第2話 どうせ魔力を失うなら、もう一度あいつを見てからいきたい
「やっぱり魔法による精神系の攻撃だったようだ。」
「被害は?」
「魔法兵65名のうち、24名がダメになった。」
「そんなに酷いんですか!」
「ああ。そしておそらく総攻撃が来る。」
「ですね。」
「モッティー、悪いが単独で偵察を頼めないか。2名だと、足枷になる可能性がある。」
「領海です。」
話した相手は中隊長のレマン・アルボン氏は40才の士官である。
総勢236名のスリネ中隊を率いる叩き上げの剣士で人望も厚い。
俺の使う身体強化は、肉体だけでなく五感にも効果を及ぼす。
三日月の出ている今の状態なら、俺の行動に支障は出ない。
敵部隊の本営の位置は何度も偵察にいっているから把握している。
俺たちの本営から西に7kmほどの川沿いの広場だ。
だが、出発して30分ほど。距離にして3km付近に敵のおそらく主力部隊がいた。
まるで俺たちに見せつけるように松明を煌々と焚いて、十分すぎる明るさを確保している。
「あれは……地竜……。」
茶色の四足竜である地竜は一度だけ討伐に参加して見たことがある。
雑食性で、そこまで狂暴ではないのだが、8mを超える巨体と、剣や槍を通さぬ強靭な鱗。
足が短いため、立ち上がることはないが、動く小山と表現されることもある。
それが5匹。
遠目にも分かる、女だけの部隊。
噂に聞いたことがある。おそらくは、アッシュ帝国最強と言われる戦姫部隊だろう。
ざっと見て50名といった編成だろうか。
その中に、異形の女がいた。
いや、女といえるのか……。
そいつは全身に隈取(くまどり)がなされ、絵で見た悪魔のような尻尾が生えている。
そして、拘束されたそいつは、ムチで打たれ叱咤されていた。
「ほらほら、もう一度だ!」
「休んでんじゃないよ。」
「夜明けまでに魔法兵をできる限り減らすんだよ!」
その瞬間、また気持ちの悪い波動を感じた。
あの精神に影響する魔法攻撃はこいつなのだとわかった。
俺は少しの間、その木の上から動けなかった。
あの女を見た瞬間に勃起していたからだ。
理由は分からないが、おそらく人間ではない女に欲情したのだ。
少しの刺激で射精しそうなほどに……。
不思議なことに、俺の股間を萎えさせたのは、あの気持ち悪い波動だった。
俺は視線をそむけ、女を意識の外に追いやった。
そして、深呼吸した後にその場を離れて帰還した。
「……戦姫部隊だと!」
集まった小隊長が動揺している。
「噂で聞いたとおり、地竜5体に兵士50名規模の部隊です。」
「地竜が5体……、中隊長、対抗武器のないここでは、戦になりません。」
「奴らの会話から、夜明けと同時に総攻撃を仕掛けてくる模様です。」
「……こちらの魔法兵の具合はどうだ。」
「起きていても射精してしまう兵が出ています。損失は30名を超えました。」
「その精神魔法と思われる攻撃ですが、おそらく発しているのは、女の姿をした悪魔のような……尻尾の生えた全身に隈取のある奴……くっ。」
「どうした。」
「申し訳ございません。思い出しただけでも、股間が刺激されるようで……。」
「これ以上、それの事は考えるな。おそらくは女形の夢魔……サキュバスだろう。」
「まさか……伝説の悪魔……。」
「そんなものが存在したのですか!」
「ああ。記録によれば、サキュバスが影響を与えるのは男だけだ。男の五感に淫らな影響を及ぼす伝説級の悪魔。」
「では、この先も魔法兵は……。」
「損耗する一方だな。やむを得ん、スリネの森は放棄する。全軍速やかにモヤ砦まで撤退するように。」
「くっ、ここまで戦ってきたのに……」
「夜明けまで3時間程だ、急げ。」
こうして俺たちは3年にわたって維持してきたスリネの森から撤退した。
だが、敵の戦姫部隊は森から出てくることはなかった。
十分に備えていれば、地竜といえど対抗策はある。
それに、サキュバスだと分かっていれば、女の魔法兵に対応させることも可能なのだ。
「モッティー、今回もお前の偵察に助けられたな。」
「いえ、……ですが……。」
「どうした?」
「……正直に申し上げます……、あのサキュバスの姿が……頭から離れません。」
「そこまで重症かよ。」
「時間が経つほどに、サキュバスが助けを求めている気がして……。」
「助けだと?」
「あれは、拘束されて、奴隷のように扱われていました……。」
「魅入られたか。」
「魅入られる?」
「悪くいえば、とり憑かれるだな。」
「そうかもしれません……。」
「どうするか……。」
「……。」
「このままでは使い物にならないし、お前の能力はこんな障害物のない平地の砦では能力を発揮できん。」
「……おっしゃる通りです。」
「近いうちに王都で今後に対する戦略会議が行われる。結論が出るのは……一か月後くらいだな。その時点で部隊の再編成が行われる。」
「はい。」
「お前はそれまで休暇だ。」
「えっ?」
「今回の件もそうだが、お前はもう十分な戦功をあげている。」
「……ありがとうございます。」
「236名の命と引き換えにお前が魔力を失ったとしても、誰もお前を責めたりしない。」
「……。」
「魔力を失う覚悟で、好きなようにやってみろ。文句は言わせない。」
「そんな……。」
「だが、魔力を失ってもいいから戻ってこい。それだけは約束しろ。」
「……はい……。」
どうしたら良いのだろうか……。
俺は割り当てられた部屋に籠って考えた。
だが、意識はサキュバスへ向いたままだ。
何もしないでいると、その傾向が強くなる。
このままでは暴発しそうだった。
それもいいかなと考えたりもした。
いっそのことすっぱりと魔力を捨てて、剣士として生きるのもいいか……と。
だが、そんな事に身を任せるくらいなら、あいつの姿を見ながらいきたい。
あの時の脳が痺れるような快感を、もう一度味わってから……。
暴発寸前まで膨れ上がった欲求をコントロールしながら決断した。
もう一度、あいつを見に行く。
干し肉を買い込み、大きめの水袋を手に入れた。
スリネの水場は限られている。
それに、5日も経っている。
戦姫部隊がスリネにとどまっているとは考えづらい。
スリネの北は山になっており、南は平原だ。
地竜の動きやすさから考えれば南だろう。
夜になるのを待って、俺は砦を抜け出した。
もし、戦姫部隊が森にとどまっていた場合、昼間の行動はあまりにもリスクが高いと判断したためだ。
モヤ砦からスリネの森まで約5km。
走れば30分なのだが、そこまで無理をする必要はない。
早歩きで約45分。
新月の今は、平地ならともかく森の中では行動が制限される。
俺は木の上で仮眠をとった。
木の幹に触れた肌が、心地よさを伝えてくる。
夜明け前、徐々に色を取り戻す薄明りの中で、俺は森の中を確認しながら移動していく。
戦姫部隊を見かけた広場には焚火の痕以外、何も残っていない。
敵の本営はそのまま残っていたが、一目でわかるはずの地竜はいなかった。
本営の兵士は、俺たちを森から追い出したことで油断しきっていた。
限界まで本営に近づいて身を隠し、耳に意識を集中する。
「あの部隊には、ろくな女がいねえよな。」
「ああ。慰みものにする捕虜を得られなかったからって、新兵を5人も連れていくなんてな。」
「いや、俺は連れて行ってほしかったぜ。やり放題なんだろ。」
「馬鹿言うなよ。一晩で最低5人は相手にするんだぞ。しかも勝手に射精したらムチ打ちなんだ。」
そんな情報はどうでもいい。
必要な情報をくれ……。
「でも、あいつらは草原に行っちまったんだから一安心だな。」
「馬鹿を言うな。草原に行ったのはこの本営の魔法兵を潰さないようにするためで、あの岩山の砦を攻撃する時には戻ってくるんだよ。」
「げっ、まだ安心できねえじゃん。」
必要な情報は手に入った。
俺は敵の本営を離れ南に向かった。
【あとがき】
サキュバスに魅入られたDTの主人公……面白いのかこれ?
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