幕間:産婆の懺悔と、聞く願い

産婆の懺悔と、聞く願い


  *


『なあおまえさん、うちはもう長あない。もう身体も言う事聞かん、耳も遠なったし目もきかん。お迎えが近いんじゃ、そんなんは自分で分かっとる。


 うちは腐っても産婆じゃけん、理解しとるつもりじゃ。世の摂理っちゅうやつじゃ、産まれる命があったら死ぬ命がある。全部お天道様の下でそこだけはみんなおんなじじゃ。だから足掻こうなんて思うとらん。順番が回って来ただけじゃ。


 ほなけどな、一っちょだけ心の凝りがあるんじゃ。後悔があるんじゃ。西洋風に言うたら懺悔っちゅうやつになるんかな。それをな、おまえさんに聞いて欲しいんじゃ。


 ……そうか、聞いてくれるか。


 もう何年経つんかいな。歳いったらな、そういうんが分からんようになる。とにかく、うちが最後に取り上げた子らの話じゃ。うちはもう、身体がえらいし、何より心がしんどいしで、あれを最後にしてもうすっぱり産婆を辞めてしもうた。これ以上は耐えられんかった。


 ──そう、静宮の詩雨子のお産の話じゃ。時雨と詩雫、あの可哀想な双子が産まれた時の話じゃ。


 詩雨子の腹は普通と違うとった。明らかに大きいゅうて、このままではいかん、子も母もあかんようになる、そう何べんも大きょい病院に掛かるよう言うたんじゃ。ほなけんど、あん時まだ静宮の当主だった詩雨子の祖母、雨季恵が頑として首を縦に振るらなんだ。


 いよいよになってうちが呼ばれて行ったんは、山降りたとこにある柿峰医院じゃった。当時、柿峰ん息子先生は務めとった大学の病院で何や問題起こしたらしゅうて、柿峰医院に戻って来たばっかりじゃった。親先生も癌になってもう医者続けれなんだけん、丁度良かったと言やあ良かったんやろうな。


 そんでおったんはその柿峰の息子先生、静宮の雨季恵、井戸の長になったばっかりの日出男、後は柿峰医院の看護婦やな。何でか静宮のもんは、雨季恵以外は誰も来とらんかった。


詩雨子はふうふう言いながら診察用のベッドの上で唸っとった。柿峰医院は産科は看板に掲げとらんから分娩台は無いんは分かるけんど、何でか詩雨子は柵に身体を縛られとって、こりゃ一体何じゃと思うた。錯乱して暴れんようにっちゅう事やったんやろうけど、何や不憫でならんかった。


 お産はもうとにかく大変で、双子は前にも取り上げた経験はあったけんど、そんなのと比べもんにならんぐらいの難産じゃった。何時間も掛かって、やっと二人目が出た頃にはとうとう詩雨子は白眼剥いて気絶し取った。股からは血がようけようけ溢れて、裏返った子宮がべろんと出て来て、慌てて息子先生が輸血したり処置したり急がしそうにしとった。


 そんでまあ、子供は無事じゃったけんど、洗うたり臍の緒切ったりお世話しとったら、何や雨季恵と日出男が怖い顔してこそこそ話しよるんじゃ。


 赤子は両方とも男の子じゃったけんど、片方は目と髪がな、黒うのうて灰色ような銀ような色しとったわ。それは雨季恵と同んなじ色でな、巫女の素質があるいうて言うんじゃけんど、巫女ったって赤子は男の子。どうするんかいなと思うとったら、何と、ちょん切る言い出してな。


 そうや、ちんちんと玉をちょん切って、女として育てるって言うんや。詩雨子がもう子が産めんようやから、これしか手が無い言うてな。出生届は息子先生が書くし、役場にも瑞池のもんがおるけん何もバレへん言うてな。日出男もそれがええって同調して、もう決定みたようになっとった。


 うちは反対したんやけんど、雨季恵と日出男は決定を覆さんかった。しばらくして戻って来た息子先生はそれ聞いて最初は嫌な顔しとったけんど、結局は雨季恵の言いなりじゃ。専門とちゃうから成功するかは分からんって息子先生は言う多けんど、結局翌日やった手術は成功してしもうた。


 詩雨子はまだしばらく入院せんとあかんかったから、手伝いに通うとった清水の春子が双子の面倒を必死で見とった。春子は三ヶ月前に子供を死産……いいや、足りん子が産まれたけん死産ちゅうことにされたけん、まだお乳が出るっちゅうて、自分の子みたいに頑張って乳母やっとった。


 結局詩雨子は死にゃあせんかったもんの、頭がおかしゅうなって、子供も産めんようになってしもうた。もし最初っから大学病院に掛かっとったら、こないな事にはならんかったやろうに……。もう子が産めんのなら亡うなっても良かったのに、なんちゅう事を雨季恵は言うとったが、また贄が足らん時に仕やあええとか日出男が言うとったな。


 うちはな、ずっと後悔しとるんじゃ。無理矢理にでも詩雨子を連れ出して、大学病院に行かすべきやった。そうすりゃあ詩雨子があんな可哀想な事になることも無かったやろうし、詩雫が女の子にされる事も無かった筈じゃ。


 今更何言うても全部手遅れなんは分かっとる。でもな、ずっと胸のつかえが取れんのじゃ。これはな、詩雨子や詩雫への謝罪やのうて、ただのうちの、うちが楽になる為の吐き出しなんじゃ。うちは弱い人間じゃけん、そうせんと死んでも死ねん気がしてな。勝手ですまんな。でもな、辛うてな。


 最後に一つだけお願いがあるんじゃ。


 なあおまえさん、あの可哀想な子供を、生をひん曲げられた詩雫を、どうか見守ってやってくれんか。


 さっきも言うたけんど、うちはもう長あない。あの子の秘密を知っとるんは、詩雨子があないなって雨季恵も死んで、残る歯日出男と息子先生だけになっとる。ほんまの意味での見方はおらんのじゃ。ほなけん、おまえさんはただ黙って見守ってやってくれんか。最後の頼みじゃ。


 ……そうか、頼まれてくれるか。ありがとうな。


 これで、心おき無うあっちに行く事が出来るわ。何じゃ、慰めてくれるんか。ああ、あったかい。おまえさんはふかふかしてもこもこして、ほんまあったかいわ……』


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