっと見てそして、しみじみとした口調で言った。

「僕は恋子のことを誤解していたのかもしれない」

「誤解?」

「恋子が去った後、未練や、後悔や、憎しみさえ感じた。でもわかったことがある」

「何がわかったの」

「恋子は相手のほんとの部分をあぶり出してしてしまうんだ」

「あぶり出すってどういうこと?」

「僕は父親の庇護の元で生きてきた。父親の敷いた平和ボケ生活に何かが違うと

潜在的に思っていた。僕の望んでい生き方ではないと。

それを恋子は僕の心の殻を破いてくれたんだ。

僕を裏切って去って行ったと思っていた。でも彼女は憎むべき対象ではなく

僕の人生の救世主だったのかもしれないと今は素直に思う」

救世主、殻を破ってくれた救世主。確か橋口も似たようなことを言っていた。

恋子によってほんとの自分を知ったと。私は目を閉じている田宮を見た。

額から鼻に綺麗な形で曲線を描いている横顔。適度な膨らみの唇の形は育ちの良さを表していた。奇麗な人だったんだと、改めて思った。


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