魔術王への誓い
「えぇ〜! お兄ちゃん、お出かけするの?」
鉱山を巡る冒険に出る前にアークの武器調達と、急に決まった出張を伝えるために一度店へと戻ってきていた。
「あぁ、ゴメンな……ちょっとそこのお兄さんと山まで行ってこなきゃならなくてな。」
「お家にはいつ帰ってくるの?」
「そうだな、遅く見積っても……明後日だなぁ。」
「明後日には帰ってくる? 絶対に??」
アリスとユーフェルは魔術の鍛錬に忙しいらしく、俺が店を空けると伝えても頷いて了解と残したら会話を再開してしまった。
なんて薄情なんだ……ここは俺の店だし、ユーフェルももうちょっと俺に構ってくれていいじゃないか。
「あぁ、必ず明後日には帰ってくるよ……だから、お姉ちゃんたちと良い子で待っててくれない?」
ベルちゃんはあの魔術しか脳のない二人とは違って俺に構ってくれる。
だが、やはり過去のこともあってか、少しの間でも離れようとすると、やたら強く拒んでくる。
「ほら、アリス! ユーフェル!! 鍛錬も大事だが、俺がいない間はベルちゃんをくれぐれも頼んだぞ?」
「もちろんよ。」「任せてください!!」
な、俺の時は素っ気ない態度だったくせにベルちゃんの事となるとこんなにも声量と態度が急変するなんて………。
「じゃ、行ってくるから……いい子で待ってるんだよ?」
「うん、行ってらっしゃい! 絶対に帰ってきてね!!」
俺は、入口付近で静かに待っていたアークに目配せし、店を出る。
店を出てすぐにベルちゃんが店の入口から頭を覗かせてこちらに向かって必死に手を振っている。
その背後でアリスとユーフェルがベルちゃんの頭を撫でながら、微笑みを浮かべて俺たちを見送ってくれた。
「さてと……さっき見てくれてたならわかると思うけど、鉱物の採取に悠長な時間は掛けられねぇ……街の外に出たら走るぞ。」
「はいはい……まぁこの距離なら走ればすぐだろうね。」
「あぁ、制限時間は今日と明日、明後日の昼を超えるまでだ。」
「はいはい……まぁでもひとつ僕が不思議に思うのは、魔王の配下がなんでわざわざ僕たちの手の届くところに拠点を作ってるのかなんだよね。」
オリハルコンという超希少な鉱物が生えてくる鉱山、それは国家が喉から手が出るほど欲しがるものだ、戦争を起こして略奪するほどに。
しかし、選定級冒険者が加われば話は変わる。
オリハルコンという鉱物で鍛造された武具よりも選定級冒険者が握る鉄の武具の方が強いと錯覚を起こす。
結局のところは、技術者が全てを語る。
オリハルコンを国家が奪い合い、選定級冒険者がそれに介入すれば片方は敗北が決定するのがこの世の道理。
それは魔物と人の間でも等しく。
ならば尚更、人類の管轄であり中枢ともいえるこの大陸の、魔術王や天下五剣の抜刀斎が手の届く範囲にいる鉱山、そんなものをわざわざ奪って支配下に置くだろうか?
手下が命を捨てて行うならまだしも、そこには魔王の大切な配下がいるというのだ。
魔王とて、自分の信頼に置いている四天王のような存在は安易に殺されたくない。
自分にとっての強力な駒なのだから。
だが、彼はわざわざそれを死地に追いやるような事をさせたのだ。
「まぁ……思いつく限りの最悪では、邪神の降臨に成功したのかもな。」
邪神。それは別名、堕神とも呼ぶ存在であり、未だ人類が観測した回数は片手で数えられる程度とされる神々の、堕落した姿。
神々とは本来、天地万物を等しく尊重し、世界の崩壊を防ぎ、維持に務める存在だと伝えられているが、稀に現れる邪神なる者は他の神々とは異なった、自身の強い思想を貫き、世界に大きな被害をもらたす存在。
かつては人類を滅ぼそうとした者もいたと聞く。
しかし、邪神は必ずしも人々の敵わない存在ではない。
人と神は生まれも育ちも異なり、次元さえ凌駕する。
かつてツカサが経験した、理外迷宮での神への惨敗。
姿、形、声、気、匂い、結果、あらゆるものが認識を許さない、真に高位の存在。
刃など届くはずがなく、彼らがもし言葉を発しているのならその悉くは合わせてくれない限りは理解どころか認識すら不可能。
そのレベルの存在。
しかし、過去にそんな怪物を人類の存亡を懸けて戦い、勝利した英雄たちがいる。
人類はそれを
人類という枠組みから逸脱し、神々の領域にさえ達した、次元の壁をぶち破る者たち。
かつての剣士は、その一撃で神々の首をはねたという。
かつての魔術師は、その一撃で次元を吹き飛ばしたという。
かつての銃技師は、その連撃で神々の猛攻を弾き返したという。
それはもはや御伽噺のような世界。
されど、実際に存在し、その記録は今も語り継がれている。
今でいう選定級冒険者という人類最高の称号は、元は超越者という存在のランクダウンのようなもの。
神々がこの地に降り立つがなく、邪な神が現れない故に超越者の歴史は途絶えた。
しかし、魔術王アリスだけは成してこそないが、かつての超越者の魔術師を遥かに凌ぐ実力だとも言われている。
だが、ツカサやアークは例外。
もし、今回の鉱山で本当に邪神が現れるのならば……それはたとえ彼らが相手でも死を意味するのだ。
「もし邪神が相手なら……」
「そんときは天下五剣を引っ張り出す、敵う相手じゃないからな……黙って即退散だ。」
「さすがにね。」
ツカサの意見にアークは考える間もなく頷いた。
「さてと……まずはオリハルコンの依頼を済ませちまおう。」
「了解……全力疾走はいつぶりかな………現役とはいえ、第三位のツカサに速さで勝てる自信はないよ。」
「ふっ……よく言うぜ、俺の斬撃を当たり前のように躱す奴が。時差が限りなくゼロに近い斬撃を躱せる速度を持ってて遅いなんて謙虚にも程があるってもんだ。」
ツカサとアークはお互いに全身をほぐすストレッチを始める。
隣で馬車がゴロゴロと荷台を引っ張りながら通り過ぎたり、速度上昇の魔術を掛けた冒険者のパーティーが俺たちを不思議そうに見ながら走り去っていく。
その背はまだ捉えることができ、俺とアークはトンットンッと地面を軽く弾くように跳躍し、全身の筋肉をこれでもかとほぐし終えると、お互いに片足のつま先を自身の限界まで後ろに。
もう片足は自身の胸板に触れるほどに前傾姿勢となり、両手は軽く添えるように地面に置く。
「距離にして……五百キロといったところだな。
だらしなく息切れしてくれんなよ? 親友。」
互いの顔を見合わせ、突き出す拳を強く叩きあわせる。
「僕だって君の親友さ、その程度の距離で息切れするほど落ちぶれちゃいないよ。」
首都の門を出てすぐの草原、温かな風が俺たちの全身を撫でるのが心地よい。
しかしそれは、意識を限界まで尖らせ、温めきった彼らの肉体にとっては生ぬるく気持ちの悪いものでしかなく、そのあまりにも遅い風の靡きに二人は鼻で笑う。
「よーい………」
アークが銃弾を真上に弾き、その隣を過ぎるように発砲された一発の弾丸は遥か空の上に飛んでいく。
やがてその弾丸は推進力を失い、上から下へと落下を始め、その速さは撃ち出された時を遥かに凌ぐ速さ。
舗装された道路の上に落ちて跳ねる弾丸、そんな呑気な一発を狙ったかのように降下する弾丸は容赦なくその一発を起爆させた。
ありえない強さの衝撃が加わることで弾丸そのものは形状を保てずに崩壊し、中の火薬は着火、やがて閃光が煌めくと二人がドンの合図を口にするより先に、その場から姿を消していた。
その直後、空気の振動はその場で銃声となり、周囲の環境に音を与え、同時に崩壊した弾丸は火薬の爆発で周囲に飛び散る。
しかし、そこには既に二人さえもおらず、飛び散る弾丸の破片たちはすぐに巻き起こった衝撃波に呑まれてその威力は丸ごと打ち消されてしまった。
駆け出した二人の初速は一秒間に五十キロ。
すなわち、約五百キロの距離は彼らが走ればたったの十秒前後で到着してしまう距離ということになる。
一秒間に五十キロの速さ、先程通り過ぎた馬車と魔術による加速を用いた冒険者パーティーは彼らを知覚することなく、ただ突如として発生した暴風に悲鳴と恐怖をわかして被害にあっていた。
姿形、音さえも置いて過ぎ去る二人は、決して苦痛を顔に浮かべるでもなく集中するでもなく、余裕綽々といった顔であっという間に鉱山の入口まで到着した。
「ふぅ……まぁこの程度なら序の口だな。」
「そうだね……久々にこんな速度出したよ! 気持ちがいいものだね! どうせならもっと出してもよかったんじゃないかい?」
二人にとって秒速五十キロという桁外れな速さはまだまだギアをかけ始めた段階であると呟く。
「あれ以上出したら、通行者が死ぬぞ。」
「そうかい? まぁその程度で死ぬようじゃ、外に出るのは控えた方がいいと僕は思うけどね。」
「お前みたいな思想の持ち主は、商人の敵だ。
絶対にお前は商人と仲良くなれないな。」
「ハハッ、確かに僕はいつも商人の護衛依頼だけは回ってこないね。
さて……感じる? 僕は嫌というほど敵の殺意を感じるよ。」
鉱山の入口に突如として現れた二人に、鉱山内の魔物たちは驚愕と困惑混じりな強い警戒心をたてていた。
魔物や冒険者のような生死の狭間で暮らす者は、常に相手の強さを測る感覚を持ち合わせている。
熟練の冒険者や上位の魔物になればなるほど、凄腕の冒険者が現れると直ぐにその腕を見抜いたりする。
だが、持つ感覚に関わらず、選定級冒険者が相手だとその感覚が狂い、壊れる程に高い数値を示す。
自身が蟻となって巨人が目の前に現れるようなもの。
たった一匹の蟻が巨人の足を噛んだところで、毒持ちでもないその蟻は為す術なく、巨人の歩みによる振動で死ぬだろう。
「もはや可哀想だよね。ちょっと良さげな宝箱を見つけたと思ったら、背後からラスボスが現れるようなものだよ。」
「いや当然だろ……俺たちからすればオリハルコンなんてなんの価値も感じないけど、こいつらからすれば下手な魔剣より価値があるんだぞ。
魔王城のそばにあるお宝を頂こうとして魔王が出てこない方が不思議だ。」
入口手前に既に息を潜めているつもりの魔物数匹が、奇襲目的で構えている。
よく考えるものだ、そんじょそこらの魔物じゃ考えなしに突進して斬り捨てられるのがオチだが、こいつらは違う。
魔王直属の配下が鍛え上げた部隊なだけある。
「なぁ、どうせなら面白いことしようぜ。」
「面白いこと?」
俺は亜空間から太刀を一本取り出し、それを腰の帯に刺して構える。
「俺とお前、どっちの方が最終的に多くの魔物を倒せるか……昔よくやったよな、俺が勝つ時もあればお前が勝つ時もあった………結局、今じゃ引き分けに終わってる。」
「そういえば……うん、いいよ! 面白いこと、いいや? 面白すぎることだね………この巨大鉱山の中にいる数はざっと三千かな? おそらく中が壊滅状態に陥れば外から援軍が来るだろうね……この三千を倒した後の援軍でどれだけ数を稼げるか………」
「弾速で言い訳するんじゃねぇぞ?」
「君こそ、天下五剣でもない一太刀で負けても言い訳はなしだよ?」
ツカサとアークは再び、互いに入口手前で武器を構える。
何かを合図を待ってただひたすらに静寂を続ける。
少しして入口の影から一体の筋骨隆々な女の魔物が現れた。
「なんの用だ? ここはオレたちがもう支配してんだ、これ以上を進むってんなら、魔王直属部隊、十二支が一人、この剛拳のゼル──」
女が紹介を終えるより先に、二人はその場から姿を消した。
その直後に彼女は銃声を耳にし、その破片が皮膚を刺激してきたことに気付いた。
「………っ?! てめぇら──……あ、あぁ………」
その場から姿を消す、この表現がもっとも正しい。
なぜなら、彼女は二人が駆け出したことを認識できずに銃声によって遮られたのだから。
やがて、その異常とも呼べる身体能力を前に予感したのは、選定級。
彼女が告げる忠告は、鉱山内の魔物の誰にも届くことはなく。
彼女が振り返るとそこには、奇襲役として構えさせていた鬼王の首が転がっており、目の前に首なしの鬼王の体が倒れようとしている最中だった。
彼女の忠告が鉱山内を響き渡るより先に、二人は再び彼女の前に現れ、互いに血の一滴も衣服につくことなく、瞬きさえ許さない一瞬で鉱山内の三千体の魔物を一掃したのだ。
彼らが歩みをとめた直後、背後の鬼王たちから一斉に血飛沫が舞い、やがて鉱山内で繰り広げられた斬撃や銃撃の数々の轟音がある種の爆弾のような衝撃となって彼女を襲う。
「俺が千五百か……」「僕も千五百だね………」
彼女はそれがなんの数字か理解し、彼らが何故比べ合っているのかも本能的に理解した。
その直後、彼女は無意識に古龍の牙で作られた強固な大剣を前身を覆い隠すように構えた。
直後、刀身は滑らかにぬるりと落ちていき、ツカサが既に背後で納刀の姿勢に入りながら、手前では銃を構えたアークが微笑みながらこちらに銃口を向けている。
「………ははっ……何が"人類は魔物を超えられない"だよ………すぅ、撃ってみろよッ!!」
大きく両手を広げ、額を堂々と見せつけながら彼女はアークを挑発する。
「オレの体には邪神を封印してある。オレを殺せばこいつが世界を滅ぼすかもしれねぇぜ、少なくともあんたたちは死ぬだろ? 見たところ、魔術師じゃない……いくら選定級でも魔術王アリスがいなきゃ邪神なんて到底、相手できっこないからな。」
邪神というワードを耳にした途端、アークはトリガーから指を離しし銃口を下げる。
「気にすんな、邪神がもし本当に召喚された時は俺が天下五剣を引っ張り出す──天叢雲の出る幕ってわけだ。」
「あ、天叢雲……正気かい?」
天叢雲というワードを耳にした途端、魔物の女は顔から血が抜けるように青くなり、すぐに態度を豹変して降伏の姿勢に入った。
「頼む、命だけは……いや命はいい。
だから、どうか魔王様にだけは刃を向けないでくれ! あんた達ほどの者がなんでオレたちを滅ぼそうとしないのかは分からない、だけどその気がないなら好都合なんだ。オレたちだって生きるのに精一杯で、中には殺戮を楽しむ者もいるけどオレたち全員がそうじゃねぇ!
頼む……頼む、許してくれ!!」
天叢雲を聞いた途端に女は地面に額を擦りつけ、涙ながらに許しを乞う。
天叢雲、それは神々がかつてこの地に遺していった、未だかつてその支配力を超えられるモノは存在しないとされている、世界最高にして絶対の支配力を有する天下五剣の一本。
あらゆる概念、事象、存在、その他一切に対していかなる支配力を有し、いかなる優先さえも意味をなさずにただ理不尽なまでの絶対不変な支配力によって必ず一撃を与える剣。
一撃しか与えられないのがデメリットなのか世界を守る為ならばメリットなのかは定かではないが、その一撃に耐えられた存在は神々の伝承にさえ記録されていない。
正真正銘の神剣とも言うべき存在なのである。
「邪神を呼ぶ気がないなら、俺は何もしない。
降参するってんなら、俺たちもわざわざそんな命はとらねぇよ……今回もまた引き分けだな。」
ツカサの発言にアークはため息を吐きながらやれやれと首を左右に振った。
「仕方ないね、僕もそんな酷い真似はできないさ。」
ツカサとアークは共に武器を納め、お互いに一切の殺気が消えたが、それでも彼女の目に映るのは余裕綽々に並び立つ怪物。
「こ、鉱山からは身を引く! 今すぐに異大陸に戻る!!」
最早どっちが悪なのか分からない程に、十二支の女は酷く怯えていた。
「どうやら、警戒するほどの事でもなかったようだね………」
「そうか? まぁ最悪の事態にならなかったのなら、それがベストだしな……さてと、次はミスリルか………」
あまりにも呆気なく解決してしまった依頼に、二人はどこか拍子抜けに思いながらも、切り替えて本来の目的であるミスリル鉱山を目指して地図を開く。
「何処行く気だ……ですか?」
跪いて降伏の意を示していた十二支の女が、ツカサ達の地図に興味を示し、尋ねた。
「近場のミスリル鉱山だ。」
「ミスリル鉱山……あそこに行く気か?」
特に隠したところで何も影響がないと判断したツカサは地図を見せながら答えると、十二支の女は敵だというのに心配そうな目で見つめてくる。
「なんだよ……ヤバいのか?」
「下手に情報を隠しても見抜かれそうだから素直に答えてやる……ミスリル鉱山には理外迷宮から抜け出した魔物が住み着いていると部下から報告を受けている。
あんたら程の実力者なら、あの迷宮に一度は足を踏み入れてるはずだ……あの迷宮の魔物だ、オレたちでも手を出そうとは思わないぜ。」
「おいおい……そんなの国王から聞いてないぞ。」
理外迷宮。その言葉はツカサにとってトラウマを甦らせる悪魔のような場所であり、そこの魔物となればたとえ彼のような天下無敵の存在でも少しばかり緊張と恐怖がわいてくる。
「理外迷宮か……行ったことないかもな、僕はソロで活動してたから危険だと思って足を踏み入れたことなかったけど、そこで生きた魔物と一戦交えることができるなんてワクワクするね。」
隣でアークがふざけた事をぬかす。
だが、別に彼は悪くない。
あそこに住まう魔物は、俺たちの予想を遥かに上回る強者だった。
予想をどれだけし、どれだけ慎重に作戦を練ってもそのことごとくが無駄であると教えられる程に強かった。
「アーク、アリスを呼んでこい──もし相手が理外迷宮の階層ボスなら、俺たちが相手でも勝率は低い。急げ、俺は先にミスリル鉱山に向かう。」
「………彼らを知る君が下した判断なら、僕はそれに従うよ──魔術王アリスとは、何度か関わったことがあるから顔ぐらいは覚えてくれてるだろうし……すぐ呼んでくるよ!」
「行く気かよ………あんな化け物共を相手に。」
ツカサとアークの背で怯えながらに十二支の女は呟いた。
「じゃあ、テメェらが全勢力をもって対抗すんのかよ? 勝てねぇくせに。
怪物の退治は俺たちの領分だ。」
アークとツカサはそれぞれがそれぞれの目的に向かって駆け出した。
~~~
「難しいですね……あともう一歩で白炎に届きそうなのに………」
ユーフェルとアリスは、お留守番を任されたベルと共に公共の訓練場で魔術の練習をしていた。
「ふぬぅうう!! んんん!!!」
「力んではダメよ、力は抜いてイメージするの。
私は今から炎を打ち出すんだっていうイメージ。」
アリスは、白炎魔術の境地に達しようとしているユーフェルを置いてベルと共に魔術訓練をしていた。
「い、いめーじ? ほのおをだすイメージ……」
手のひらで炎が燃え盛るイメージ。
自身が掌握し、自由自在に変化し操作する炎。
ベルはその掌から、小さなマッチの火のような炎を発現させた。
それは限りなく小さく、とても実用的ではないが、アリスはそれを見た時に絶句した。
「嘘でしょ………」
白みがかった黄色い炎。それは限りなく小さいが、たしかにその色でベルの掌の上で踊っていた。
白色に変化する途中の黄色い炎、それは今のユーフェルと同じだけの魔術技量を持つということになる。
「はぁ……疲れた〜!!」
彼女は息を吐き、脱力するとその小さな白みがかった黄色い炎はゆらゆらと射出され、目の前で鍛錬しているユーフェルに迫る。
「フェルッ!! 避けなさい!!」
咄嗟にアリスが叫ぶと、それに反応したユーフェルが振り向き、片手に維持していた黄色い炎を迫り来る炎にぶつけるように放った。
「最悪ね……ッ!!」
アリスはそう吐き捨てると炎と炎を結界で包み、何重にも重ねて展開する。
「おねえちゃん……?」
「ベルにはまだ魔術は早いのかもしれないわね。」
高いレベルの炎と炎の衝突はお互いがお互いの魔術を維持しようと抗い、それは周囲の酸素と魔力を出鱈目に奪い合う魔術同士の戦争状態。
やがて起こるのは、酸素と魔力が無に等しい程に欠如した魔術師において最も避けたい最悪な環境。
魔力が不足した空間には魔力が補填するように集まる。
その繰り返し、魔力を奪い酸素に変える、魔力が枯渇すると魔力が集まる。
その集まる魔力の源は全て魔術王が展開した結界の魔力、それが強制的に分解され、ただの魔力となって今もなお何重にも展開された結界の内側で炎たちの養分となる。
「はやく……押し合いに負けなさいよ!!」
お互いの炎は徐々にその温度を上昇させ、ユーフェルとベルの炎は互いに白炎に届かなかった状態から蒼炎にまで達していた。
それでもなおまだ温度は上昇し続ける。
「あー!もう!! あんたたち、真昼間からどでかい花火、見せてあげるわ!!」
結界の内側で争いを続ける炎魔術たちは結界ごと姿を消し、やがてすぐにはるか上空で姿を現す。
互いの炎魔術は魔術王アリスが構築した濃密な魔力を吸収し、やがてその魔術式は彼女の桁外れな魔力密度に限界へと至り、膨張してなおも吸い続け拮抗をやめない互いの炎魔術は、突如として天空を崩壊させる大きな爆発となって最後を迎えた。
高度約数百メートルにも及ぶ天空からの爆発の衝撃波は訓練場にまで至り、その衝撃はそこにいた人々を転す程に強かった。
「はぁ……危なかった。」
高位の魔術同士がぶつかり合うと生じる、取り返しのつかない事態。
手練な魔術師だとその暴走さえも操るが、ユーフェルはまだそれに至らず、ベルに関していえば無意識に発現させた炎魔術。
彼女にとって自身が持つ力の暴走を目にした時、果たして自分に対してどう思うのか。
アリスは少しばかり心配の目を向けていた。
「わぁ! ねぇねぇ、今のすごーい!!」
そんな悩みもあっさりと打ち払われ、ベルは最初から根っからの無邪気な子供だった。
自身が放った魔術が起こした結果だというのに、恐れることもせずにただひたすらに目を輝かせ、空で舞う濃密な魔力の粒子の雨にただひたすらに「きれい」と呟いていた。
「ふふ………そうね、とても綺麗な魔力の雨だわ。」
降り注ぐ魔力粒子の雨、その一粒一粒は先程まで国ひとつを溶かしかねなかった対国級の成れの果て。
「ベル、貴女は大人になるまで魔術は禁止よ……いいわね?」
「はーい! わたしね!わたしね! 魔術も好きなんだけど、それよりもジュナの遺したあの剣を扱えるようになりたいの!!」
ジュナが遺した剣……あの時、射抜かれて消え散る彼女とは別に遺された二本の剣は、ツカサが店の奥で大切に保管してくれている。
あの剣は一流の剣士が初めて扱えるかどうかの代物らしく、構え方も本来とは異なる非常識的な構えを成立させるために造られたオーダーメイド品だと言っていた。
それを聞いた後でのベルの願望には、少し頭を悩ませる。
「ベルが大きくなって剣を持てるだけの力持ちになったら、その時はツカサに頼みなさい。」
「うん! お兄ちゃんにお願いして、あの剣が似合う格好いい剣士になる! ジュナみたいな強くて頼もしい剣士になる!!」
ベルの曇りない満面の笑みに、アリスは微笑みながら頭を撫でた。
「アリス師匠! アリス師匠!! 白いです!! 白い炎、出来ました!!」
ベルとの和やかな空気をぶち壊すようにユーフェルは片手の上で踊り狂う白い炎の魔術を見せる。
「ついこの前、ようやく黄炎魔術に達したばかりよね………」
ベルの異常な魔術の素質にも驚いたが、ユーフェルの規格外な成長速度にアリスは褒めることさえ忘れるほどに驚愕していた。
彼女の手のひらで燃え盛るのはたしかに白炎魔術。
その領域に達した魔術師はそういない。
「あー……なんだか、あんた達を見てると私がいつか自信をなくしそうだわ………」
かの魔術王は紅炎魔術から蒼炎魔術まで至るまでに二ヶ月を要したという。
しかし、目の前の弟子はひと月もしないうちに白炎魔術まで登り詰め、かたや少女の方は何も知らぬうちから無意識に、無自覚に白炎魔術を放ったのだ。
「フェル……私、あんたが魔術講師を目指すために教えているけれど、もうあんたは対軍級冒険者の上澄みレベルよ。
正直、経験は劣るも技術と質でいえば私たちみたいな規格外に達すると思うわ……まだ、学ぶことあるかしら?」
「あります……私はまだ第四の壁を突破してません、潜在能力も解放できていない………
もっと欲を言うなら、第五の壁も突破したい。」
ユーフェルの真っ直ぐな答えにアリスはため息を吐きながら頷いた。
「第五の壁を突破したい……ね? フェルほどの魔術適性が高い子なら私と並ぶこともできるかもしれない、けどね………この壁はかつて神々さえも滅ぼした超越者でさえ到達しえなかった、人類史上最高難易度の境地と言われているのよ。」
「でも、師匠は超えられた。」
「そうね、私は超えたわ。」
「だったら、その弟子である私も超えられます……私は私を信じてます。
決して、自分の才能を過信しているとかそういう訳ではなく、私は私の魔術師としての成長が第四の壁で終わらないことを信じてます。」
「私が最初に教えたのは、自分の実力を疑わないことよ……まだ手にしていない、至っていない境地の力をまるで自分の実力のように言うのね。」
ユーフェルは決してふざけるでもなく、鍛錬でざわめく公共の場の中心でアリスの瞳を真っ直ぐに見つめながら答える。
「可能性、開花していない力、潜在能力。
そのどれもが、いずれは手にする自分の実力です。
開花していないのなら、させてしまえばいい。
眠っているのなら、起こしてしまえばいい。
不確定な力なら、確定する力してしまえばいい。」
「言うようになったわね……まだ一ヶ月も経っていないって言うのに、まるで長年教えてきた気分だわ。」
「私は私を信じています。
ひと月も過ごせば、師匠の目なら私の力も見抜けるんじゃないでしょうか?
師匠はどう思いますか? 私は私の語る理想像、到れると思いますか?」
「ふん……私に答えを求めてるようじゃ、まだまだ一流にはなれないわよ。
自分を信じてるなら、私に答えなんて求めるまでもないでしょう?」
アリスはユーフェルの頭に手を置き、微笑みながら語りかける。
「でもそうね……信じてるわよ。」
「信じてる……ふふ、じゃあ師匠からの期待も背負って、私が人類で二人目の至高の魔術師になってみせます。」
第五の壁を突破した魔術師は、どの称号を得た魔術師よりも脅威で、どの魔術師よりも高位だ。
魔術というひとつの学問であり、技術でこの世の全てを掌握した技術者。
それが、第五の壁の魔術師。
そして、やがてそれは人々から魔術王と呼ばれる。
「フェル、私はあんたを本格的に魔術王として育てることにするわ。
あんたは魔術講師を目指しなさい、その傍らで魔術王を志すのよ。」
「ははっ……凄いこと言いますね、魔術講師が第一志望で、魔術王は第二志望………」
「私の弟子になったこと、後悔したくてもできないぐらいに、フェルの知らない魔術の真髄を教えまくってあげるわ。」
「ふふ、よろしくお願いします!!」
フェルとアリスは再び、固い握手を交わして誓い合った。
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