撃墜王
──アークとツカサが別れて暫く経った頃。
ツカサはミスリル鉱山の入口まで到着し、中から感じる、かつてのトラウマを甦らせる異質すぎるオーラに足が竦んでいた。
「はぁ……何ビビってんだよ、俺。」
ツカサは腰に差していた
「大丈夫だ……俺なら………俺ならやれる。」
あまりの緊張と不安からなる奇怪な行動。
しかし、それは彼にとって自分一人で成せる最も自分自身を安堵させる方法だった。
「ふぅ……俺は天下五剣の抜刀斎だ。
それにいざとなれば、
深い呼吸を何度も繰り返し、乱れる自身の鼓動を一定に落ち着くまで瞼を閉じる。
一切の情報を遮断し、一切の思考を放棄し、自身の冷静さを取り戻す。
「よしっ! 今度はあの時みたいなヘマはしない、最初から本気で挑ませてもらう!!」
ツカサはかつてないほどに感覚を研ぎ澄まし、ミスリル鉱山全体の隅々まで逃さない程に気配探知を広げる。
しかし、彼の探知能力に引っかかる存在は誰一人としていなかった。
確かに真っ向から感じる異質で不気味で強大なオーラはあれど、その発生源は掴むことが出来ない。
「そうだろうと思ったよ……テメェらに常識は通用しねぇからな。」
ツカサは探知を諦め、腰の太刀をいつでも抜ける状態に手を添えて慎重に鉱山の中へと足を踏み入れた。
鉱山内に入ると、その入口を境目にまるで別世界と思えるほどに静寂で包まれ、鉱山内には血の臭いが強く漂っていた。
ところどころには、採掘されている途中の欠けたミスリル鉱物や、それを掘るのに使われていただろう採掘道具が見える。
「間違いなく、鉱夫達が喰われた後だな………。」
十二支の奴が言っていた、理外迷宮から抜け出してきた魔物。
そもそも、あの迷宮の扉は内側から開けるには専用の解錠に使われる魔術式が必要だ。
それは理外迷宮内では、第一階層の入口から数メートル離れた時点で一時的に姿を消す仕様になってる。万が一、冒険者から奪っても理外迷宮内の魔物の手に渡った際は消滅する。
どう足掻いても、内側の魔物があの扉を開ける方法なんて無いはずなのに………まさか、どっかのバカが扉を開けて魔物を放った?
もしそうなら、何のために……?
このミスリル鉱山は、グリエント王国が所有する鉱山だ。
誰かが個人で所有しているものじゃない、いわば皆の鉱山なのに……誰が………。
「嫌なこと思いついちまったなぁ………」
もし、もしも誰かが計画的に行ったことでミスリル鉱山を狙ったものなのだとしたら、グリエント王国という国家の生産を著しく低下させる、国家への妨害工作。
そんなことをしてメリットを得られるのなんて、敵対国ぐらいだ………。
「冗談は止してくれよ……たかが国の潰し合い程度の為だけに、コイツらをわざと放ったなんて………でもここまで考えると、それしか思いつかねぇけどな。」
たとえ、国家間の争いという規模であろうと、理外迷宮という、国家戦力では手の付けようがない連中を無責任に放つのは許されざる悪だ。
最終的にコイツらを処理するのは選定級冒険者。
つまるところ、俺たちなのだ。
こいつらを相手にし、かつて大切な人を失った俺からしてみれば、たかだか国の小さな喧嘩のひとつやふたつでコイツらを放って、仲直りするにせよ、仲が悪くなるにせよ、とりあえず脅威だから放っちゃった魔物を始末してくれなんて要請をされたら、国そのものを滅ぼしたくなる。
その方が、世のためとさえ思える。
「まぁ、今は考えるの止めよう……余計なこと考えて不意を突かれたら、たまったもんじゃない。」
余計なことを考えて進んでいたが、既に入口から数百メートルは距離があり、普通の魔物が住処にしていたなら、ここまで来ると一匹二匹は交戦してもおかしくはない。
理外迷宮の魔物なのだ、知性も通常の魔物とは桁外れなのだろう。
決して、トラップに引っかからないようにこちらも慎重になって進もう。
~~~
「はぁ?! り、りり、理外迷宮の魔物ですって?!」
別れたアークは駆け出して、ものの数分でアリスたちのもとに帰ってきていた。
要件を伝えると、アリスは周囲の人から注目を浴びるほどの驚愕の叫びを発し、眉間に指を押し当ててため息を吐く。
「フェル、ベル……あんた達は先に帰ってなさい。」
「理外迷宮の魔物……強いんですよね………」
アリスは先程とは百八十度変わって、一切のふざけた様子もなく真面目な表情で伝える。
「ええ、私たちの想像なんて遥かに上回るほどにね。」
「師匠、私の魔術の鍛れ──」
「──ダメに決まってるでしょう?!!」
ユーフェルが言い切ることなく、アリスの怒号がそれを遮った。
ユーフェルにとってその怒号が初めて、自分に向けられたアリスからの怒りであり、あまりの圧に言葉を失って少し退いた。
「あ、あぁ……悪いわね、ダメよ。 絶対に連れて行けないわ………。」
魔術王アリスが同行を許さず、鍛錬の対象として任せることも許さない、それほどまでに彼女でさえも脅威となる存在。
「分かりました……どうか、どうか気をつけてくださいね。」
「お姉ちゃんたち、危ないところ行くの?」
「まぁね……大丈夫よ、必ず帰ってくるわ。」
「ほんと? 私との約束忘れてない?」
「えぇ、ツカサも私も必ず帰ってくるから安心してお家で待ってなさい。」
ベルの不安げな表情にアリスは微笑みながら頭を撫で、待機していたアークに目配せで「案内して」と促す。
「いい? もしも、この街に見たこともない異質なオーラを持った魔物が現れたら……戦おうなんて考えないで、黙ってベルを連れて逃げられる所まで逃げなさい。
──いいわね?」
理外迷宮の魔物が放たれた、それは決してミスリル鉱山だけに留まらないかもしれない。
そう考えたアリスは、二人の元を離れる前に釘を刺す。
「はい! 必ずそうします。」
「よろしい。魔術王の鍛錬はその後でね。」
そう言い残し、アリスはアークの情報のもと、転移魔術で姿を消した。
「はぁ……はぁ………はじめて、はじめてアリス師匠に怒られた………」
「フェルお姉ちゃん?」
「ううん、帰ってクッキー食べよっか!」
「うん! お姉ちゃんのクッキーだいすき!!」
~~~
「ここが……確かにいるわね。」
「僕も感じるよ……ここに待機してないってことは、ツカサはどうやら先に入ったみたいだね。」
アリスは幾つもの魔術を同時に展開し、そのことごとくを鉱山内に向けて射出した。
「なっ?! ツカサに当たったらどうするんだい?!」
「大丈夫よ、これはただ敵の位置を把握するための魔術よ。
ツカサも見慣れた魔術だから、害が無いってのは認識した瞬間に分かるわ。」
アリスが放った探知魔術は、全て反応を示すことはなく、空振りに終わった。
彼女ほどの魔術師でさえ、探知を妨害される魔物。
「こりゃ……迷宮内の魔物でもかなり上澄みの奴らね。」
「君ほどの魔術師が弱音を吐くなんて、戦う前から少し震えちゃうよ。」
アリスのいつもは見せない引き気味な姿勢にアークもつられて戦意をそがれる。
「アホ言わないで。弱音じゃないわ、事実よ……もっとも、この鉱山内が別次元や別空間なら遠慮なく吹き飛ばして一件落着なんだけどね………。」
「そっちの配慮だったんだ………どこまで言っても規格外ってわけか。」
アリスとアークは先に行ったツカサを追いかけるために、鉱山内へと足を踏み入れた。
~~~
「確かに存在は感じるのに、全くどこにいるか掴めないわね……一体どうやったらそんな気配を作れるのよ。
ツカサやサクラでもなせない芸当よ………」
鉱山内に入って暫くしたあたり、ツカサと同じく数百メートルを進んだあたりでも未だ接敵することなく、ただひたすらに慎重に進み、静寂が続いていた。
彼女たちは常に視線を感じ、気配を感じ、殺意を感じてはいるが、その方向を辿っでもその先に魔物たちはおらず、何かしらの術で姿を消しているでも、そも幻術を掛けられているでもなく、純粋な気配を誤魔化す技量で負かされていた。
「こりゃ気味が悪いってレベルじゃないね……そんじょそこらの熟練冒険者じゃ、逆に探知できなくて精神崩壊を引き起こすよ。」
「それが狙いなんでしょうね……私たちに姿を掴ませずにただひたすらに存在感を示す。
それがどれだけの恐怖と不安を与えるか、私たちや野生で生きる魔物たちが一番よく知っているから。」
「知恵が働く奴らだなぁ……まるでここが理外迷宮になってるみたいだ。」
「もはや、一時的な理外迷宮よ。入口は厳重な魔術で封鎖しておこうかしら……しておいた方がいい?」
アリスはふと思い立った提案に、アークは唸りながら最終的に頷いた。
「そうだねぇ、このレベルの魔物が逃げたら、ちょっと厄介なんてレベルで済まないからね……一体いるだけで国家を滅ぼせるんじゃないかな?」
「まぁここの魔物と世界最強の暗殺者を比べても、私の偏見と独断で決めるなら、ここの魔物の方が気配遮断の技量は高そうね。」
アリスは来た道を振り返り、はるか遠くに見える入口に向けて数えるのさえ面倒だと思えるほどに重ねられた魔術陣で入口を封鎖した。
「塵のひとつ、埃のひとつ、漏らさせやしないわ。」
「こっからでも分かるぐらい、魔力の密度が半端ないね……近寄るだけで濃密な魔力の気配に酔いそうだよ。」
「そうね、奴らが寄ることさえ拒むほどの魔力密度にしたの……そしたら、魔術を壊して逃げるって選択肢が消えるでしょ。」
魔術による入口封鎖を終え、ふたたび進もうと歩みを始めた刹那、二人は言葉が出るより先に地面に顔が触れるほどに低くしゃがんでいた。
その直後、ついさっき構築したばかりの入口の魔術陣がまっぷたつに割れ、内側から魔術陣が制御しきれなくなった膨大な魔力が津波のように鉱山内へと押し寄せる。
「まずいッ!!」
咄嗟にアリスが片手に空っぽの魔術陣を構築し、押し寄せる魔力の波のことごとくを呑んでいく。
「アークッ! 不意打ちよ!! 構えなさいッ!!」
アリスが指示を出すより先にアークは既に腰の二丁拳銃を構えており、先程まで見せていた柔らかな雰囲気からガラリと変わって獲物を狩り、敵を射殺す者の鋭い殺意混じりな覇気で牽制していた。
「ふぅ……我ながらとんでもない魔力ね。
さてと……普通の魔物ならあんたのその殺気で逃げるかもしれないけど、ここの魔物は殺気を放ったところで恐怖しないわよ。」
アリスとアークが見据えるは、奥で構えているであろう見えない無数の魔物。
彼らは、もう自分たちが気付かれていると自覚しており、先程までの高度な気配遮断はやめて、アリスたちに自身らの居場所を掴ませていた。
「まず一発、お見舞してあげなさい。」
「そうだね……この一発で死んでくれると嬉しいんだけどッ!!」
アークは片手の回転式拳銃を構え、銃身内部に干渉するように魔術を展開する。
内側で弾丸を高速で回転させ、通常の何倍にも推進力を増した大口径の弾丸は、その速度と貫通力を誇って、鉱山内に音を轟かせながら、一体の魔物の小さな悲鳴と共に大きな衝撃と爆発を引き起こして消えていった。
「相変わらず、あんたもよく銃で選定級まで登り詰めたわね………」
この世に十人程度しかいない冒険者。
その一人、ツカサと古くから武術を学び合い、鍛え合った現役の冒険者。
かの者の銃撃は外れた試しがなく、かの者の銃弾は人々の常識を超え、かの者の弾道は決して読むことができない。
ただひたすらに、この剣と魔術の世界で銃を極め続けた人類最高峰の冒険者の一人。
アークは獲物を必ず射抜き、撃ち落とすその様から人々にこう呼ばれている。
【選定級冒険者、第七位──撃墜王】
「おや? 一撃で死んだ?? どうやら彼らだけはあまり強い個体ではないみたいだね。」
「そうかしらね……あんたが強すぎるのもあるんじゃない?」
「それ、魔術王の君が言うのかい? 僕はただ牽制のつもりだったんだけど……まぁ侮るわけじゃないけど、初手でこれは心に余裕ができるよ。」
「心に余裕……どうせすぐに地獄に変わるわ。」
魔物たちは仲間が突如として射抜かれた事実に怒りながら、見えない奥の方で幾つもの魔術の反応を示す。
「あら? 私がいるのに魔術で戦おうっての……いいわ? 相手になってあげる。」
魔術の反応数、そしてその個々に使われている魔力の濃度の違いから、相手の数はざっと五十は超えている。
そして彼らが放とうとしている魔術のひとつひとつは、当たれば容易に国ひとつを吹き飛ばせる魔力量を込められている。
「これが君相手じゃなきゃ……僕はこの局面に不安を抱いてたよ………」
「そうね、私なら不安も焦りも恐怖も必要ないわ。
とはいえ、相手は理外迷宮の出よ……私も少しギアを上げるわ。」
アリスは片手を前に突き出し、瞼を閉じて深く息を吐いて整える。
魔力の流れは静寂な川のように滑らかで、総数百に達する魔術陣に魔力が注がれていく。
「喰らえば塵一つ残らないわよ……オマケに私の潜在能力も上乗せしてあげる!!」
彼女は自身の手から目に見えるほどの濃密で、されど水のように透き通った綺麗な魔力が、魔物たちの放った魔術をまるで掴むように包み込み、アリスたちに触れるよりはるか手前の宙で彼女の純粋な魔力によってその魔術は静止した。
「残念。あんた達の魔術じゃ、私が魔術で相殺する必要もないの。」
彼らが放った総数五十にも及ぶ国家消滅規模の魔術はことごとくが彼女の包み込む魔力の圧力によって粉々に砕かれた。
「次は私の番よ。防げるもんならやってみなさい! あんた達の全力でね!!」
彼女が指を弾くと、それが射出の合図となり、百に及ぶ魔術は大きな衝撃と共に射出され、その後魔物とアークたちに姿を見せることなく消えた。
「あれ? 形状維持できなかった??」
「アホ言わないでちょうだい、この私が魔術で失敗なんて誰が相手でも有り得ないわ。 ちょっとしたトリックよ。」
直後、消えた魔術に戸惑っていた魔物たちの方から一瞬の閃光が走り、その後に轟音と衝撃波が二人を襲った。
鉱山内を激しく震わす爆発にアークは驚き、身を両手で庇うように隠す。
【潜在能力解放──1%】
「びっくりしたァ……百の魔術を同時構築しながら、重ねて転移魔術も使ったのかい?」
「その通りよ。まぁ数でいえば、二百の魔術の同時構築ね。
かたや転移だから、流石に潜在能力を1%解放しないとキツイわ。」
「それでも1%なんだよね………」
爆発後、風が吹き、土煙と埃を乗せて二人を通過して入口の方へと排出されていく。
「くっさいわね……埃と煙に混じって血の匂いもするわ。」
「奴らは跡形もなく吹き飛んだから、元々の犠牲になった鉱夫たちの遺体の臭いだろうね………先に進もうか。」
二人は鼻をつまみながら再び足を進めた。
~~~
「おおっ……とんでもねぇ爆発だな、アリスたちか? 待ってれば追いついてくるだろうけど……まぁいずれ来るか、先に進んでとっととボスを見つけねぇとな。」
ツカサはかれこれ鉱山内を進んで三十分近く経過したが、未だに交戦することなく、気配だけを感じて進んでいた。
彼は最初は握っていた太刀も今は手を軽く添えるだけで、その様から油断しているのが見て取れる。
「はぁ……アイツらが接敵して俺がしない理由はなんだ?
進むにつれて鉱山内で臭いと荷物だけだったのが、今では周囲に当たり前のように鉱夫の頭や腕などの遺体の一部が転がっており、酷い時で内蔵の一部などが壁にぶちまけられていることもある。
「捕食が目的って訳じゃなさそうだな……飢えてるようには見えねぇ、飢えてるならわざわざ喰える部位を無駄に投げて遊んだりしねぇ。
純粋に残虐性の強い連中なのか……?」
ついこの前、サクラの話を理外迷宮内の会話できる魔物から聞いたばかりだ。
奴らがそんじょそこらの魔物より残虐性が強いのは知ってる。
しかし、人を殺すことを快楽とする連中なら余計に危険だ。
不必要な殺傷を好んで行うようじゃ、この鉱山から漏れ逃げた時にどれだけの被害が出るか、想像したくもない。
「とっとと討伐しねぇと──なッ?!!」
刹那、横の空洞からツカサの側頭部めがけて鋭い剣の突きが放たれる。
間一髪で躱した彼は咄嗟に身を退き、手を添えていた太刀を両手でしっかりと構える。
「あれれ? 普通さぁ……今の躱す〜?」
聞き覚えのある声。
剣をクルクルと回しながら、呑気にその者は姿を現す。
その姿は、ブロンド色のつややかな髪で、綺麗な金色の瞳をした少年だった。
「おい、ガキがこんな所で何してんだ……狩るぞ。」
「ぷっ……あはははは!! 君が僕を狩る? 無理無理!! 君ごときじゃ、僕に傷一つ与えられないよ!! 大人しく、僕の暇つぶしになってよ。」
「テメェ……サクラで弄んだ奴だろ?」
「サクラ……? うーん?? あぁ! その耳飾り、覚えてるよ!! 僕が理外迷宮から出たくて誘ったけど愛の力が〜!とか言って見破ってきた冒険者かい?」
ケラケラと笑うその少年の話は挑発的で、今思い出しても理性が吹き飛びそうな程に怒りが湧いてくる。
「ふぅ……生きて帰れると思うんじゃねぇぞ?」
「だーかーらー、それは君のことで──ッ?!」
少年が言い切るより前に、彼の知覚速度を遥かに上回る滑らかな飛斬撃が容赦なく彼の剣を持つ腕を切り落とした。
「………速いね、まさか腕を切り落とされるなんて思わなかったよ。
でもね、僕はあのサクラ? と違って四肢が切り落とされても、肉達磨になっても再生しちゃうんだ!!」
切り落とした腕の肉の断面からうねうねと触手のように細胞が蠢き、やがてそれは少年側の腕の断面と結合して直ぐに元通りに繋がった。
「あの肉達磨は、僕が心優しく腕や足を擦りつけても繋がらなかったけどね! 僕は違うんだ!! 僕は繋がるんだよ!! だから……君がどれだけ斬っても……意味ないんだよね??」
どこまでいっても挑発をやめない目の前の少年に、ツカサは目線を合わせることなく、ただひたすらに太刀に手を添える。
誰も認識できない、光速を遥かに上回る斬撃。
それはコンマ数秒よりも遥かに早い単位で、およそ数万にもおよぶ数の連撃となって少年の肉体を肉片に変えてしまった。
やがてその肉片は再び、細胞が蠢き、お互いがお互いを結合し合い、元の形へと再生する。
「不死か……?」
「そうだよ! 細胞がなくても不死だから色んなやり方で再生できるんだけど、君の斬撃じゃ僕の細胞を消し飛ばせないみたいだから、細胞から結合して戻ってるんだ!! 君の剣が雑魚すぎるから!!」
「その挑発は効くな……俺みたいな短気な奴にはよく効く……賢い野郎だ、俺みたいな人間には何がいちばん効果的か、理解できるだけの知能を持ってるなんてな。」
「なんだい……なんでそんなに冷静なんだい?」
「理外迷宮の中に入ることなく、テメェを……サクラを弄んだテメェを吹き飛ばせるのが何よりも嬉しくてよ………だから、てめぇがどんだけ挑発してきて、どれだけ怒っても最終的にはテメェを吹き飛ばせると思うと落ち着くんだ。」
「ふーん、つまんないなぁッ!!」
少年は一振、剣を振るうとその衝撃波がツカサを容赦なく後方に吹き飛ばした。
防御の姿勢で構えていたのにも関わらず、姿勢を崩され、容易に吹き飛んでしまう程の衝撃波。
ツカサは受身をとって太刀の剣先を地面に突き刺し、ガリガリと削るようにして後退するエネルギーを押し殺す。
「やるじゃねぇか……腐っても理外迷宮の魔物かよ。」
「そういう君は、たかがその程度で吹き飛んで呆れちゃうけどねッ!!」
少年は、起き上がるツカサの首を狙って追撃の一振。
それに反応したツカサは咄嗟に太刀を押し当て、受け流すように滑らかに振り上げるが、それを許さないと少年もまた剣を振り上げ、結果的にツカサにとって最も力を入れにくい中途半端な高さで力の押し比べの拮抗が始まった。
「くッ!! ……クソッタレがァっ!!!」
少年といえど中身は理外迷宮の魔物。
押し合いで勝てないと判断したツカサは、押し合いをするよりも先に後方に素早く退き、勢いのまま振り下ろされる少年の一振を間一髪で躱す。
「ダメでしょ〜、僕の一振を躱してばっかりじゃさぁ!!」
「ごふッ?!!」
躱した直後に、ツカサが対応できない程の素早さで少年の鋭い蹴りが彼の鳩尾めがけて放たれた。
その衝撃波は彼の体を突きぬけ、彼は口から少量の血を吐いて膝をついて地面に跪く。
「かはッ! かはッ!! ……はぁ……はぁ………」
「ふん、つまんなすぎだよ……あの女も、君も揃って雑魚だね。
しかも、君に限っていえば男だから弄ぶ価値もない……あの女は楽しかったなぁ………与えた魔物たちも喜んで犯してたよ? 女は黙ってたけどね。」
「そうかよ……だったら、俺もテメェを今ここでぶっ飛ばせるチャンスがある事に死ぬほど喜ばねぇとなッ!!」
ツカサは
その鞘は既に刀身から漏れ出るほどの帯電をしており、かつて彼女のみが可能とした奇怪な現象をツカサは既にものにしていた。
「テメェを殺すんだ。だったら、こいつに斬らせてやらねぇと可哀想だろ?」
「ふん、武器なんてどれも同じでしょ……天下五剣でもないくせに……しかもその剣、帯電してる割には魔剣でもないし、僕を殺す程の力があると思えないよ。」
「そりゃどうだろうな? 確かにこいつは魔剣でも天下五剣でもねぇ、禁忌の剣でさえない。
ただ、こいつはテメェが嬲った女をどんな時も離れず傍で見続け、共に戦い続けた、サクラの相棒だ。
てめぇに対する怒りは俺の比じゃねぇ……この刀身から漏れ出る稲妻が見えねぇか? かつてないぐらいに反応してんだよ、それだけこいつもてめぇにキレてる。」
「アホくさァ……刀に心なんてあるわけないのにさぁ………ましてや、ただのなまくらにそんなのある訳ないじゃんッ!!」
少年はふたたび一振、それは先程からツカサが語る天一桜花に向けて放たれた一撃。
確実にその太刀を破壊するために向けられた斬撃は、ツカサが何をするでもなく、天一桜花が勝手に動くでもなく、ただそこに帯電する稲妻が斬撃を押し返し、加えて少年の四肢を吹き飛ばし、心臓を貫き、脳を焼いた。
「くっ!……はぁ? ただのなまくらが………なんで魔剣みたいなことできるんだよ!!」
「テメェにキレてるからだよ。
じゃなきゃ、こいつがあの時! 俺の前に現れるなんてことはなかった!! こいつはきっと、俺にサクラを弄んだテメェと、サクラを殺したあのクソッタレな神を討って欲しくて現れたんだって……俺はそう思ってる!!」
「あぁぁ!! そんな友情とか愛情とか絆とか、幻想みたいな話ばっかして馬鹿じゃないかなぁ?!!
そんなのある訳ないじゃん!! 馬鹿だよ!! 教えてあげるよ、君ごとき雑魚じゃこの僕は倒せないよ。」
少年は貫かれた心臓、吹き飛んだ四肢をふたたび再生し、焼かれた脳はすぐに新たな脳へと変わる。
万全の状態に戻った少年をすぐさま、ツカサは天一桜花で斬り断とうと凄まじい速さの斬撃を飛ばす。
「無駄だよッ!!」
しかし、少年に見切られ、斬撃は斬撃で相殺され、剣を持たない片手で魔術を行使し、ツカサの死角となる背に爆発の魔術を発動し、ツカサを自身の方へと吹き飛ばす。
「がはッ?! くっ!! ごっほッ!!」
吹き飛ぶツカサはそのまま流れるように少年の鋭い蹴り上げを顎に喰らい、弧を描くように吹き飛んで地面に倒れる。
「あがぁ……くそっ! クラクラしやがる………」
視界が揺らめき、耳はキーンと鳴り響き、いたるところからズキズキと痛みが襲いかかる。
「ふぅ………」
【
「──
ツカサは息を深く吐き、周囲の邪魔な一切の情報を遮断し、目の前で剣を振り下ろそうとしている少年だけに意識を向ける。
「そろそろ飽きたから死んでよッ!!」
「──
少年の斬撃は虚しく、ツカサは既にその場におらず、少年の横を過ぎ去って、彼の背後でお互いが背を向け合うように、堂々と天一桜花を納刀した。
斬撃は一度目、少年の腕を切り落とし。
二度目、足を切り落とす。
三度目、目を切り裂き。
四度目、耳を削ぎ……五度目は腰を分断し、六度目には首をはね、七度目……八度目………。
その斬撃に終わりはなく、やがて続いていく斬撃たちは熱を帯び、少年だったものを燃やし、もはや肉片でもない炭のような何かをただひたすらに終わらぬ斬撃は斬り続け、ただひたすらに燃え盛る。
「……止まれ。」
彼の掛け声と共に終わらぬ斬撃に終止符が打たれ、炭さえも残っていないその虚空から、空間が歪曲し、ずぶっと空間を貫くように腕が現れた。
その腕は自らの腕力で空間を引き裂くように押し広げ、やがて引き裂かれた亜空間から少年が、やれやれと呆れた表情で姿を現した。
「僕は死なないと言ったはずなのに……言っても理解できなかったのかな? 無駄なんだよね、君がどれだけ凄い剣士でも、そも実力的に僕の方が上だし………どうやら、まだ勝てると思ってるようだから本気、見せてあげるよ。」
少年は登場の時と同じくクルクルと剣を回し、片手には魔力を込め、それはやがて少年の背に幾つもの魔術陣を展開する。
そこから覗くのは数多の剣の先。
「これ一本一本が魔剣に等しい切れ味を誇るよ、君のなまくらで全部防ぎきれるかな?」
「はっ……サクラが選んだ太刀だ、ナメてんじゃねぇぞ。」
ツカサの言葉に少年は深くため息を吐き、呆れた様子で仕方ないと言わんばかりに片手を上から前へ、ツカサの方へと振り下ろした。
その直後、剣は一斉にツカサへと射出され、そのことごとくは空間を歪曲し、通常とは異なって背から、上から、下からとランダムな方角から剣が飛んでくる。
「なっ?! ふざけやがって!!」
ツカサはそのランダムに襲いかかってくる剣の連射のことごとくを弾き返し、防ぎ続けながら不満を漏らす。
その直後、少年がにたりと笑い、剣が同時に全方角から姿を現した。
「くッ!! でりゃあ!!」
弾き返し、壁や地面に追突する剣の数々は鉱山を崩壊しかねない程の大爆発を次から次へと引き起こし、これがもしもツカサに突き刺さって爆発を引き起こせば、その部位もろとも体は跡形もなく弾き飛ぶことを意味する。
「だはは!! 刺されば終わりだよ!! もっともっと、もっと弾き返さないと死んじゃうよ!!」
そして少年がまた笑いながら、今度は少年自身も混じってツカサに剣の連撃をお見舞する。
「くそっ! あぁぁ!!
──
迫り来る剣の数々、やがてツカサはそれを天一桜花で防ぐのではなく、自然とその身を最低限動かすことで躱し続けていた。
躱して、躱して、躱して……地面に突き刺さる剣が引き起こす爆発さえも躱して、少年に映る彼の回避の様は異様とさえ思えた。
「冗談でしょ……?」
【
襲いかかる、全ての攻撃をさぞ当たり前のように回避し続ける。
「僕の剣たちを躱すなぁッ!!」
少年の突き出した剣もまた、ツカサはさぞ当たり前のように躱し、空振った少年の体はツカサの目の前でがら空きの胴を見せて止まった。
「まずっ──がはッ!!」
ツカサの容赦ない膝蹴りは、先程のツカサが喰らった返しと言わんばかりに少年の鳩尾に当たり、その衝撃は鉱山の遥か高みにある天井の岩に強く衝突し、少年は落下しながら嘲笑って侮っていたツカサへの思いを純粋な殺意へと切り替える。
「──殺すッ!!」
少年は落下の速度を利用し、着地と同時に一切その勢いを殺すことなく、そのままツカサへと駆け出した。
その速さは本来の少年の速さに上乗せされ、ツカサの認識速度のちょうど限界点に達していた。
少年の鋭い剣での突き、ツカサは躱しきれず、頬に小さな切り傷ができて血がたらーっと流れる。
「──はぁ……捕らえてやるッ!!」
躱すなら拘束すればいいと思い至った少年は魔術でツカサを拘束しようと試みるが、そのことごとくも躱され、そもそもそこに至ることさえ不可能であった。
「だけど、君がそのままだったら君は決定打を僕に与えられない! そもそんななまくらで僕に勝てるはずもないんだけどね!!」
早くも少年は、ツカサの今の構えの致命的な弱点を見抜いていた。
彼の今の境地、構えはいかなる干渉からも回避するものであり、攻撃性は一切ない、彼が生み出した防御系の技。
それ故に、不死性を貫通させるほどの攻撃性が必要な少年を倒すのにこの構えはあまりにも向いていないのだ。
徐々にツカサは額に汗をかいたり、呼吸が加速するなどの疲れを見せ始め、少年はケタケタと笑いながら挑発する。
「もう息切れしそうなの? 弱いね〜!! このまま攻撃を続けていれば、あっという間に倒せちゃいそう!!」
天下五剣を抜けば一瞬で終わる戦い。
しかし、ツカサはどうしてもサクラの仇でもあるこの魔物を、天一桜花で討ちたかった。
故に、ここまで苦戦していた。
「君さぁ……勝てないのに足掻いても意味ないってどうして分からないのかなぁッ!!」
「ぐふッ?!」
やがて、回避に限界がきたツカサの後頭部に少年は大きく激しい回し蹴りで強く当て、ツカサを吹き飛ばした。
「かはッ! かはッ!!……はぁ……はぁ………」
ツカサは急所を的確に喰らい、もはや立ってもフラフラと勝手に揺れ動き、安定することさえ至難の状態にあった。
「………。」
「ふん……黙りこいちゃって………もう負けを認めたかい? だったら、今すぐに僕の剣たちで死になよッ!!」
少年は再び、魔術陣から数多の剣を放つ。
そのことごとくは、ツカサを狙って飛び迫るが、彼に触れようとする刹那で剣たちはただの魔力となって霧散する。
「……は?」
「すぅ……ふぅ………。」
ツカサは天一桜花を鞘から完全に抜刀し、帯電する刀身を優しく自身の顔の前に寄せてくる。
「信じろ、
ツカサの周囲から白いオーラのような覇気が激しく湧き上がり、それは天一桜花の帯電を呑み込んで、ツカサ自身の覇気が稲妻を纏う。
桃色の鮮やかで綺麗な刀身は、いつの間にか、桜の花びらを散るような光を放ち、その桜色の光はすぐに帯電するツカサの覇気を染め上げる。
「な、なんなんだよ……急になんなんだよ!!」
少年が数多の剣を射出するも、彼を貫くことなく、覇気に触れると同時に消滅する。
「はぁ?! ふざけるなよ!!」
「天一桜花……桜散れど、我が心を染め上げたかの美しさまでは散らぬ。
──いつぶりだろうな……サクラ、新しい俺の心象を見せてやるよ。」
ツカサが握る天一桜花が放つ桜色の光は、徐々に本物の桜の花びらが散るかのように変わり果て、その散る花びらは稲妻と共にツカサの覇気の波にのって周囲を舞う。
その瞳に映るのは少年ではなく、広がる一本木の桜を囲うような千本桜の花道。
その光景は手前の剣士が受け継ぎ、失われなかった心象。
その心、その美しさ、その景色。
やがてその思いは、血肉に染まる鉱山を一陣の風で変化させる。
【潜在能力解放──桜化。】
~~~
後書き
少年魔物の一人称、元は"私"でしたが、生意気な性格と合うのが"僕"だと思ったので、勝手ながら一人称を"僕"に変えさせていただきました。
すみません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます