世界で十人程度しかいない冒険者の一人
──あれから一夜が明け、俺とユーフェルはいつも通りの朝食を取り、いつも通りの日課をしていた。
俺は一階で店番。ユーフェルは二階で魔術の勉強。
とはいえ、俺は今日の夜が本番なのでそのための準備もしておく必要がある。
持っていく太刀を決めておかないといけないだろう。
相手は鬼だ、戦っていくうちにあいつらは自分たちの残虐性を見せつけて相手の戦意を削いできたりする。
俺のようなそういった挑発で怒りや殺意が高まるタイプもいる、そういった敵には殺意に比例して能力を発揮する太刀。
──
この太刀の能力は、殺気の高い者が握ればその刀身から霧と水気を放ち、者によっては辺り一面を霧で覆い隠すこともあるらしい。
斬り殺した時の脂を水気が洗い流し音を吸収、霧が視界と同時にその者の殺意と気配を遮断する。
言うなれば、暗殺の太刀なのだ。
故に、この太刀は別名。
──
その意味としては、水の流れは血を隠し、静寂を生む、その力を持った太刀らしい、
水が流るるでも良かったのではないだろうか? と少し疑問に思ったりもするが、ツッコミは不要だろう。
俺は少しだけその刀身を抜き、刃こぼれなどが起こっていないかを念入りに確認する。
いくら、魔剣などと呼ばれる優れた太刀とはいえ、消耗品である以上はそういった劣化もある。
特に刃こぼれしていた時に首などを切り落とせなかった場合は抜くことも困難で、その誤ちは命を落とすことに繋がりかねない。
刃こぼれがないかのチェックは、自分の命を守ることに繋がるのだ。
蒼く、しかし淀んだ黒い覇気を放つその太刀は、目の前で握る俺に恐怖を与えようとしてくる。
使い慣れた身としては何も怖さは感じないが、初めてこいつを手に取った時は、こいつを使いこなした者は果たしてどれだけの悲しい過去を背負っていたのだろうかと思ったものだ。
「さて、太刀も大丈夫……一夜で終わるから食料もいらないだろう………後は、まぁあいつらが用意してくれているだろう。」
正直、俺は昔と変わらない。
冒険者時代は自分の強さを売りにしていた節もある、故にその他の必要なものの準備などは仲間に任せて、仲間の命がかかった強敵との戦闘は率先して前線を張るなどの役割をしていた。
今となってはその必要なものを準備して並べる店の店主なのだが、人生何があるか分からないものだ。
「ツカサさん……お昼、作ったんですが………」
階段からひょっこりとユーフェルが顔を出して尋ねてくる。
そんなもの、美味しく頂くに決まっている。
ここは一時閉店だ。
~~~
「やっぱユーフェルの手料理が一番美味いよ!」
「えへへ……ありがとうございます。」
彼女が作ってくれたのはパスタだった。
パスタといえば、貴族などが好む会食とかでよく出されたりするらしい。
このパスタの食べ方ひとつでその家門の品性が分かるのだとか。
実際にユーフェルは俺のように啜るのではなく、決して音をたてずに髪が触れないように片手で押さえながらパクパクと口の力で口の中へと押し上げている。
食べづらいように見えるが、この食べ方は啜らないのでソースが飛び散らない上に口周りも汚れにくいので、品性以前に俺も真似した方がいいかもしれない。
「こ、こう食べるのか……?」
慣れない食べ方なので不格好ではあるが、ユーフェルは決して嫌な顔ひとつせず、その俺の様を見て微笑む。
「違いますよ、このフォークでくるっとしたパスタはある程度のサイズに切ってしまうんです、一口で食べられるように。
小さなクルクルのパスタ巻きとでも呼んでください、この子を作ったらそのまま口の中に放してあげるだけです。」
どうやら、少し食べ方を変えたらしい。
俺が食べやすいように配慮してくれたのだろうか?
まずはパスタをある程度のサイズにフォークで切り、クルクルと巻いて小さなパスタ巻きを作る。
そしてそれを口の中に入れて閉じたらフォークを引き抜く……ほう、確かに汚れもしないし静かだし、何よりもお上品だ! これは凄い。
俺は生まれて初めて、貴族たちがお上品さを求めるのかわかった気がする。
好きな子の前でお上品な食べ方をすると、今の俺かっこいいんじゃね?って思える。
きっとこの世全ての貴族が品性を求める理由はそこにあるのだろう。
そうに違いない、貴族共はつまるところ年がら年中、恋に耽っているというわけか。
いつも見ても、彼らは忙しいのだな。
「ありがとう、ユーフェル。」
教えてもらったのだ、そのお礼は告げないとな。
俺のお礼にユーフェルはまた柔らかな笑みで答えた。
「どういたしまして。」
なんて幸せな時間なんだろう。
まるでもう嫁みたいじゃないか、嫁でいいだろう?! もう結婚させてくれよ!!
おっと、いかんいかん。
まだその時ではない、落ち着いて心を保て……焦って早めに告白してもフラれるだけだ。
いいか、相手の情報をよく収集し、相手との交友を深め合う。
そして次のステップへ、関係が進化できるという状態になった時、初めて告白は成功の確率が0%から1%以上に上がるのだ。
それにしてもパスタが美味しいな、手が止まらないぞ。
なので、俺は焦らない。
目の前のユーフェルがどれだけ可愛くても、口が滑って告白なんてまだしない。
うん、パスタ美味いな。
俺はしっかりと手順を踏んで進むのだ。
おい、パスタが美味しいぞ。
さて、今日の夜のことだが……パスタが美味いな。
~~~
「ご馳走様でした。」「お粗末さまでした。」
やはりパスタは美味しかった。
俺の腹の中で至福が踊り、腸が幸せを俺の体の栄養素となっていく。
素晴らしい昼食だった。
さてと、昼食を食べたあとは少しばかり体を動かしておいた方がいいだろう。
冒険者を引退してから、もう一年以上は経つのでその腕も訛っているだろう。
昔は俺も冒険者たちと出逢えば、憧憬の目で見られていたが、今はただの店主だ。
「そうだ、少し店を閉じて公共の練習場に行くんだけど、ユーフェルも魔術の実践練習しに行く?」
「そんな所があるんですか……? 是非、少し待っていてくださいますか? すぐに準備してきます!!」
俺としては彼女の魔術の腕を拝見できる良い機会だ。
それに、訓練場は意外にも冒険者時代の顔見知りとかがいたりするので盛り上がる。
好きとは言わないが、嫌いな場所ではない。
「お待たせしました! 行きましょう!!」
この数週間で、彼女は恐れこそまだ抜けていないが、身なりなどはすっかり平民のそれらしくなり、初対面の頃のボロ衣一枚の汚れた姿とは比べ物にならないほど、美しくなっていた。
今回は訓練と聞いてレザーの胸当てをしているらしい、衝撃吸収能力は低いが仮にも防具だ、身を守る能力はそんじょそこらの服よりも高い。
「それじゃ、行こうか。」
~~~~~
──着いた先はコロシアムほどに広い円形の訓練場、至る所で剣士が手合わせをしており、魔術師は自分の組み立てた術式を試したりしている。
「ここでは主に修行中の冒険者とかが集まったりしてる、多少気の荒いヤツらがいるけど話せばわかる奴らがほとんどだから、恐れる必要はないよ。」
最初はウキウキだった彼女も、強面だらけの空間にぶち込まれるとなると直ぐにその笑みは沈み、足を震わせて縮こまっている。
「気にせず、自分のやりたい事をやるといいよ。」
練習において、俺は魔術は専門外なので少し離れた位置で見守りながら自分のアップに集中しよう。
~~~
ツカサさんは大丈夫と言ってくれたが、やっぱりまだ平民としての実感が薄い私にとってはこの武装した人達しかいない空間は、いつ殺されてもおかしくない、後ろから刺されるかもしれない、もしかしたらあの魔術は私を殺すためのものかも、とよからぬ事ばかり考えてしまう。
本当は試したい魔術が沢山ある、その為に記した術式の本も持ってきたのだ。
だが、やっぱりどうしても怖くて中々自分の練習に手が付けられない。
ツカサさんの方を見れば、彼はただ静かに太刀を構えてじっと止まっているだけだ。
たまにその身を捻ったり、太刀の刀身の一部を見せたりして動いているが、おそらくは想像力を働かせた脳内シミュレーションなのだろう。
組手がいない環境において、あのような訓練法は特殊ではない。
だが、そういった訓練は強者がするイメージが強い。
なぜなら、戦いに慣れた者にしかその状況下において相手が次に起こす行動というのは予測できないからだ。
適当に考えて適当に合わせても訓練にはならない、しっかりと理論に基づいた合わせ方が必須だ。
時折、彼は片目でこちらを見ていてくれたりする。
彼が私の安全を保障してくれると思おう、そうだ。
ツカサさんがいれば怖くない、ツカサさんが見てくれているのだ。
安心して、魔術の練習に取り掛かるとしよう。
私は鞄の中から本を取り出し、
脳内で描かれた術式は体が変換することなくそのままで使用され、それは体内での自動術式変換の工程を短縮するので発動までの時間が限りなくゼロに近い。
その魔術式を見た、そして魔力を体内で動かした、その次の瞬間には魔術が形成されるのだ。
私が使った術式は、剣を射出する魔術。
剣は魔力により、鋭く細く、されど優れた矢よりも強固な、まるで弾丸のような破壊力を誇る。
射出には瞬間的な爆発、すなわちエネルギーが必要なのだ。
そのエネルギーは第二エネルギーと呼ばれる魔力からそのまま使われ、剣の柄頭に小さな紫色の気弾が浮かび上がる。
「………」
ここまでは本の通りに描いた術式だ。
本来ならこれで完成、これ以上はないのだが……私が試したいのはここから先だ。
もしも、この術式に元素を構築する術式を混ぜるとどうなるのか。
私は慎重に、その集中力は周囲の音も風も衝撃さえも感受することを体が忘れ、ゆっくりと既存の術式に一つずつ絡ませていく。
決して一箇所も不具合が生じることなく、どこかの術式が不完全であればその魔術は起動しない。
なのでたった一ミリ程度の失敗さえも許されない。
私は、水……その温度を零度よりも下、すなわち氷を構築する術式を混ぜた。
私が想像するのは、氷の剣を射出する魔術。
その術式と術式の融合は成功した、だが結果は私の想像とは大きく異なった。
私の目の前に映るのは、鋼の剣が冷気を放ち、周囲の水気を霰に変換し続ける魔剣を射出する魔術となったのだ。
この剣は、元来の金属製の鋭利さに加えて周囲の水を凍結させ、氷を構築する術式がそのまま融合した魔術だ。
解釈が曖昧すぎた、魔術とは術式と術式を融合した場合は整数が行うただの足し算だ。
分数の足し算のような都合のいい解釈は存在しない。
「……射出ッ!」
柄頭の紫色の気弾が大きく膨らみ、やがて一気に収縮すると凄まじい衝撃を剣の方へと一方的に押し出し、突き進む氷の弾丸と違わないほどに過ぎた軌道の床には霰が降り落ち、訓練場の壁に鋭い矢のようにその剣は突き刺さって静止した。
突き刺さるだけでエネルギーが周囲に分散し、壁に小さなクレーターを作るわけでもなく、ただ突き刺さった剣の形跡だけが残っている。
それほどまでに真っ直ぐで、それほどまでにエネルギーが一方向に進み、その推進力は一切の抵抗さえも許さなかった証拠である。
だが、不思議なことに壁に突き刺さった時の抵抗で静止したのだ。
なら、その抵抗力に負けたことになる。
私の考えが誤っているのだろうか? なぜ、剣はこんなにも綺麗に突き刺さったのだろうか?
これはもっと勉強が必要かもしれない。
壁に突き刺さった剣は魔力の塊なので、私の意思で自由に魔力として分解することが可能で。
私は手を突き刺さる剣に向け、剣を握りつぶす感覚で手を閉じた。
粒子となってパラパラと消え散る剣に、私は次の頁を捲る。
だが、そこでふと気になった。
先程から、私が集中していたから気付かなかったのもあるが、騒がしかったこの訓練場で、誰一人として声を出していなかった。
私は不意に、ツカサさんの方を振り向いた。
彼からは、今までに感じとった事のない、波紋が一切ない水面世界のような静寂さがあった。
無我の境地、常人が辿り着けない、人の域の外側にあるような、そんな気がした。
先程まで訓練していた冒険者たちは気づいたら、彼の先程から一歩も動かずに同じ構えのままだが、その姿に見とれていた。
現に私も、ツカサさんのその姿は新鮮で、ルルさんたちの言葉を思い出しながら眺めていた。
「………ッ!」
刹那、刹那という言葉が相応しいのだろうか?
もっとその短さを表す熟語があるのではないかと思わせるほどに一瞬で、誰もが彼の微動作に気付くことはなく、彼は静かに構えを解いた。
「……な、何が起きたんだ?」
「見えなかったな………」
「だけどよ、あのツカサさんがただ構えただけで終わるようには思えねぇ。」
途端、私の全身が風を感じとった。
何かが起こる、その予感は直後の刹那に現実となった。
目の前にあった、訓練用の鋼鉄の防具が身につけられた木製の人形が細切れになって崩れ落ちた。
『ッ?!!』
その細切れは、一片を掴むことさえ不可能なほどに細かく、木屑と称しても違わないほどにバラバラな粉、粉となったのだ。
ルルさんたちの言葉を思い出す。
『ツカサはこの世界で十人程度しかいない一番上の階級なんだ。』
この人がなぜ冒険者という、自身の将来を安泰させる職を放棄して"何でも屋"を営んでいるのか、少し疑問に思った。
だが、この実力なら"鬼程度"なら余裕だと言われてた理由も納得してしまった。
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