第13話

遂にその時が来るまでは、走馬灯のように風景が流れていった。

甲高いサイレンの音、途切れ途切れに見える星のない夜空。固い叫び声。無機質な白い天井に、あの世と間違えるほどの眩しさ。

はっきりと意識が戻った頃には光の集合体の中にいた。

おぼつかない自我の中で、自分を照らす灯りのブロックをなんとなくひとつ、ふたつ、と数える。


全部で七か、八個ぐらいだろうかと思った時に、まばゆい光を人の頭が遮った。

「羽本さん、聞こえますか。もうすぐ生まれますからね。大丈夫。順調ですよ」

 劇団員くらいオーバーな声が耳にこびりつき、女の意識はようやくはっきりとした。

腹の中で何かが、波打つように蠢いている。

まさに今羽化しようとするさなぎのそれだった。


いやだ、いやだと暴れてみるものの身体は揺れる程度にしか動かない。

意思表示をしようにも声が出ない、喉に石が敷き詰められているのかと思うほど、声はおろか、息をするのも難しい。

はぁはぁと喘ぎ上体を動かす女に、下手な劇団員の医師はにこやかな視線を投げかける。


「ううん、緊張しますよね。でも大丈夫。すぐに元気な赤ちゃんが出てきますよぉ」

 どこからかごうごうと唸るような音が聞こえ、同時に異物は狭い穴から出ようと腹を大きく突き上げ始める。

音が一体どこから鳴っているのか、女は唯一自在に動く眼球を必死で動かして探した。


どうやらこの部屋には医者以外にも、真っ白な手術服に身を包んだ人が三、四人ほど、モニターを見たり医師のサポートをしているらしかった。

そしてこの場にいる誰もがなにかを女に話しかけている。

マスクと帽子に挟まれた瞳が一斉にこちらに向けられている。

表情を読み取ることはできず、誰が何を言っているのかは全く分からない。

腹がぐにゃりと姿を変え、膣のあたりがキリキリと突っ張る。

と同時に、身体の中から金属がこすれ合うような金切り音が聞こえてきた。


「ほら、もうすぐ頭が出てきますよ。あともう少し。頑張って!」

あまりの痛みに意識が遠のきそうになるが、その度にまるで頬を強くはたかれたかのような衝撃が走り、半ば強制的に意識をこの空間に戻される。

白装束の人間が女の四肢をそれぞれに抑え、目を三日月のように細めている。

おそらく薄気味悪い集団のボスである劇団員の医師は、大丈夫、大丈夫、と念仏のように唱え女の股の下に両手をうずめた。


溶接で鉄の塊を切断する時のような金切り声が、どんどん迫ってくる。

叫び声であり、断末魔のような音。

腹の中の何かの音だ。やはりこれは赤ん坊などではない。

助けて、誰か助けて。このままだと私は死んでしまう。

視界の中で空間が白、黒と反転する。

眩しい電気は頭上にあるかと思えば、途端に足元にきて女を照らし、再びすぐに頭上に戻る。


周りのマスクと帽子に身を包んだ連中は目を三日月にしたままぐにゃぐにゃと形を変えている。

医師が女の股からゴム手袋を血まみれにして何かを引っ張り出している。

女は岩のように重い頭を上げて股の間を覗いた。

黒い、塊のような何か。

金切り声はいよいよ部屋中に轟き、女は頬をはたかれようが、髪を引っ張られようが、もう正気を保てなくなっていた。


視界が黒く淀んでいく。

支える力がなくなり、そのままゴミを放り投げるように頭を手術台に投げ出す。

背筋がひんやりと冷たくなる。


腹の痛みが消えた時、視界がカチリと定まり、直後にぐるりと反転した。

金切り声は海の底に沈むように徐々に小さくなり、足元から力が抜ける。

やがて身体中が海に漂っているかのように軽くなった瞬間、どっと眠気が襲ってきた。


久しぶりに訪れた例えようのない快楽。

やっと眠れる。途方もない安堵と微睡みが押し寄せ、女は目を閉じた。

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