第4話 恋子の魔力その1
ある日の月曜日の学校の帰り、
「ブルーバード」のドアを開けた時、
私は声をあげた。窓際に翔太と恋子の姿が視界に入った。
惚れている男の無防備な顔がそこにあった。
私は離れた席に二人を背中にして座った。
話す内容は聞こえないがゆっくりと語る独特の口調の恋子と、
楽しそうに笑う翔太の声が聞こえてきた。
その時、カシャッと音がした。若い男が携帯を向けて翔太と恋子の二人を撮っている。この男は何者?何故二人を撮るの?何度かシャッター音を押した後
男は立ち上がり二人の方を睨みつけた後、店を出て行った。
私は直ぐに男の後を追った。
「すみません!ちょっとお話してもいいですか」
振り返った男は不機嫌そうな表情で「何か用?」と言った。
「さっき男女のカップルの写真を撮っていましたよね」
「ああ、見てたの?それが何かあなたに何か関係あるの?」
「どうして二人を撮っていたのか、差し支えなければ理由を
教えていただきたいと思って」
すると男は顔を歪めて吐き捨てるように言った。
「あいつは悪女だよ、あなたあのしたたかな性悪女の知り合い?」
「・・・まあ知り合いですが」
男はバックの中から一枚の写真を取り出した。
スリムで笑顔が可愛いチャーミングな女性の写真だ。
「可愛い。今人気の女優Sに似ていますね」
「この女は一年前に僕の恋人だった女。さっき男といた女だよ」
私は写真を凝視した。適度に膨らんでいる胸、なだらかなウエストライン、
左の頬にえくぼも見える。男からの愛されオーラを全身から発している。
笑顔でピースサインをしている魅力的な女性が、恋子なのか?私は首を強く振った。
「信じられないわ。さっきの女性を見たでしょう?
まるで別人じゃない。誤解しているんじゃないですか?」
「そう、僕も初めは見た時に勘違いをしたと思ったよ。
だけど何度も調べて確認したんだ。やはり間違いないってね」
「でも今の彼女を見たでしょう?この写真と真逆じゃないですか。
気持ち悪いくらいに」
「そう、気味が悪いぐらいに別人だ。
でもあそこにいた巨大デブ女も、愛されオーラ全開のこの写真の女も
同一人物なんだ」
「信じられない。こんなに人は変貌できるものなの?」
「僕も信じられないさ。これほどまでに別人になれるなんて
女優でも真似できないよ」
「でも何故かしら?変わることで何の意味があるの?」
「僕はそれを確かめたくて追いかけている」
私の中に強烈な感情が芽生えていた。
それは、恋子というひとりの女に対する言葉では言い表せない好奇心だった。
「彼女とはどこで会ったのですか?」
「大学の近くに昼休みによく行くカフェに恋子がウェイトレスのアルバイトをしていた。ある日、店を出ると恋子が追いかけてきて目の前にチケットを差出したんだ。友人がボクシングのチケット譲ってくれたから一緒に行かないかって誘ってきたんだ。チケットを見て驚いたよ。
それは、世界チャンピオン戦の人気プレミアムチケットだった。
ボクシング観戦が唯一趣味の僕には喉から手が出るくらいのチケットだ。でも、
後でわかったことだけど恋子はボクシングなどまったく興味がなかった。
それが恋子の策略、手練手管のスパイラルにはまっていく序章だった」
「もう少し話の続きを聞かせてください」と言うと田宮も同意した。
二人は近くの喫茶店に入り、飲み物を注文してすぐに話の続きを始めた。
田宮は一口コーヒーを飲んだ後、
「マインドコントロールて知っている?」と問いてきた。
「聞いたことはあるけど、彼女と何か関係があるのですか?」
田宮は大きく頷いた。
「まさしく僕は恋子の手中に堕ちた。
知らない間にマインドコントロールされていた。巧妙な手口でね」
「巧妙な手口?」
「恋子は僕の好みのタイプを調べて近づいてきた。僕好みの外見、性格、僕の趣味、好きな食べ物までね。そうとも知らずに僕は、好みのタイプに出会った衝撃と興奮で会うたびにどんどんのめり込んでいった。
恋人がいても恋子に惹かれていくのを止められなかった」
「恋人はあなたの心変わりにきづかなかったの?」
「勿論、次第に不審に思っていたよ。ある日、詰問された時、
恋子に夢中になっていた僕ははっきりと言った。運命の女に会ったってね」
「なんて残酷な言葉」
「そう、残酷な言葉だ。でもどうしょうもない程に恋子に惚れてしまった」
「それから恋子とは上手くいったの?」
「半年くらいまでは天国だった。だけど、ある日突然僕の前から消えてしまった。
その日から僕の暗黒の日々が始まったのさ。あなたは男に惚れたことがある?」
あなたは男に惚れたことがある?」
「好きになった事は何度もあるわよ」
「好きなるということと、惚れるということはまったく違うものだよ。今までの価値観が一変するんだ」
「一般論として男性にとって恋愛は生活の一部に過ぎないと言っているわ」
「僕も恋子に出会うまではそう思っていたさ。
むしろ恋に夢中になっている友人を馬鹿にしていた」
「そんなあなたが彼女にはまったのは何故?」
「たとえば観たいと思っていた映画の誘いや、食事の好みの一致は
よくあることかもしれない。しかし、彼女のすごいところは僕の心理を理解していたことだ。僕は時々独りになりたい時がある。そんな時には素早く察知して距離をおいてくれるんだ。
それに僕は妙なところが潔癖だ。それが原因で過去の恋人と別れてきた。
居酒屋の箸が使えない。外のトイレで大きい方が出来ない。
他人と同じ皿のおつまみを食べられない。恋子は気難しい僕の性格を理解して受け入れてくれた。彼女と過ごす時間は至福の時だった。この女しかいない、結婚しようと思った。しかし、ある日突然僕の前から消えてしまった。そして恋子を探す旅が始まったってわけ。興信所に有り金はたいて依頼もした。
その結果が見つけたのが彼女だった。それを知った時は衝撃だったよ」
「そして恋子の変貌には何か秘密があると思ったのね」
「うん、興信所で調査結果を聞いた時に、僕と同じように恋子に溺れて廃人同様になった男がいる。僕は精神を壊されたけど、その男は家庭崩壊になったらしい」
「家庭崩壊?」
「そう、離婚した後でも、恋子を狂ったように探しているらしい」
私は身体中がゾクゾクとしていた。恋子の中に棲んでいる魔性に強く惹かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます