第3話 あなたのなか、みていい?サキュバスは俺に聞いてきた
スリネの森の西側にある草原は、本当に障害物の少ない平原だ。
東西に細長く、南北の距離は2km程度しかない。
俺は森の南端から様子をうかがっているのだが、目指す部隊は草原の中央付近で野営している。
森から一歩でも出れば見つかるのは明白だ。
このリンス平原は1年前に占拠されており、前線は東に移っている。
スリネからジャルディア軍が撤退した今は、完全にアッシュ帝国の領地なのだ。
草原にはは戦姫部隊しか見当たらなかった。
部隊の率いる地竜たちは分散して草を食っている。
仕方ないので、俺は森の中から様子を見ることに決めた。
この環境で近づくのは、たとえ夜であっても自殺行為だからだ。
2日かけて様子を覗ったのだが、サキュバスの気配はなかった。
魔法兵は小さなテントで生活しているらしいのだが、それ以外は大きいテント2張りに分かれて寝泊りしており、片方では痴態が繰り広げられているようだ。
時折、男の叫び声が響き渡るので間違いないと思う。
サキュバスに魅入られているせいか、女の姿を見ても何も感じない。
だが、注視しすぎていたのか、森の内側からの気配に鈍感だったようだ。
いきなり左肩に激しい痛みが走った。
見ると、背中側から矢が生えていた。
幸運だったのは、身体強化をかけていたために、矢が深くは刺さらなかったことと、返しのない矢じりだったために簡単に引き抜くことができた事だった。
一瞬の判断で、俺は仕掛けてきた相手を確認もせずに、逃走に全力を使った。
木から木へと飛び移り、少し距離をとったところで地上に降りて全力疾走する。
相手は女の声で応援を呼んだが、森の中を自在に駆け巡る俺の速度についてこれる者は多くない。
1時間かけて森の東端まで駆け抜けた俺は、そこからジャルディアの本営のあった場所まで移動して、以前用意してあった隠し洞穴に潜り込んだ。
狭い空間に横たわると、矢を受けた傷跡が激しく痛む。
おそらく、カマタビ草の毒だ。
俺は洞穴に用意してあった傷薬と毒消しを使って応急処置を行い、呼吸を整える。
カマタビの毒は、毒消しを使っても1日以上消えない。
幸いなことに、追手はこなかった。
毒が消えるまでに丸2日かかったが、その間にこれからどうするかを考えた。
戦姫部隊の警戒は強くなっているだろう。
あそこに戻る選択肢はない。
それに、監視した状況と俺自身の感覚から、あそこにサキュバスはいないと判断できる。
かといって、男ばかりの本営にサキュバスを拘束しているとは考えづらい。
魔法兵をロストする確率が高いからだ。
となると、川を渡ってアッシュ帝国側に戻ったか、北の山岳地帯に移動したと考えるのが普通だろう。
干し肉で腹を満たした俺は洞穴を出て北に向かった。
山岳にはいくつかの戦線が存在している。
森に一番近い戦線には女性の部隊がいるため、ここにサキュバスが配置されることは考えづらい。
その先は1000m級の山が連なっており、次の谷の部分が戦線になっていてそこは男の戦線になっている。
目的の谷に到達するまでに2日を要した。
休暇中とはいえ、他の中隊の本営を訪ねるのは不自然だろう。
疑いを晴らすために何日も費やすなど時間の無駄だ。
少し離れたところから本営の様子を見ていたら、あの不快な波動が襲ってきた。
間違いない、サキュバスはこの戦線にいる。
この中隊の魔法兵がどうなったか気になるが、部外者の俺が口を出す訳にもいかない。
昼間だし被害は少ないだろう。
俺は最前線を目指して西に向かう。
サキュバスを使う以上、アッシュ帝国側の魔法兵を含めた本隊は前線から相当引っ込んでいるはずだ。
そしてサキュバスを最前線に出すわけはないので、最前線は剣士だけの部隊を配置していると思うが、探ってみないと分からない。
俺は何度か樹上にあがって周囲の様子を確認しながら慎重に進んでいく。
グワッ!
単独でいた偵察兵らしい奴を鋲で仕留める。
アッシュ帝国の偵察は、これまでの戦場でも単独行動だった。
その代わり、扇状に複数名が偵察に出るのだ。
グワッ!
二人目の偵察兵も鋲で始末して先へ進む。
偵察兵の先には、確認できるだけで3つの小隊が狭い間隔で展開していた。
俺は急な斜面を登って山側へ迂回し、小隊の後方にまわりこむ。
そのまま山の中腹を慎重に1kmほど進むと、女の戦士5人に囲まれたあいつがいた。
穴を空けた1mほどの板から首と手を出して拘束されている。
顔の隈取(くまどり)と悪魔のような尻尾。
間違いなかった。
あいつ……サキュバスを目にした途端、ドクンと心臓が脈を打つ。
自分でも分かるほど、股間が熱くなっている。
『……助け……て……。』
「えっ?」
『助けて……くだ……さい。』
「なに?」
『おねがい……。』
「君は……サキュバス?」
『……はい。』
この距離で声が届くわけもないし、口が動いているわけではない。
一瞬だが、彼女が顔をあげて、その視線が俺を捉えた。
間違いない。俺に助けを求めている。
そして、俺はそのつもりでここまでやってきたのだ。
股間の猛りは収まっていた。
彼女の視線を受けた瞬間に冷静さを取り戻せた俺だった。
「夜まで……待ってくれ。」
『うれ……しい……お待ちして……います。』
うつむいて顔が見えないのに、彼女が微笑んだ気がした。
『夜になると、ふたりは男を漁りに出ていきます。』
「残りは3人か。鋲で二人倒せば残りは一人か。」
『だいじょう……ぶ?』
「ああ。任せてくれ。」
闇が落ちるまで2時間ほどある。
谷間の闇というのは、急激に訪れる。
光の余韻を楽しむような薄暮は存在しないのだ。
それに、今夜の月は三日月とはいえ、まだ細い。
木にもたれかかり、俺は目を閉じて考える。
3人を倒して逃げるルートは……やっぱり、山に逃げ込むしかないかな。
彼女を背負って逃げ切れるだろうか。
『あなたの中……みていい?』
「見る?」
『声、ださなくていい。考えるだけ……。』
『こう?』
『うん。あなたの……魔力診て……いいかな?』
『わかんないけど、どうぞ。』
『うん……。』
何かが入ってきた感じがあった。
体の中とかいうんじゃなくて、うまく表現できないが、意識の中……そう魂に入って来るみたいな感じだ。
嫌な感じじゃなくて、暖かいものが流れ込んでくる気がした。
その暖かいものが、俺の中でほわっとしていたものを形にしていく感じ。
なんだろう……この感じは……スライムみたいだったものが……切れ味の鋭い剣になった感じ……。
『すご……い……。』
『なにが?』
『人とは思え……ない……強い……魔力……。』
『たいした魔法は使えないけどね。』
『大丈夫……再構築……した……から。』
これまで漠然としたものでしかなかった魔力と魔法が、俺の意識の中で確としたものに変わっていた。
『なに……これ……。』
『これがあなたの……本当のチカラ……。』
信じられない。
こんなにはっきりと魔力を認識できて、どう練り上げれば魔法につながるのか理解できる。
俺は右手の人差し指に少しだけ魔力を纏わせ、風に変換して薄く円盤状に回転させた。
予想以上強力な旋盤が出現してあわててキャンセルした。
多分、小隊くらいはまとめて切り倒せそうな威力だった。
ダメだ。これは潜伏中に試せるレベルじゃない。
だが、これで二人の逃走手段を確定することができた。
【あとがき】
うーん、構想とずれてきた……。
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