分かち合うことのない表裏の世界。

「井戸の底の横に隠し扉って……どんな頭したらそこに作ろうと思うわけよ。」


私とアリス師匠の命令で、盗賊たちはあっという間に指示通り、攫われた人々のもとへと案内してくれる。

この道が、罠でないことは私たちが進むほどに生体反応が強まっていることが示している。


「あんた達……最悪よ!!」


徐々に近づくにつれ、鼻が曲がるような酷い臭いが強まっており、この通路にこんな野蛮な連中が作った隠し通路、そしてその先がさらった人々となれば想像は容易だが、そういった場所を目撃したこともあるだろうアリスにとって、その臭いが何を意味するのかは考えるまでもなく直感で理解した。


「い、いい、命だけはとらないでください!!」


恐らくこの酷い臭いは、血や腐った肉の臭い。


「攫った連中はこの扉の先です………」

「アリス師匠………」


アリス師匠は酷く怒っており、目には盗賊たちに対する確かな殺意で染まっている。

だが、彼女の理性がその殺意より強く、今はその殺人衝動を強く抑えて、なんとか冷静さを保っていた。


「フェル、あんたはここにいなさい。あんたが見たら、きっと吐くわ。」


私は黙って頷き、ベルちゃんを抱えた状態でアリス師匠と一時的に分断した。

盗賊たちは大人しく扉を開け、待機した私を構うこともなくアリス師匠を部屋の中へと招き入れた。


彼女が入っていき、盗賊たちも一緒に消えて扉が閉まりきった直後、扉越しでさえ呼吸が困難になるほどに濃く深い魔力が部屋の内側から漏れて呼吸を阻害してくる。


「かはッ!……あ、アリス師匠が怒ってる………離れないと………」


もはやアリス師匠の怒りによって生じたこの魔力濃度は、魔術師のような魔力に過敏な人間じゃなくともそこにいるだけで苦しさを感じる。

特にベルちゃんのような幼い子には、成長に悪影響をおよぼす。


私は慌てて彼女の魔力から離れ、暫くして泣きながら扉から逃げてくる盗賊たちに同情しながら扉の奥でどす黒い魔力のオーラを放っているアリス師匠を目視する。


「見たことないぐらい怒ってる……あの魔力濃度、片手サイズの量で簡単に国ひとつ滅ぼせそう。」


彼女の魔力がギリギリ私たちに悪影響を与えない範囲まで離れて観察していると、彼女は突如としてその危なすぎる魔力のオーラを封じ込め、扉の奥で屈んで何かをし始めた。


「そういえば……この村って王都から最も近いから、あの程度の盗賊じゃ相手にもならないだろうに、なんで村民たちは勝てなかったんだろう?」


ふと上がった疑問。

あげられるのは、子供を人質に取ったことや彼らでさえ勝ることの出来なかった強者がいること、前者であればいまアリス師匠が怒っている理由があそこに子供たちがいたという事実さえあれば納得できる。

後者であれば、きっとまだ私たちは出会っていないので警戒しておかなければ不意打ちで形勢逆転なんてありえない話ではない。


「私と師匠の二人ならまだしも、ベルちゃんがいる以上、下手に奇襲かけられると困るなぁ………」


師匠いわく、ベルちゃんには私やツカサさんでないと触れることさえ叶わない特殊な結界を張ってあると聞いたが、それでも彼女自身に刃が届かないように守るのが最も安全だ。


警戒をするに越したことはない。

私自身の身を守るためにも、今は逃げ去っていた盗賊たちのいるであろう入口側に向けて生体反応感知の魔術を張っておこう。


「大体からこの村のこんな井戸にさらった人を監禁して、そうまでしてやりたい事なのかな?」


ユーフェルが思い立った純粋な疑問。

人を攫うということは、あらゆる国家でも禁じられた人の自由と生命を脅かす重罪だ。

しかし、国の目が届かない範囲ならたとえ犯罪だろうと行っても目の前に騎士でもいない限りは罰せられることがない。


普通の盗賊は森の奥や、人が寄り付かない山などに拠点を構えると聞く。

その方が、騎士団などが遠征しないと取り押さえられないからだ。


それなのに、彼らはわざわざ騎士団が数分歩けば簡単に着くような村に拠点を構えていた。


何故、この村のこんな場所に構えたのだろうか?


「隙だらけな背中、全く警戒心がない………だ、が、あの奥にいる女が魔術王と聞いたらあんたがその弟子である可能性が極めて高い、魔術師ならわざわざ見る必要もなく魔術で警戒できるもんな……残念だったな、俺は魔力を持たねぇんだ。」


何事かと思えば、私の生体反応の感知魔術に当たることなく突如として背後からペラペラと喋り出す黒のローブを被った男がこちらにジリジリと歩み寄っている。


「近付かないで! それ以上近づいたら、私は容赦なく攻撃します!!」


あまりにも怪しすぎる急接近と、わざわざ魔術師を相手に魔力を持たない人間を送り出したなんて、そんなの不意打ちや制圧のために決まっている。


「おう、ご自慢の魔術とやら……使ってみろよ?」


相手がお望みなら容赦なくそれを実行するまでだ。

私は、片手に黄色い炎の球体を作り、その形を一本の矢に変えて狙いを定める。


「おもしれぇ、魔術はそんな使い方もできるのかよ。」


燃え盛る炎の一矢、その温度は摂氏3500℃。

私がこの矢を放ち、彼との距離が限りなく近くなった途端に温度の制御を解放してしまえば、彼はいかなる武具で対抗しようとも灼熱の温度に溶かされて終わりだ。


「降参するなら今ですよ……この矢の温度は摂氏3500℃、当たれば火傷じゃ済まない、燃え尽きて消えますよ。」

「やってみろよ、あんたの自慢の魔術で俺を負かしてくれよ!!」


話の通じない盗賊は致し方ない。

可哀想だが、彼には燃え死んでもらおう。


人を殺めることは本来は重罪であり、牢獄に何十年とぶち込まれるが、相手が盗賊や罪人であり、それが目の前で証明できる状況下、もしくは自身に命の危険が迫っていて防衛したとあれば、罪に問われない。


この局面、彼が死んでも私は罪人ではない。

無論、人を殺すということに恐怖は感じるが、自分が死ねばベルちゃんも危うい。

アリス師匠は後ろで何かしているので、きっとこっちに意識なんて向いちゃいないだろう。


「では、死んでください。」


私は炎の矢の筈の部分を摘んでいた三本の指を軽く離し、勢いよく飛んでいく炎の矢は飛んでいく最中で制御されていた温度が飛躍するように上昇していき、周囲の空間は熱量で激しく揺らいでいる。


「ふん……こっちは盗賊だ、魔術師に対抗するための武器なんて腐るほどあんだよ!!」


盗賊はそう告げると、一本の魔剣を抜き、華麗な剣筋で炎の矢を斬り裂いた。


魔術殺しの魔剣だろう。

だが、その程度で勝てると睨んだ彼は相当なバカなのかもしれない。


私の魔術は、先刻のマネキンとの対決で証明したように魔力の変換率は百パーセントに達している。

ならば、そこに魔力はなく、それが魔術であることを証明しようがない魔術。

すなわち、物質であり事象であり概念そのものである。

魔力による一切の偽りもない、純粋な炎の矢。


華麗に両断された炎の矢は、その揺らめきによって男の衣服の端を伝い、一瞬にして彼の全身を包み込むように黄色い炎で燃え盛った。


「なッ?! く、クソッ!!」


数千度の炎を前に数秒も耐えられる目の前の男のフィジカルは尋常じゃない。

そう思っていると、男は懐から水色の宝石が埋め込まれた硝子細工の剣のようなものを地面に叩きつけた。


地面で砕け散った硝子と宝石はすぐに彼の身を冷気で包み込み、数千度という炎に対してまるで脅威ではないと言わんばかりにいとも簡単に鎮火してみせた。


「ベルちゃんがいる前で、本腰入れて戦闘は控えたいんだけどなぁ………」


私が亜空間を作る魔術でも扱えたら、彼女を安全な場所に置いて本気で戦闘できるのだが、その領域に達するにはアリス師匠と同じ第五の壁を突破しないといけない。

果てしない修練でも、身につくことが至難の領域。


てか、アリス師匠に預けたら良いのでは?


「アリス師匠ぉお!!」


敵を前に背を向けるのは、極めて危険だが今はアリス師匠を呼ぶことが先決だ。


私は純度百パーセントの水流による障壁で男との間に壁を作り、部屋の奥で何かしているアリス師匠を呼ぶ。


彼女は、私の声が届いたのかこちらを振り向いて、片腕をこちらに向ける。


「嘘でしょッ?!」


私は咄嗟に壁際に向かって前かがみにジャンプするように躱し、背におぶっていたベルちゃんをすぐさま抱きしめるように伏した。


すぐさま、無音に等しい小さな風切り音が聴こえると同時に肉を貫くような惨い音が響き、やがて人が倒れるような音で静まり返った。


終わったのかと慎重に振り向くと、そこには魔術殺しの魔剣が粉微塵に吹き飛び、魔力の残滓が散りながら消えていくアリス師匠の魔術と、それに貫かれて体が消し飛んだ男の頭だけが地面に転がっていた。


「ベルちゃんが起きて、これを見ちゃったらどうするんですか! アリス師匠ッ!!」


男が一瞬にして敗れた光景を見ていた入口に潜んでいる盗賊たちは、いよいよ戦意喪失したらしく、生体反応が上へ上へと逃げていくのがわかる。


私はベルちゃんを壁際に座らせるように寝かせ、悪臭たちこめる部屋の中に踏み込んだ。


そこには幼い子供が手術台のようなものの上に寝かされ、腹を開かれ臓器が抉り出たまま放置されていたり、両手を鎖で縛られ裸体のまま吊るされている若い女性が並んでいた。


「………」

「入ってくるなって私は言ったはずよ……こんなの、あんたが見るにはまだ早いんだから。」


想像を上回る地獄。

大の大人が金目的でなんの罪もない子供を攫い、必死に抵抗する彼らの腹を開き、臓器を抉り出す……吊るされている彼女たちは、おそらく盗賊たちの捌け口にでもされたのだろう。


とてもじゃないが、私が奴隷の頃にいた環境もここまで劣悪ではなかった。

確かに、奴隷少女たちは富者の性的欲求をぶつける為の玩具として扱われたりしやすい。

だが、ここまで酷い扱いはなかなか受けない。


命の保証はされなくとも、サイコパスでもない限り、わざわざ自分が買った奴隷を殺すようなことはしない。


だが、ここにいる人たちは揃ってみんな、飢えや出血などで死んでいる。


「師匠……やっぱり、全員殺しときますか?」

「必要ないわ。こんなの私たち冒険者じゃなくて騎士団の仕事よ。私たちの私情で片付けていいものじゃない。」


「こんなの……あまりのも酷すぎます。」

「そうね、子供まで躊躇わず殺しちゃうんだから、賊ってのはクズよ。」


子供たちの開かれた腹には虫が集っており、腐肉臭で私たちの鼻を強く刺激してくる。


「アリス師匠、もし……ですよ。

もしも、この世界に死者を甦らせる魔術があったとして、アリス師匠なら私情でそんな神の魔術、使いますか?」


私の目の前には罪もなく、そして決してこうなるべきではなかった子供や若き女性たちが死している。


もし、魔術がまだ探求できる、まだ解明できる謎のある、まだ未来のある学問なら。

もしも、この世の絶対不変とされている生者と死者の法則さえもひっくり返すことが出来るとしたら。


「あったら、じゃないわ……あるのよ、死者蘇生の魔術。」

「まぁ、師匠ならそのレベルの魔術も知ってると思ってました……もし、今それが使えたとしてアリス師匠は使いますか?」


彼女は未だ死した被害者たちに手を触れ、顔を悔しそうに歪ませながら決断に迷っていた。


「なるほど……すみませんでした、私がアリス師匠の苦しみも理解せずに無遠慮に聞いたせいで、きっともっと師匠を苦しめることになった………でも、私の意見を述べさせてください。


もし、私が目の前の被害者たちと同じ立場だったとすれば、生き返れるのなら渇望すると思います、けれどそれを行わなかった魔術師に恨むことはありません。

だって、真に恨むべきは彼女たちを弄び、挙句の果てには残虐なやり方で殺した盗賊たちなのだから。」


アリスが先程から部屋に入ってずっと死体の前で何かしていたのは、何かをしていたのではなく死者蘇生というこの世界の絶対不変のルールを覆す神の領域に踏み出すかどうか、それをする程に彼女たちは理不尽な扱いを受けたのか、そんな神の御業で処置すべきなのか、ただひたすらに悩んでいた。


英雄譚や伝説、神々がこの地にいたとされる太古の神話の伝承でさえ、死者を蘇らせる魔術の記録は一切載っていない。

神々でさえ、禁忌とする絶対不変の法則なのだ。


たとえ、地位や種族、個体が違えどそこに命という概念があるのなら共通して死すれば終わり。

肉体と魂は分離し、法則に則った奇跡でもない限り、その魂は肉体に戻ることが許されない。


すなわち、死とは魂の強制送還であり、それはいかなる存在やいかなる支配力をもってしても防ぐことはできない。


ただ唯一、彼女が作り上げた死者蘇生の魔術を除いて。


「………私が作り上げたこの魔術、使うが怖いの。」


アリス師匠はぼそりと呟くように言った。

当然だろう、死者蘇生は時空間を支配して遡行することで死を防ぐなどというのとは訳が違う。

遡行は死の未来が現実となり、やがて過去となった時にその時間を巻き戻し、その死の未来を知っている状態でその未来に辿り着かないように動く、すなわち未来の分岐だ。

死んだ者を蘇らせるわけではない。


だが、死者蘇生は死んだという過去、死というあらゆる存在の支配力さえも押しのける絶対不変を、ただ唯一上回り支配することが出来る。

すなわちそれは、この世界で最も強い支配力であり、過去の死を現在の生で矛盾させるという運命に対する強い抵抗力が必要なのだ。

未来分岐とは異なる、過去から現在未来に対する強制的な書き換え、それを止めてくる世界の抑止力に対する抵抗。


それは、神々ですら恐れ、神々ですら敵わない強大な力。

されど、目の前の魔術師はそんな強大な力さえも捩じ伏せてしまう、死者蘇生の魔術という切り札を持っている。


「もし、この魔術が世間に知られた時……ツカサに嫌われるかもしれないって、怖くて怖くて仕方がないの………」

「ツカサさんに……?」


私は不意に首を傾げたが、すぐに納得した。


「サクラさんの件ですか………」


いまアリス師匠が死者蘇生の魔術を扱えるという事実は、きっと私と師匠だけしか知り得ない情報なのだろう。

そしてそれを知れば、ツカサさんが今すぐに迷宮に行こうと言い出す。

アリス師匠、そして私も必ずそれは止める。


ツカサさんは、そんな私とアリス師匠の強く否定する気持ちよりもサクラさんを救いたいという気持ちが表に出て、必ず感情的になり、最悪の結果、彼が支障に嫌悪感を示して仲間として扱わなくなる可能性がある。


どちらも、間違いではない。

ツカサさんの仲間を助ける術があるなら、助けたいという気持ちは不思議じゃない。

そして彼女を救うということは国や世界、人類もが渇望することだ。

なぜなら、彼女は選定級冒険者なのだから。


それを助けないという判断をアリス師匠が下せば、世界中が彼女を非難してもおかしくはない。

けれど、師匠の選択もまた間違いではない。


理外迷宮に実際に赴き、そしてパーティーメンバーの中でもっとも知能派である彼女だからこそ、理解することができたあの迷宮の危なさ。


「使うの……やめときましょう。」


私は咄嗟にアリス師匠の震える手に、自身の手を重ねた。

彼女は微かに涙を流し、手のひらには小さいながらに有り得ないほどに緻密な魔術陣が構築されている最中だった。


それはきっと、彼女が先程、可能だと述べた死者蘇生の魔術。


「誰だって、怖いものはある……私だってツカサさんやアリス師匠に嫌われるのは怖いです。

アリス師匠が世界でどれだけ凄いとか、強いとか言われてても、師匠だって人の子。

怖いもののひとつやふたつ、あって当然です。」


彼女はやがて肩で呼吸し、身を震わせて涙を抑えることをやめた。

血肉がこびり付いた地面に彼女の涙がいくつもぽろぽろとこぼれ落ちる。


「こんな……情けない魔術師でごめんね。」


彼女から聞いた初めての謝罪。

でもそれは、決して必要のない、決して彼女が発するべき必要のない言葉。


私は、アリス師匠をそっと抱きしめて首を左右に振った。


「いいんです、アリス師匠の魔術なのにアリス師匠以外がそれを使うことを強いるのはおかしいんです。

私は貴女の弟子です、だから私は貴女の考えを尊重する。

もし、この言葉が貴女自身をまた苦しめることになったのなら、そうはならなくていいと言わせてください。


だって、私は師匠の正義感に惹かれたわけじゃない、強さや万能さに惹かれたわけじゃない、ただあの時、学ぶ術がなかった私に教えてあげると申してくれた、私にとってその言葉が私の目指すと決めた夢をどれだけ照らしてくれたか。

どれだけ、私の可能性を高めてくれたか……私はたとえ何があろうと、あなたの背を見て学ぶ教え子です。

そのご決断は決して間違いなんかじゃない、深い思慮の末、下したその最善の選択。

私は素晴らしいと思います。」


彼女の泣き顔は見えない、だけど彼女の泣き声は聞こえる。

初めて聞いた、彼女の背中は逞しく、彼女のか細い両腕はいつもその見た目にそぐわない頼もしさを感じさせてくれていた、彼女の立ち姿はいかなる巨龍や魔王さえも凌駕する強者の覇気を感じた。

だけど、今だけは純粋な一人の女の子に見える。


彼女も人の子であり、彼女もまた人として生きているのだと感じた。


「いいんです……涙が枯れたら、賊と共にツカサさんたちと合流しましょう。」


無実な子供と女性たちの残酷な処刑室の中で、一人の魔術王はただ一人の弟子の胸の中で静かに泣きじゃくった。




~~~




「おい! 助けてくれぇぇぇええ!!!」


村から走って数分でたどり着く、王都の入口。

そこには魔物や他国からの侵略にいち早く気づくために多くの兵が常駐しており、入口へと駆けてくる賊たちの姿も彼らはすぐに認識した。


汗をダラダラと流し、全身にはいくつかの傷跡、衣服は破け、涙で目が腫れている。

これだけの満身創痍ならば、兵はたとえ相手が賊だろうと疑うこともなく、一目散に駆け寄った。


「ど、どうした?! その傷は!! すぐに手当を!!」


彼らが満身創痍である理由、それはユーフェルの魔術によるものが大半だ。

彼女たちに舐めてかかった賊たちが見事に返り討ちに遭い、そしていま彼らは命を救ってもらおうと本来なら避けて通る兵のもとへと駆け込んだ。


「お、お、俺たちの村に!! 二人の野蛮な女の魔術師が来たんだ! すっげぇ強くて、俺たちが村人たちを守ろうにもどうしようもなくて!!

それで、俺たちは一瞬にして吹き飛ばされて……村の女や子供を魔術で作った隠し部屋?みたいなところに連れて行きやがったんだ!

助けてくれ! 俺たちの仲間が殺されちまう!!」


彼らの演技は迫真であった。

その傷や汗、そして表情から疑いようもなく、兵たちはただ鵜呑みにし、急いで騎士団へと報告した。


「ただちに騎士団に報告を! 我々がまずはその例の魔術師とやらを見て参りますので、あなた方はここで治療を受けてください………──」

「ダメだ!あんたたちじゃ敵わねぇ!! あれは、あれは国家さえも覆す強さだ!!」


彼女たちの中にかの魔術王がいることを示唆する発言だったが、焦りと恐怖で呑まれたと誤認した兵は負傷した賊を落ち着かせるために見栄を張った。


「我々はこう見えても、日々の鍛錬で戦闘に関していえばエキスパートです。

ただの賊程度ではなんの問題もございません!」


「あれは……あれは賊じゃない、とち狂った最上級冒険者と選定級冒険者だ!」


その言葉を聞いていた兵の一同はまるで凍ったかのように固まった。

最上級冒険者とは、本来単騎で大国の軍勢を相手にできる熟練の中の熟練。


選定級が世界を滅ぼせるパワーを持つと言われているゆえに小さく見えるが、大軍級というのはもはや物語の中の英雄などと変わらないのだ。


「ただちに、王国騎士団総括大団長に連絡を……」


王国騎士団総括、それはグリエント王国にある全ての騎士団の中で頂点の座をとった大団長。

世界でも数人しかいない、騎士団の中のエリート。


単騎で最上級冒険者と同等の戦力を誇り、全盛期にはそれさえも上回ると言われていた。


賊達は密かに微笑んでいた。

平気で嘘を吐き、平気で自分たちの立場を偽って、平気で人の善良を利用した。


そんな彼らを信じて騎士団は全勢力を注いで出動するだろう、たった一つの村の虚偽の報告によって。


「早くしろぉお!! これは国家が相手にすべき大犯罪だぞ!!

相手は選定級もいるんだ! 選定級の魔術師が!!」


自身で声高らかに告げた事実。

すぐにその兵は冷や汗を流した。


「失礼ですが……選定級の魔術師はなんと名乗っておられましたか?」


賊は涙を流しながら答えた。


「魔術王アリス……そう、名乗ってた!!」


その名を耳にした兵は、先程の根気強い声から一変して膝から崩れ落ちた。

国家を敵に回すことの恐ろしさをよく知る盗賊たちにとって、身元を特定できる発言は勝利の確信に近いが、それと同時に国家にとって魔術王という称号を持つ者を敵に回すことの恐ろしさは、彼女が成した偉業の数々をもってその身に嫌という程知らされてきた。

それが噂や都市伝説として広まれば、たとえそれが真実かどうか怪しいほどの規模の話であっても彼女なら真実だろうという、彼女の実力から推察され勝手に事実にされる、それほどまでに彼女という存在は国家にとって異端なのである。


「ここに騎士王がいれば、頼もしかったんだが……現場に魔術王がおり、彼女が敵対しているとなれば我々国家が制圧しようと全力を注いでも無駄に終わる。」

「兵長! 騎士団から報告が! 魔術王アリスが本当に国家転覆したのであれば、我々に勝ち目はないので彼女の要求を聞けとのことです!!」


もはやそこにいた兵の誰もが、それに似たいくつもの答えを予想していた。

相手は魔王でも古代を生きた伝説の怪物でもない、そんな連中が産まれたての子鹿に見えてしまう、神々が生み出した人類の形をした神の子なのだ。


彼女が実は半身半神でしたと言われて、誰もがそれを否定することはないだろう。

むしろ、そうであってくれなきゃ説明ができないと皆が頭を抱える。


兵たちは各々で武器を持ち、後方の王都の中から直ちに招集されたグリエント王国総括騎士団の主戦力である大団長の部隊がこちらに接近してきていた。


「いつもなら頼もしく見えるあの部隊も、相手が魔術王だと全員が産まれたての赤子に見えるよ……」


賊たちは、兵や騎士団の異常なまでの降伏姿勢。

戦意を最初から持つことはなく、相手に許しを乞い、決して制圧や捕獲なんて視野に入れていない立ち回りに疑問を抱いていた。


「緊急招集だったのでな……少々、気が落ち着いていない者もいるだろう! しかし、魔術王アリスは決して無意味な殺傷はしない、何よりも彼女の傍にはあの天下五剣の抜刀斎がいる!

であれば、窮地の時は彼にも助力を願うことも視野に入れておこう。」


天下五剣の抜刀斎。

若くして選定級冒険者となった太刀術の使い手。

多くの魔剣や聖剣に対して適性を持ち、その適性の幅広さは持つことはおろか近づくとさえ素質が必要な天下五剣という五本の太刀を全て扱える。

歴史上、唯一彼だけがそれを成した。


勇者が聖剣を台座から引き抜くのとは訳が違う。

勇者が聖剣を台座から引き抜くのは一度限り、だが天下五剣はその名の通り、五本あるので台座から五回連続、それぞれが全く異なる伝承と力と意志を持っている剣に認めさせた男。


彼が持つ一太刀に、未だ誰も目にしたことがないが御伽噺では載っている、世界最高にして最大の支配力を有する、一振しか叶わない太刀があるという。


もしも、魔術王アリスが本当に人類の敵になったと言うのであれば、その時は……兵団でも騎士団でも魔術師団でもなく、もはや選定級冒険者たちによる世界を滅ぼしかねない、世界終末戦争だ。


「では、これより! 例の報告にあった村へと向かう! 皆の者、決して陣は崩さずに着いてこい!!」

「「「おぉぉ!!!」」」




~~~




「あれ? おい、森を抜けて村より先に王都が見えてきたぞ……?」

「何故だ……? おかしいな。」


二人はその後、止まることなく疾走し続けて早数分で村がちょうど見えないでこぼこの地形のへこんだ道を走り続けていた。

村の隣にある隠れて見えない道を通過したが故に起きてしまった事態。


ツカサとジュナは周囲を見渡すが、村らしき者はなく、魔術が使えない二人は困りながら王都を背に森側の方角にあるであろう村の姿を確認するために、自身の目を大きく開き、周囲をじっと眺める。


「この上か?」


眺めているとすぐに思い立ったのが、道の隣に遮蔽があり、視覚を遮っていることがわかって二人はそこを上ると、少し離れたところに村があるのが見えた。


「おっ! あれだ、あれだろ!!」

「あれか……ん、あれほどの軍勢がなぜ辺鄙な村に向かっている?」


ジュナが見つけた軍勢とやらに指を差す、そこには総勢数万にも及ぶ超巨大な大軍が、ただの小さな村に向かって進行を続けていた。


「おいおい……あの数の騎士だ、ただならねぇ事があったんじゃないか?」

「……急ぐぞ!!」


ツカサの心配そうな言葉にジュナも駆られて、二人は強く地面を蹴って駆け出した。




~~~




「落ち着きましたか?」


師匠が泣いて数分が経った。

今こうしてアリス師匠を抱きしめていると、愛が芽生えてしまいそうだ。


普段の頼もしい雰囲気からギャップでこんなにも幼い感じになるなんて、あまりにも可愛い。

だが、本人は至って真面目に思い悩んで苦しんだ結果の涙なのだ。


そのように感じるのはあまりよろしくない。


「ありがとう、フェル……じゃあそろそろここを出ましょうか。」

「そうですね、私が先頭を行きます。

アリス師匠はベルちゃんを抱えて着いてきてもらえますか?」


師匠は素直にこくりと頷き、赤くなった目尻の涙を指先でなぞらえるようにとり、鼻を啜って立ち上がる。

いつもの師匠なら、私に指示しないでくれる?とか言いそうだが、今の師匠はそんな余裕すらないのだろう。

今、彼女を守れるのは私だけだ。

今こそ、彼女の弟子としてしっかりと役に立ってみせよう。


私の生体反応探知から賊達は遠ざかっており、村に残っているのはおそらくそこに元から住んでいた村民達だけだと察しがつく。

だが、先程のように探知に引っかからない者もいたので警戒は怠らずに進むべきだ。


隠し廊下を通り、重い扉を開けて井戸の底から天を見上げると、そこには恐怖で酷く歪んだ顔の数々が私たちを見下ろしていた。

その恐怖には明らかな殺意があり、彼らはおそらく私たちが登ってくる最中に不意打ちでもするつもりなのだろう。


「そこ、危ないので退いてください〜!!」


だが、見下ろすことも近づくことさえ許されない状況にしてしまえば話は変わる。

私はアリス師匠とベルちゃんを強く抱き締め、自身の足元に少し大きめな円形の風魔術の陣を展開する。


あまりにも高難易度で、何度も練習しては失敗し、時には怪我もしたが、魔力の操作が慣れてきた近頃ではその失敗も少なくなり、井戸の底から這い上がる程度なら造作もない。


「アリス師匠、しっかり掴まっていてくださいね……思いっきり飛びますよ!」


直後、井戸の底に少しばかり溜まっていた水が勢いよく周囲の円状の壁を濡らし、私たちは重力に逆らうように勢いよく井戸の底から飛び上がり、井戸から数メートル離れた地点に着地した。


「よしッ! 成功したッ!!」

「やるじゃない……」


ただの跳躍強化程度だが、それでも威力やベクトルの細かな調整による魔力の制御は至難の業。

故に、私にとってこの成功は確実で大きな成長の一歩といえる。


「なっ……な、お、おお、おめぇら! お、俺たちの子供をまた攫って!! また殺す気だろぉお!!!」


村民のお爺さんが激怒し、鍬を片手に私たちに向かって少しばかり距離を縮めた。

その手は酷く震え、汗はダラダラと垂れ流し、瞳孔は大きく開いている。

耳を澄ませば鼓動がはやいのも分かるだろう。


「私たちは、この村を襲いに来たわけじゃない……最初から私たちは本当にたまたま逃げてたらこの村に辿り着いただけです。

そこにたまたま、あのような賊がいただけ。」

「う、うう、嘘つけぇえ!! だったら、なんで村長の家を壊した!! あんたの魔術だろう?! 村長を殺す気で魔術を使ったにちげぇねぇ!!」


村長の家で戦闘をしたのは認めるが、壊した覚えはない。

むしろ、私は壊さないようし自身が扱える術式を絞ったのだ。


最後に関して言えば、家を吹き飛ばす魔術をアリス師匠が強制解除してくれた。

だから、私たちが家を壊すような真似はしていない。


「私たちが家を壊した? そんな覚えはないですよ、むしろ壊さないように気をつかって戦ったんですから……あの程度の賊の群れに家が吹き飛ぶ規模の魔術なんて使う必要がない。」

「じゃ、じゃあ誰が………」


お爺さんが指を差し向けた先にはたしかにボロボロに崩れ落ちた村長の家があった。

そして、瓦礫の麓から少しばかり赤い液体の溜まりが見えた。


「ま、待ってください……あの赤いのって……ッ!!」


それが血であること認識した直後、私の体は無意識に動き始めていた。

咄嗟に風魔術と岩魔術を用いて瓦礫を退け、中から出てきたのは下半身がもはや形を留めていない、上半身だけが残された村長の姿だった。


「あ、あぁ……こんなの………」

「フェル……奴らの仕業よ、間違いなくね………」


賊が逃げる際に、何故わざわざこのような罪もない村長を彼自身の家の崩壊をもって殺したのだろうか?

私には理解し難い考え、もはや推察することさえ拒んでしまう邪悪すぎる思考。


村長は私たちを賊たちの贄として利用とした、けれどこれまでの話から察するにこの村の人間は間違いなく賊に脅されて利用されていただけである。


自分の命が何よりも大事なのは理解出来る。

命とは失えば取り返しがつかない代物だから、取り返そうとすれば世界をひっくり返してしまうから。


そんな哀れな村民たちを、とてもじゃないが共犯だと言って追い詰められない。

私がかつて弱者であり、強者のいいなりとなっていたからこそ共感でき、同情を向けられる。


だからこそ、目の前のあまりにも悲惨で残酷な村長の死は、私の奥底に踏み止めていた賊たちに対する澱んだ殺意と怒りを顕著にする。


「フェル……? フェル……! よしなさい、フェル!!」


私の怒りが徐々に理性を蝕み、思考を阻害し、単純で暴力的な考えしか思いつかなくなる。

私の全身からは微かにその殺意が目視できるほどの淀んだ黒い魔力の揺らぎが現れ、その淀んだ黒い魔力の揺らぎは私の掌に集い、それは一本の黒い長剣に姿を変えた。


「フェルっ!! その剣を今すぐ捨てなさい!! 私が許さないわよ!!」


背後からアリス師匠の怒りの声が響く。


「ですが、彼らが存在しなければ村長は死ななかった……子供たちは死ななかった、アリス師匠があの場で思い悩んで恐怖に怯える必要もなかった。

全て全て全て、アイツらが存在したからなんですよ。」

「だから! 騎士団たちに突き出して、あとは彼らに判断を委ねるのが最適解でしょう?!

私たちが踏み込んでいい領域じゃないわ!!」


アリス師匠の言葉はもっともだった。

あまりにも正論で、あまりにもルールに則った言葉。

私が理解を拒みたくなるほどに違わない発言。


「……師匠、悪は滅ぼすべきなんです。」

「いいえ、悪は滅ぼしきれないから悪なのよ。」


「悪が存在するから、いつの世も罪なき人々が涙を流す。

いつの世も争いが絶えない、いつの世も恐怖というものが存在する。」

「悪が存在するから善があるの。

あなたが行おうとしているのは戦う意思のない脅威が消えた賊の虐殺。

それは立派な悪であり、罪よ。


いつの世も悪がいるから、善が存在するの。

悪という存在に怯えるから、善という存在に希望を見出し、人々はそのカリスマ性に惹かれて立ち上がる。

あなたが今、彼らを虐殺することが善だと言うのなら、あなたに悪は滅ぼせない。

善がある処に悪あり、悪ある処に善ありよ。」


私は、自身の握りしめる魔力の塊のような剣を見てため息を吐く。


「師匠の教えに反するのは弟子らしくないですよね……分かりました、私はアリス師匠の弟子なのでその教えに従います。」


ユーフェルは自身の内側から溢れ出る魔力を抑え込み、呼吸を整えて自身の魔力の剣から手を離す。


「よろしい……」

「んん……フェルお姉ちゃん? アリスお姉ちゃん??」


直後、タイミング良くベルちゃんが目を覚ました。

眠たそうな目を擦りながら、アリス師匠におぶられた状態で可愛く呟く。


「起きたのね、いい夢見れたかしら?」

「うーん? あ、でもね! 思い出したことがひとつあるの!!」

「思い出したこと?」


「この村に入った時に見たお兄さんの顔なんだけどね、どこかで見たことあるな〜って不思議に思ってたら、パパとママが私をあの部屋に閉じ込めた日にお家にきた怖いお兄さん達の顔と同じなの!!」


ベルが告げる真実。

ユーフェルとアリスは極寒の魔術を喰らったかのように固まり、やがて村の入口から放たれる大きな声で意識が引っ張り戻された。


「そこの者たちっ!! グリエント王国騎士団総括大団長、ジークと言う者だ……この辺りで村を襲った悪質な女の魔術師が二名いたという通報があったのだが、確かか?」


そこには見覚えのある顔とつい最近聞いた名の人が、大層立派な鎧と剣を付けて乗馬した状態で現れた。


「あっ! この前、メリルちゃんをツカサさんの店に預けてた方ですか?」

「通報にあった最上級冒険者の魔術師は君だったか、ユーフェル殿……それと魔術王アリス殿。

確認したいのだが、この家屋の崩壊とそれによる犠牲者、通報で聞いている井戸の下に繋がる隠し部屋の件は君たちの仕業かな?」


私は両手と首を左右に振り、全力で否定する。


「まさか! 私たちはこの村まで逃げてきて、その時にたまたま盗賊がこの村を根城にしてたんです。

そしたら、その盗賊が私たちを襲ってきたので返り討ちにして追い出して、今からツカサさんたちと合流しようってところでした!」

「手短な説明感謝する。

賊か……まぁ、魔術王アリスとその弟子であれば生半可な戦闘能力を持っていたところで返り討ちにあうのは道理だな。

彼らの傷も、おそらくは君たちを襲おうとした時の自己防衛による魔術行使だと考えているが、間違いないかね?」

「もちろんです!」


ジークさんは深くため息を吐き、馬から身を降ろして井戸に目をやる。


「であれば、直ちに騎士たちにその旨を伝える。

危うく、君たちを誤認逮捕してしまうところだったよ。

無意味な争いが生まれなかったこと、心より安堵する……それと、申し訳ないのだが井戸の中にはもう入ったのかい?」

「はい、アリス師匠と私で……」

「それで……中は?」


私は首を左右に振って悲しげな表情で伝える。


「子供は内臓をくり抜かれ、女は裸体のまま壁際に鎖で並ぶように吊るされてた。

人身売買とレイプってところね。」


「そうか……遅かったのだな………」

「すみません、私たちにはどうしようもできなかったです。」


「いや! これは我々の責任だ!! むしろ、賊を直ちにこの村から追い出し、村民たちの安全を確保してくれたことに深く感謝する!」

「全くよ……はぁ………あ、ツカサが来るわよ。」


アリス師匠がそう告げると、直ぐに部隊の後方から聞き馴染んだ声が届いた。


「ユーフェルっ!! アリス!! 無事かぁああ!!!」

「お嬢様ぁぁぁああ!!! 無事ですかぁあああ!!!」


片方は聞くのが初めてだ。


「あ! ジュナの声だ!! ジュナが来たんだ!!」


ジュナ? メイドの名前だ……。


「え?」


部隊の中をかき分けて現れたのは、汗だくのツカサさんと半透明な肉体の、先程の亡霊だった。


「ジュナぁ!」

「お嬢様!! き、貴様……お嬢様は私が預かる! 降ろして頂こうか?」


亡霊は剣の柄に手を添えながらアリス師匠に向けて告げた。


「はいはい。良かったわね、保護者に迎えに来てもらえて。」


アリス師匠がベルちゃんを下ろすと、すぐに亡霊の方へと駆け出し、本来なら物理干渉は不可能な亡霊のはずなのに、深く厚くぎゅっと互いに抱きしめ合った。


「良かった……ご無事でなによりです。」

「困惑してるだろうから説明するが、こいつが俺たちの強さに白旗上げたんだ、それで自分はお嬢様を守るために着いてくるとか言い出してな……まぁ俺たちがその子に危害加えるようなことをしなければ敵対することはない。

仲間だと思ってやってくれ。」


不思議な感覚すぎる。

仲間が増えたとはいえ、その相手が亡霊となると。


「そうだな……とりあえず、依頼は達成か?」

「そうだった……元々はあの若夫婦の屋敷の調査が依頼でしたね。」


「あぁ、だがこうして二人は屋敷から抜け出したからな……あとはこの二人をどうやって安全な場所に送ってやるべきか………」


「私たちことは気にしなくていい。

私は元より、もしもの事があればと生前に残していた森の家が別にある。

お嬢様が自立できる年になるまで、私が育てる……もうあの若夫婦には迷惑をかけることはない。」


「そうか? まあそれなら依頼は達成なんだが、大丈夫か? 亡霊となれば都合の悪いことが多々あるだろう?」

「だからといって、もはや私たちに頼れる者はいない。

あの襲撃でお嬢様以外は死したからな。」


「俺たちを頼れよ……まぁなんだ、結果的に孤児院とか? あとは養子を求めてる夫婦に預けるとかになるかもしれないが、あんたが不可視となって見守り続ければこのお嬢ちゃんにとっても、あんたにとっても都合がいいんじゃないか?」


「………良いのか?」

「よいのか?」


亡霊の言葉を反復する、理解していないベルちゃんに私はおもわず微笑みがこぼれる。

ツカサさんの提案は、今のジュナさんとベルちゃんにとって断る理由がないだろう。


亡霊がベルちゃんを孤児院に預けるよう申請してもまともに取り合ってもらえないが、相手が選定級冒険者となれば一言告げるだけでベルちゃんには最上級のおもてなしと対応をしてもらえるだろう。


これ以上ないアドバンテージだ。


「では……お嬢様のこと、頼んでもよいだろうか?」

「おう、最後まで依頼は請け負うのが何でも屋のルールだからな。」


ツカサさんは手を差し出し、握手を求めた。

それを見たジュナさんは少し表情が崩れ、微笑みながら手を差し出すと一矢が風を切る音とともにその手は亡霊の肉体ごと粒子となって空へと舞い上がっていった。

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