大きな鬼

───訓練に集中していたらすっかり夕暮れの刻になり、ユーフェルは魔力が切れたと言って先程から少し離れたところで体育座りをしながらこちらを観察している。


「そんなに見てて面白い? ただ人が太刀を振ってるだけだよ。」


音も鳴らない、刃さえも見えない、見ててつまらないだろう。

それなのに、ユーフェルは一時もその目を離さずに俺の太刀を見続けている。


「ツカサさん……今日の鬼退治、私も同行していいですか?」


俺にとっては腕鳴らし程度の依頼。

だが、人によっては命懸けの大仕事。


俺は俺の身を守れるが、俺が彼女の身を絶対に守れるという自信はない。

護衛の依頼をあまり受けたことがないのが大きな原因だが、護衛なんていちばん苦労するからな。


「あー、いや……危ないからやめておいた方が………」

「大丈夫です、自分の身は自分で守ります。

──それよりも、ツカサさんの太刀が見たいんです。

この世界で十人の強者に選ばれたツカサさんの戦い方を。」


彼女は一体俺から何を学ぼうとしているのだろうか?

だがまぁ、学ぶ姿勢は魔術講師になるためには大切な心がけだ。

尤も、俺は魔術なんて使わないから学ぶにしても得られるものはひとつもないと思うんだが……彼女には何か価値を見出したのだろう。

守れる自信がないといえど、もしもの時は俺が一人で殲滅してしまえばいい。


「分かった。ただ条件がある、俺の見えない範囲に単独で行動するのだけは絶対に許さない。 いいね?」


突如決まったが、まぁルル達も話せば分かる奴らだ。

俺が責任を取るといえば、納得してくれるだろう。

それに最初から俺を呼ぶということは、自分たちは戦う気がほぼないと宣言しているようなものだしな。


「──さてと、もうそろ時間だ。

準備をしに一度、店に戻ろうか。」


俺とユーフェルは荷物を纏めて一度、店に戻った。




~~~




月が頭上に到達した刻、静かすぎる森の入口で俺とユーフェルは、既に待っていたルルたちと合流する。


「おっ、来てくれたな!」

「あれ、ユーフェルさんも一緒なの?」


彼らは冒険者なので、俺たちよりもその装備は厚く、鬼を狩る者と言われたら納得できるほどの重装備だ。


「あぁ、どうやら俺の戦いを見たいらしくてな……」

「はっはーん、ならツカサが前衛だな。

俺たちはユーフェルさんと後衛に徹するよ。」


俺は呆れ笑い、太刀鞘を後ろ腰に横向きになるように差し込み、構えを変えておく。


「じゃ、行くぞ。」


~~~


静けさが不気味に感じる暗闇の森。

歩けば草がシャッシャっと音をたて、稀に遠くから獣の吠えが届く。


まだ一度も戦闘は起きていないが、いつ起きてもおかしくないほどに獣の気配を感じる。

全方向から狙われているような、いつ撃とうか狙いを定めている狙撃手のような。

私はその重圧に徐々に心臓の鼓動が加速し、自然と呼吸が荒々しくなる。


「落ち着いて……私たちはプロの冒険者だけど、周りに魔物の気配はないよ。」


ルルさんがそう告げて落ち着かせようとしてくれるが、私には感じるのだ。

そこら中から見えるのだ、獣の視線を感じるのだ。

時折、吹いてくる冷たい風は私の足を鈍らせる冷気にさえ思える。

稀に見る野生生物の亡骸は、私の未来に見える。


野生生物、魔物を相手にした時、人権なんて適用されるはずがないのだ。

私は今、自分の命がいつ奪われてもおかしくない、あの環境に戻った恐怖を思い出しているのだ。


きっとこの感じる視線も、この見える私の未来のような幻も全ては私の精神が不安定ゆえの偽りなのだろう。


「る、ルルさん……わ、わた、私を絶対に……離さないでください………」


だが、怖いものは怖いのだ。

足が徐々に震えてきた、今のままではいずれ脱力して立つことさえままならなくなる。


落ち着け、自分──私は恐怖を体験するために来たんじゃない……彼の太刀を見たいがために来たのだ。

お荷物になるために来たんじゃない、決して邪魔なんてしたくない。

深呼吸だ。自分の身は自分で守ると言ったのだから………。


「ふぅ……大丈夫です、すみません。」


ルルさんは心配そうな顔で私を見てくれるが、深呼吸し覚悟を決めた私に足の震えなんてなかった。


「こっから先は鬼の領域だ、亡骸が増えてきた……多分、巣の近くなんだろうな。」


まだ物語で例えても序章すら始まっていない、この森の冒険はプロローグを終えたところなのだ。

そうだ、術式を幾つか頭の隅っこで想像しておこう。

防御魔術がいいだろうか、閃光魔術で敵への妨害も効果的だろう。

深呼吸して……私なら出来る。


「皆、ここから数十メートル先に小鬼が数体……これは………っ! 女の人が………」


鬼、それは別名─ゴブリンとか呼ばれていたりする。

小鬼、大鬼などと呼ばれたりするが、彼らは欲求に素直で、欲求のためなら倫理観なんて捨てる。

たとえ相手がまだ齢10にも満たない幼い女児だとしても、鬼は発情期なら犯すし、お腹がすいていたら捕食する。

残虐非道な種族だ。


シェリフさんの千里眼の魔術で先の道を見てもらったが、どうやら既に女性が一人、小鬼の犠牲になっているらしい。

彼の報告から察するに苗床として扱われているのだろう。


「──太刀、抜刀。」

始解抜剣しかいばっけんの境地】


ツカサさんがぽんと呟いた。

腰を深く落とし、がに股のような歪な構え。

後ろ腰の右側から大きくはみ出た太刀の柄を握り、訓練場の時と同じ雰囲気を放つ。


また来る……きっとこの覇気は相手を斬ると決断した時のツカサさん特有の殺意のようなものなのだろう。

恐怖とか、嫌悪感とか感じない。

いや感じる余地がないのかもしれない。


彼と対面した時、斬ると決断されれば必ず斬られる。

見切ることさえ至難の太刀筋だった。


私は本能的に彼のその殺気を感じると、生きることを諦めるような、それに近い絶望状態に無意識に陥っているのかもしれない。


怯えることなく、苦しむことなく、ただ無意識のうちに生きることを諦めて何も感じずに死を待つ。

そんな感じだろうか。


周囲にひんやりとした冷気が漂い始める。

蒼く、月光りに反射する美しき太刀から放たれた静かな覇気。

それは冷たく、それは音を消し、普段水の流れを意識しないのと同じように、彼の太刀は私たちの意識の外側にあった。


「──斬釘截鉄ざんていせってつ。」


頬に触れる冷気は私の体温で雫へと変わり、頬を伝い、やがて首筋に垂れる。

そしてその雫は不可思議にも突然、弾けた。


直後、私たちの意識の外側にあった彼の太刀は鞘に収まり、数十メートル先で森全体を響かせるほどの大絶叫が届いた。


「ッ?! 向かうぞ!!」


ハッと意識を取り戻したルルさんたちは駆け出し、置いてかれたツカサさんはなんの表情も浮かべることなく太刀鞘を後ろ腰から引き抜き、その手で持つようになった。


学ぼうとしたはずの彼の太刀は見ることを忘れ、私はどうでもいい自身の頬を伝う雫に意識が向いていた。


「む、向かいましょう! ツカサさん!!」


だが、次は見よう。

とりあえず今は悲鳴の方に向かうべきだ。


私とツカサさんはルルさんたちを追いかける形で悲鳴のもとへ向かった。


~~~


そこは辺り一面が真紅に染った地獄絵図だった。

幼い子供の食いかけの遺体と、泣き震えとっくに精神なんて崩壊していそうな女性、そして首から上が吹き飛んで地面に倒れた小鬼の群れ。

辺りに生える木々は緑などなく、その木の葉は真っ赤に染まったこの領域だけは禍々しさをはなっていた。


「あの距離から的確に斬撃を飛ばすかぁ……凄まじいなぁ。」


ルルさんはどこか感服しながら、震える彼女に語り掛ける。


「もう大丈夫ですよ、私たちは冒険者です──あなたたちを救いに来ました。」


それは彼女にとってどれほど輝かしく見えたのだろうか?

私はこの痛々しい現状に適応しようと努力するが、やはり血肉が見えるというのは嫌悪感が凄まじい。


私は少し離れたところで深呼吸し、気持ちを切り替えようと試みる。


きっとあの群れを殺したのはツカサさんだ。

私たちの意識を外側に追いやったのも彼の抜刀術の一部なのだろう。


私は何度も何度も深呼吸を繰り返し、徐々に落ち着いてきた心に手を当て、皆のもとへと戻った。


「に、にに、逃げないと! 逃げないと!! 来ちゃう、来ちゃうのよ!! あの大きな鬼が来ちゃうの!!」


保護された女性は何かをすごく訴えていた。

大きな鬼がもう時期こちらに来るらしい。


だが、その程度ならツカサさんがいれば問題な──


刹那、私の頬に一筋のかすり傷ができ、隣に立っていたツカサさんは大の字で遥か後ろの大木に激突した。その姿はもはや見えず、彼がどれほどの損傷を受けたのかなんて分からない。


「………え?」


そして私の混乱を絶望と恐怖で上書きするように、大木よりも遥かに背丈の高い鬼が、私たちを見下ろして現れた。

その鬼の片手には彼にとってはただの石礫、されど私たちにとっては岩が握られていた。


「つ、つか、ツカサ……さん?」


すぐに察した。あの岩が高速で飛んできて、不意打ちで吹き飛ばされたのだろう。

だが、あれほどの大きさの岩が直撃すれば常人なら逝ってもおかしくはない。


ツカサさんは大丈夫だろうか?

彼がいないこの状況で、これほどまでに大きな鬼、大鬼とも一線を画すこの鬼を、誰が退治するのだろうか?


私は自身の記した術式に魔力を注ぎ込んだ。




~~~




「ん……んん、がはッ!」


認識した頃には遅かった、警戒はしていたがあまりの速さで躱すことさえ不可能だった豪速球の岩の投球。

俺の全身はその衝撃でズキズキと痛み、悲鳴を上げていた。


「あー……やっぱり鈍ってるかぁ。」


昔ならこの程度の不意打ちは斬り防いで反撃してたのに、今となっては躱すことさえ無理だった。

弱体化した自分への悲しみを噛み締め、土埃を被った衣服をはたいて、耳が潰れるほどの咆哮をあげるデカい鬼を眺め、溜息を吐く。


「さて………」


俺は落とした太刀を拾い、鞘の入ったまま太刀を垂直に構え、鍔と刀身の間が目の前に来るように寄せ、月を見上げる。

地面を踏むつま先に力を込め、体は片足を前に出し、傾斜となって低姿勢の構えになる。

後方の足で地面を蹴れば、その衝撃は俺の初速となり、あとは手前の足でその勢いに合わせればいい。


俺は深く呼吸をし、棍棒を振り回して暴れる鬼の上、頂上で照らされる鏡花水月のような月を目指して、その地から奥の大木が根っこから丸ごと吹き飛ぶほどの衝撃を与えて一気に加速した。


~~~


鬼は乱暴にも棍棒を振り回し、冒険者のルルさんたちは想定を遥かに上回る相手に驚きながらもその攻撃をいなし、確実に硬質な皮膚へダメージを与えていく。

彼の棍棒の振り下ろしは、まるで子供が蟻を踏み潰すそれで、乱暴で何も考えられていない単調な動き。

戦闘のプロがそれを見切れないはずもなく、未だ誰もその一撃を受けてはいない。


「フェリス! こいつが動いたら面倒だから、氷魔術で拘束しちゃって!!」

「了解! 凍てつく万物の鎖よ、我が眼前の脅威を縛り封じたまえ!!」


詠唱式の魔術、詠唱は想像と変わらずに発声によって魔力がその文言通りの術式を構築する。

彼の要望は氷の鎖が、あの巨大な鬼を縛り、やがて封じる魔術だ。


その魔術は、やがてすぐに鬼の足元に現れ、大きな魔術陣となり、強く蒼色に煌めいた。


「ガァァッ!!」


その光が散ると、そこには下半身が氷のブロックに包まれた鬼の姿。

氷の密度は、水よりやや小さいが、水はそも空気の密度の数百倍とされている。

そして液体が凍結し、皮膚と共になっている点から、あの鬼に自身の下半身を包む氷を内側から破壊するだけの筋力がない限りは、どう足掻いても移動は不可能である。

もっとも、両腕はルルさんとアルクさんがひたすらにダメージを与え、氷を砕くどころか、二人の相手で腕の役割が埋まっているので、選択肢はひとつ。

自身の下半身の筋力で破壊する、ただそれだけである。


「いい! そのまま首を落としましょう、私も協力します!!」


ここは私の魔術でサポートするべきだろう。

私は自身の体よりも大きく、そして鉄さえも滑らかに斬るツカサさんのあの一撃をイメージする。


やがて出来上がるのは、私の頭上で私の片手から魔力が構築する一本の巨大な剣。

それは鉄さえも滑らかに斬る斬撃性との高さと、あの鬼の首を一撃ではねてしまえる程に巨大な刀身が特徴だ。


「想像式……凄いです………ユーフェルさん、あいつはいま二人のおかげで防御ができません、ですから確実にその首を狙いましょう、僕が魔力弾を放ってこの剣の柄を押します、射出する時の加速は任せて……狙いだけは、頼みますよ。」


あぁ、これが魔術師なのか。

人生で初めての共闘、人生で初めての魔物との戦闘、人生で初めての一から自分で考えたオリジナルの魔術。


ツカサさんが見せてくれたあの一撃があったからこそ、訓練の時の剣の魔術の練習が輝いた。

あらゆる知識を応用することは魔術の手数を増やす上では基礎的なことだ。


「分かりました……サポート、お願いします!」


私だけが見えるように波長を合わせ、魔力によって形成された一筋の光のような線を大きな鬼の首に合わせる。

加速による落下への抵抗、この剣自体の大きさからなる空気抵抗、あらゆることを考えて……もあまり意味はなさない距離だ。


この線を的確に沿って、一瞬の停止を見計らって射出すればいい。


「あの鬼が一瞬、止まった瞬間に撃ちます──よく鬼の動きを観察していてください。」


私の計画をシェリフさんに伝える。

彼は何も返さず、黙って頷く。


もう完全なハンターの目だ。

あれだけ大きな敵、常人なら自分が狩られる側で恐怖するはずなのに彼は、そんな強大な敵を前に狩ってやると意気込んでいるのだ。


冒険者の凄まじい意志に私は尊敬の念を心の中で送りながら、全ての集中力をその一点に向けた。


「ガァァァァァ!!!!」


大きな鬼はちょこまかと動き、ダメージを与えてくる二人に激しく怒り、自身の怪力と咆哮のエネルギーで下半身の氷を粉砕してみせた。

だが、それが間違いだった。


先程までは上半身がぶんぶんと動いていたが、咆哮で下を向いた奴の首ははっきりと見え、そして停止しているので素人でも容易く当てられる程に隙だらけだった。


「「今ですッ!!」」


私はそこに狙いの位置を定め、剣の魔術との連携を解いた。

あとはシェリフさんの魔力弾を爆発させ、後方から与えられるエネルギーで加速し、剣が奴の首を斬れば終わりだ。


剣の魔術は魔力の爆発により、その勢いは音速にも並ぶ。

凄まじい轟音が鳴り、私たちが認識した直後に肉を刃物が突き刺すような惨い音を追加で耳に届けた。


「う、嘘………」


それは鬼の首を貫通しなかった、斬り断つに至らなかった剣の魔術、鬼の首に突き刺さるも痛みでさらに激昂しているだけで瀕死の様子さえなかった。

剣の魔術を握り、その怪力に耐えられなくなった魔術は魔力へと分散し、見える首の傷はグロいほどに驚異的な再生力で塞がる。


「………み、皆! 下がろう!!」

「あ、あわわ、おわ、終わりよ! やっぱりあの鬼には誰も勝てない!!」


決して私たちの強力技が悪かった訳では無いと思う。

あれはあの鬼のスペックが想定を遥かに超えた、怪物だったのだ。


「ルル! アルク!! ここは一度下がっ──ごふッ?!」


退避を提案するシェリフさんは、体をくの字に曲げて激しく吐血した。

その原因は彼の腹よりも大きいほどの岩が直撃したのだ。


ツカサさんさえも吹き飛ばした、奴の投球だ。


「い、いや……こ、ここ、これが鬼……?」


私は脱力し、恐怖と絶望のあまりその場にへたりこんでしまう。

ブルブルと震える足は、もはや立ち上がる気力さえ与えてくれず、ただその鬼が構えるフォームを見て待つことしか出来なかった。


「嫌だ……死にたくない………だ、誰か、つ、ツカサさん、ツカサさん! 助けてッ!!!」


恐怖と絶望の混濁、その最高潮にいたり、草地にほんわか温かい失禁を許してしまう。

下着や雑草は小汚い黄色に染まり、涙で見えづらいが鬼は確かにその腕を振り上げ、次のアクションで岩は私の顔面めがけて飛んでくる。


そして、その遥か空の上、月と重なり、その月が照らす光を遮る一人の剣士が構えて鬼を見据えていた。

私は眩しく縁を彩る月のあかりに少しばかりその手で顔を覆い、少しの隙間からその剣士を覗いた。


彼はその片手を離し、スルッと落ちてゆく鞘、現れたのは蒼色の刀身。

先程とは比べ物にならないほどの冷気、それは彼が次の行動を起こすより先に私たちの視界を妨げるほどにまで展開された。


「ガァっ?!」


視界不良となった不測の事態に困惑する鬼はその一瞬、攻撃の手を止めてしまった。


そしてまた私は彼の刀身から徐々に意識が外れていく。


カチャッと音が鳴り響いた。


変流巧技へんりゅうこうぎの境地】


──流移転変りゅういてんぺん千刃万技せんじんばんぎの構え。」


落ちてゆく鞘は垂直に、一切の抵抗で傾くことなく、地面へと落下していく。


「──これにて終幕。」


──一撃連斬太刀技。


「──天空海闊てんくうかいかつ桜花爛漫おうからんまん。」


一瞬、村雨の能力でさえも消し切ることの出来ない煌めきが、私たちの意識を彼の一閃が奪った

確かにその放つ様は見た、だが私が待てども待てども、次に動くことはなく。


鞘の落下より素早く地面に着地すると、落下途中の鞘の位置に太刀を合わせ、スマートに納刀してみせた。


「え……え? いや、斬れてないじゃないですか!」


何が起こったのか、そこにいた私も鬼も理解していなかった。

技を失敗した、そう私も鬼も思い、私は焦り、鬼はその様を笑い、やがて気を取り直すと再び構えを取る。

岩を投げ放つ爆弾のような技、その構えをとった。


「いいや、斬ったさ。

──滑らかかつ静かに、そして素早くスマートにね。

故に彼自身が動かない限り、その肉体は結合していた時とそう変わらない、液体が断面の隙間から漏れるような粗い太刀筋ではないからね。」


岩を投げる構え、それは虚しくも腕を動かした途端に肉の塊となってバラバラに地面に落ち、それを見て驚愕と苦痛に叫ぶ鬼は足を動かし、再び足さえも肉塊に変わっていることに気づく。

あの一閃、輝いたと思った時にはもう鬼は死んでいたということだ。


足も手も、気付かぬまに斬られ、自らが動くまでその仮初の生さえも気づかない、優れたとか飛び抜けたとかそんな生易しい抜刀術じゃない。

怪物だ、規格外の剣士。


これが、世界で十人程度しかいない強者の実力。

私は驚愕もあり、されどそのあまりの強さに感服していた。


暴れて全身が肉塊に変わり果てた鬼を見て、素直な「凄い」が溢れ出た。

私がイメージした刃はツカサさんと同じだ。


だが、本人が磨いた本物の剣と、魔術が構築した偽物の術式では、その練度は天と地。

私は彼の技を見てなにか盗めると思っていたが、甘すぎた。


盗むより先に教えられてしまったのだ。

私ごときが模倣できる領域ではないことを。


「さ、帰ろうか。」


何事も無かったかのように皆を立ち上げ、そして頭が滅んだことで慌てて逃げ出す小鬼たちを睨みながら、その夜は本当に呆気なく終わってしまった。

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