3-12
*
二人で抱き合って入る布団は暖かく、何より触れ合う素肌から生まれる熱がじわりと心を融かしてゆく。
「カナメ様、……暖かいです。私、今とても幸せです」
「自分もです。しかし、シズクさんにはもっともっと幸せになって貰いたいのです」
「カナメ様ったら。……ねえ、ならもっと、私を愛して下さいまし。ご慈愛を、下さいまし……」
しなやかな腕が広い背中にしがみ付き、潤んだ瞳がカナメを見上げた。上気した頬は桜色に染まり、唇は艶を帯びている。カナメはそっと何度もくちづけを落とし、シズクの唇を食んだ。
徐々に深く重なる互いの唇。蜜が絡み合い、混じり合う吐息はもう既に熱を持ち始めている。結ばれる互いの舌から、痺れるような悦びが広がってゆく。鼓動が、痛い程に高まる。やがて離れた唇から、名残を惜しむように吐息が漏れる。シズクの瞳から一粒零れた涙を拭うように、カナメはそのまなじりに唇を落とした。
広がる深銀の髪をそっと撫で、慈しむように耳を、頬を、首筋をなぞる。薄闇の中で震える濡れた睫毛が煌めく。反らされた白い喉から溜息のように囁きが聞こえる。
「カナメ様、……ああ、お慕いしております、好きです……カナメ様」
耳をくすぐる声色に官能の匂いを感じ、カナメは腹の底に焔が灯るのを自覚する。鎖骨をそっと撫で、白い肌を辿る。触れた部分が雪解けの如く上気し、色を帯びる。胸の尖りに何度もくちづけ、慈しむ。吐息が一層熱を増す。反らした喉を、白い肌を震わせながら、カナメの頭を掻き抱いてシズクは切なげな声で鳴く。
「ああ、こんな……初めてです、……分かりません、何故。こんなに、溶けてしまいそうな、気持ち良くて、苦しくて、嬉しくて。……こんなのは、ああ、初めてです……カナメ様、カナメ様ぁ」
そして全身をわななかせ、シズクはくたりと弛緩する。カナメは身を起こし、シズクを抱え直してくちづけを落とすと、その桜色に染まった耳許で囁いた。
「身体を重ねるというのは、きっと心を重ねる事なんだと思います。身体だけ気持ち良くなろうとも、心が伴っていなければそれは虚しい交わりなのですよ。心から感じているからこそ、シズクさんが自分を愛してくれているからこそ……気持ち良いのではないかと、自分は思うのです。もっと気持ち良くなって下さい、愛しています、シズクさん」
「カナメ様……ああ、嬉しい。カナメ様」
唇を重ねる。音頭が、二人を融かしてゆく。カナメはそっと手を伸ばし、シズクの手術痕を優しくなぞった。
びくりと一瞬シズクの身体が強張る。カナメはくちづけを続けながら、宥めるようにシズクの痛々しい下腹部を撫で、そして心をほぐすように手の熱を移してゆく。ゆっくりと開かれた腿の奥に手を滑り込ませ、カナメはそっと囁いた。
「大丈夫ですか、シズクさん。その……」
口籠もるカナメに、あでやかな表情でシズクは笑んだ。悪戯っぽい声色で耳打ちする。
「準備は致しております。カナメ様、そのまま……いらして下さいまし」
その何とも官能的な台詞に唾を飲み、カナメは体勢を変えてシズクの脚の間に身を滑り込ませる。再度手を伸ばすと美しい菊花は妖しく潤んでおり、少し触っただけで柔らかく咲き綻んだ。
香油だろうか、ふわりと花の香りがカナメの心をくすぐる。自身はもう、痛い程に張り詰めていた。
「シズクさん、愛しています」
感情が溢れてどう言っていいか分からずに、カナメはそう零すとゆっくりと身を沈めた。抱き締めるとシズクが背に腕を回す。ああ、と灼けるような吐息がどちらともなく零れる。
「カナメ様、カナメ様、……ああ、私、幸せです。本当に好きな人と一つになれるのが、こんなにも嬉しい事だなんて、私知りませんでした……。ああ、好きです、カナメ様」
「シズクさん、好きです。愛しています……きっと、あなたをもっと幸せにします」
触れた肌は熱く、増して一つになった身体は更に熱く溶け合う。もっと深く、と欲する繋がりは絡み合い混じり合い、波めいた動きで感情までもが一つになってゆく。
燃え上がる焔が二人を焦がす。立てられた爪、深く穿つ速度、荒い息遣い──言葉など無くとも、二人は互いの終わりを予感する。
「カ、ナメ様……っ、私、私、もう──」
「っ、自分もです、シズクさん、共、に──」
そして二人は──強く強く抱き合ったまま、白い闇に、包まれた。
*
シズクの零れる涙を拭い、とかすように髪を撫でる。息を整えながら、カナメは汗ばんだ肌が冷えぬよう、掛け布団を引き上げてシズクの肩までを埋めてやる。
抱き締めるとくたりとした身体が縋り付いて、愛おしさにカナメは腕に力を込めた。首許に擦り寄せる頬から、息遣いが振動となって伝わる。
カナメはそっと目を伏せると、シズクのまだ赤みを帯びた耳許に唇を寄せた。
「シズクさん」
声に反応してシズクが顔を上げる。カナメは意を決し、──その言葉を、囁いた。
「自分と、……結婚して、頂けませんか」
*
カリ、カリ、と小さな音が凍るような廊下に微かに響く。
ランプの淡い光が漏れる障子戸の向こうから、男女の睦みが漏れ聞こえる。止みに沈んだ廊下の中で、暗がりに潜む人影が座り込んで膝を抱えながら、その声を聞いていた。
カリ、とまた爪を噛む。苛々した際に表れる悪い癖だ。人影は息を殺し気配を殺し、部屋の中の声に物音に耳を傾け続ける。
──あの男、許さない。寝取りやがった。妹は、シズクは僕の物なのに。
漆黒の瞳を爛々と輝かせ、シグレはまた爪を噛む。憎悪から、歯に力が籠もる。ガリリ、と鈍い音が微かに響いた。爪が割れて血が滲む。
許さない、とシグレは口の中で呟き、そして血の膨れ上がる親指を舐めた。狂気じみた瞳は、もぞりと動く止みをただ、見詰めていた。
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