第15話 冒険者に転職しようかなって考えていたら、焼きたてのパンの方が重要な問題になった
竜人の里にきて2週間経ちました。
魔力の制御も無意識レベルで出来るようになり、質も結構上がってきたと思います。
魔力制御と並行して、魔法の訓練も始めました。
魔法の訓練といっても、結局は魔力量の調節がメインなんですけど。
『ダメよ!アイスニードルはもっと全体的に広く浅く魔力を流すの。細く硬くよ。魔力量はもっと減らして!』
『無茶言わないでよ。これ以上魔力減らしたら強度が無くなっちゃうじゃない!』
『アイスニードルに一撃必殺の威力は必要ないの。敵の戦意を削ぐのが目的なのよ。』
火と氷、それと風と土は簡単な魔法です。
イメージしやすいので、針だろうが槍だろうが自由自在です。
難しいのは、今まで馴染みのなかった、光・闇・空間・重力・時間などに関する魔法は結構難易度が高くなります。
それでも、リーズが見本を見せてくれるので魔法を発動することは出来たのですが、やはりこっちも魔力のコントロールが課題になっています。
普通の人の魔力量を10としたら、今の私の魔力量は10億くらいなんだそうです。
全力を出したら、星が割れるくらいなんだそうです。
10億をイメージできる私が、1とか2の魔力コントロールを求められているんです。
『じゃあ、魔力制御の応用で、身体の機能を活性化させる身体強化を覚えましょうか。』
『身体強化って、魔力制御でできるの?』
『そうよ。魔力を巡らせるのではなく、細胞をサポートさせることで強化できるのよ。こんな感じ。』
『あっ、分かります。……5感も強化されるんですね。』
『味覚も強化されるから、辛い物とか食べられなくなるし、きつい匂いとか耐えられないのが弱点ね。』
『それって、ゾンビ系に遭遇したらピンチじゃないの。』
『ゾンビが出たら、遠隔で光魔法ね。』
『ゾンビって、光魔法で倒せるの?』
『光魔法の応用で聖属性を持たせた光を放つのよ。この光は浄化作用があるから、工夫すれば傷の治療や消毒に使えるわよ。』
『そういえば、属性を組み合わせて複合的な魔法って作れないの?』
『そうね。例えば闇と重力と空間を組み合わせてブラックホールが作れるわよ。』
リーズの意識から、ブラックホールがどういうものか理解できます。
『それ、危なくないですか。』
『複合魔法だから制御は難しいわよ。』
『強力なブラックホールを自分の近くに出現させたりしたら……。』
『間違いなく吸い込まれるわね。』
『そんなの作りませんから!』
『あら、残念。じゃあ、氷魔法と時間の加速を組み合わせた瞬間冷凍なんてどうかな?』
『何だか、食材の保存に使えそうですね。』
『他には……元素を組み合わせる事で、錆びなくて硬い金属も作れるわよ。しかも、鉄よりも軽いの。』
『でも、その組み合わせを研究するのに時間がかかりそうですね。』
『大丈夫よ。そういうのが好きで、研究している子がいるから。』
リーズの知識は驚くことばかりでした。
『ところで、シャルは魔法士として活動していくの?』
『えっ?』
『だって、人間は仕事に就かなければいけないんでしょ。』
『そうね、それは考えていなかったわ。今の仕事だと、あんまり自由になる時間がないしなぁ。』
『でしょ。魔法も活かせないしね。』
『魔法を活かすなら、魔法兵か冒険者よね。』
『そんなことないわよ。錬金術師とか、鍛冶師。薬師、建築士、宝石商、何だって可能じゃない。』
『そっか。ダイヤを作って売れば、生活費はいくらでも稼げそうね。』
『好きな事をして過ごすのなら、やっぱり冒険者じゃないかな。』
『冒険者になるのなら、武器や防具も必要よね。』
『シールドで身体を覆うんだから、防具なんて要らないでしょ。武器だって魔法で戦うンだしさ。』
『分かったわよ。じゃあ、人間の町に行って、装備を買いましょ。』
広範囲の探知魔法で金の鉱石を探す事ができます。
飛行魔法でその岩山に飛んで、土魔法で山に穴を開けて金を回収。
『これだけあれば、性能のいい装備を買えそうね。』
『待ってよ!これ30kgくらいあるじゃない。こんなの持っていけないわよ。』
『身体強化をすれば、これくらい片手で持てるわよ。』
金貨1枚が31gなので、30kgだと金貨1000枚分近くになります。
下取りの価格は少し下がりますが、まあ金貨900枚以上の価値になるでしょう。
一番近いのは北に山2つ超えたところにある町です。
金を1割ほど切り取って買い取ってもらい、金貨100枚を手に入れた私たちは町を歩きます。
『何!この匂い!』
『えっ、ああ、甘い香りね。スイーツのお店があるのかな。』
身体強化により嗅覚が高まっているので、獣並みには鼻が利きます。
『何よスイーツって!そんなの教えてくれなかったじゃないの!』
『聞かなかったでしょ。』
『知らない事は聞けないわよ。さあ、匂いを辿るわよ!』
今は4月。
まだ果実が出る時期ではありませんが、果実を砂糖で煮詰めたジャムの匂いがします。
それほど探すことなくパン屋さんを発見。
ここでジャムやクッキーも作っていました。
「いらっしゃい。」
緑のエプロンに同色のバンダナを頭に巻いた女性が声をかけてくれました。
バンダナを帽子状にして髪を覆っているのは、パン生地に髪が落ちないように配慮しているのでしょう。
化粧っけのないスッピンの顔は30才くらいでしょうか。
色白で少しそばかすのある顔がにこやかな笑顔で迎えてくれます。
発酵させて膨らませたパンはとても美味しそうな香りを漂わせています。
「ああ、美味しそうなパンの匂い。」
「でしょ。このクロワッサンは焼きあがったばかりよ。」
女性はトングでクロワッサンを一つ取り、ナイフで切って私に手渡してくれました。
「えっ?」
「試食してみて。絶対に気に入るから。」
「あっ、ありがとうございます。」
いただいたクロワッサンを口に入れると、バターの香りが口の中に広がります。
「ああ、おいしい。」
「でしょ。自信作なんだ。」
『パンとは、こんなにもふっくらとしたものだったのね。シェル!早く買って食べるわよ!』
店の奥にはテーブル席が3つ用意されていて、3人組のお客さんが席についてパンを食べています。
買うだけでなく、このお店で食事もできるようです。
「ここで食べていく事もできるんですね。」
「ええ。パンとミルク。それに簡単なスイーツくらいしかありませんけど。」
私はリーズと一緒にパンを選び、ミルクをもらってテーブルについた。
『しまった!二人で選んだけど、食べるのは私ひとりだった……。』
『さあ、私の選んだクルミのパンにオレンジのジャムを乗せて食べるのよ!』
『そんなの帰ってからでいいじゃない。それよりも、焼きたてのクロワッサンは今しか味わえないのよ!』
『それはさっき食べたでしょ!』
『分かったわ。じゃあ、ここでは半分ずつ食べましょう。』
パン2個、食べられないことはないのですが、他にタルトも食べたいし、ヨーグルトのハチミツがけだってあるのです。
『ねえ。』
『何?』
『焼きたてのパンを、そのまま保存できる魔法ってないの?』
『どういうこと?』
『だから、焼いたときの状態を維持して、時間がゆっくり進むような限定空間とか、箱とかよ。』
『そういえば、誰かそんなのを研究していたわね。誰だっけ……。』
リーズがそれを思い出したのは、食事が終わった時でした。
『思い出したわ。時間操作の得意なアキよ!』
『アキって?』
『シルバードラゴンのアキよ。普段は世界に干渉しないように、月の裏側で魔法を研究しているわ。』
『どうやって月まで行くのよ!』
『飛べばいいだろう。』
『いいこと、私たちは今人間なのよ。生きてるの!能天気な龍種じゃないのよ!』
【あとがき】
月の裏側……。
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