第10話 結婚の決まったシェリーは、ある日魔力を失った

 宿をとった私は、雇ったガイドに案内してもらい、地竜を使役する農家に出かけた。

 農夫の横で草を食む地竜は、茶色の硬そうな鱗につつまれた小山のような大きさに感じます。


「この子は何才なんですか?」

「4才だよ。まだ子供だね。」

「触っても大丈夫ですか?」

「驚かさなければ大丈夫だよ。」


 鱗に包まれた体は、少しザラザラな手触りでした。

 私は心の中で話しかけてみるが反応はありません。


「地竜って魔法は使うんですか?」

「いんや、魔法を使う地竜なんざ聞いたことがねえよ。」

「使役できるということは、性格は穏やかなんですか?」

「野生の地竜には肉を喰う個体もいるらしいけど、飼ってる地竜は草しか食わせてないからおとなしいもんだよ。」

「この村には、何匹くらいいるんですか?」

「今は10匹だな。山向こうの竜人の里に行けばもっといるんじゃねえかな。」

「竜人の……里って?」

「ああ。山の向こうには、どこの国にも属さない竜人達がいてな。彼らの里があるんだよ。」

「じゃあ、ここの地竜は……。」

「みんな幼体の頃に竜人の里で買ってきたんだよ。」

「ここで生まれた地竜はいないんですか?」

「竜人の里で売ってくれるのはオスだけだからな。」

「その竜人の里には、どうやって行けばいいんですか?」

「北の山を二つばかし超えたところにあるんだが、急な坂道だから馬車じゃ無理だな。」

「歩くんですね。」

「4日もあれば着くんだが、クマなんかの猛獣や魔物も出るからな。俺らも5人で組んで行ったんだよ。」

「男性5人ですか……。」


 地竜からは魔力を与えられることはないと確認できました。

 竜人の里には、他にも飛竜とか黒竜などもいるらしいので、何とか行ってみたい。

 それに、竜人から魔力を与えられた可能性もあるんじゃないかと思っています。


 とはいえ、このままトライする訳にも行かないので、一旦ドットの町に帰ります。


「ただいま帰りました。」

「お帰りなさいませ、お嬢様。地竜は如何でした?」

「凄い迫力だったけど、魔法は使わない竜だったわ。」

「そういえばシェリーは来月、結婚するのよね。」

「はい。長い間お世話になりました。それで、……その……。」

「どうしたの?」

「魔法が……使えなくなりました。」


 そう言ったシェリーの顔が真っ赤に染まっています。

 この雰囲気で思いあたる事があります。

 私は周りに聞こえないように、シェリーの耳元で囁きました。


「もしかして、彼とシちゃった?」

「……はい。」


 真っ赤だった耳が、より真っ赤になってしまいました。


 男性の場合は、多くの人が初めてパンツを汚した日に魔力を失ったと証言してくれました。

 ところが、女性は正直に言ってくれる人がほとんどいないんです。

 まあ、処女と引き換えに魔力を失ったなんて、人には言えないですよね。

 それに、これが事実だと確認されてしまうと、魔力を失った途端に処女を失った事が明確になってしまいます。

 結婚が決まっている女性ならともかく、そうでない人にとっては不利な情報であることは間違いありません。

 私は経験がありませんが、魔力を手に入れるまでは可能性を消すなんて考えられません。

 純潔を守ります。


 これから領地は秋と冬を迎えます。

 私はこの3年の間に調べた事をまとめて、論文にすることにしました。

 魔法というものが知られていないタギリア王国に向けて、魔法に対する概略から入って、魔力に関する伝承や調査してきた事を綴っていきます。

 そして、子供のうちに発現した魔力が、性に関連した行為などによって消失している事実。

 現段階ではドラゴンの情報は伏せてあります。


 先生にもチェックしてもらって論文として仕上げます。


「これが世に認められれば、家庭教師としての私の能力も認められて、上級貴族からお呼びがかかるかもしれないわ。」

「えっ?」

「そして、当主に認められて、長男の嫁に!ああ、私の未来が開けていくのよ!」

「先生……、結婚なんて、人生の無駄だって……言ってましたよね。」

「何を言ってるの。上級貴族の嫁となれば話は違うわ。」


 私の論文は確かに話題になったようで、主催する文武局から何度も問い合わせの手紙をいただきます。

 でも、タギリアでは年々上昇していく税率に対する不満が膨れ上がっており、父はタギリア王国に対して抗議の書状を送っていました。

 去年、30%の税率で、何とか工面した父でしたが、今年は一気に45%を要求されたのです。

 その背景にあるのは、堕落しきった貴族主義の政治です。

 一部の上級貴族が特権階級を独占して、搾取に次ぐ搾取を重ねたのです。

 見かねた父は、タギリアからの独立を宣言しました。

 運よく、タギリア国内でも内紛が起きて、全ての王族と公爵は処刑され、侯爵家も取りつぶしとなりました。

 

 父は時勢を見極め、本来納税にあてる金と穀物を反乱軍に提供。

 これにより、新政府から独立の承認を取り付けて、正式にジャルディア国が発足しました。

 我が家の家名を冠したジャルディアですが、父は王制はとらずに議会制の国家として発足させました。

 初代議長は父です。


 父と母には、私しか子供がおらず、私が婚姻に興味を示さなかった事が、王制を選択しなかった原因にもなったようです。

 国として発足したジャルディアは、モーリス川の東側にあった町や村を吸収して、それなりに大きくなっていきました。

 北部には鉱山も見つかり、国としての体裁を整えていきます。

 議会では、国が運営する軍隊の他に、冒険者ギルド制度を考えだし、民間の武力も強化していきます。

 ジャルディアは他にも、商業ギルドや職人ギルドといった半民半官の組織を充実させていきます。


 私自身も貴族の娘という肩書を失ったため、仕事に就く必要があります。

 自分に何ができるか考えた末に、魔法士養成所という仕組みを国に提案して、そこの副所長に就任する事ができました。

 これは、性的な暴発による魔法士の損耗防止を目的としており、7才になった子供を新しく作った王都の町に集めて集中管理する施設です。

 もちろん、文字や算術も教える全寮制の施設であり、希望があれば冒険者への道も用意してあげます。


 家庭教師をお願いしていたキャサリン先生も、教師として来ていただきました。

 そして19才になった春。

 魔法に関するドラゴンとの関係性調査という名目で、2か月にわたる調査活動を国から認めてもらいました。

 運がよければ、地竜の入手という目的もあります。


 今回はモーリス川の源流まで辿り、更にその先の山を超えていくという行程で、馬車は途中までしか使えず、その先は徒歩になります。

 4月を待って北方に詳しい冒険者を6名雇い入れ、私たちは北へと出発しました。


 リーダーに選任したのは、鉄鉱の町アイリ出身という、ゴーリ・マッツという冒険者で、剣技に優れた28才の屈強な青年です。

 そのほかにも、狩人2名に薬師1名。盾持ちの剣士が2名という構成です。


「シッ!」


 先頭を行く狩人のダインさんが全員の足を止めます。

 本人は矢をつがえ、口の動きでウサギと伝えてきます。

 指を2本立てたので、2匹という合図。

 もう一人の狩人であるナージさんとゴーリさんがナイフを構えて備えます。

 ダインさんが矢を放つと同時に二人が飛び出してもう一匹のウサギを仕留めます。


「暗くなってきましたから、今日はここで野宿にしましょう。」


 ゴーリさんの言葉に、狩人2人はウサギの血抜きと解体をはじめ、薬師のセインさんは野草採取。

 残りのメンバーは焚き木を拾いに散っていきます。


 ゴーリさんの集めてくれたメンバーは、本当に優秀な人ばかりで感心してしまいます。



【あとがき】

 竜人の里まで、どれくらいかかるのでしょうか。

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