不死身の魔物

人の言語を介すことができるほどの知性。

並の魔物とは格が違うのは確かだ。


その上、あの魔物が連れてる軍勢は数百と、少しばかりド派手な魔術でもぶっぱなさないと殲滅が厳しい数。


とはいえ、ここは首都の真ん前。

数百の魔物を消し炭に変える魔術なんて放てば最後、城壁が崩された現状では魔術の爆発の衝撃波だけでも首都内の市民や民家に甚大な被害を与える。


そして現在、その数百の魔物が私とフェルを狙って一斉に駆け出している局面。


うーん、そーだなー……なんて悠長に考えている暇はない。


「転移。」


咄嗟に地面に小規模の魔術陣を展開し、フェルとともにその場から一瞬で姿を消した。


「またかッ?! テメェら! この魔術師、妙な魔術道具を使いやがる! 落ち着いて冷静に狩りやがれ!!」


転移魔術。それは時空間系統の魔術で最も汎用性の高い移動系魔術であり、第五の壁を突破した私だけが人類で唯一扱える魔術。


相手が魔術の組み込まれた小道具だと勘違いするのも、転移魔術のことをあまり知らないのも無理はない。


「吹き飛べ。」


だが、転移してしまえばこっちのものだ。

言語を介する魔物の背を取り、私は魔術陣を使うことなく純粋な魔力の塊を、彼の後頭部めがけて放った。


その魔力の塊は極小の煌めく宝石ほどのサイズにして、人一人を木っ端微塵に吹き飛ばせるだけの爆発エネルギー。


「グゥオェエエエエ?!!」


そのエネルギーが体の内側に侵入し、やがてその中心部でエネルギーを解放する。

それは自身の体の中で爆弾が爆発するような理不尽な攻撃。


あっという間に彼は肉片となり、周囲の草原を真っ赤に染め上げる。


「終わり。頭を失った軍隊なんてカスも同然よ。」


頭角をほんの一秒にも満たないうちに見るも無惨な姿に変えた魔術師。

それに自分たちの知らない奇怪な移動系魔術までも使って背中を取ってくる。


それがわかった途端、いくら野蛮で知性がないといえど彼らは本能で理解する。



自身らが振り返れば頭角が息絶え、その背では竜人族たちが次々と馬から転げ落ちている。

先程まで勝利を確信していたほどの優勢。


されど、たった一人の魔術師が介入しただけで立場は絶望的なまでにどん底へと落ちる。


理解できない強さ、理解したくない状況、支配して欲しくない恐怖、支配されてしまった心身。


逃げてもどうせ転移魔術で追いつかれる、どうせ殺される。

そう直感で理解する魔物たち。


その直後、私とフェルの前で全ての魔物が無謀にも武器を構えて私たちを睨んだ。


「最後の足掻きってわけね………」


ため息が出るが、死に様としては最後まで戦った戦士は格好良い。

勝てないと分かっていながら立ち向かう様は決して侮ってはならない、賞賛を送られるべき行為。


きっと彼らがここで散ったあと、それを受け継いだ魔物たちが私を目の敵にしてまたやって来るだろう。

その時は、彼らを思い出し、敬意を評したりと人間臭いことをしだすに違いない。


やってる事は人と変わらない、なのに人と共存することは出来ない。

なんて悲しくも残酷な境界線なんだろうか。


だがまぁ、私の一人の魔術師であり、冒険者であり、戦士の端くれのようなものだ。

最期を飾りたいのなら、仕方なく付き合ってあげよう。


「散れ──ッ?!」


私が数多の魔術陣を同時に展開しようとした直後、私の首を背後から何者かが掴み、私は持ち上げられる。

何が起きた……まさかフェルが?


いやいやそんなまさかがあるはずない。


「テメェの油断が敗北の原因だよ、ばーか!!」


その声はさっきも聞いた、知性のある魔物。

肉片にまでバラバラに吹き飛ばした頭角の声だった。


「肉片から再生したわけね……!!」

「ご明察。 だがもう遅い、てめぇは逃げられる前に殺し、隣の寝てる女もすぐに殺す。

勝てると思ったか? 残念だったな、俺を倒したけりゃ、塵ひとつ残さねぇ火力が必要なんだよッ!!」


「あぁぁぁああああ!!!」


ミシミシと鳴り響く自身の首、持ち上げられ、地に足がつかない以上はどう足掻いてもフィジカルでは抜け出せない。

魔術師は近接戦闘を得意としない故に、距離を詰められ、捕らえられてしまうと最期だ。


つまり、私にとって最も危惧すべき最悪の状況が起こってしまったという事。


「ふざ……げんなぁあ!!!」


微かに振り絞った力は自身の片足に集中させ、渾身の後ろ蹴りで奴の胸を突き刺すように当てる。


「がふッ!! クソメスが……へっ、いいんだぜ? てめぇがそこを一歩でも動けば、このメスは殺す。」


何とか奴の束縛から逃れられたものの、次は気絶させられているフェルを人質にしだした。

なんとも、人間味のある魔物だ。


結局のところ、知性を持つということは人になることだ。


「腐れ外道ね………自分より強い奴がいたら人質をとって脅す………あんた達もやってる事はただの人間と一緒じゃない! 何が魔物は人より高位だ、よ! 所詮は人の紛い物でしかない、失敗作が!!」


感情の昂りは、言動を荒々しくさせ、その内容は悉くが奴の逆鱗に触れる。


「ふ……ふふ、ハッハッハ!! 失敗作だと……? まるで人類が成功した生命体とでも言いたい面だな? 何を言い出すかと思えば、そんな戯言を。

現に敗北し続けているのは人類だろう?! 失敗作はどちらだ、テメェらこそ魔物である俺たちの紛い物にすぎねぇんだよ!!」


短剣サイズにまで折れて小さくなった剣の荒々しい断面はフェルの首筋に少しばかりの傷口を作る。

たらーと小さな出血が、奴の怒りの上昇を表し、私はそれに焦りながらも冷静になろうと深呼吸する。


「それで……私はどうすればいいわけよ。」

「決まっているだろう……自害しろ、てめぇが死ねば脅威なんて何もねぇ! ここでてめぇを始末するのが一番の策だ、ここで自害しろ……でなきゃ、このメスの命もここまでだ。」


「嘘ばっかり……どうせ、私が死んだ後でその子もすぐに殺す気でしょ………あんた達の考えは見え見えなのよ。」

「ハッ! だが、てめぇが死なねぇならてめぇより先にこいつが死ぬだけだ……こいつの為に死ぬか、こいつを先に殺すか………てめぇが選びやがれ!」

「………ふん、私は何もしない。」


「そうかよ、じゃあこいつを先に殺してその後でてめぇも殺すッ!!」


荒々しい断面の短剣は力いっぱいに振り切り、フェルの首を容赦なく掻き切る───ように見えた。


そこに短剣はなく、フェルの首から垂れていた出血は綺麗さっぱり消え、彼女の意識はその直後から徐々に覚め始めた。


「なっ?! お得意の奇怪な移動魔術かよ!! だったら、噛み殺してやるまでだ!!」

「フェル!! 魔力の応用、やってみせなさい!!」


意識を回復させ、朧気な中で響き渡るアリスの声。

ハッキリとしない脳の中で、確かにその言葉を彼女を理解し、無意識というに等しいほどに素早く、奴の大振りな噛みつきに対して大きな魔力の塊が押し込まれた。



自身の真横で放出させる魔力の塊、私のそれとは異なるので大きさはテニスボールほどとはいえ、そのエネルギーは人の頭ひとつを吹き飛ばせられるか程度。

だが、その衝撃波必ず彼女自身にも被害を与えるはずだ。


私が望んだのは相手の攻撃を防ぎ、離れてからの発動だったが、その位置での起爆となれば、自身の首か頭にも影響が出るはず。

私が一番危惧した事が起きていなければいいが……。


爆発は存外にも大きく土煙が立ちこめたが、それはすぐに去り、そこには頭角の頭が再度吹き飛んで首から上がない化け物と、自身の側頭部に艶があるほどに練度の高い対魔術特化の防護障壁が張られていた。


「やるじゃないッ!」


その防護障壁の練度は、私のさっきの魔力の塊をぶつけても傷一つつかないであろう程の硬度。

魔術王の指先の魔力を防ぐ、という事だ。


片手を使えば国家なんて滅ぼせる私の指先の魔力。


まだあまり月日が経っていない、無意識状態の彼女が織りなす、おそらく現状で最高練度の魔術だ。


「やるじゃない……上出来よ、フェル。」


頭を失った奴は脱力し、再度死す。

だが、首から下が残っている現状ではまた生き返るのがオチだ。


それに後ろでは、先程まで緊迫していた故に足を止めていた魔物の軍勢たちがまたその駆け出しを再開した。


「フェル! 転移するから、手を──」


咄嗟にフェルの手を取り、その直後に背筋に悪寒が走った。


「──伏せるわよッ!!」


何かがくる、その気配を予知した私は転移魔術を行使するよりも先にフェルとともに地面に伏せた。


その悪寒の正体は私とフェルが伏せた直後に、凄まじく大きな、そして鋭い刃のような衝撃波として私たちの上を通り過ぎた。


すなわちそれは、私たち目掛けて駆け出していた数百の軍勢を一度に殲滅する対軍級の技。


「悪いな、遅くなった。」


その技の正体は、伏せた私たちの目の前で太刀を片手に微笑みながら現れた。


「あんたね〜!! 私があそこで伏せなきゃ、フェルと私も真っ二つだったんだけど?!!」


「アホか、俺がそんな危険なことしねぇよ……太刀を極めた俺だ、お前ら二人がいる空間だけに殺傷性を持たせなくするぐらいの技術はある。」

「意味わかんないわよ!! それでもあの衝撃波が当たれば、フェルは怪我してたわ!!」


「そ、そりゃあ悪かった……衝撃波にそこまで小細工できねぇんだよ………」


「あ、あの……アリス師匠、ツカサさん………あの魔物が、もう起きました………」


首から上が再生し、ゴキゴキと骨を鳴らして立ち上がる奴は揃った私とツカサを見てため息を吐きながら睨む。


「揃って外道な戦い方の魔術師と抜刀術使い……へっ、探す手間が省けたぜ?


そこの魔術師は興味ねぇが、ツカサだったな、選定級とかいうやつの首を持って帰りゃ、魔王様も大喜びだ! てめえだけは絶対に殺すっ!!」


「は? はぁ?!! わ、わた、私も選定級なんですけど〜?!! しかも私は歴代最強の選定級冒険者です〜!! こんな隣にいる冴えない顔の技もヘッタクソな剣士とは格が違うんだから!!」


「てめ……まぁだが、あんたさんよ……俺たちにちょっかいかけるのはいいけど、この金髪がぶっ飛んだ強さしてるのは本当だ。

それに俺の技を見切れないあんたじゃ、勝ち目はない………俺たちという脅威がいるとあんたのところの魔王とやらに伝えて少しでも被害を減らしてくれるなら、俺達もこれ以上は手を出さねぇ。


どうだ? 命が助かるんだ、悪い話じゃないはずだろ?」


「不死身の俺に命が助かる……だと? ほざきやがって………てめぇが俺を殺すことなんて不可能なんだよ!!」


聞く耳を持たない魔物に、ツカサはため息を吐き、カチャリと少し太刀を抜く。

少しばかり見えた太刀の刃は光り、そして目の前で怒り狂う魔物の手足はヌルッと落ちた。


「不死だとして……あんたが勝てる見込みもねぇ、何度やっても勝負はつかないぜ。」

「ふん、何度でも生き返ってテメェらが疲れ果てて命を差し出すまで繰り返してやる!! テメェらを地獄の底まで追いかけて、その肉体もろとも滅ぼしてやる!! 絶望に嘆く顔を見るまではぜってーに許さねぇ!!」


「こっわ……私、こういう粘着質な人嫌いなのよ。」

「ま、魔物ですよ……アリス師匠。」


「悪いが、お前が不死の最強の魔物だとしよう……だが、こっちは万物万象、いかなる概念さえも支配した歴代最強の魔術師だ。

意味がわかるか? 不死の概念なんて打ち消す魔術のひとつやふたつあるんだよ……なぁ? アリス。」


「はぁ?! いやまぁ……あるっちゃあるけど、それをあんた、今から私にやれって言うの?!」

「仕方ねぇだろ! こいつが不死身で、粘着してくるって言うんだからよぉ!!」


「あ、あの喧嘩しないで! あの魔物は塵ひとつ残さずに倒せば生き返れないって自分の口でさっき言ってたじゃないですか! アリス師匠!!」

「あっ……そういえば言ってたわね?」


フェルのナイスすぎるアドバイス。

それは先程まで優勢だった魔物の全身に冷や汗が流れるほどに覆った。


「塵も残さずに………言っとくが、こいつの魔術は世界さえも消し飛ばすぞ? 俺の太刀もお前程度を消し飛ばすなんてわけない。」

「………わ、分かった。 ここは俺が下がる………だが! 次にあった時は覚えてやがれ、てめぇもてめぇも、てめぇも覚えた!! 三人とも、俺の手で必ず!! 地獄のどん底に落としてやるからなッ!!」


逃げる様まで負け犬極まれり。

奴は魔術を用いて身体強化を施し、馬よりも速く森の中へと消えていった。


「ふぅ……逃がしちゃまずかったな、あいつなら本当にまた仕掛けてくるかもしれない。」

「どうせ、ちゃちな事よ──フェルは私が責任もって守るわ。」


「お? そ、そりゃ俺だってユーフェルは守るさ!!」

「あ、ありがとうございます……」


「ま……これは俺がまいた種なんでな、次に奴が本当に仕掛けてきた時は本気で相手する、三度目はないってやつさ。

二人とも、魔術の練習中に悪かったな。」


「本当よ、でも……フェルの成長にも繋がったから全てが不運だらけではなかったわね。

無意識に魔力制御をしてた、第一歩ね。」

「はいッ!!」


時刻は昼が終わり、夕刻が迫ろうとしていたぐらい。

魔術練習も丁度良く終われそうなので、フェルとツカサと共に帰宅することにした。




~~~




「くそッ!くそッ!! この際だ、俺が次攻めたら俺の命は確実にない。

だが、そんな命なら賭したっていい……嘘だろうとなんだろうと、あらゆる手を使ってでもあの傲慢な人間共と全面的な魔人戦争をしてやる!! どちらが上で、どちらが優れているのか、もう一度人間どもに知らしめてやる!!」


満身創痍でいつ意識が飛んでもおかしくない状況、されどあの三人への恨む思いと復讐したいという気持ちが、悲鳴をあげながらも俺の意識を身体に紐づける。

森の中を駆けていると、色々な集落が見える。


ゴブリンだったり、オークだったり、エルフだったり、だがその全てが魔物だ。

人類の集落、村里はひとつも見かけない。


まぁここが魔物の生息地なのもあるが、それを理由に近寄らない時点で魔物の方が人類より優れているのが分かる。


それをあの連中はよくもまぁ傲慢な態度でパチこいたものだ。


「──まずはにご報告だ。」




~~~




「パパァ!」


魔物の襲来から暫くして、グリエント王国の騎士団が遠征から戻ってきたので、メリルちゃんのお父さんである、ジーク大団長がこの店に迎えに来た。


「いやぁ、助かったよ! メリル、ちゃんといい子にしてたか?」

「うん! あのねあのね、わたしご飯食べた後にツカサお兄ちゃんと毎日お皿洗いしたんだよ!!」

「そうかそうか〜! いいお嫁さんになれるな〜!!」


メリルちゃんはいつも笑顔で明るい子だが、お父さんが帰ってくるとより一層その笑顔は眩しくなる。

なんとも幸せな空間だ。


「そうだ、遠征の途中での横を通ったんだが、たまたまこれを拾ってな………」


ジーク大団長は懐から汚れて輝きを失った桜の花の髪留めを取り出した。


「………なんで?」

「分からない……だけど、迷宮の出口でもある入口の門に落ちてたんだ。

──君にとって一番大切な物かもしれないと思って……すまない、要らぬ事をしてしまったか?」


俺の心を抉るような、輝きのなさ。

かつて、あれほど悔やみ、あれほど嘆き、あれほど泣いた、彼女の背がフラッシュバックする。

ほんの少し前まで、幸せだったこの空間に一気に哀愁が、悲哀の感情で充満する。


「ツカサ……これは私が綺麗にしてあなたに渡すわ。

──もう、今日は部屋で休んでなさい。」


隣でアリスが哀れみの表情を浮かべてジーク大団長から受け取った。


「あ、あの……」


ユーフェルが何処か焦った様子で俺に尋ねてくるが、振り返った俺の顔がさほど怖かったのだろうか。申し訳ないな。

彼女はすぐに言葉を引っ込めて断った。


「いえ、なんでもないです……。」

「すまない……どうしても君に渡すべきだと思ったんだ。」


俺は階段の手すりに手を添え、ジーク大団長とメリルちゃんに振り返る。


「メリルちゃん、またおいでね──いつでも待ってるよ。


それと、ジーク大団長ものことを大切に思ってくれたんだ、その気持ちと配慮を無碍になんて出来ない……拾ってくれてありがとう。」


今の俺が出来うる笑顔、出来うる感謝。

だがその顔を見たメリルちゃんは、先程の明るみを失い、少し泣きそうな顔をしていた。


ダメだダメだ、もう俺は二階に上がろう。

メリルちゃんが泣いてしまうからな……。

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