小さな人と魔物の戦争、その開戦。

──くそったれが! あの人間を生かしたまま死んでなるものか!! 必ず俺が復讐してやる、俺の眷属たちを使って、あいつを絶望のどん底に貶めてやるっ!!


陽が昇り、日付も変わった。

あれからどれだけの時間が経ったのかは数えていないが、自身の四肢はとうに痛みで感覚が麻痺しており、それでもなおこの釘のような斬撃は消えない。


奴は言っていた。

俺が魔術を使って自害し体内の構築した術式は破棄するか、俺が衰弱死するまで苦しみ続け魔術を発動させるか、それは俺の判断だと。


だが、奴は根本的な勘違いをしていた。

俺が知性のある魔物でありながら、なぜ俺が下級の魔物を従えていないと判断したのか。


俺はもうここから動けないかもしれないが、俺の復讐を部下に任せることはできる。

俺の魔術で念話してしまえば今すぐにでも奴への復讐に動くことができるのだ。


ここまで対策できずに油断するから、いつだって人類は魔物に見下され、餌食にされ続けている。

全く、人間ってのは本当にバカで助かるよ。




~~~




「あの……父上がどうしてもって………」

「国王が招集かけてんのかぁ……」


あの一夜の一件から、まぁ予想はしていたがお姫様が俺の店に訪れ、周囲にはギャラリーが湧き、隣に立つユーフェルは冷や汗を流しあたふたとしていた。


「まぁ国王が呼んでるなら行かないと不敬ですよね、分かりました! では後ほど、王城に向かいますので先に戻っていてくれませんか?」


「は、はい! 御足労かけてしまって申し訳ないです、必ず満足するようなお礼をさせて頂きますので!!」


お姫様はその地位に似合わないほどにペコペコと頭を下げ、護衛の騎士と共に直ちに退店していった。


「緊張した?」

「え?! は、はい……まさか、この国のお姫様が来るなんて………」


「俺が昔、といってもまだ一年ほど前だけど選定級冒険者として活動していたって話は知ってるだろ? 選定級は国家以上の戦力を有するから、必然的に色んな国の王様と関わる機会があるんだ。

国を滅ぼしかねない魔物とかの討伐を任される時に王族が直々に出てくるんだよ。」


「です……よね、ツカサさんって世界で十人程度の最強の冒険者ですもんね。」

「俺なんて本気を出したアリスを前にしたら、ただの蝿だよ。

真に強いのは、ユーフェル……君の師匠だ。」


その気になれば本気を出さなくても世界なんて壊してしまえる、世界の常識を逸脱した魔術師。

本当に、彼女が世界滅亡なんて企みを持っていなくて良かった。


「私はこれからアリス師匠との稽古があるので、お先に失礼しますね。」

「おう、俺も少ししたら店を早めに畳んで王城に行くよ。」


ユーフェルは満面の笑みで店を出ていき、早速アリスとの稽古の成果が出ているのか、風魔術の応用で足裏に衝撃を放ち、通常より遥かに速く駆け出して行った。


「凄まじい才能だな……まだひと月も経っていないぞ?」


さて、王城に招集をかけられているのだが、いつもは何かしらの討伐依頼だったので太刀を腰に携えていたが、今回は恐らくというか十中八九、一夜の一件のお礼だろう。

武装する必要はないし、凶器を身につけての謁見は不敬にあたる。


なので、とっとと店を閉めて身軽で向かうとしよう。




~~~




「やっぱいつ来ても豪華だなぁ……俺の店もこんぐらいでかくなんねぇかな?」


あれから一時間ほど経過し、王城に入ったが、入口を抜けて謁見までの長廊下で、王族の財力を見せつけられる。

歩けば、床は高級な何かしらの布でできたカーペット。

見渡せば、ひとつ売っただけで将来が安泰しそうな金品。

匂いまで凄く魅力的だ、嗅いだことはないが万人受けしそうな花の香りが廊下で微かに香る程度に充満している。


「あれ? ツカサくん?」


長廊下の先で艶のある銀髪が特徴的な女性が話しかけてくる。


「お、王妃様……ご無沙汰してます。」

「昨夜はどうもありがとう、私の娘をあなたが救ってくれなかったら今頃どうなっていたことか………感謝してもしきれないわ。」


「あぁ、あんまそんな大層な扱いしないでください。

たまたま俺だっただけで、あの程度の魔物なら誰でも討伐できますよ。」


「嘘よ。娘だってそれなりに戦闘能力はあるけど、対面した途端に歯が立たないって悟ったと言ってたわよ?」

「あー、まぁ知性のある魔物でしたからね……まぁそれなりに? 強い人なら簡単に倒せます。」


「ふーん、それで……え?」

「ん?」


王妃様は途端にぴくりと固まり、目を見開いて俺を見つめる。


「待って待って? 私の聞いた話では、ツカサくんはその魔物を磔にして放置したって聞いたけど?」

「あー、はい。自滅するしか道がないので放置しました。」

「………そうよね。ツカサくんはここ一年、魔物討伐の前線から離れてたから、彼らの進化なんて知らないわよね……それにあなた、魔物よりも龍とかをメインとしてたしね。」


「え? 何か問題でもあるんですか??」

「知性のある魔物は放置すると、魔力を使って手下の魔物に念話する魔術を持っているの、しかも彼らは執念深いから手下を利用して復讐しようとまたやってくるわよ。」


おっとっと………大人しくあの時に首をはねてればよかった。

調子に乗って磔なんかにするから、面倒なことになってしまったな。


「これはちょっとマズイですね。

国王にお礼を受け取る前に、その魔物と手下を片付けないと……あ、太刀を家に置いてきたんだった………」

「……まぁ、そう急にやってくるものではないわ。

まだ時間の猶予はある、とりあえず旦那のところに行きなさい? その話もしてくるといいわ。」


「はい! すみません、教えてくれてありがとうございます! 王妃様!!」

「いいえ、本当に娘を救ってくれて助かったわ。」


さてと、謁見と手下の始末……仕事が増えたな。

とはいえ、俺の気配察知の領域内にはまだ踏み込んでいない。


少なくとも、首都であるこの街にはまだ着いていないということだ。


「失礼します。」


とりあえず、国王との謁見を手短に終わらせよう。

時間の猶予はあっても、誰かが犠牲になっては取り返しがつかないのだ。


「入りたまえ。」


重い両扉を片手で押し、目の前に敷かれたレッドカーペットを進む。

目の前で数段上の玉座に鎮座する国王を見て、一礼。

そして彼の目の前で静かに屈んだ。


「んん、コホン! 此度の件、我が娘を救ったこと、本当に感謝している。

もし、ツカサ殿が我が娘に出会わなければ今頃──」

「申し訳ないですが、どうやら俺が磔にした魔物は知性があったらしく、手下を呼び寄せる可能性があるらしいので、手短にお願いします。

私は謁見が終わり次第、早急に魔物の処理に向かいます。」


「えっ……あ、コホン! では、汝は我らに何を望む?」


そうだよな、褒美をくれるとは思っていたが、何も考えていない。

今一番欲しいのはなんだろうか?


「そういえば、ツカサ殿……いつもの太刀はどうした? 武装はしていないのか?」

「あぁ、いつもは依頼ですが今回は褒美の授与と謁見ですから武装したら不敬に当たるかと思いまして。」


「それでは、これから向かう魔物処理の手前に家に戻るというワンクッションが必要ではないか?」

「え? あぁ……まぁ。」


「どうせ、ツカサ殿のことだ。

褒美も考えておらぬのだろう? それならば、この場で我が国の宝物庫から適当に一太刀くれてやってもいいぞ? 魔物処理に急いでいるのなら、我が宝物庫から武器を調達するが良い。」

「ご配慮助かりました、有難く頂きます。

──それと国王様への先の無礼はまた今度、詫びさせていただきます。」


「よいよい、選定級ともなれば我よりも遥か高みにいる、権力がなければ我なんて……いかんいかん、王としてあるまじき発言だな。

──それでは、ツカサ殿を宝物庫に案内してやってくれ。」

「かしこまりました。」


国王の隣で護衛を務めていた一人の騎士が、俺の方に歩み寄ってくる。


「久しいですね、ツカサ殿。店は繁盛してますか?」

「ぼちぼちですかね……案内お願いします。」


「こっちです。」


俺は彼女の背を追い、謁見の間を後にした。




~~~




「そう、魔術は元を辿れば全てが魔力で成り立っているの。

だから、魔力という第二エネルギー……万物に成り代わり、あらゆる性質を持たせられる万能な物質と考えたら、魔術を介さなくてもある程度のことは出来るわ。」


今日もお天道様が照らすぽかぽかとした草原の真ん中でアリス師匠に魔術を教わる。


アリス師匠は紫色の炎のようなエネルギー、すなわち魔力をその手に集中する。

それは渦を巻き、濃密になる魔力の塊。


「単純にエネルギーをぶつけたら、それは爆弾となり、このエネルギーを用いて見えない手のように扱うことも出来るわ。」


アリス師匠の手のひらから魔力が消え、その手全体を覆うように紫色の炎が包み込む。


「きゃっ?! え、えぇっ?! あ、ちょ! っとっとと!!」


彼女がその手を動かせば、私は何者かに背を押されたような衝撃や、足元を引っ張られる力で揺らめく。

これが見えない手……魔力の応用。


「普通の魔術師は魔術式を通してわざわざ遠隔で操るエネルギーにその魔力の性質を変えたりするわ。

でも、このように魔力そのものが持つ第二エネルギーを巧みに使えば術式なんて通さなくても全く変わらない魔術が扱えるの。

しかもこの場合だと、魔力は術式を通さない分、消費が抑えられるから考えようによってはこれもまた第四の壁を突破するひとつの方法かもしれないわ。


いい? フェル、実際の戦闘においてもっとも重要なのは、どれだけすごい魔術を放てるかじゃないわ。

どれだけのズルができるか、よ。」


彼女は魔力をその手全体に行き渡らせていた。

意識を魔力を集めたその手に向け、全体に行き渡るように想像してみる。


「ダメ。」


そこでアリス師匠から止めが入った。

集中しかけていた意識がプチンと切れ、その手に込めた魔力も泡のように弾けて消えていった。


「今、手に魔力が行き渡るように想像したでしょ?」

「は、はい……」


「想像は術式構築の糧よ、意識はしても想像はしちゃダメ。

術式を構築するなら最初からそういう都合のいいものに変えてしまった方が早いもの。

この応用は術式を用いないから強いのよ。」


「で、ではどのように……意識といっても魔力を手の全体に行き渡らせるというのがイマイチ感覚としてなくて………」

「魔力を纏って身体能力を強化したことはある?」


「いえ、一度もないです………」


魔力を纏って身体強化……たしかに第二エネルギーとも呼ばれる魔力はそのエネルギーのベクトルをいじってしまえば、外部から干渉してくるエネルギーに反発する防御ともなり、重力に反発する自身のジャンプ力の推進ともなる、何よりも自分のパワーと重ねることでいつもより高い衝撃力を与えることだってできる。


「やり方はそう難しく考えることはないわ、そもそも魔力は体の内側にあるのだから、それを体の表面上に引っ張ってくるだけよ。

意識しなさい、魔力をその手に集める時、少しだけ手に力を込めるでしょ? それと同じように全身に軽く力を込めるの。 慣れたら力を込める必要もないんだけど、あくまで魔力を纏う上でのアドバイスね。」


全身の筋肉に軽く力を入れる……イメージはしない、意識だけ。

全身の筋肉がキュッと引き締まるような感覚、そして体の奥底から吹き上がるように溢れてくる魔力の気。

私の全身を覆う紫色の炎のように、魔力が湧き上がり、それはデタラメな方向にエネルギーを飛ばす小さな災害となる。


「へぇ……」

「あ、あれ……??」


意識としては筋肉に少し力を入れただけ、いつも魔力をその手に集めるような感覚。

イメージはしちゃダメだと言われたが、イメージするなら全身に薄らと揺れる魔力で覆われている感じだった。

だが、今の私は草原の雑草たちが悲鳴をあげてへし曲がり、私を中心に小さな竜巻のような音をたて、荒々しく大きな紫色の魔力の気がされている。


「フェル、天才的なまでに魔力の制御が下手くそなのね。」

「す、すみませんししょー!!」


燃え盛る炎の中に入り込み、アリス師匠は私の両肩を優しく掴んでくる。


「はい、深呼吸してゆっくりと力を抜きなさい。

そうすれば魔力の放出は止まるはずよ。」


すぅ………はぁ………。


全身の強ばった筋肉を解すように、優しく力を抜く。

揺らぐ魔力の波は静まり、私の内側に引っ込むように消えていき、悲鳴をあげていた雑草たちもすっと真っ直ぐ縦に伸び、その姿勢を立て直した。


「魔力制御は基礎にして超重要な技術よ、これを極めるまで次のステップにいけないわね。」

「は、はい!!」




~~~




「ここがグリエント城の地下宝物庫です。」

「助かりました……敵が群れで来ることはもう想像できるので、なるべく耐久の優れた一太刀がいいんですけど……不敬ですが俺の目には全て戦闘向けな太刀ではないですね………。」


「そうですか……あぁ、銃とかは? ツカサ殿はたしか銃技も優れていましたよね?」


銃。魔術が生活の基盤に組み込まれた現代では影が薄いが、魔術を使えない人達の唯一の救いともいえる飛び道具。

手軽で高火力な武器、携帯が簡単な故に俺は昔から太刀のついでとして装備していた。


「そうですね、太刀よりも銃の方が優れている物が置かれているので、銃器を頂きますね。」


とはいえ、銃はそもそも限界がある。

銃は抜刀術や魔術のような鍛錬で威力が異なるものではなく、結局どこまで鍛錬しても向上するのは命中率と巧妙な弾道の変化、直接威力が変わるような技なんて存在しない。

それが起こるのは魔術などが絡んだ複合技でしか見た事ない。


故に、相手が銃弾を平気な顔で受け切る硬度の魔物であった場合、大人しく武器を捨てて素手で戦うしか選択肢がなくなるわけだ。

正直、魔物との戦いで銃は危険だが、太刀が脆そうなものしかない以上、これが一番可能性を見いだせるのだ。


俺は、やたら金色の装飾などが施された回転式拳銃を手に取り、腰のポーチに何発か弾丸も詰める。


「さてと……向かいます、ありがとうございました。」

「えぇ、ご武運を………なんて、ツカサ殿に言う必要はありませんよね……!」


アハハと笑う彼女は勝利を確信した者の笑み。

まぁ魔王や魔神でも来ない限り、太刀がなくともなんとかなるだろう。


相手は大した実力のない知性ある魔物の部下だ。

武装すること自体がやりすぎなのでは? と思ってしまうかもしれないが、念には念を。


俺は城の地下階段を駆け上がり、早くも領域に踏み込んだ一体の魔物に狙いを定め、全力で向かった。




~~~




「へへへ……はは………ハハハッハッハッハ!!

いつの時代も人間はとことん馬鹿だよなぁ………今からあのクソッタレな抜刀術使いのせいでこの国が滅ぶって考えたら、悲しくて悲しくて仕方ねぇぜ! だけど、それ程までにあいつは俺を苦しめたんだ。」


部下を呼び集め、四肢が空間に磔られているなら四肢を切断させ、自ら再生すればいいわけであり、なにも数時間にわたって苦しむ必要なんてなかった。


空間を切り裂くほどの技なのだ、これはあいつの奥の手なのだろうが、致命的なまでの弱点を見つけた以上は何も怖くない。

なにが魔王様さえも凌駕しうる人類の最高峰だ。


所詮はバカな人類共にこびられ、いい気になったちょっと強いだけの雑魚だ。

人類は魔物に敵わない、これは世界が創世されたその時から決まった覆らない理だ。


英雄だの、勇者だの、選定級だのと言われて人類の中でも強いと言われている存在がいつの時代もいるのは知っている。

だが、その悉くも結局は人類の域を超えない。

長寿ではない種族である以上、精々そいつらが出しゃばるのも百年に満たない。


数百年、数千年、数万年を生きられる種族がごまんといる魔の種族に比べたら空っぽの水筒から垂れてくる一滴の雫程度に儚く哀れだ。

ちょっと意味分からないか……。


結局、強い強いと言われたところで人類はいずれ魔物に敗北し、この世全ては魔物が支配する理なのだ。

魔王様を滅ぼそうと幾度と挑んだ勇者も、その王を超える魔の神々を滅ぼそうと挑んだ英雄たちも、揃って全員、敗北の烙印で人類は終わっている。


無駄なのだ、俺たちの怒りを買うことが間違い。

俺たちが人類に命令をすれば、それは素直に受け入れなければならない。


なぜなら、俺たちが至高の種族であり、選ばれた生命体であるからだ。


「──だから、俺たちはあの愚かで図々しい人間に分からせてやらなきゃならねぇ……行くぞ! てめぇら!!」


「「グルァアアア!!!」」


俺の掛け声とともに数多の魔物たちが雄叫びを発した。

それは小さくも確かな人と魔物の戦争の、開戦の合図である。


「決めたとおり、テメェらはあの門に構えてる警備兵どもを食い散らかし、中に入れたら片っ端から人間を食い殺せ! ここは人間の国の首都、つまり城だ! ここを落とせば、魔王様も喜びになるし、あのクソッタレな人間の絶望に染まりきった顔も見られる!! いいな!! 絶対に失敗は許されねぇぞッ!!」


「「「「グォオオオオオオ!!!」」」」


言語は使えなくとも、上司の言ってることが理解できるなら一流の部下だ。

馬を巧みに使いこなす騎馬隊、主に機動力が高い竜人族リザードマンが一気に攻め込み、圧力をかける。

奇襲に対応もできない警備兵は簡単に討ち取り、唯一の守りである門は崩壊し、そこを控えている俺たちが攻め込む。


まずは先手だ。

門を取らないことには何も始まらない。


竜人族たちが一斉に馬に乗り、門の方へと駆け出す。

門との距離、わずか数十メートルに差し掛かった頃。


彼らの先頭で走っていた騎馬隊の頭角が、突如として馬から転落し、呆気なくも死した。

それは彼らに焦りと驚きを与えたが、門をとることを命じられた彼らが歩みを止める理由にはならない。


数の暴力、数で押し切れば奇襲はなんとかなるだろう。

ここを勝ち取れば、あとは中に入って人間をひたすらに殺すだけだ。

ここで全滅など決して許されないぞ、竜人族。

テメェらの騎乗能力の高さを買っての大事な役目だ。

必ず、その門を取り切れ。


「グォオオオオオオ!!!」


竜人族の雄叫びが続く、それと同時に重たく鼓膜を刺激する爆発音が次々と届く。

その音が耳に届く度に、突っ切る竜人族は徐々に馬から転落し、頭から血を流して死している。


人類の魔術を介さない武具、銃器だ。

この鈍く重たい音に、姿も見えないところから一方的に敵を殺めるやり方は銃器に間違いない。


「だが、こっちは百にも及ぶ竜人族だ。

聞くにその速さでは一分間に百発も満たない、全てが当たったとして警備兵を討ち取り、中に入り込む竜人族は十数と残るだろう。


──この勝負、勝ったな。」


俺は勝利への確信、これから起こる大惨事、それに嘆く奴の顔。

その全てを想像した時、たまらなく笑みが溢れ、ただ仁王立ちで竜人族が門を取りきるのを待っていた。


また、銃器の鈍い音が聞こえた。

次は竜人族が一度に五体も馬から転落し、その頭蓋には穴が空いていた。


「やはり数を増やしてきたか、だが! 魔術部隊! 数が増えてきた頃だ、温存していたありったけの魔力をもってあの城門に全ての火力をぶち当てろッ!!」


高い魔力と術式構築の能力を持つ魔物、長耳族エルフ

裏のルートで仕入れた奴隷だが、こいつらも生きるためだ。

殺されたくない一心で、俺の命令に従い。


人類の魔術をはるかに凌ぐ、ド級の火炎球を練り上げる。

直撃すれば、民家のひとつは軽く吹き飛ぶほどの大きさ。


それが幾つも同時に、流石は長耳族だ。

魔術の展開を命令してから、術式の構築から完了までの時間がたったの十秒にも満たない。


魔術を学ばせれば、こいつらの右に出る者はいないだろう。


「放てぇえええ!!」


俺の合図とともにエルフたちは一斉に爆弾ともいえる火炎球の斉射を行う。


飛びゆく火炎珠は、竜人族の頭上を過ぎ、すぐに城壁に衝突し、その爆発はいとも簡単に首都の守りを崩してしまう程の火力だった。

露となった民家、街の中身。

別に門から入る必要なんてないのだ。


竜人族があそこで取り切れない以上はもはや囮だ。

私たちが別の道から攻め込めばいいだけの事。


「よくやったぞ、長耳族どもよ! てめぇら! 人間を食って食って食い殺せぇええ!! 全てを滅ぼし、あの男の嘆く面を俺に見させやがれっ!!!」


「「グォオオオオオオ!!!」」


俺の雄叫びにも等しい、今から攻めるぞという宣誓。

それに乗じて部下たちも叫ぶ。


そして、攻めようと駆け出しの一歩を踏み込んだ刹那だった。


「うっさいわね……あんた達、どっから湧いて出てきたのか知らないけど、隣で魔術の修行してんだから、そんなごっこ遊びみたいなこと、他所でやりなさいよッ!!」


突如、俺たちの視界の前に金髪と白髪の人間のメスが現れた。


「ど、どこから現れた……?」


突如だ。

何もないところから急に、魔術陣と共に。


「はぁ?! こっちが聞いてんのよ、こんな所でちゃちなごっこ遊びなんてしてないで、帰って"魔王様〜、また人間に負けちゃいました〜"って甘えときなさいよ!!」


怒り狂う金髪の女。

だが、女の口走った内容は俺の疑問を吹き飛ばし、怒りで染め上げた。


「なんだと……? いつの時代も俺たち、魔物に負けてる人類がよくもまぁそんなにも頭が高くいられるな?」

「ふん、先祖が雑魚すぎただけで私たちは違うわ。

そんなことよりも、早くどっか行ってちょうだい?

心底、邪魔で腹が立つわ。」


「くっハッハッハ!! てめぇら! まずはこの女どもを嬲り殺して首を掲げながら攻めるぞぉ!!」

「「グォオオオオオオ!!!!!」」


「は? 私の首をとる……??」

「あ、あの、アリス師匠……私、こういう場所には慣れていないんです……す、すす、凄く怖くて………」


「安心しなさい、実力差も分からないバカにちょっとお灸を据えるだけよ。

フェルはそこで座って待ってるといいわ。


──これが、魔術師の魔物との戦い方よ。」


俺の剣を空高くに掲げる合図とともに、数百の軍勢が一斉に、たった二人の哀れで傲慢な魔術師のメス共に襲い、駆け出した。

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