第12話 魔力を授けてくださいとお願いしたら、対価を求められてしまった

 竜人は身長こそ人間と大差ないものの、見た目は図鑑で見たワニに似ていました。

 手足は人間に近い長さですが、人間よりも太く見るからに力が強そうです。

 指は鳥に似ているかもしれない。

 前爪が3本で、後爪が1本の4本指です。

 人間の指とは柔軟性に違いがあるので、細かい作業には向いていないかもしれないですね。


 長の家に着いた私たちは挨拶の後で、各自の知識や技能に応じて対応してもらえる事になりました。

 私だけは長の元に残ります。


「人が世の理に興味を持つのは歓迎に値いする。」

「ここに来るまでは、魔法に興味があっただけなんですが……。」

「ふふっ、考えてみよ。魔力こそこの世界を動かす原動力で、魔法こそがあらゆる現象を実現するための術なのだよ。」

「私が考えていた魔法というのは、もっと小さな範囲で火を起こしたり、水を出したりする程度のものだったのですが……。」

「海の水が日に照らされて空に登り、風によって世界に分散されて冷やされたものが雲となり、雨となって地上に降り注ぎ、重力によって川を流れて海に還っていく。これらは、全て竜種の魔法によるものじゃよ。」

「そんな事、考えた事もありませんでした。」

「魔力を持たぬ人族は、魔法を具現化するために、きっかけとなる道具を発明した。自身が魔法を行使できなくとも困ることはないであろう。」

「た、確かに、魔法がなくても生きていけます。」

「だが、燃えるという現象が続くのは、火炎竜が火の魔法を行使しているからに他ならないのだよ。」

「すると、竜種は不滅なのですか?」

「いや、竜種は絶えず生まれ消滅しているよ。」

「えっ、見たことありませんが。」

「見ようとしていないだけじゃよ。水や風の流れを遮り、土を固めて自然を壊すだけの存在に、竜種を感じることができるわけなかろう。」

「そんな……。」

「人間が鉄を手に入れるために、どれほどの木を切り倒して、森を消滅させてきたか知っておるか。」

「で、ですが、竜族も鉄を使っているではありませんか。」

「我らは魔法で過熱して鉄を手に入れる。破壊者である人間と一緒にするな。」


「では、なぜ人間は魔法を使えないのですか!」

「その昔に、与えたではないか。何を今更。」

「や、やはり、人間に魔力を与えたのは……竜族なんですね。」

「もう、300年以上昔の事だがな。」

「でも、それは生殖行為で消えてしまう、殆ど役に立たないものではないですか!」

「ふん。やはり、教えを守っておらんのか。」

「えっ?」

「魔力が芽生えたら、何度も体内を巡らせて魔法回路を鍛える。そうしないと、一生の短い人間では魔力回路の弱い部分が切れてしまうと忠告しておいたのだが、それすらも守れておらんのじゃろう。」

「そんな……。」

「うまく体内に魔力を巡らせていれば、もっと寿命が伸びていたはずなのになぁ。」

「寿命も伸びるのですか!」

「魔力は全ての原動力じゃ。もろい人間の体でも200年くらいは生きられるはずじゃ。」

「それでも200年くらいなんですね。」

「なんじゃ、不服そうじゃな。」

「竜人の寿命はどれくらいなんですか?」

「まあ、500年といったところかな。」


「ジュラさま、お願いがあります。」

「なんじゃ。」

「私に魔力を授けてくださいませんか。」

「無理じゃな。」

「何故ですか!」

「ならば聞こう。お前には対価として差し出すものがあるのか?」

「対価……が、必要なのですか?」

「無償で魔力が得られると思って、ここまで来たのかよ。随分と身勝手なものだな。」

「……、そんな事、考えてもみませんでした……。」

「欲しい欲しいと、まるで童のようじゃな。」

「……。」

「お前は簡単に考えているようだが、魔力を与えた方はその分魔力を失う。そのリスクに見合うだけの対価を用意できるのか?」

「い、一体何を用意すれば良いのでしょう?」

「本当に自分勝手な女じゃな。自分で考えようともしないのだからな。だから無理だと言っておるのだ。」


 私は打ちひしがれて長の家を出ました。

 対価など、考えた事もありません。

 そもそもが、何で私は魔力が欲しかったのだろうか。

 メイドのシェリーに対する……魔法を使う人への嫉妬なのでしょうか。

 魔法で何がしたかったのだろう、……考えもせずに、ただ魔力を欲しがったのは……なぜ?

 

 そう。魔法で何かをしたかったのではなく、魔法を使いたいという憧れがあっただけ。

 何の目的もなかったことに思い至り、愕然としました。

 論文を書いて認められたい。そのために、魔力をどうやって入手したか解き明かして、自分が魔力を得る。

 そんなの、単なる承認欲求だけで、身勝手と蔑まされても反論のしようがない空っぽの欲求だったと気づきました。


 もし、ここで魔力を得て魔法が使えるようになったとする。それを論文にして公表すれば、大勢がここに押し寄せるでしょう。

 そのことに何の意味があるのだろうか……。

 自分の浅はかさに、強烈な嫌悪を催します。

 

 私はどうしたら良いのでしょうか。



 竜の里は盆地になっており、四方を山に囲まれていました。

 里の西側には大きな湖があり、そこから東に伸びた川はこの土地全体を潤しているようです。

 気候も穏やかなようで、道端には色とりどりの花が咲いていました。


「用事は済んだのか?」

「あっ、ゴーリさん……。」

「どうした、暗いな。」

「魔力を授けてもらえなかったんです。」

「という事は、最初の魔力持ちはこの里で魔力を手に入れたって判明したんだろ。」

「はい……。」

「なら、目的は果たしたんじゃねえか。」


 そうだった。

 建前としては、最初の魔力を手に入れたのが竜種によるものだという伝承を確認する事で、それは確認できたのです。

 魔力を持った人間というのは、ここ竜人の里が起源であるため、この大陸以外には子孫が広まっていないだけの事だったのです。

 しかも、竜人からの教えを守っていないために、成長途中で魔力の回路が切れてしまい、魔力を失っているということまで確認できました。

 生殖行為がきっかけとなっているのは、おそらくそれが肉体的かつ精神的な影響を及ぼしているからで、それは魔力回路を鍛えておけば回避できそうだという事も分かったんです。

 知りたかった事は確認できたし、竜種に関する情報も得られました。

 今回の調査行は成功と言えるのです。


 もう少し竜種の事を知りたいし、2・3日泊まらせてもらって帰ろう。


 手土産として持参した砂糖はジャルディアでも貴重な品で長も喜んでくれたし、少し滞在させてもらう事は了解してもらっています。

 ゴーリさんと一緒に、湖まで歩きます。

 湖には漁をする小舟が出ています。


「そういえば、この湖にはミズチっていう水龍がいるらしいな。」

「そんな湖に小舟で出るなんて怖くないんですかね。」

「守り神みたいな感じなんじゃねえか。」

「ああ、長がミズチは精霊だと言っていましたね。」

「精霊っていうのは何だ?」

「私もよく知りませんが、神様みたいな存在らしいですよ。」

「まあ、神様なら襲われる事もないのか。」

「ゴーリさんは魔法使えたんですか?」

「いや、俺には魔力がなかったみたいだよ。」

「魔法を使いたいって思いませんでした?」

「魔法なんて数年で使えなくなるもんだし、剣の腕を磨く事に夢中だったからな。」

「身体能力を引き上げる魔法とかあるらしいじゃないですか。」

「一時的に能力があげられたって意味ないだろ。そんなもんに頼るくらいなら、基礎的な技術を磨いた方がいいに決まってる。」

「そういう考えもあるんですね。」



【あとがき】

 一時期しか使えない魔法に、何故そこまで焦がれるのか……。

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