魔術師の五つの壁と魔術王。

冒険者の依頼を協力したことで、私はあの後、冒険者協会から半ば強制的に登録を勧められ、私は一番下のランクに指定された冒険者となった。


まぁもちろん、魔術講師を目指しているので冒険者として生きていくつもりはサラサラない。


そのついでで、ツカサさんの冒険者証も見せてもらったが、私は銅のカードなのに対して、彼は硝子のような透き通ったカードだった。

正直いって、ものすごく綺麗でカードそのものにさえ魅力を感じた。


「これが世界で十人程しか持たない冒険者カード……綺麗ですね」

「でしょ? とはいえ、僕はもう冒険者を辞めた身だから持ってても意味はないんだけどね。」


「冒険者を辞めても、それだけの実力があるという証明になるので護身用に身につけていて損はないんじゃないですか?」

「あー……確かに。 厄介事に巻き込まれると面倒だし、それは一理あるね………。」


今のところ、厄介な客や強盗なんて事案はこの街で聞いたことさえないが、絶対に無いとは言いきれない。

もしかしたら、今日のこの後で起こりうるかもしれない事なのだ。

その時に相手が、規格外の実力者であることを示すものを身につけていれば、争い事が起こるよりも先に相手が逃げ出すかもしれない。

むしろ、それを見て逃げ出さない方がありえない程だと思う。


「わかった……このカードは持っとこうかな。」


ツカサさんはすっと胸ポケットに冒険者カードを入れ、業務に戻った。

今日は、いつもよりも客が多く。

今も、店内では商品と睨めっこする人で賑わっている。


人気が高いのは、私のお手製菓子だ。

子供やご老人に根強い人気があるらしく、いつも朝早くからある程度の数を作っては並べるのが日課であり、私の業務となっている。


菓子といっても、庶民が好む煎餅などではなく、クッキーやバウムクーヘンなどの甘い、貴族に愛されるような菓子。

貴族だった頃にメイドからそのレシピを教えてもらったのがここで輝いた。


いつも買ってくださる人々は、食べたことない美味だって言ってくれて喜んでくれる。

特にクッキーは、薄く重ねて袋に入れることで簡単に持ち運べるので、ちょっとした散歩の携帯食的な役割も担えるとか。

とにかく、私という存在がこの店で確かに貢献できていると、ツカサさんも褒めてくれた。


~~~


私は今与えられた役目をしっかりとこなし、近々の学院試験に備えて勉強しなければならない。


前回の依頼で学べたことはあった。

何かのコピー、見よう見まねというのはあまりにもその効果が落ちる。

もちろん、プロの魔術師なら話は変わるかもしれないが、私のような駆け出しでは見たものを想像し、術式として複製することは至難の業だ。

なので、自分で魔術をいくつか作り、自身だけが持つ魔術式をいくつか持っておく必要がある。


固有魔術、とでも呼ぼうか。

自身だけが有する魔術、それは誰も知らないのだから初見では余程の観察眼、そして動体視力と知識がない限りは見抜くことも封じることも容易ではない。


氷の剣を射出する魔術はそれはそれとして使える。

強力な粘性の液体で形成した鎖などはどうだろうか?

相手を拘束する上では、鋼鉄もいいが液体もまた効果的だ。

ツカサさんのような金属も容易く切り裂く人が相手になった時、液体という衝撃を吸収することに特化した物質は強い。

何よりも粘性の液体は身動きを封じるには適している。


持っていて損はない術式だろう。

善は急げ……とは違うかもしれないが、即断即決だ。


「ちょっと外で魔術の練習をしてきますね。」


いつもと変わらず、ツカサさんは一階のフロアでお客さんがレジに来るまで本を読んでいる。

その姿からは昨日のような恐怖さえも支配してしまうほどの覇気は感じない。


階段から覗く私を見て彼は柔らかな微笑みで応えてくれた。


「あぁ、気をつけて行ってらっしゃい。」




~~~




──私がやってきたのはこの前に訪れた訓練場だった。


ここにはツカサさんを知る人が多いらしく。

あの時に側で共にしていたことから、私を認知している人も多いのではないかと思い、ここを選んだ。


勝手で自意識過剰と言われるかもしれないが、ここならもしもの事があっても優しい人が手を差し伸べてくれそうな雰囲気がある。

練習する上で安全性が保たれているだろう。


「さてと……先ずは粘性の液体による拘束魔術。」


イメージだ。

それは対象の真下に現れる魔術陣で、その鎖は対象の四肢を絡めとるように縛り、その粘性は一切の自由を許さない。

べっとりとし、糸を引くことさえ許さない強力さ。


想像しろ、その鎖は襲いかかる斬撃さえも奪い、全てを引っつかせる。

触れた全てはその鎖に自由を奪われ、やがて術師の手のひらで踊る駒となる。


「………術式展開。」


私の想像は魔力が術式へと変換し、やがてそれは今までよりも二回りほど大きな魔術陣となって、私の目の前のサンドバック用の人形の真下に現れる。


「──拘束開始!」


ギュルギュルと音をたて、魔術陣から液体が現れ出す。

それはスライムのような重みを感じさせ、半透明の蒼い液体だった。


人形を縛るのではなく、もはや四肢をその液体で包み込み、可動域となる関節には特にその液体がまとわりついている。

常人なら氷魔術による全身凍結と何ら変わらない、それほどにガッチリとした拘束を喰らうだろう。


ドロっとするほどの滑らかさなんてなく、一切垂れる様子もない液体。

粘性が強いという次元にないのだろう。

液体という性質を語る固体にしか見えない。


魔術を見て確認できた以上は維持をする理由もなく、指を弾くことをキーとした魔術維持の中断。

直ぐに私が展開した魔術陣はその供給が絶たれ、保つことができなくなり、大気中に濃密な魔力の気体となって霧散していった。


「ふぅ……性質をより確かにするためにはやっぱり術式を増築するし、その分の消費量も増えますね。」


既に私の体内に貯蓄された魔力量の五分の一は今の一回で消費された。

普段の魔術なら、何発打とうが大して消費しないが、固有魔術は限定的すぎる上に課す条件や付与する性質、その全てが一切ほかとは異なるオリジナルであるため、消費量は初見では予測されない。

その効果が強ければ強いほど、すなわちどれだけの干渉力と支配力を有するかで変わってくるのだ。


「自分が保有する魔力量も増やさないといけませんね………」


よく多く耳にするのが、魔術をひたすらに使うことで自身の限界を極め続け、限界を拡張していく方法が主流らしい。

ごく稀に、魔術の消費効率を無意識に極限まで抑える能力が覚醒して、魔力保有量こそ変わらないけどあらゆる魔術の術式さえ組めれば行使できる天才も現れるらしい。

こういった魔術師の覚醒、能力の習得をと呼ぶ。

魔術師は、完全無欠になるまでには五つの壁があると言われており、その四つ目の壁がこの無意識に魔力消費を抑える能力の習得らしい。

それを突如として覚える天才もいるのだ、恐ろしい世の中だと思う。


「この魔術の抑えられる術式は抑えないと……一度、持ち帰って考え直そうかな。」


先程使用した魔術の術式が描かれた頁の上にチェックを入れ、パタンと本を閉じて訓練場を後にした。

私のような未熟者はまだ無意識にそれが出来る境地にいない、なのでこうやって完成したら見直して術式を調整して魔力消費を抑える。




~~~




あれから暫く歩き、もう既に馴染んだツカサさんの店に帰ってきた。


「ただいま戻りました……」


カランカランと鈴が鳴り、扉を開けると第一声に聞こえてきたのは罵詈雑言の嵐だった。


「はぁ?! あんたがわざわざでしゃばならくても私レベルになれば、あの程度の雑魚なんて片付けてたわよ!!」

「んだとぉ?! てめぇみたいな乳もケツも心もちぃせぇガキが、あんなビッグな鬼を前にしたらそりゃもう怖くて怖くて……ツカサくーん! 助けてよぉ!!って泣きつくに決まってんだろ! ケツの青いガキが!!」


「はぁああああ?!! これでも私だって選定級の冒険者なんですけど! しかもあんたと違って現役のね! いい? 私は龍も倒せるのよ、どっかの誰かさんは昔、炎龍だったかしら? 戦ってた時に太刀が悪いとか言い訳しだして引いたものね! あの時のあんたと来たら……もうそれは! 傑作だったわ!! はっはっはっは!!」


何なんだろうか……あのツカサさんがあそこまで感情的になっている。

目の前の、金髪の女性は誰なのだろうか?

ツカサさんの知人なのはその仲の良さから一発で分かるが……。


「あ、あのぉ……戻ってきました………」


そっと一言伝えて身を引こう。

巻き込まれたら厄介なことになりそうだ。


「あぁん?! あ、あんた誰よ?!」

「あ、おかえり〜! 魔術はどうだった?」


今にも私を殺してきそうな鋭い睨みの傍らでいつもの柔らかく優しいツカサさんが尋ねてくる。


「あぁ、えっと……ぼちぼちですね。」

「そっかそっか! 応援してるよ!!」


ツカサさんのこの切り替えの凄まじさには尊敬してしまいそうだ。

私は睨まれながらもゆっくりと階段に足をかける。


「ちょっと待ちなさいよ、あんた!」


ありゃ……これは目をつけられた。

こうなってしまえば、もうあとは狩られる獲物かもしれない。


「あんた、なんでこいつん家に上がってるわけ? ここの店ならまだしも、二階はこいつの居住スペースよ?」


知らないのも無理ないかもしれない、なんせ私はまだ来てひと月も経っていないから。

ここは、伝えておくべきだろうか?


「えっと……実は私──」

「あぁ、ユーフェルは俺の同棲相手だ。

ちょっと事情があって、俺の家に住まわしてやってるんだよ。」


私が言うよりも先にツカサさんが伝えてくれた。

それを聞いた彼女は、先程までの昂りが鎮まり、まるで凍結魔術を喰らったかのように微動だにしなくなった。


やがて、彼女の頬は先程とは比べ物にならないほどに徐々に紅潮しだし、困惑で言葉は拙く、されど驚愕でその一音一音は嫌という程に伝わってくる。


「な、ななな、な、はぁああああ?!!!」


それは絶叫と呼んでも違わないほどの大発声。

もしかしたら、家全体が揺れたのではないかと疑うほどの、耳が痛くなる一撃だった。


「な、え?! あ、ああ、あんた、あんた! ど、どどど、同棲って?! あ、あんた、彼女できたの?!」


レジのカウンターから身を乗り出し、ツカサさんとの顔の距離がもはやミリ単位な程まで詰め、余裕のなさを全開に表しながら問う。


「いや、彼女ってわけじゃない……あぁ、まぁユーフェル、こいつは信用できる奴なんだけど話してもいいかな?」


ツカサさんの信頼している人なら、きっとみんな優しい人なのだろう。

私は躊躇うこともなく頷いた。


「実はな──


~~~


数分という間、彼女は話が終わるまでただ沈黙を貫き、真剣な面持ちで聞いていた。


彼女の表情には、私を軽視するような様子など微塵もなく、私が奴隷であったことを驚く反応こそあったが、軽蔑するような素振りなど一切なかった。


「そう……まぁ、私がどうこう言う立場じゃないし……でも、はぁ………」


どこかモヤモヤした様子でため息を吐きながら頷いている。


「あんた……ゆーふぇる、だったかしら?」

「は、はい……!」


彼女の身なりは腰に小さな木の枝サイズの杖が腰帯についており、反対側には小さなポーチ、一目見れば魔術師だということがわかる装備だった。


「魔術講師になりたくて魔術学院に行きたい……でも、今は教えてくれる人がいない………これも何かの縁だわ、実は私、弟子が欲しかったの──どう? この魔術王と呼ばれた私の弟子になる気はない?」


魔術王………ま、まま、魔術王?!


「え、ええええぇぇぇ?!!」


驚愕。その大発声は、彼女の先程とは比べ物にならない、もはや神々さえも殺めてしまうかもしれないほどの、この街全体を轟かせてもおかしくはない、それだけの驚きに不意をつかれた。


「ま、魔術王?! え? つ、ツカサさんの……お友達だから、そっか………え、い、いいんですか?」

「いいもなにも、私が頼んでるのよ……教える人、いないんでしょ?

──私はこれ以上ない程に適切だと思うんだけど?」


魔術王というと、ツカサさんと同じ世界に十人程度しかいない冒険者の一人であり、魔術の歴史において唯一、人類が到達できないとされてきた第五の壁を突破した魔術師だ。

目の前の彼女は、その気になれば時空も次元も魔術で操ることができる、魔術に限らず戦においては頂点を極めるかもしれない実力者。

それほどまでに凄まじい人なのだ。


そんな凄い人が師匠になりたいと申してくれているのだ、これは是非とも弟子にさせてもらうしかないだろう。


「ぜ、是非! お願いします!!」


自分の努力次第で、この世で二番目の魔術師にさえなれるかもしれない。


「よし! よろしく、呼びやすいからフェルと呼ばせてもらうわ……私は……アリス師匠と呼びなさい!」


歴史上、最高峰にしてその王の座に居座る最強の魔術師──アリス。

彼女が師匠だなんて、この世にいる魔術師は私を殺す理由が増えたと言っても過言ではないだろう。

奴隷以前に、魔術師からと言われて殺されてもおかしくない。

なんとも幸運な話だ。


彼女はニッと笑って片手を差し出してくれる。

それを躊躇う理由などなく、私はすぐに両手で握り返した。


「はい! よろしくお願いします!! アリス師匠!!」


先程まで口喧嘩して険悪だった雰囲気も、気持ちが昂っていたツカサさんも、和み微笑みを浮かべて私たちの新たな関係に密かに喜んでいたのが見えた。

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