第7話 翔太の失恋と
午後の授業が始まる間際に雅人がクラスに入ってきた。
「あら雅人君、久しぶり元気だった」
「相変わらずさ。それより驚きのニュースがあるんだ」
「何?」
「翔太が恋子に振られた」
「えっ」
「翔太はショックで学校休んでいるらしい」
気まぐれな恋子という風に振り回され傷ついている翔太の姿を想像した。
「その情報誰から聞いたの?」
「翔太と共通の友人が教えてくれたよ」
「それで、恋子は今どこにいるの?」
「誰も何も知らない」
ある日、突然に消える行為。田宮、橋口の時と同じだ。
「その友人から聞いたんだけど、翔太は太った女の子が好みだって。
つまり恋子は翔太にとって理想の女だったのさ」
私は言葉を失った。
「それじゃどんなに可愛い女の子に告白されても無理だよな
しかし、不思議な女性だったな。雲みたいな感じ子だった」
「雲?面白い表現ね」
「うん、話をしていてもどこか、フワッとしているんだよ。体はここにいても
心はいないような感じとでもいうのか…」
頭の中をぐるぐると思考が駆け巡り、そして答えの入り口にたどり着いた。
そういうことだったのか。
なぜ翔太が恋子を選んだのかもやっと理解できた。
私は翔太の好みのタイプではなかった。ただそれだけのことだった。しかし?だ。恋子のカメレオンのような変貌はどう説明すればいいのだろうか?田宮の恋人の時は人気女優のS似の女になり、
恋子依存症になった橋口は恋子のセクシーさに、惚れてのめり込み仕事も家族も崩壊した。そして、翔太の恋人だった時は不細工大女として登場している。
登場している?まるで舞台に立つ女優のようだ。
何故そこまでして男好みの女に変身するのだろうか。
いや、短期間にあれほど見事に変貌できるものだろうか。
そして、何故短いスパンで男に恋し、突然消息不明になるのだろう。
私は軽井沢で戸籍謄本を取った時、
恋子の現住所を書いたメモが財布のカード入れにあることを思い出した。
小さく折りたたんであるメモを取り出し開けた。
今日こそは勇気を出して確かめよう。ずっと逡巡としていたが、
一歩踏み出す勇気が徐々に湧いてきた。
東横線中目黒駅を降りて目黒川沿いを歩く。
現住所 目黒区中目黒、三丁目一番地 ロードシティマンションはあった。
恋子は若者達が憧れるオシャレで洗練された街に住んでいた。
目黒川沿いには小さい洒落たパスタの店や個性的な飲食店、
洋服、雑貨の店などがさりげなく存在していた。
青山のようにブランドの店が並ぶきらびやかな街ではなく、
さりげなく洒落た街だ。
メモと携帯のマップの矢印を交互に見ながら恋子の住むマンションの住所を探す。
グーグルマックに到着の印が付いた。
目の前の高層マンションを見上げて私は驚いた。
こんな高級マンションに住める恋子っていったい何者だ?
外壁は深いブラウンの煉瓦で覆われ、中心には観葉植物が植えてある。
重厚な扉を開けると厳重なオートロックのドアホンが設置してある。
私はメモに書いてある部屋番号を押した。
しばらくして「はい」という小さな声が聞こえた。
「土井キズキです」
数十秒の沈黙の後「どうぞ」という声と同時にオートロックのドアが開いた。二回目のセキュリティドアが開き静寂したフロアが視界に入る。エレベーターに乗り、五階で降りた。部屋の前で深く深呼吸をしてチャイムを鳴らす。開いたドアから恋子の姿が見えた。久しぶりに会う恋子は、清々しさが漂っていた。
そこには、翔太が恋した女はいなかった。透明感あふれる中肉中背の女がいた。
恋子は
「あなたはいずれ来ると思っていたわ」
と静かな口調で言った。
アロマのように人の心理の奥底に眠っている琴線を溶かすように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます