第14話 あなたは、この世界で初めて実体を持った龍なのよ……そんなの関係ないでしょ

『こっ、これがチーズで、こっちは焼いたものね。ああ、食べられるっていう事が、こんなに幸せだなんて思わなかったわ。』

『アハハッ。リーズったら、大袈裟よ。』

『ふんっ、笑いたければ笑いなさいよ。でもね、5000年間、他の生物が何かを食べるところを見続けて来たのよ。この気持ちがシャルに分かる!』

『えっ、龍種って、何も食べないの?』

『エネルギーの多くは太陽の熱と光でまかなえるわ。有機物や無機物を体内に取り込んで分解する事もあるけれど、食事というわkwではないの。』


「お嬢、何ニヤニヤしてんだ?」

「そうね、チーズを食べながらそんな幸せそうな顔をする人、初めて見たわ。」

「そっ、そんなこと……。」

「だが、確かにチーズもミルクも町のものより美味いと思うな。」

「そりゃあ、俺も美味いと感じるが、こんな顔になるほど幸せな事だとは思えねえな。」


「ところでお嬢、この先はどうするんだ?」

「長には、1か月滞在の許可を貰っています。皆さんは興味のある技術を身に着けてください。」

「一昨日は世の中に絶望したような顔をしていたが、何か見つけたようだな。」

「ええ、私にはここでやらなければいけない事がありますから、気にしないでください。」


 午前中は洞窟にいって、魔力を操作する訓練です。

 リーズは、その意識と一緒に膨大な魔力をこの身体に詰め込んでくれました。

 お腹……というか、厳密には下腹部の痛みは、魔力回路を急激に開いた事による身体の反応だったそうです。


『エッチなことをしても、この魔法回路が途切れる事はないのね。』

『アハハッ、そんな柔な魔法回路じゃないわよ。』

『こうやって魔力を身体の中で循環させると、すごく熱くなるんだけど。』

『体中の細胞が活性化してるからよ。』

『それで、魔法ってどうやって使うの?』

『魔法なんて、魔力を操作していくうえでの副産物みたいなものよ。今は魔力の操作に集中するの。』

『集中っと……うわっ、急に魔力の勢いが強くなってきた!』

『これが魔力の活性化よ。これを抑え込みながら循環させることで、より強い魔力になるから、その繰り返しを無意識にできるようになるまで訓練するのよ。』


 指先から髪の先まで、満遍なく魔力を循環させて、勢いの強くなってくる魔力を押さえつけながら更に循環させる。

 魔力の質がどんどん強くなっていくのが自分でも分かります。


『やっぱり、零体の時とは違うわね。あっという間に魔力の質が高くなっていくわ。』

『魔力の圧がどんどん強くなっているんですけど。』

『まだよ。リーズとして世に出すには、この3倍くらい強くしないと。』

『リーズとして世に出るって?』

『人間界の事じゃないわ。精霊界つまり竜種としてのサロンよ。』

『なによ!その、サロンって!』

『人間界におけるパーティーみたいなものよ。金色の龍サロメが冗談で始めたものなんだけど、イメージで作ったパーティー会場にイメージで作った零体で参加するの。』

『全然イメージできないんですけど!』

『そのパーティーに、初めて実体をもった女帝リーズが参戦するのよ。みんなビックリするわよ。』

『女帝って……あなた……。』

『だって、最古の龍なのよ。』

『そんなところに、人間の姿で?』

『パーティーなんて開くのは人間しかいないじゃない。だからみんな零体は人間の姿よ。』


 リーズのイメージから理解できたのは、娯楽のない龍種の世界において、数少ない楽しみの一つだといいます。

 そのパーティーが開催されるのは年1回で、人間界でいうこの竜人の里で新年を迎える日に開催されるとリーズは言いました。

 つまり、そのパーティーまで、約8か月。

 その日までに、私は龍の作法を身につけ、女帝リーズとして恥ずかしくない魔力を得る必要があるらしいのです。

 当然ですが、イメージとして着飾ってくる他の龍種に負けないだけの衣装を用意して……。


『ウフフッ。当日は、本物のワインと本物の料理を持ち込んでやりましょう。皆さん、驚きますわよ。』

『で、でも、他の皆さんは、飲み食いできないですよね。』

『そう。格好だけなのよ。……私以外は。』

『そ、それに、そんなお金ないわよ!』

『あらっ、人間界で価値のあるものって、金や宝石でしょ。金は海の中にいくらでもありますし、宝石の多くは元素の結晶だから、いくらでも作れるわよ。』

『えっ……。』

『ちょっと私が魔力を制御するわよ。』

『はい。』

『空気中にある炭素を取り出して、過熱しながら圧縮する。』

『こ、これって……。』

『ダイヤの原石よ。これを効果的に反射するようにカットしてやると、宝石としてのダイヤが完成するわ。』


 掌に、1cmほどのダイヤが乗っていた。

 光にかざすとキラキラと輝いている。


『こんなモノに価値をつけるのは人間だけよ。ただの石ころなのにね。』


 鍛冶には魔法を使う竜人だけど、竈には薪を使います。

 森は適度な間伐を行わないと、樹木がお互いを妨害しあって正常な成長ができなくなるらしいのです。

 そのため、適度に間伐を行うことで、地表にも光が降り注ぐため低木や下草が育ち、健全な森として成長します。

 適度な空間は、動物たちも育み生態系も構築されるのです。


 その竈に残った炭を集めて、ダイヤを6個作り、それをメンバーと長にわたします。


「ここでの生活費にしてください。」

「生活費って……、これがホントにダイヤなら、金貨20枚にはなるぞ。」

「あくまでも臨時手当です。好きなように使ってください。」


 メンバーの喜びようは異常な程だったが、喜んでもらえたのなら嬉しい。


 魔力の訓練を始めてから1週間後、私は夜中に家を抜け出して湖に来ています。


『魔力を巡らせて、自分の身体を引き寄せる大地からの力を遮断するの。』


 重力魔法の手本をリーズが見せてくれるので、どうしたのかすぐに理解できます。


『空中での移動は、風魔法よ。手のひらや足の裏から風を出すの。こんな感じで。』


 空中でのバランスの取り方や進み方を分かりやすく実演してくれる。

 

『自分でやってみて。』

『はい。』


 手のひらから風を出して湖面を飛んでいきます。

 私にとって初めての魔法です!


 湖の真ん中まで来たところで、湖面がざわつき大きな龍が顔を見せました。

 体長40mのミズチ。

 それは、頭部だけで3mはある巨大な龍でした。


 月の光を浴びて輝く姿は氷のように透明です。


『随分と可愛い姿になりましたね。』

『肉体の中に、全てを詰め込んでいますからね。』

『リーズの第二章といったところですか。』

『そうですね。肉体を得たことで、全てが違って見えますわ。』

『私は、あと600年ほど待たなくてはいけません。』

『ルナの魔力と相性のいい人間を探さなくてはいけませんね。』

『待て。今見つかったところで、600年先まで生きてはいないですよ。』

『老婆で良いではありませんか。』

『イヤイヤイヤ、自分だけピチピチの身体を手に入れておいて、私は老婆ですか!』


 他愛のない話は1時間ほど続きました。

 水龍の名前はルナ。年齢は4400才でした。

 

『龍種は全体でどれくらい存在するんですか?』

『数えたことないけど、1300体くらいかな。』

『それだけいたら、誰かしら気づくんじゃないでしょうか?』

『どうかな。シャルにも空を飛ぶ龍は見えないでしょ。』

『はい。』

『多くの龍は、高いところを飛んでいて、身体は透明に近い個体も多いから、よほど目と運がよければ見えるかもね。』


 まあ、別に私には関係ないだろう、その時はそんな風に考えていたんです。



【あとがき】

 龍種の娯楽であるパーティー。描けるんでしょうか……。

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