天一桜花
あれから丸二日ほど経過した。
ツカサは、ユーフェルにとって見たこともない程に酷く暗く、落ち込んでいた。
その様は、話しかけようにも自ら断ってしまうほどに。
どう言葉をかけてあげれば良いか分からない、下手をすれば彼を傷つけてしまうかもしれない。
彼女の困惑と気遣いが交錯して、普段のように話しかけるということが出来なかった。
「あんたさぁ、サクラの事になるとほんと分かりやすいぐらいに落ち込むわね。」
そんなユーフェルの考えを全て吹き飛ばすかのように、アリスは躊躇なくツカサに語りかける。
自身の太刀を磨きながらも、その瞳は虚ろで何かが見えているのか怪しいと思うほど。
そんな彼の酷い表情は、声をかけたアリスの方に向けられる。
「ぶっさいくな顔! もう皆、受け入れた事なんだから、あんたもそろそろ慣れなさいよ。」
「分かってる……分かってるんだ、あいつはもういない事ぐらい………。」
ツカサは椅子を立ち上がり、太刀をいつもの刀掛けに置き、机の上に放置されてずっと気になっていた彼岸花でぎっしりと詰められた束を手に取る。
「今日だろ? 行ってくるよ、もっかい墓を見れば今度こそしっかりと諦めがつくかもしれないしな。」
ユーフェルは終始、意味不明な会話ばかりを続けられて困惑していたが、そんな彼女でも踏み込んじゃいけない話であることぐらいは理解していた。
カランカランと扉につけられた鈴が鳴り響き、背中が悲哀を放つツカサは外出して行った。
「気になる……? 今の話。」
ツカサが飛び出て数秒程してから、アリスがユーフェルに尋ねた。
それは、気になると答えていいのか分からない、踏み込んじゃいけないかもしれない話。
だが、彼女は"自分も何か力になれるかもしれない"という優しさから、その尋ねに頷いた。
「いいわ、最初から話してあげる。」
~~~
「数年ほど前、ツカサがまだ学院生だった頃の話。
私とツカサ、ルルたちはその時からの友人なの。
学院生と並行して冒険者をやっていたツカサが建てたパーティーの元メンバー。
私、ツカサ、ルル、シェリフ、アルク……そしてサクラという子の六人でパーティーを組んでいたわ。
リーダーはツカサ、副リーダーはそのサクラ。
当時から、私やツカサは選定級だったから、私たちのパーティー……
「三人……? ツカサさんとアリス師匠と………」
「サクラよ、彼女もまた選定級冒険者だったの。
彼女は、ツカサと同じ太刀の使い手。
強さに関していえば、私の次に強かったわ……つまり、ツカサより強い太刀の使い手ってわけね。」
「つ、ツカサさんを超える太刀の使い手……」
「
その迷宮は入れば最期、たとえ選定級冒険者だろうと生きて攻略することは不可能な未開の地。
とはいえ、奇跡的に生還した者もいたらしいわ、でもそんな彼らは口を揃えて言ったの。
"あの迷宮は世界の理から外れている。"」
「それって……!」
「そう、その言葉がそのままなって理外迷宮。
生還した冒険者たち曰く、中の魔物は外の世界の常識では測れない、たとえどれだけ自分が強くてもその迷宮の中ではミジンコほどに弱いと感じてしまうとか、色々と言われてたの……それで、当時勢いがあった私たちのパーティーが流れに呑まれて理外迷宮の攻略に行くことになった。
この世の常識も理も法則も全部無視する、世界の内側にありながら内側に在らずの迷宮。
本当にそれ程にぶっ飛んでたわ、迷宮に入って十層に到達するより手前、十層ごとに手強いボスがいると思うんだけど、十層目のボスは私が生まれて二度目の潜在能力の100%解放だったわ。
とはいえ、純粋な火力だとパーティーを壊滅させるから、妨害や支援魔術のね。
迷宮の十層目のボスなんて基本は準備運動。
でも理外迷宮だけは違ったの、そうね……正直、あの迷宮は私が百人いても攻略できるか怪しいわ。
迷宮そのものを吹き飛ばすなら話は変わるかもしれないけど。」
「あ、アリス師匠が……そこまで?」
ユーフェルはその話に恐怖を抱いていた。
歴代最強の魔術師とうたわれる魔術王アリスが百人いても攻略不可能な迷宮、そんなの選定級冒険者が束になっても攻略不可能だ。
選定級冒険者が迷宮の中では、素人冒険者であり、魔術王アリスが中堅冒険者程度に扱われている。
「問題はその先、二十層目のボスだった……そのボスは、もちろん十層よりも強かったわ。
ツカサもサクラも太刀が通らなかった、私の魔術もほとんどが無効化されて、アルクのタンク能力を上回る衝撃を小指の先っぽに触れた程度で生み出せる。
私たちにとっての巨大な怪獣だったわ、あれは。」
魔術王アリスが描く巨大怪獣、ならば私たちが描くは宇宙を手のひらで転がす神とでも言うべきだろう。
「私たちの攻撃が通らなくて退くしかないと思った時だったわ、ボスが消えたの。」
「ボスが消えた……?」
「えぇ、声も気配も姿も消えて……そも、当時はその瞬間から私たちがそのボスを認識していたことが矛盾のように世界に扱われた気がしたわ。」
「世界に扱われた……でもそこは理も法則も通じないって………。」
「それは彼らのイカレ具合を表すのであって、私たちはしょせん人間よ。」
「な、なるほど……。」
「そのボスは私たちが見えなくなる手前で神と名乗ったわ、そして私たちの前から消えた……いや、あれは私たちという人類には認識することができない高次元の存在になったと言うべきかもしれないわね。」
「正真正銘の神様……人が認識できない、理解できない存在。」
「その神様が、ツカサを殺す気で放った一撃、誰も認識できずにツカサさえも、何かいたか?と言った感じだったのだけれど、その攻撃がツカサの肌に届いた瞬間、ツカサはダメージを負うことなくサクラの太刀が悲鳴をあげたわ。」
「サクラさんの太刀……?」
「そう。私たちに認識できる程度の攻撃に成り下がった神の干渉、とでも言おうかしらその攻撃をそこにいた誰よりも、警戒を解いていた中の咄嗟の反応でツカサから守ったの。」
「す、凄い……無意識、無防備からの戦闘態勢、ゼロ距離の攻撃に対する受け流し、ってことですよね?」
「そうね。でも、彼女がその攻撃を受け流した直後に彼女の両腕両足が肉塊になって吹き飛んだわ。」
「………え?」
「あまりにも突然すぎて誰もがその現実を受け止めるのに時間がかかったわ。
当のサクラ本人は痛みに悶え苦しむことはなく、地面に胴体と頭が繋がった達磨の状態で転がり落ちた。
その状態で私たちに叫んだの。」
「………。」
「私を捨てて逃げて」
認識することさえ許さない神の干渉、それを防いだ天罰?
たった一度の防御、それに激怒した神の雷とでも表わす攻撃が、防御に成功した彼女の反応速度を遥かに上回る速さで攻撃した?
もしくは、彼女の両手足が吹き飛ぶ結果だけを与えた……どちらにしろ、神様という理不尽な存在と対面した当時の絶望は聞いているだけで伝わる。
「サクラはおそらく、世界で一番ツカサを愛していた女よ。
当然、ツカサもそんなサクラを恋とは違うだろうけど、家族のように大切にしていたわ。
でも、目の前で達磨になった彼女が必死の顔で叫ぶ、その内容に彼は本能で体が逃げようにも理性で押し殺して守ろうとした。」
「サクラさんは、ツカサさんの大切な人だったんですね………でなければ、あそこまで酷く落ち込んだ様子見せませんもんね。」
「だけど、勝てないと分かった私たちがサクラを置き、ツカサを抱えて理外迷宮から逃げたわ。
それが、パーティーで初めての犠牲者だった。
理外迷宮ということもあって、救助隊も出せずに行っても死ぬだけと分かった私たちは踏み込むことも出来ず、あれからツカサはサクラのいないパーティーを解散し、今はなんでも屋を営い、彼女を忘れて生きようと決めていたはずなんだけど、その彼女の遺品が先日理外迷宮の入口で見つかったと言うんだから、今更そんなことが起きたら当時は涙ながらに助けに行こうと訴えてたツカサにとっては胸がはち切れそうな辛さよ。
これ以上、彼女の遺品が理外迷宮から出てくるような怪奇が起きたら、ツカサはこう思うはずよ」
咄嗟に脳裏に浮かんだ最悪のパターン。
私は無意識に口から溢れ出た。
「サクラさんはまだ生きている……だから探しに行こう……?」
「そうよ。一人でも、あのバカは探しに行くわ……だから、私たちもそりゃサクラの太刀とか取り返したいけど、あまりそういうのが今更出てくるのは好ましくないわ。
ツカサを狂わせる最悪の事態を引き起こしかねないから。」
「………私、ツカサさんが無事に御参りに行けてるか、見てきます! もし万が一にも理外迷宮に入ろうとしてたら怖いので。」
「アホね、フェル程度の力じゃ引きずられて一緒に迷宮内の魔物に喰われるのがオチよ、私も着いて行くわ。」
アリスとユーフェルは背筋を走る悪寒を否定しながらも、足早にサクラの墓の場所へと向かった。
~~~
一ヶ月に一度というペースで欠かさずに訪れる、理外迷宮の隣に作られた冒険者たちの墓地。
そこはもちろん、理外迷宮の被害にあって帰らぬ者となった彼らを弔う為のものであり、その中には生死こそ不確かとはいえ、確実にもう亡くなっていると判断されたサクラの墓もあった。
俺は今月も彼岸花の花束を墓の段上に置き、少しばかり汚れた墓石を軽く流す程度に綺麗にしてやる。
「お前、なんのイタズラだ? 今さら髪留めなんて入口に落としやがって、俺のこと嫌いで嫌いで恨んでるのか??」
その言葉の端々には悲しみが込められ、スっと桜の髪留めは彼岸花と共に添えられる。
「ま、これはお前の落し物だ。
綺麗にしてくれたアリスに感謝しとけよ?」
どれだけ語りかけても返答が帰ってこない。
そんなの、この墓ができた時から知っていて覚悟している。
無神論者として生きてきた俺にとって、幽霊や妖怪などは疑っていたが、あの日の出来事を経験してから神だけはいると知った。
故に、可能性だけが論じられていた概念たちは本当に有り得るのかもしれないという俺の予想。
もしかしたら、俺の隣でサクラが文句を垂れて今月も怒っているかもしれない。
俺の話をバカみたいに笑いながら聞いているかもしれない。
話になりふり構わず、抱きついて愛してるだのなんだのほざいているかもしれない。
そういう可能性を与えてしまう神の存在証明、そしてその可能性は毎月俺にとってはあまりにも辛すぎるネガティブな予想になる。
お前の話を聞いてやりたい、ありがとうと伝えたい、あの世とやらは楽しいかと尋ねたい。
だが、俺がいくら彼女に語りかけようともその返事は俺に届かない。
冷めた空気だけが俺の頬を撫で、風で揺れ擦れる花束を包む袋の音。
虚しく、止まない後悔は俺の拳に力を込めさせる。
「ごめんな、サクラ………」
帯刀していた太刀を傍に寝かせ置き、静かに墓の前で腰を下ろす。
「暫く……ここで一緒に風に打たれようぜ、お前が生きてた頃は一分一秒絶え間なくだべってたよな……だから、今ぐらいは少し静かに休もうぜ。」
絶え間なく靡く柔らかな風、それは俺の心を癒すには足らず、自然と俯いた俺の目尻から涙がポトポトと溢れ出す。
「……ッ!」
必死に抑えようとも溢れ出る涙と悔しさを訴える悲鳴のような声。
「泣くなってか……? お前ならそう言うよな、だけど俺だって人の子だ、泣く時はある……許せよッ!!」
語尾が強調されるほどの息苦しさ。
あの時、二十層の扉を開けることなく、大人しく迷宮から抜けていたらサクラは死ななかった。
アリスが潜在能力を100%まで解放している時点で俺達には敵わないと理解して逃げるべきだった、それなのに俺は太刀を振るい続けた。
その一つ一つを悔やんでしまう、全てを恨んでしまう。
きっと今、神を自称する存在が俺の目の前に現れたら、この世界を斬り断つ一撃だろうとお構い無しに放つだろう。
神殺し、未だかつて人類が成し遂げない永久不変の不可能な称号。
神とは、万物万象を支配し生物には認識さえ叶わない存在なのだ。
「何が神は人を導くだよ……人を滅ぼすのも導きなんてほざくなら、俺は不可能の壁をぶち壊してテメェらを殺してやる。」
背後に見える理外迷宮、その奥深くに潜んでいるであろう、かつてサクラを惨い姿に変えた神を名乗る者に向けて言い放つ。
「俺のサクラを殺ったんだ、俺が絶対にテメェを殺る………もう一度だッ! もう一度、俺は理外迷宮に行く! だがそれはまだ今じゃない、いずれテメェを殺すためにもっともっと強くなる。」
直後、ボトッと何かが地面に落ちる音が入口の手前で鳴った。
何処にも人はおらず、物をそこに投げたのならば俺の目が捉えられないはずもなく、だが俺にはいつ落ちてきたのか分からない何かがぼとりと地面に落ちた音だけが耳に届いた。
「おいおい、サクラ……また落し物か?」
考えたくもないもしも。
俺は重たい腰を持ち上げ、音の鳴った目の前まで歩み寄るとそこには土に汚れた、桜の花の耳飾りと桜色の指輪が付いたままの細長く綺麗な小指が転がっていた。
「……なぁ、冗談だろ?」
俺は考えることを放棄した。
考えたら心がぶっ壊れるかもしれないから、ただ黙ってその指と耳飾りを布に包み、これ以上は何も言わないようにと踵を返して墓の方へと足を進める。
「ねぇ、ツカサ……? 入口の外にいるの?」
「………ッ?!」
突如として耳に届く、聞き馴染んだ……忘れることのない、忘れたくもない、忘れられない声。
サクラによく似た声色が、理外迷宮の入口の内側から聞こえた。
「い、生きてたのか……なぁ、サクラなのかッ?!」
もはや心はかき乱れていた。
目の前にサクラがいる、あの日あの瞬間から悔やみ続け、救いたかったあいつが扉一枚奥でまだ生きている。
きっと髪留めも、この耳飾りと指も俺に気づいて欲しくて技を利用したんだろう。
俺にだって空間に穴をあけて斬撃を転移させるぐらいできる、その応用ぐらいならサクラも容易だ。
これはサクラのSOSだったんだ。
あの日あの時から、サクラはずっと俺たちに助けを求めていたんだ。
やっぱり、俺だけでも理外迷宮に行くべきだった。
今日の今日まで彼女はどれほど苦しんだだろうか?
だが、生きてくれているならその苦しみも俺が今解放してやらないといけない。
俺は理外迷宮の方へと振り返り、扉の前に立ち、再度訊ねる。
「ごめんな、サクラ……いま助けてやるから、ずっとずっと……待たせて悪かっ──ッ?!」
俺が両扉の引き戸に手を伸ばそうとした刹那、今度は見えた俺の少し手前の頭上から空間が裂け、一本の太刀が鋭い刃先を地面めがけて突き刺さるように落ちてきた。
その様はまるで理外迷宮の扉を開こうとする俺を拒むように、桜色の刀身に稲妻が、さながら台風のように荒れ狂って周囲を飛び交う。
魔剣でも聖剣でも神剣でもない、ただの鍛治職人が打った普通の太刀。
されど、その太刀はある者が握ると唯一稲妻を帯びる、世界で一本だけの太刀。
「な、なんだよ! サクラ……太刀で止めるなんて………あ、開けてやるから! ちょっと太刀は退かすぞ?」
「うん、今すぐに開けて欲しい! もう私、苦しくて苦しくて……お願い、ツカサ君──早く助けて」
少し冷静になれば、すぐに見破れたのに。
俺は、目の前の彼女の声に戸惑い狂わせられていた。
目の前の太刀はサクラが愛用している世界で一本だけの太刀、
俺が近づけば、近づくほどにその稲妻は激しく太刀の周囲を飛び交い、彼女の声とは逆に助けるなと伝えてくる。
「お、おい……なんでサクラ、天一桜花にこんなにも力込めてるんだよ! これじゃ、近寄ろうにもお前レベルなら片腕が吹き飛んじまうから、雷抑えてくれ!!」
今の俺には訳の分からない状況だった。
サクラは助けを求めているのに、サクラの太刀は俺の目の前で姿を現し、その救出を強く拒む。
「チッ……あ、あのね! この前、魔物と戦った時に太刀が不調になっちゃって、私の意思とは関係なく勝手に帯電しちゃうの!! お願い、どうにかして! 武器もなくて魔物と戦うには厳しすぎるよ、ツカサ君!!」
強く懇願するサクラの声。
彼女が危ないのは分かるが、俺の目の前には雷神が怒り狂っていると表現してもいいほどにただの太刀が稲妻を放っている。
「なぁ……あんた、本当にサクラか?」
ここまで荒れ狂っている稲妻を見てふと疑問に思った。
最初は彼女の声で感動と歓喜のあまり、我を忘れていたが、冷静さを取り戻し始めた矢先、一気に沢山の疑問が浮かび、飛び交い始めた。
「サクラ、お前程度なら第一階層の魔物は片足一本で十分だったろ? そも天一桜花はお前の意思に比例して稲妻を放つんだ、不調とはいえこいつはお前の忠実なる愛太刀だ。
お前の意思を裏切ったりしない、なぁ……それ以上、サクラを偽って俺を苦しめるつもりなら止めた方がいい………」
「嘘なんかじゃ……なんで信じてくれないの?! ツカサ君!! 私だよ、サクラだよ!! あんなにもツカサ君を愛してる、サクラだよ!!」
「サクラの一人称はウチ、サクラは俺を愛していたが一度たりともその愛が大きいと自分の口で言ったことはない、まだまだ足りないからこれからも愛して大きな愛にするとかほざく奴だ、何があんなにも君を愛してるだ。」
俺はすっかりと心が落ち着き、徐々に怒りへと変わっていき、怒りの波で揺らぎ始める心を冷静に深呼吸する。
「ふぅ……天一桜花、もう大丈夫だ………サクラ、教えてくれてありがとな。」
俺がそう告げて、天一桜花の柄に手を伸ばすとすっかりと稲妻は散って刀身が桜色のただの太刀になった。
「髪留めも指も耳飾りも、俺に扉を開けさせるための罠か?」
「罠だなんて……ふふ、もう騙せないかな?」
「やっぱりか………誰を偽って、誰を騙そうとしたか、てめぇは分かってんのか?」
「わかんなーい!! たったの十九階層で肉達磨になってた女だもーん!!! 馬鹿だよね〜! 実力に見合わないことしちゃってさ、それで無様に死んで……あの子を初めて見つけた時はまだ息があったよ、だから悪趣味なゴブリン達にあげちゃった!」
「サクラをゴブリンに……そうか、そうかそうか………すぅ、ふぅ………」
込み上げてくる怒りをそのまま息に乗せ、深呼吸と共に吐き出す。
ここで怒り狂って迷宮内に突入したら、サクラを偽る目の前のクズの思う壷だ。
「そんな酷い未来にさせてしまった最低なリーダーをそれでも愛してくれるなんてな、こんな時にまで支えてくれるなんて、サクラ……ありがとな。」
バチバチと小さく帯電する天一桜花。
それは彼女の返事を表すかのように。
「ゴブリンに渡したら、あいつら何でも食うし女ならどんな状態でも弄ぶから、肉達磨も為す術なく犯されてたよ〜!! ハハハッ! 言葉一つ話すことなくただ黙ってたのはつまんなかったけど、止血もされていないから青ざめた顔で、複数のゴブリンたちに傷口を抉られながら躊躇なく犯されてた!! さすがの私も見るに堪えないからさ、その場を後にしたんだけど、気づいたんだよね……こういう冒険者の仲間が救い出すために戻ってくる可能性を、だったらそれを逆手にとって騙して扉を開かせる……そして私が抜け出し、こことは別次元の生ぬるい君たちの世界で暮らす……そういう作戦だったんだけどなぁ………どうやら余計なものが邪魔して嘘ついてたの見抜かれちゃったみたいだね。
面白くないなぁ、煽っても君は応えそうにないし。」
本音を言うなら今にも爆発して、この迷宮もろとも世界丸ごと斬ってやりたい。
だが、グッと堪えて怒りは全て息として吐き出す。
「すぅ、ふぅ……すぅ、ふぅ………」
「いいや、私かーえろ! 君つまんない、因みにあの肉達磨の最期はね、バラバラの肉片にされてゴブリンの肉鍋にされて食べられてたよ、ヒヒヒ!」
落ち着け、止まれ……止まるんだ、よせだめだ。
やめろやめろやめろやめろ、抜くな……太刀を振っちゃダメだ。
誰か、誰か助けてくれ……今にも振るってしまいそうなこの太刀を、俺を止めてくれ。
ダメだ、呼吸を忘れるな……怒りは全て息に乗せて……吐き出す。
ガタガタと震える太刀、怒りに染まったどす黒い覇気が重力を覆し周囲の岩や倒木はふわりと浮き始める。
それほどまでに濃密な覇気、下から上へと膨れ上がる覇気の静かで大きな逆流。
「ふぅ……ふぅ………」
「因みに、私も食べたけどね? すっごーーく、美味しかった!! 食べたあとで分かったけど、あの肉だるま、それなりに剣が扱えるんだろうなーって分かったよ!! だから、食べちゃうのは惜しかった!! 私が直して忠実なる下僕にでもすれば、最強の護衛が完成したのになぁ……」
「──ッ。」
俺の中で抑えていた理性の糸はもうもはや限界を超え、ついにぷつりと切れた。
その直後、俺は躊躇うことなく天一桜花を抜刀し、周囲を音波だけで吹き飛ばせるほどの轟音で金属音を鳴らす。
そしてやがて遅れてやってくる衝撃波は周囲の地面を抉り、大きなクレーターを生み出し、最後には斬撃が結果を表す。
「──あんたねぇ、ブチギレる気持ちはわかるけど、この規模は迷宮の入口ぶっ壊すわよ!!」
斬撃はいつまで経っても訪れず、その代わりに大きな魔術陣が真っ二つに切れて犠牲となっていた。
「私の最高峰の物理防御魔術よ、昔からブチ切れたあんたを止めるのは私のこれかサクラのフルパワーだったわね。」
「………悪い。」
「いいわ、どうせ中でひそひそほざいてる奴なんて大したことないんだから、耳を貸すだけ無駄よ。」
「……だな、魔物も言ってたがもうサクラはいねぇんだ! いい加減、本当に諦めるよ。」
俺はスっと納刀し、布に包んだ耳飾りと指をアリスに渡す。
「悪いが、指輪と耳飾りを綺麗にしててくれないか? 中にはサクラの指も入ってる、これは保管してても仕方ないから処分はお前に任せるよ。」
「はいはい、人使いの荒い人ね……いいわ、耳飾り使うの?」
「おう、桜は俺に似合うと思うか?」
アリスは鼻で笑いながら頷き、やがて遅れてやってきたユーフェルが丁度俺のその質問を聞いていたらしく、激しく頷いた。
「あんたならギリね。」「似合いますっ!!」
「決まりだな、付けるよ。
──さてと、ちょっと怒ったのもあるけど久々に技に力入れすぎて疲れちまったな! サクラにも花渡せたし、帰るか!!」
「はい! ツカサさんがちゃんと踏みとどまってて良かったです!!」
「踏みとどまったのは私の魔術のおかげよ、このバカは最後に迷宮をぶち壊す一撃を放ってたんだから。」
「えぇっ?!」
「ははっ、まぁ結果オーライじゃねぇか。」
「バカね、私に感謝して今日もご飯食べさせなさい!」
アリスとユーフェルと三人で墓を過ぎ、帰路に着く。
「じゃなくてもいつも食ってんだろ、いいさ! どうせユーフェルの師匠なんだから、今後も一生食ってけ。」
腰に帯刀した天一桜花は既に稲妻は消え散り、沈みかける太陽の輝きで小さく桜色の輝きを放っていた。
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