お化けの出る屋敷

※読んでいただく前に、本話は約1万6千8百文字と長くなっております、休憩を挟みながら読むことを強くおすすめいたします。




「お化けが出る……? 魔物とかではなく、ですか?」

「そうなんです。 新しく購入した、森の入口にある屋敷なんですけど、夜な夜な幽霊のようなものが徘徊してて、以前は旦那が追いかけられてその時に腕を………」


サクラの一件から数日が経過し、久しぶりに大きな依頼を持ってお客さんがやってきた。

どうやら、新しく住んでいる中古の家の様子がおかしいとの事で、冒険者たちに依頼を出しても手をつけてくれないから、なんでも依頼を受けてくれるのがモットーのうちの店に来たのだとか。


「ふむ……冒険者が手を出さないということはそれなりの脅威なのでしょう、騎士団などには伝えましたか?」

「はい……ですが、多忙ゆえに今はそのような些細なことに構ってられないと言われまして………」


遠征終わりで多忙なのはまぁ理解できるが、下っ端も揃って忙しいわけじゃないだろう。

恐らくは魔物や人の類ではない、明らかに現世の存在ではない者が干渉しているというのは話から分かる。


だが、幽霊と対峙した試しはない。

俺の抜刀術が通らなければ厄介だし、アリスの魔術も同様に効果がないとなれば、小さな事件には収まりきらない。


世界的に見ても人類の天敵といえる存在となる、もしそうなのであれば放っておくわけにはいかないし。

何よりも、先程から語る奥さんの隣で腕に何重もガーゼが巻かれた痛々しい姿の旦那さんを見ると、二人にとってこの一件がどれほど深刻なのかも分かる。

奥さんに至っては、俺が唸って考える度にビクリと震えている、必死に依頼の受諾をしてもらえないかと言葉探しをしているのだろう。


ここは間違いなく、俺の出番だ。

さて、ようやく何でも屋さんの仕事ときたかな。


「分かりました。その一件はこちらに任せていただけますか? おふたりはしばらくの間、別の宿に泊まっていてください、危害を加える敵性体となればそのまま家に帰すわけにはいきませんから。」


相手は幽霊だ、俺の太刀が通らない可能性にも備えて相手にする必要がある。

かといって、太刀が通らないなら銃器なんて論外だろう。


物理が通らず、もし魔術も通らないならその時は……を引っ張り出すとしよう。


あれなら、まず間違いなく何とか出来るだろう。


「ありがとうございます!! 良かった、この店に訪れて本当に良かった!!」


奥さんが身を乗り出して俺の両手を掴み、涙をポロポロと流す。

隣で俯いていた旦那さんも瞳に光を宿し、笑顔に変わっていく。


「任せてください、私は元選定級冒険者です………自分で言うのもなんですが、かの有名なですよ?


宿の枕でぐっすり眠っていただいていれば、全てが終わってるでしょう。」


「て、てて、天下五剣だって?!」


次は奥さんの隣で静かだった旦那さんが身を乗り出して、驚いている。


「ええ、ですから安心してお任せ下さい。」

「ごめんなさい、わたし冒険者には疎いもので……天下五剣の抜刀斎ってのは何なの?」


奥さん、それは旦那さんに尋ねなくとも俺が答えるのに。

まぁ、旦那さんは俺を認知してくれているようだからここは旦那さんに語ってもらおう。

この瞬間、嫌いじゃない。


「天下五剣の抜刀斎ってのは、世界で十人しかいない最高峰の冒険者の一人、かつては魔術学院に属しながらも冒険者の最前線を往くパーティーのリーダーをしていた世界最強の剣豪の異名だよ。

選定級の中じゃ、第三位と言われてたけど第二位の剣豪が彼の異名から引っ張って付けられたぐらいだから、僕は彼の方が第二位より強かったんじゃないかと思ってるよ!!」

「だははっ!! サクラが影法師と呼ばれるのは俺の我流抜刀術の唯一の弟子だからですよ。

俺の技を完璧に真似て共に抜刀術の極意を目指した者だから、俺のドッペルゲンガーって意味で影法師の抜刀斎なんです。」


「な、そんな貴重な秘話を……ここに来たのは正解だよ! もうあんな恐怖さっぱり無くなる! この人に全て任せておこう!!」


旦那さんは奥さんの手を取り、意気揚々に立ち上がって俺に頭を下げてくる。


「それでは! どうか、此度の件! よろしくお願いします!!」

「はい、結果が出たら報告します。」


二人が店を出ると、入れ替わるように鍛錬を終えたアリスとユーフェルが帰ってくる。


「ぬぁあ?! ま、魔術王様だ……生で見れるなんて………」


すれ違いざまに旦那さんはアリスの存在に驚愕し、腰を抜かしかけるが奥さんが呆れ笑いながら肩を支えて去っていく。


「え、何あの人?」

「新しいお客さんだよ、なんか森の奥の屋敷に住んでるらしいけどお化けが出て困ってるってさ……冒険者たちが揃って避ける依頼らしいから、相当に厄介な案件だろうさ」


「へぇ〜……あ、はいこれ。」


アリスは腰のポーチからキラキラと光沢を主張する桜の耳飾りと指輪を取り出して、机の上に置く。


「お、さんきゅーな。」


サクラの遺品だ。普通はこういうものは死者の魂が、とか言われて供養しなさいと言われるが、サクラは一箇所に留まるのが嫌いな奴だ。

わざわざ、こんな小さな耳飾り程度に魂を宿して冷静な奴ではない。


きっと今頃、空の上かそこら辺を飛び回ってもう出来てるであろう友達とでも楽しく話していることだろう。


机の耳飾りを手に取り、両方の耳たぶに針を貫通させてがっちりと固定させる。

一瞬、痛みを感じはするが別に魔物と戦う時の負傷に比べたら軽いものだし、痛みには耐性がある。


むしろ、この程度の針が俺の皮膚を貫通できたことに驚きなぐらいだ。


「どうだ、似合うか?」

「えぇ、凄く似合ってますよ。」

「あんた以外に、その耳飾りが似合う奴いないわ。サクラも大喜びよ。」


そこまで褒められると恥ずかしくなるものだ。

だが、悪くはない。


「よし、ちょっと俺は天一桜花を手入れするから、すまないけど先に飯食っててくれ。」

「はいはい、手入れって重ねるとそんなに切れ味って変わるものなの? 昔からあんたって手入れだけは欠かさないわよね。」


「当たり前だ、刃の欠けた太刀は弾切れの銃や魔力切れの魔術師と同じだ。 木の枝を代用して戦う剣豪もいたりすると聞くが、単純な火力不足で劣勢を強いられるのは間違いない。

俺たち剣士にとって太刀や刀や剣は自分の命を預けている、命に等しい重さを持つものだ。


──今日も俺を守ってくれてありがとう、と感謝と礼ぐらいしないと拗ねるだろ? 俺はそう思ってる。」


俺はそう言い残して、暖簾をくぐり裏方へと二人から去っていった。


「本当はサクラの太刀だから大切にしたいだけでしょ、全く……立派な御託並べちゃって。」

「あはは……ご飯、先に頂きましょう、アリス師匠。」




~~~




「アリス師匠、明日わたしが今まで使っていた固有魔術を見ていただけないでしょうか?」

「あら? 以前にそれは全て見せてもらったつもりだけど、もしかして切り札は隠してたの?」


「そうです。ですが、この際なので私では気づかない不完全な点をアリス師匠に指摘していただきたく。」

「いいわ、明日ね……あー、それだったらフェル──」




~~~




「はぁ? ユーフェルも連れていく? 言っとくが、魔物とは限らないんだぞ? それこそ、アリスでさえ最近になって俺の仕事に参加してくれてるが、今回からとなるが亡霊なんてのもザラに相手する仕事だ。

平気なのかよ?」


「私を誰だと心得ての発言かしら?」

「魔術王様は、心までも王の資質を持ってらっしゃるわけですか………ユーフェルもそれで大丈夫なのか?」

「はい! ツカサさんの助力になれるなら、是非わたしにも分担していただきたいです!!」


俺はため息を吐きながらも少し心の奥底から嬉しいという感情が、静かに吐いていた息を吹き出し笑みに変える。


「ははっ! そうか、まぁ魔術の練習にも悪くないしな……元より、今回の依頼で魔術を亡霊に対する攻撃手段のひとつとして考えてた。

その魔術に長けた二人が来てくれるってんなら、正直なところ心強いな。」

「決まりね。」


「もし幽霊が相手なら、俺の偏見だが夜の方が彼らも行動が活発化するだろう。

その時に正面から叩きのめすのが、今回の策だ。」

「脳筋ね……まぁ、朝の方が都合がいいなら朝にしてあげるから安心しなさい。」


「どちらにせよ、依頼者のためにも一日でも早く解決しなきゃならない。

準備ができたらすぐに向かうぞ。」


「了解。」「了解です!」




~~~




ツカサ、ユーフェル、アリスの三人で向かった先は、依頼通りの森の入口付近に建てられた大きな屋敷だった。

そこは木々の蔦や葉でところどころが絡まり、薄汚れた外装が場所と相まって不気味さを醸し出していた。


「ここだな……さてと、気配を確かに感じる。

冷たい……人の気配だな、人型のなにかがいるのは間違いない、警戒していくぞ。」


「待って、生体反応の探知魔術に引っかからない。

 私の魔術をアンチ対消滅してるなら相当な腕よ、でなければ生き物じゃないわ。

幽霊か、相当な手練の魔術師か……。」


「アリスの魔術をアンチできる腕は考えたら面倒だが、まぁどちらにせよ、ただの屋敷じゃないことは確かだ……ユーフェル、準備は大丈夫か?」

「は、はい! 精一杯、サポートさせていただきます!」


彼女は多少不安も混じりながらも力強く、精一杯頷いた。


「よし、入るぞ──」


ツカサが屋敷の扉をゆっくりと開き、最初に彼らを襲ったのは異常なまでの冷気だった。


「さむっ?!……冷蔵庫の中かよ。」


ツカサの喩えは喩えではなく事実とも断言できるほどに屋敷の中は異常なまでに寒く、半袖や半ズボンのような軽装で着たらまず間違いなく体調不良を引き起こす。

魔術による直接的な状態異常ではなく、環境に干渉した間接的な自ら引き起こさせる状態異常を狙うとは……もしこれが狙いならば賢い。


「そうね、暖かくしましょうか。」


いかなる策も、魔術王の前では無意味。

複雑に絡まった罠のような糸も、彼女はそれを解くのではなくハサミで切って抜け出す程に理不尽なのだ。

策にかかっても、その策をそのままばっさりと切り崩す。


アリスは手のひらに小さく紅炎の魔術が発現し、その温度はゆうに千を超えており、周囲の冷気を呑み込むように一瞬にしてその空間を常温に変えてしまう。

炎の温度が人や環境に耐えられない温度をしていても、魔術師の意思で実際に放つ温度は調整出来る。

例えば、ここでアリスがそのまま千度で放ってしまえばユーフェルやこの屋敷はただでは済まない。

俺でも火傷のひとつぐらいはするだろう。


そうならないのは、アリスがこの炎の放出温度を調整しているから、そういった意味でも炎魔術は魔術の制御においてもっとも練習になると言っていた。


「お、いい温度だな……助かるよ。」

「このぐらい余裕よ、それよりもいま私が炎魔術を構築していたら、気持ち悪い魔力が私の構築術式に入り込もうとしたんだけど、本当に魔術師がいるかもしれないわ。」


魔術を構築する術式を、魔術として起こすときには改めて魔力を注ぐ必要がある。

その魔力は、魔術師の体内や大気から引っ張るのが基本だが、魔術師に対して自身の魔力を術式の魔力注入の際に送り込む者もいる。


これは本来、軍で集団魔術を放つ時などに行われる事だが、練度の低い魔力を流すことで本来の出力を下回る不完全な魔術を発動させるといった、相手への妨害にもなる技法だ。


この世でアリスを上回る魔力練度の持ち主はいない、故に彼女が魔力を注げば世界のどの魔術師よりも出力が高い。

それを横から知らぬ者が注入するとなれば、それはどれだけの称号を持っていようとも必ず出力が下がることになる。


彼女の魔術に補助を加えることは、すなわちそれ妨害なのだ。


「気持ち悪い魔力か……相手が魔術師である可能性が濃厚になってきたな。」


人の魔術に魔力を注ぐ技法はそれなりに腕が必要だ、アンチの件もある。

確信ではないが、ほぼ魔術師と睨んでいいだろう。



──ゴトン……!!



アリスが不快感を告げた直後、屋敷の入口まで届く程の大きな音で、何かが落ちた。


「いるな………」

「えぇ、空間把握魔術でこの屋敷内のマップはとれてるわ。

転移魔術で不意打ちを仕掛けてみるのはどうかしら?」


「いや、相手が転移魔術の魔力を感じたら危険だ。

相手もアンチを出来るだけの腕がある可能性がある、転移後に俺たちが行動を起こすより先に先手を取られる可能性もありえなくはない。」


ここは冷静に相手の位置をゆっくりと把握していこう。

まず、音の発生源からこの入口までの距離は感覚で三十五メートルだ。


走れば一秒もかからずに着くが、やめだ。

音と気配を遮断して近づくのが正解かもな。


「ユーフェル、魔力を体外に決して漏らすんじゃないぞ……ステルスだ。」

「わ、分かりました……すぅ………。」


彼女はひと息吸うと、先程とはガラリと変わって魔力独特の気配がキッパリと消えている。

一切の微弱な漏れさえも感じない、流石はアリスの弟子だ。

よくしごかれているのが目に見えて分かる。


「よし。初動は俺が出る、二人はいつも通りで背後から支援を頼んだ。」

「了解。」「分かりました!」


決して足音立てず、気配も漏らさず、殺意なんて以ての外。


意識を深い海の底に落としてしまい、自らの意思など捨て、ただあるがままに体そのものに支配権を譲渡する。

無意識、無自覚、無感覚、そういった状態の人は一切の気配を感じ取らせない。

殺意もなく人を殺し、気配もなく人の背後に立ち、あまつさえ音もなく事を終える。



無想足むそうそくの境地】



──行雲流水こううんりゅうすい神色自若しんしょくじしゃくの構え。



その構えは決して腰を落とすでもなく、力を入れることなく全身はただぶらりと垂れ下がるだけ。

されど、隙はなく、徐々に彼への認識さえも薄まってしまう。

見据えていたはずの獲物が、途端に姿を消し、狩人の背後に現れる。

立場の逆転、慢心や油断から生まれる立場の錯覚。

狩人だと思っていた自分は、獲物だと思い込んでいた獣に狩られる側の立場であることを教える。



秘匿ひとく不干渉ふかんしょう歩法ほほう──仄雲朧月そくうんろうげつ



やがて、彼は誰にも認識されることのない真の無となり、彼自身もまたその身の内側は空虚である。


「あ、あれ?! ツ、ツカサさんは何処に行ったのでしょう?」


突如として、目の前からツカサが消えたことに驚くユーフェル。

その手を読んでいたアリスは、ユーフェルに解説しながら最初に気配を掴んだ場所へ、ツカサが行動を起こすより先に向かう。


「あれはツカサの技のひとつよ。使われたら神様でもない限り、見破れない隠れ身の術って感じね。」


いまアリスたちが成すことは、ツカサの次の行動を予測し、自らそれに合わせて最善手を備えること。


気配と自分たちの距離はわずか数メートル。

そこから先は一歩でも踏み込めば、その者が剥き出しにして向けてくる殺意に呑まれて襲いかかってくるだろう。


この数メートルという距離がセーフティラインであり、決して踏み込んではならないデッドゾーンでもある。


「とんでもない殺意ね。」

「はい、覇気も感じます……ツカサさんやアリス師匠の読み通り、相当な手練のようですね。」


ツカサの行動を待ち、殺意のとまらない先の何者に意識を集中させる。


直後、わずかにその者の気配が揺らめき、やがて部屋の扉を突き破り、私たちの間をすり抜けてその何者かが私たちの退路の壁まで激しく吹き飛んだ。


「ふぅ……備えろ。」


壁にぶつかり、のたれる何者は薄汚れたメイド服を着た鉄製の人型人工物。

端的にいえば、マネキンだった。


その容姿は、マネキンというには細かく造られており、おそらく誰かを真似て造られたのだろう。


ガチガチなどという不快な音をたてながら、そのマネキンはツカサたちを見据える。


「………」


お互い、間合いを拡張しながら見つめ合う強者の時間。

刻一刻と過ぎるが、既に戦は始まっている。


先に動いたのは、ツカサの僅かに開いた抜刀。

もはやその抜刀は抜刀といわず、ただ少し刃を隙間から見せた程度のもの。


されど、その後にマネキンは身を捩って躱し、垂直に放たれた斬撃は壁にぶつかって散る。


通常であれば、家屋の壁程度は容易く斬れる一撃。

けれど、依頼者の家となれば損傷は最低限に抑えなければならない。


故に、致命打となる一撃を放つのはリスクが高すぎた。


「転移魔術を使うわ、離れないで。」


転移魔術でマネキンと共に俺たちが外に出てしまえば話は変わる。

外なら、多少の乱暴も許してもらえるだろう。


アリスは白色の魔術陣を幾つも構築し、やがてそれがひとつに重なって大きな魔術陣はツカサたちとマネキンの足元に現れた。


「──ッ!」


けれど、マネキンが剣を床に突き刺すと同時に構築されていた魔術は、術式が破損し中から溢れるように魔力が漏れ出る。


「魔剣の類だな……魔術式の破壊が主能力ってところか?」


ツカサは深くため息を吐きながら、アリスとユーフェルより前に出る。


「相手が魔術を打ち消すなら、ここは俺しかいないだろ……二人は奥に進んで他に敵性体がいないか調べ上げてくれ。」

「……ツカサさん!」


「こいつが負けるビジョンなんてよっぽどの事がないと見えないわ、安心して行きましょう。」


ツカサを心配そうに見つめるユーフェルの手を握ってアリスは、その対として信頼の目で彼をみた。


「すぐ追いかける、任せとけ。」


二人はツカサに背を任せ、屋敷のまだ知らない場所に向かって走り出した。


「──ギギギ!!」


彼女たちが走り出すと、マネキンは途端に先程よりも乱暴に動き出す。

マネキンの両手には剣が握られており、それは俺の首や腱などの掠れば致命傷となりうる急所を的確に狙ってくる。


「乱暴で力任せだが、狙いは正確だ……」


マネキンゆえに生体反応を探知する魔術に引っかからなかったのか、それとも奴が持つ魔剣がアリスの探知で放出された薄い魔力の波を弾いたのか……生きているなら交渉の余地はある。

だが、ただ命令に従うだけの鉄クズなら斬り捨てるしかない。


「なぁ……あんた、生きてんのか?」

「………ギギギ!!」


鋭い剣の剣先が、何度もツカサの急所を狙うが、ことごとくを弾き、また弾くまでもない剣筋は呆れながらも躱してみせる。


「ギギギギギ!!!」


二人が奥の廊下を進み出した途端に乱暴になりだした、いや戦闘態勢として本腰を入れだしたのか?

もし前者であるなら、こいつを従える親玉がいる可能性が極めて高い。


魔術を打ち消す魔剣も存在はするが、あまり目にしないゆえにこれはオーダーメイドだろう。

となれば、親玉もこれと同じかそれ以上の剣を持っていてもおかしくはない。


魔術師殺しとなれば、アリスであっても相手は容易ではない。

魔力が通用しないとなれば、魔術師はただの肉の的だ。


「あんたが急ぐ理由はなんとなく察したよ。

だが、こっちもそれと似た理由で時間が惜しくなってきた………あんまり時間は割いてやれねぇ。」


とまらない連撃、でもその一撃一撃はツカサにとってあくびが出るほどに遅く、彼はそもそも鞘と鍔との間で覗くたった数センチの刃だけで弾いていた。


「っ! ………さて。」


やがて連撃に減速が現れ始めた頃に隙が生まれ、そこをツカサは渾身の前蹴りでマネキンを再び退路の壁へと突き飛ばした。


「悪いが、この桃色の太刀は抜いてやれない……代わりと言ってはなんだが、天下五剣が一太刀。


──終笛剣、笛薙政綱で相手をしてやる。」


ツカサは天一桜花を腰に差し戻し、片手を何もない空間に突き出す。

やがて、その先の空間は酷く歪みだし、バチバチと雷のような音をたてながら、一本の太刀が姿を現した。


「あんた、生きてんだろ? 魂が入ってんだろ?

分かるよ、だったらこいつは効く──悪いが、いまから最悪のひと時を味わうことになる。」


笛薙政綱──天下五剣の一太刀にして、禁忌の剣に登録された、非人道的な最悪の太刀。


"笛鳴る波の刃、支配と制約の太刀"などと呼ばれていたこともある。


「ギギ……ギ………」


ツカサがその太刀を抜刀したと同時に、頬を撫でるような風が二人を襲い、その直後に先程まで乱暴に剣を振るっていたマネキンはピタリと動きを止め、その場に剣を落とし自分自身も倒れ伏した。


「魔剣の大半は魔術とは異なる……未だ証明されていない未知だ。 一説によると呪いや加護なんて言われているが、俺は太刀や刀、剣に込められた思い……心意だと思っている。


何も考えることができないか……?

なら、あんたは生きているんだ。


思考を可能とする存在であるなら、こいつは効く……なぜなら、こいつの刃は実際のこれとは異なる、あんたの脳内で永遠とも言えるほどに回転し整理し完結しようとする情報を切り刻むのだから。」


笛薙政綱──非人道的な刃を持つ太刀として禁忌の剣に登録された、神々が残していったとされる天下五剣の一本。

この太刀の本質は、対象が完結しようとする情報をバラバラに切り裂き、思考から行動に移すための信号を妨害するというもの。

思考を用いない行動、無意識によるものでさえもその記憶された情報を切り刻み、その行動を不可能とさせる。


まるで悪魔の所業、思考を持つ者が思考を放棄させられ、何も成すことができなくなる醜悪な太刀。

アリスが持つ剣の次にこの太刀は、禁忌の剣では危険視されている。


本来、この使用者が俺でなければ大罪とし問答無用で処刑されているが、選定級冒険者としての実績や太刀使いとして名を馳せたことが救いだ。


「──あんたはもういまどれだけ、自分の現状を理解しようとも、情報を得ることさえできないんだ。

あんたの負けだよ、メイドさん。」


ガチガチと音を鳴らすこともなく、ただピタリと凍ったかのように止まっており、作られた人工の眼も先程まではギロリと殺意がこもり見開いていたのに、今はその瞳孔は限りなく閉じている。


「──あんたは一切の情報を得られない、俺のこの言葉も理解できない、温度も感じない、何をされても分からない。

それじゃ、先に行かせてもらうよ。


あんたを殺めるほど、俺はまだあんたを恨んじゃいないし、少なくとも一度こいつの刃を喰らえば三日は立ち上がることさえ許されない。

その頃には、この騒動も済んでる──じゃあな、後で回収してやるから大人しく寝てるんだぞ。」


笛薙政綱を手放すと、再びその太刀は何もない空間に姿を消した。


「さて、追いかけるか──っ!」


ツカサが踵を返し、アリスたちを追いかけようとした時、マネキンの手がツカサの足首をありったけの力で掴んだ。


「おいおい……マジかよ………」


一切の情報を与えてもらえない状態で、その手を動かし去ろうとする俺を見つけ、やがてツカサの足首を掴んで力を込めた。

これはあまりにも世界の理から外れた異常だ。


笛薙政綱が危険視されている理由を真っ向から否定してしまう、天下五剣を真っ向から叩き潰そうとするだけの抵抗力。

神々が残した剣に抗い、それを成す魂。


「なぁ……あんた程の魂が、一体何を守ってんだ?」


純粋な疑問。

超人や化け物なんて言葉では言い表せられない現実、それを成した魂、生前にそれを成してしまっていたら間違いなくその力はあの神々の理不尽さにさえ抗えたかもしれない。


" 俺がいずれ打ち倒す奴の理不尽な一撃を………。"


「面白いことするな、気に入った──俺はあんたを連れて行ってやるよ。

あんたから殺意を感じない、抱くこともできないんだろうけどな。」


ツカサは倒れ伏したマネキンを抱え、二人が走っていた後を追って駆け出した。




~~~




「この先に長い地下への廊下があるわ……」


アリス達が立ち止まった正面にはごくごく普通の壁があり、隠し扉にしては扉のような形の隙間も、それっぽい仕掛けも見当たらない。


「特にそれらしきものは見当たりませんが……」

「あなたね………眼で周りを見る時は魔力も見なさいっていつも言ってるわよね? ここを見てみなさい、魔力が少し濃いめに溜まってる。

これはここに魔術がある可能性を示唆している証拠よ。」


アリスが指さした先の壁には、確かに魔力がわずかに周りより濃く、しかしそれは普通に魔力を見ていても気づかない程度のものであり、注意された矢先に彼女は「その察知能力は師匠だから成せるのでは?」と少し疑問に思ってしまった。


「そしたら、フェルに任せるわ──この魔術の仕掛け、解いてみなさい。」

「え、えぇぇ?! む、無理ですよ?! 魔術の仕掛けといえどこのタイプのものは魔術式を構築した者の独特な魔力の濃度や流れなどの細かな違いで識別しているはずです。

それを魔術式が誤認するほどに完璧に模倣しろだなんて………」


「あら? まさか、私の弟子でありながら私がやれと言ったことができないのかしら?」

「………やりますよ! やればいいんでしょう!! アリス師匠!!」


薄らと怒りを感じさせる笑みに、ユーフェルもまた拗ねながら渋々と魔術式に手をふれる。


仕掛けを完璧に解くには、魔術式そのものをまず把握しなければならない。

魔術式は元はといえば、魔術を構築するためのレシピであり情報の塊だ。

レシピさえ分かれば、料理は作れる。


それは魔術も同じこと、レシピさえ分かれば魔力量という素材がしっかり足りれば、何一つ変わらない全く同じ魔術を構築可能である。


とはいえ、魔術式は本来──詠唱や想像で魔力が自動的に変換する術式。

その公式などは存在するが、そのことごとくはあまりにも専門的すぎて難解だ。


──魔術式を魔力が通る時に、どのようにその魔力は通って軌跡に文字を残すのか。

軌跡に残った魔力の文字が、一つの魔術として形をなす。


その魔術式のへこみを見て解読すれば成功だ。


一番手っ取り早いのは魔力を流して、魔力文字を見ることだけど、今回のように術式が術師を識別して構築の許可を与えるかどうかが備わっているタイプは不可能だ。


「うーん………アリス師匠、これって正解あります?」

「………いい着眼点ね、答えてあげましょう──ないわ。」


ユーフェルの質問にアリスはニヤリと笑い、何かを確信したかのように答える。

それにユーフェルはすぐに水分生成魔術を構築し、魔術式に流し込む。


本来であれば、水の媒体は魔力ゆえに反応し流し込むという行為に反発を起こすのだが、ユーフェルは魔力から水を作るのではなく、魔力で空気中の酸素原子と水素分子を結合し、純粋な水を作り上げた。

魔力を含まない液体が、魔力という液体ともなりうる存在の代替として流し込まれたら──それは魔術は起動しない、ゆえに失敗に終わる。


けれど、水が去った後の窪みに残った水は魔術式の文字となり、決して術式を刺激せずに確実に魔術式の文字を手に入れることができる。


「よし! あとはこれを解読して……」


浮かび上がる水文字は魔術を構築するための確かな術式として組み立てられており、その細かな内容は、術式解読がまだ浅いユーフェルにとって教えられていない範囲の問題を解いてみろと告げられるほどに理不尽な要求であった。


「できない?」


ユーフェルの絶句した表情に、息を漏らすように笑い、すっとアリスが手を差し伸べた。


「時間をかけてやるなら、水文字でもう一度型を取ってそこに自分の魔力を流して、自分の体に直接この術式を覚えさせることが最も安全で確実なやり方ね。

頭は忘れても体はなかなか忘れないわ。


─ただし、その全ての行いは目の前の魔術が自分の力量を遥かに上回る防御能力を有していた場合よ。」


アリスは目の前に仕掛けられた隠し扉の魔術式に手をそっと触れる。


「あ、アリス師匠……?」

「端的にいえば、めんどくさいトラップなんて全部ぶち壊せば機能しないんだから、壊しちゃいなさい。」


直後、辺り一帯の魔力濃度が生物に影響を及ぼしかねないほどに上昇し、目の前の魔術式はいとも簡単に悲鳴をあげながら弾け、跡形もなく消え散った。


ユーフェルは呆れ笑いながら、まだ微かに感じる仕掛けだった魔術式の魔力に触れる。


その濃度は、端的に言うなら炎魔術で白炎ほどの火力を出せる、つまるところこの魔術式そのものも魔力濃度だけ見れば生物の命を奪いかねないほどの淀みを感じる。

それを遥かに上回る濃密な魔力が、あの一瞬でたった一点に集中して注がれたのだ。

白炎レベルの魔力濃度を誇る魔術式といえど、魔術王には敵わなかった。


「ありえないですよ、普通はそんな芸できません。」

「これは芸じゃないわ、ひとつの技よ。

─それにとても有用だから、鍛えれば鍛えるだけこの技術は光るわ。」


魔力濃度は鍛えれば鍛えるほど増す。

だが、その効果は実際の期待値より遥かに下回り、魔力濃度だけで生物を殺めるには果てしない年月の鍛錬か種族としての先天性の力でもない限り、ほぼ不可能である。


「わ、分かりました……頑張ってみます。」


だが、ユーフェルは弱々しい返事の内心で「私ならできるさ」という根拠の無い自信が湧いていた。

根拠はなくとも、自分の可能性は信じる。


それがアリスから教わった最初で最高の魔術の心理。

自分が自分を否定してはならない、自分は常に自分を信じる。


「さ、隠し扉が消えたから先に進むわよ。」


魔力で維持されていた扉は、仕掛けが消滅したことで連鎖的に魔力の粒子に変わって散り散りに消え去った。

その奥には細く薄暗い地下に続く階段が掘られており、人一人分が順番に入らないと通れないだろう。


「降りるには少し度胸がいるわね……魔術をアンチする連中じゃ、防御魔術を展開しながら進んでも危ういわ。

ここでツカサの到着を待つのもひとつの賢い選択だと思うんだけど、どうする?」


「わ、私ですか?! えっと……私も正直、この先の階段で戦闘が起こると私たちが絶対的に不利なのでツカサさんを待ちたいですね。」

「決まりね。 であれば、ツカサを待ってる間に魔力濃度の鍛錬でも──」


突如、部屋の扉がドンッと勢いよく開き、マネキンを担いだツカサが姿を見せた。


「おっ……早いわね、ってかマネキン担いでるじゃない? 敵性体だった気がするんだけど?」

「待たせたな……こいつ、笛薙政綱喰らってるから、下手なことは出来ねぇよ──とはいえ、俺が二人を追いかけようとしたら足首掴んできたけどな。」

「嘘でしょ?! 生命体ではないという可能性は?」

「いいや、こいつ自体は生きていないが魂が入ってる……魂か肉体があれば笛薙政綱の対象だ。」


「天下五剣の支配力に抵抗するなんて一大事よ?」

「まぁ、別に前例がないわけじゃない。

何かしらの力が備わってるんだろ、ただその抵抗力よりも笛薙政綱の支配力の方が強かったらしいけどな。」


マネキンがツカサに抱えられた状態でギギギと動き出し、隠し通路の方に必死に手を伸ばす。


「嘘……本当に動いてる。」

「そこ、元は隠し扉かなんかか?」


「えぇ、たったいま仕掛けの魔術を破壊したところなの。」

「なるほどな……狭い通路か、魔術アンチの連中だ……俺が先頭を進もう、その代わりにマネキンは誰か担いで行ってくれ。」


「あ、では私が担ぎます! 戦力としてはこの中で一番小さいので、アリス師匠の手を封じるよりは私の方が都合がいいと思います。」


ユーフェルが真っ先に名乗り出て、ツカサからギギギと軋む音をたてながら腕を伸ばし向け続けるマネキンを受け取り、自身の背に抱えた。


「よし、なら俺が前衛、アリスが中衛、ユーフェルが後衛で進むぞ?」

「了解」「分かりました。」


人一人分の薄暗い石造の通路。

ところどころに魔術の照明が置かれているが、その数の少なさゆえか、先が暗闇で隠れていて意識しないと見えづらい。


コツ、コツ、と石造の階段を下る音が、地下通路全体に響き、それ以外は一切聞こえてこない。

だが、相手が音を消す魔術や魔剣などを持っていてもおかしくはない。


決して、警戒は解かずに慎重に一段一段を下る。


階段が終わり、少し開けた一本直通の廊下に出ると、ユーフェルが抱えていたマネキンが先程とは比にならないほどに動き出し、危険だと感じた彼女は咄嗟にそのマネキンを自身の背から下ろして二人のもとに駆け寄った。


「こいつの主までもうすぐそこだよって教えてくれてるのと同じだな。」

「そうね、その為に連れてきたの?」


「まぁそれもあるが、こいつが笛薙政綱を喰らって動けてることが危ないだろ? 目の届くところに置いておくのが一番安全だからな。」

「な、な、何なんですか? 笛薙政綱って?」


ギギギという音は止み、カチカチカチと何かと何かを嵌め込むような音がマネキンから鳴り響き、本来なら立ち上がることさえできない状態で、よろめきながらも確かに立ち上がり、こちらを見て剣を握った。


「おいおい……マジかよ………」

「一体どういう原理で動けてるのかしら?」


「さぁな、元はマネキンだ……信号を介さずに体を動かすなんて理解できないけど、何かそういう構造があるんだろ。」


「………これって危険な状況なんですか?」

「まぁそうね、背後にはボスがいる可能性が高くて退路にとんでもないマネキンがいるとなれば……てか、ツカサ! 魔剣の回収してないじゃない?!」

「わりぃ……普通に斬り合うのが正解か?」


「そうね……でもそんな事すれば、この地下は崩れて私たちはぺちゃんこよ。」


「だよなぁ……どうしようか?」


アリスとツカサが悩み、頭を捻っているとユーフェルが二人より前に出て、マネキンに向けて手を差し向ける。


「魔術は効かないよ、ユーフェ──」

「──生み出すは氷、放つは純情な水の精霊。

その一切に術式は含まず、介すは魔力から成る完全な物質変換。

その一切に魔力の余波はなく、あるは氷水。」


彼女は魔力から練り上げた水をマネキンに向けて放つ。

その元を辿れば、魔力なのでマネキンが魔剣で振り払えば、それは術式が崩壊しただの魔力として霧散する。


──はずなのだが、その水はもう既に魔力という痕跡を消し、実際の水としてそこに存在する。

百パーセントの変換。


ゆえに彼女はたった今、魔術をもって物質を生成したのである。

決してベースが魔力であったという証明ができない、魔術殺しの魔剣さえも騙す百パーセントの水に。


「わぁお………」


魔術殺しの魔剣が適応されない魔術を見て、アリスが普段からは想像もつかないような驚愕を見せる。


水に濡れた魔剣は、やがて術式から辿って迫りくる氷結の波に呑まれ、魔術をもって彼女は魔術殺しを封じてみせた。


「うっそぉ……百パーセントの変換率って、まだ教えて半年も経ってないわよ? とんでもない才能ね。」


魔術が魔術であった証明ができないのならば、それは魔術ではなく物質であり、概念であり、事象でもある。

ただ、そこに至るまでの変換率の上昇、その鍛錬は決して易いものではなく、本来ならば熟練の魔術師が十年はかけないと辿り着けない、第四の壁と並ぶ、もしくはそれ以上の難易度を誇る技術である。


「あ、あんた……フェル、もうとっくに第四の壁を突破してるんじゃないの?」


魔術の行使を終え、深呼吸するとユーフェルは手から散っていく魔力の残滓を見つめながら唸った。


「うーん、もっと変換率をあげられる気がするんですよね………」


魔力変換率百パーセント、それは魔力を媒体とした物質の変換において、魔力の微かな反応や変換しきれていない要素がない、完璧な物質である証明。

だが、ユーフェルが呟いた言葉はその完成系ともいえる変換率をさらに上回る、想像もつかないような領域に可能性を見出しているということである。


「ははは………こりゃ、そのうちとんでもない発見をしそうだな。」

「そうね……真の意味で魔術王の名を継承するのはこの子であると、私はますます確信したわ。」


ガチガチに凍った魔剣は、魔力を流してもその刃が凍っているため、魔術殺しの能力が相手の術式に触れることはなく、故に斬れないただのなまくらである。

マネキンは、瞬時にそれを判断し、地面に投げ捨てると、今度は自身の両手を合わせ、内側の隙間の空間を少し歪ませた。


歪んだ空間からは、貴金属製の剣が二本、姿を現した。


「それ、ミスリルか?」


ミスリル合金、それは鋼の剣を凌ぐ斬れ味と硬質さを併せ持ち、他の金属よりも重量の少ないのが利点な、希少な金属。

その価値は、一本の剣分でもこの屋敷三つは余裕で建てられる程に高価だ。


それが二本、これを買った主は一体どれだけリッチなんだ?


「ミスリルって……それまたとんでもない金属ね、マネキンなんだから品質によっては重量級の金属も扱えるでしょうに、わざわざ軽さが取り柄のミスリルを持たせる理由は何かあるのかしら?」

「さぁな……ただ、こっからは剣の勝負だ。


俺が出──」

「いえ、私にやらせて下さい。ツカサさん。」


ツカサが前に出ようとするところを、ユーフェルが片手で静止させる。


「相手は殺意を抱いたロボットだ。

俺たちみたいに手加減して命まで奪わないお人好しじゃない、意味がわかってるのか?」

「はい、だけど私にとってこのマネキンとの戦いは何かの成長に繋がると思うんです。」


ツカサはアリスに目配りするも、彼女は「させてあげなさい」といった感じに頷き返す。


「そうか……じゃ、俺はここで見とく。

相手は鬼を遥かに上回る戦闘力を持っているぞ。」


マネキンは、もう既に笛薙政綱の支配力から逃げており、最初にツカサさんと対面した時と同じぐらい軽やかに四肢を動かしている。


「──ミスリルって融点何度なのでしょう………」


ミスリル金属の融点、金属加工の専門屋なら知っているかもしれない。

魔術師の基本的な戦い方は大きくわけて三つ。

ひとつは、質量や威力で押し潰すタイプ。

ふたつは、予め魔術式の罠を仕掛けて誘導するタイプ。

みっつは、相手の武器をとことん封じて戦闘不能にさせるタイプだ。


ユーフェルは、手のひらに紅い炎を発現させ、そのゆらめきは風のない地下室で不自然な程に荒れていた。


「アリス師匠、見ていてください!! これが私の固有魔術です!!」


紅炎魔術は、推定温度が一桁から始まり、最大で千五百度まで達する。

だが、彼女の揺らめく炎は紅からすぐに黄色へと変色し、辺り一帯の酸素濃度が極限まで減少し、それと同時にもう片手で作られる水球の魔術は周囲に小さな氷柱のようなものを纏って回転している。


「対比となる属性の同時構築……技術力は凄まじいわ、けれどそれが一体なんの効果を生み出すのかしら?

自分の凄さをひけらかすだけの固有魔術、じゃないわよね?」


カチカチカチという音とともに、マネキンは先頭に立つユーフェルめがけて一目散に飛びかかり、鋭く軽やかで素早いミスリル製の二刀流を同時に振り下ろした。


彼女はその剣に向けて、推定温度が三千度に達する黄色の炎をぶつけ、その衝撃で少しばかり勢いの落ちたマネキンの懐めがけて鋭い蹴りを放つ。


「だりゃあッ!!」

「グギギギ!!」


蹴りの推進力は風の魔術によって強化されており、その威力はツカサの蹴りと遜色ないほど。

故に、マネキンはツカサの時と同様に全身が後方の廊下へと吹き飛び、やがて地面を擦るように転がって二本の剣を手に倒れた。


「ギギギ………」


カチカチカチという不気味な音は変わらず体内から発しているが、既に全身はところどころのパーツに罅が入っており、今にも崩れ壊れてしまう程。


「これで終わり……私の勝ちだよ。」


黄色い炎はミスリル製の剣をいとも簡単にドロドロに溶かしてしまい、灼熱の粘性の液体となってマネキンの手からこぼれ落ちる。

溶岩のようなミスリルの液体に、彼女は氷柱のまとった水球を飛ばし、自身の前方に大きな防御結界を展開した。


水球が射出されると、氷柱が水球を刺激し、やがて急速に温度を下げ、氷にも等しいマイナス温度の液体の状態で、超高温の溶岩のようなミスリルに触れる。

その瞬間、低温の液体が高温の物質に触れると生じる水蒸気によって発生した膜沸騰が崩壊し、圧力を発生させ、やがてそれはミスリルが耐えきれずに、マネキンひとつを容易に吹き飛ばすほどの爆発を引き起こした。


「ほほぅ………」

「賢いわね………水蒸気爆発ってやつかしら?」


カランカランという音とともにマネキンのボロボロの頭が、ユーフェルの足元まで転がり、マネキンが元いた位置には足首とミスリルの残骸、そしえ蒸発しきれなかった水だけが残っていた。


「ふぅ………アリス師匠が見せてくれた雷魔術から着想を得た、属性同士の融合です。

炎で熱した物体を水球の中に放り込むのが本来のやり方だと思いますが、今回は相手が水ではなく高温にしやすい物質を持っていたので、それを利用しました。」


「そういった知識を使った戦い方、魔術師として凄く評価が高いわ……炎単体で、水単体で質量や威力で押すのも悪くないけどこういった低練度でも工夫しだいでそんじょそこらの上級魔術師の単体魔術を凌ぐ威力を出せるわ。

変換率百パーセントも、魔術の属性融合も、あなたの魔術師人生において鍵となる重要な特技よ。


──魔力変換率百パーセントだから、今回の水蒸気爆発も術式破壊が起きなかった、百パーセントだからこそ成せる技ね。」


魔力変換率百パーセントである故に、爆発に巻き込まれる魔力は一切なく、であれば変換した時点で魔術式はもう消えており、爆発に巻き込まれることなく成功できた。

もしあれが術式の損傷や破壊、消滅など起きれば、爆発してる刹那の途中で水が魔力となり、その威力は大きく落ちる上に衝撃で魔力が針のように飛んでくるので、多方面に対する無差別攻撃となって危険だ。


「さて、いよいよこの先の部屋で主がふんぞり返ってるのかしら?」


不気味な廊下の先に見えた、鉄製の重々しい扉で。

ツカサ達は警戒しながら、慎重にその扉を押し開けた。


「悪いが、この家主の依頼で──俺たちは今からあんたを拘束させても……ら……う?」


その先には少女が好むようなぬいぐるみや天蓋付きベッド、窓のようなところには星が無数に描かれた絵が貼られており、その中央で幼い黒髪の女の子が、乾パンを齧りながらぽつんと座っていた。


「危険度のベクトルが違ぇよ………」

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