第二章

第9話 30才まで……いえ、正しくはサーティを嫁にした者は魔法使いになれるでした

 海を超えた、遥か西の方角に私の生まれた国タギリア王国があります。

 航海術に優れたタギリア王国は、植民地政策によりこの地ドットの町を開きました。

 そのため、この町はタギリア王国領となっており、父オスカー・ジャルディ伯爵が領主となっています。


 私はシャルロット・ジャルディ。

 みんなは、省略してシャルと呼んでくれています。

 母譲りの金色の髪は少し癖っ毛で、父譲りのグリーンの瞳はお気に入りです。

 13才の私は家庭教師に勉強を教わっているのですが、本当に教えてほしいのは魔法なんです。


 タギリア王国では魔法なんて見たことも聞いたこともありません。

 1何前にこの地にやってきて、この地の人が魔法を使っているのを見て、とんでもなく驚きました。

 私と同い年でメイドのシェリーは、ランプに油を追加して火を灯す時に火種を使わずに魔法を使うんです。

 初めて見た時は、何が起きたのか理解できず、ただキョトンとするだけでした。

 それが不思議な事象だと気づいたのは3回目の事です。


「ねえシェリー、今、どうやって火をつけたの?」

「えっ?魔法ですけど。」

「魔法って?」

「子供のうちは、道具を使わなくても火をつけたり凍らせたりする事ができるんです。」

「氷も作れるの?」

「私は火が専門ですけど、料理人補佐についているクリスは調理場で氷を作っていますよ。」

「他の人はどんな魔法を使えるの?」

「このお屋敷にいるのは、私とクリス。あとは馬のお世話係をしているバンダの3人ですね。」

「えっ、それだけなの?」

「はい。ほかの人は多分魔力が消えていると思いますよ。」

「えっ?魔法って、使えなくなっちゃうの?」

「大人になると使えなくなってしまうと言われています。」

「それって、魔法は消耗品ってこと?」

「その辺はよく分かっていないみたいです。」


 がぜん魔法に興味を持った私は、家庭教師のキャサリン先生に聞いてみた。

 キャサリン先生は、私が幼かった頃からの家庭教師で、とても信頼している。


「残念ですが、タギリアの民族に魔法は使えないと言われています。」

「それは何故ですか?」

「魔法を発動するための魔力がないからです。」

「魔力って?」

「魔法を発動するための、燃料みたいなものですね。」

「どうすれば魔力を手に入れられるんでしょう?」

「これは、生まれつきだと言われていますね。」

「ガーン……、生まれつき魔法の使えない体だったなんて……ショックです。」


 こうして私の夢は絶たれてしまいました。


「でも、そんなの諦めきれませんわ。」

「でしたら、魔法の研究に取り組まれては如何ですか?」

「研究……ですか?」

「はい。タギリアの貴族は、自分でテーマを決めて研究する事が奨励されています。そして、優秀な研究者は年一回の宮廷報告会で論文を発表できるんですよ。」

「論文?」

「最優秀研究者に選ばれれば、金貨100枚の報奨金と、追加の研究に必要な資機材が援助されます。これが、国家学芸員の制度です。」

「これまでに、どんな研究が評価されてきたんですか?」

「昨年は、月の満ち欠けと潮位の関連性を研究したロバート学芸員が受賞されています。」

「あまり聞かない研究ですわね。」

「はい。結論としては、この二つの事象に関連性はないと解明され、月が天頂にあると滿汐となり、月が見えない時は干潮になるという法則が確定しています。」

「それって、月が高い位置にあれば、座礁のリスクが少ないという理論の根拠ですね。」

「そういう事です。」


「他には?」

「そうですね。少し前ですが、数学の歴史を研究されたアルキメンデス学芸員の、”ゼロの発明”も話題になりましたね。」

「あれは私も読みましたけど、難解でしたわ。どう考えても、最後に発明されたのがゼロというのは想像できません。」

「あとは、ラビンチ学芸員の人体解剖図。」

「あの人は、どう考えても性格異常者だと思います。」

「ラーウィン学芸員の”我々はサルから進化した”とか。」

「神への冒涜です!」

「アイン学芸員の発表した、質量とエネルギーの等価性。」

「狂人の発想としか思えません。」

「今年発表されるんじゃないかと噂になっている、ネアン人・クロマ人・デニソア人が人類の祖先だっていう話。」

「あっ、それ興味あります。もしかして魔力の有無に関係あるんじゃないですか?」

「えっ?」

「私たちの祖先って、ネアン人とクロマ人の遺伝要素が強いって言われてるじゃないですか。」

「そうね。金髪と青い瞳はネアン人からの遺伝じゃないかってね。」

「それで、こっちの大陸はデニソア人の血が濃いっていうから、魔力を持っていたのはデニソア人じゃないんですかね?」

「可能性としてはあるかもしれないわね。ほら、研究してみる価値はあるんじゃない?」


 こうして私は先生に乗せられて魔法の研究を始める事になりました。

 サンプル数は少ないのですが、現時点で明らかになっているのは、金髪・碧眼の人間に魔力持ちはいないという事実です。

 でも、現地人との交流が進んでいる以上、金髪の魔力持ちが現れるのも近いんじゃないかと思います。


 調べていくうちに、興味深い伝承が見つかりました。

 この大陸の北東部の伝承なのですが、”最初の魔力はドラゴンから授けられた”というのです。

 確かに、タギリアの大陸にはドラゴンの記録など無く、この大陸固有の存在らしいのです。


 そして、もう一つの伝承が確認できました。

 ”30才まで童貞でいると魔法使いになれる”というものです。

 これを聞いた時には、私は15才。

 童貞というのがどういう意味かは学んでいます。

 でも、それだと魔法使いになれるのは男性だけということになってしまいます。

 最初の魔法使いの子孫が広がったのでしょうか?


 ただ、より古い文献を調べたところ、この伝承の元になっていると思われるものに、”サーティを嫁にした者は魔法使いになれる”という記述が見つかりました。

 サーティとは、この地方では30を意味する言葉であり、これが誤って伝わったのではないかと考えられます。

 ただ、このサーティが何を意味する言葉なのか、いくら調べても分かりませんでした。

 サーティを嫁にするという記述からは、女性の名前のような気がしますが、隠された秘密がありそうな気がしています。


 そして、もしもこの先、私が魔法使いになれる可能性があるとしたら、ドラゴンに魔力を授けてもらうかサーティの謎を解くしかないだろうと考えています。

 問題は、どのドラゴンなのかという事。

 一口にドラゴンと言っても、地竜・飛竜・古竜・炎竜・氷竜・水龍・白竜・黒竜と、文献に登場するだけでも様々な竜が存在します。

 魔力を授けてくれた竜とは、どの竜なのでしょうか。


 16才になった私は、親のもってくる縁談に見向きもせず、大陸中を移動してドラゴンの情報を集めます。

 そもそもが、意思疎通ができなければ魔力を授ける事なんてできないだろうと判断し、ドラゴンに近づいて呼びかけることを繰り返します。


 最初に接近したのは地竜(アースドラゴン)でした。

 地竜は性格も穏やかで、人間に使役されている個体もいると聞き、大陸の中央部まで出かけていきます。

 ドットの町から目的地であるアッシュ帝国北部のスイル村まで、距離にして1500km。馬車で2週間ほどかかってしまう。

 ドットの中央を流れるモーリス川を北上し、途中から西に進んでいくとスイル村に到着します。

 

 麦の穂が実村の道を進んでいくと、背中に人が乗ってたくさんの荷物を積んだ地竜がいました。

 初めて見る6mドラゴンに私の胸は高鳴りました。



【あとがき】

 150年前のドットに切り替わります。魔法の起こりなんかを書いていこうと思います。

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