第8話 5万枚の金貨が皇子と財務大臣に着服されていた

 マルス第1皇子は、赤毛高身長のイケメンだが、きつい目をしていた。


「ったく、何で俺がこんな奴を対応しなくっちゃならねえんだ。」


 皇子は同行したダンを責めるような目で脅すように言い、イライラした様子が丸わかりだ。

 だが、その目がリズを見た途端、嫌らしく歪んだ。


「金貨2万枚か。いいぞ。代わりにその女をおいていけ。」

「冗談はやめてくださいよ。」

「ならば、不敬罪だ。こいつを捉えろ。」


 皇子の合図で10名の兵士が部屋に入ってきた。


「はぁ……、何が不敬なんですか?」

「俺に対するその態度だ。」

「こんなのが次期国王とか、ホント終わってるよな。」

「なにぃ!」


 ギン!俺は威圧を発動した。


「ぐっ……な、なんだ……。」


 皇子と剛拳のダン、入ってきた兵士が恐怖の表情に変わっている。


「アッシュの部隊長とか、もう少し耐えてましたけど、情けないなぁ。」

「うっ……。」

「あちゃぁ、失禁ですか。帝王の息子なんでしょ。もう少し気合を入れてもらわないと困りますね。」


 威圧を少し強めた。


「ひっ……。」

「あんまり長居するつもりはないので、早く報奨金をくださいよ。」

「む、無理だ……。」


 俺は皇子の横に移動して、ナイフで赤い髪を一房切った


「ヒィ……。」


 続けてもう一房。

 赤い髪が床にパサッと音を立てて散らばる。


「わ、わかった……払う……。」


 嫌がる皇子を立たせてダンと共に金庫室に案内させる。

 金庫室の警護についていた兵士も、皇子であれば止められないし、鍵を空けるために財務課長とかいう男性も同行している。


 開けられた金庫室には、箱に詰められた金貨が積まれていた。


「あれぇ、思ったよりも少ないですね。」

「……税の……徴収前だ……。」

「いやいや、千枚箱が……48箱ってあり得ないでしょ。ねぇ課長さん。」

「2か月後には増税分を含めて入りきらなくなるからと、先日財務大臣と皇子が50箱持ち出されまして……。」

「あちゃぁ。着服ってやつですか。じゃあ、皇子の私財から出してもらった方がいいかな。」

「……私財など……ない……。」

「はい。第2金庫室に移したと聞いています。」

「…………。」


 赤髪の皇子は首を横に振った。


「えっ、第2金庫室は?」

「……そんなものは……ない……。」

「では、50箱の金貨はどこに!」

「…………。」

「……まさか……。」


 茶番につきあうつもりはない。


「まあ、俺は正当な報酬をいただくだけですから。」


 金貨1000枚を詰める千枚箱は、国で寸法と色を決めており、共通の規格だ。

 俺も子供の頃に、金貨の箱詰めを手伝った記憶がある。

 金貨1枚は31.1グラムと各国共通であり、1000枚で31.1キログラムになる。

 だから、アッシュの金貨でも普通に使えるし、他の国の金貨も普通に流通している。

 リズには重いので、俺が20箱空間収納に入れていく。


「えっ、そんなに持ち出されたら、来月の支払いでギリギリに……。」

「財務大臣と皇子に返してもらえば大丈夫ですよ。」

「お、皇子、大丈夫なんですよね!」

「…………。」


 まあ、俺の知ったことではない。

 俺は用意してきた受領書を財務課長に手渡した。

 金貨2万枚の受領書には、地竜処理およびアッシュ帝国前線基地10箇所の無力化に対する報奨金と記載してある。


「こ、これは……。」

「成果を考えれば安いものだと思いませんか。もう、アッシュとの前線に兵士を配備する必要もないんです。」

「そ、それが本当なら……。」


 前線の兵士には、年間で平均金貨4枚が支給される。

 新兵でも金貨2枚なのだ。

 4つの大隊が配置されており、延べ8000人いる。

 年間の人件費だけで32,000枚の金貨が必要であり、食料や装備を含めればその倍の費用が発生する。

 アッシュの前線基地から金品を回収できたのも、それに見合う金貨が備蓄されていたからだ。


 俺とリズはそのままアッシュ帝国を正式に訪問し、皇帝との会談を求めた。

 謁見ではなく、対等な交渉の場を希望したのだ。

 UNNA防衛隊副指揮官という、世界的には通じない肩書であったため、22人乗りの飛行艇で城の正面に乗りつけた。


 未知の圧力は効果的であり、意外とあっさり会談は実現した。

 相手は皇帝・第2皇子・宰相・軍事総長という顔ぶれだった。


「会談の申し入れを受けていただき、ありがとうございます。」

「それで、用件とは?」

「まだ、報告は届いていないと思いますが、ジャルディア王国との前線基地全てを無力化させていただきました。」

「なにぃ!」


 参加者が大きくざわついた。


「これが、各部隊長による撤退の誓約書です。」

「馬鹿な!」


 軍事総長と名乗った男が12枚の誓約書を確認している。


「北部の侵攻部隊が壊滅したとは聞いていたが……。」

「ジャルディア王国側はこの事実を知りませんので、おそらく数日中には全軍が国内に引き上げてくるでしょう。武器は徴収したので、基地に留まるという選択肢は存在しませんからね。」

「誓約書の日付が同じ……一日で全てを制圧したと……。」

「ええ。高速で空を飛べば、あっという間ですから。」


 これを信じてもらうために飛んできたところを見せつけたのだ。


「何が望みだ……。」

「もう、戦争は終わりにしましょうよ。ジャルディア王国にも兵を引かせますから。」

「確かに、先代が10年前に戦争を仕掛けたせいで、国民も兵士も疲弊しておるが……。」

「10年前の国境まで戻すことで了解いただけないでしょうか。その代わり、賠償などは一切求めないことをジャルディア王国側に承知させます。」

「だが、港町ドットは、元々我が国の領地だ。」

「そこは僕も確認しました。30年前のジャルディア王国からの侵略。でも、80年前はジャルディア王国の領地で、200年前はタギリア民族が開発した土地。」

「……だからと言って、ジャルディア王国に譲る事は、国民も納得せん。」

「では、折半にしましょうよ。」


 ジャルディア王国にもこの案を納得させ、俺の作った終戦合意書を両国で確認したうえで、折半となった港町ドットにおいて調印式が行われた。

 これにはUNNA代表として俺の父も同席し、3者による署名が行われたのだ。


 この頃には、ジャルディア各部隊の撤収も行われており、UNNAへの帰還兵も増えていった。

 リョカ防衛隊長も職務についてもらい、現在ば防衛隊の基地を建設してもらっている。

 ジャルディア王国からの制圧という危険は、UNNAがアッシュとの調停役になったことで消えている。


「そういえば、マルス第1皇子と財務大臣は私財没収の上、国外追放となったようだな。」

「はい、父上。北東にあるエーリング島に流刑となりました。」

「あそこは、ここよりも北だったよな。」

「ええ。寒冷地に適応した麦しか作れませんし、環境としては厳しいところですよ。ああ、それでも海の幸は豊かでしたね。」

「行ったことがあるような口ぶりだな。」

「各国との交易を進めていますから、一通りは行きましたね。」

「いや、交易はリズの担当で、お前には防衛隊副隊長という職務があるだろう!」

「冗談言わないでください。リズには、子供たちの魔力回路を補強するという大事な役目もあるし、俺も子供たちの魔法訓練なんていうものまで押し付けられているんだ。副隊長の仕事なんて、モーリアで十分ですよ!」

「うっ……。」

「それに、副隊長として、ジャルディアとアッシュの終戦協定まで終わらせたんだ。10年分くらいの仕事はやりましたよ。」


 今では、風魔法だけでも飛行できるため、別行動する事も多い。

 いまだに共有できていないのは、リズの空間収納だけだった。



【あとがき】

 ジャルディア王国編の終わりですね。さて、どうしよう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る