第3話 歴史学と民俗学

「それでは『民俗学A』の講義を始めます」


 毎度始めに柏手を打ってからマイクのスイッチを入れて銀嶺は話し出した。


「今日の講義は歴史学についての解説と民俗学の解説を行う。さて、前回のおさらいも兼ねて歴史学について学生きみ達に問おう」


 銀嶺は黒板に縦書きで歴史学と右端に大きく書いた。


「歴史学の範囲は何処から始まったか、前回僕は一応話してはいたが覚えているかい?覚えている者は挙手してくれ」


 すると半分位が挙手した。


「素晴らしい、別に誰も覚えて無くても笑って済ませてたが嬉しい誤算だ」


 男女どちらも魅了してしまう様な魅惑的な声で銀嶺は声のトーンを上げて話す。


「では、説明できる自信のある者はそのまま挙手してくれ、自信のない者は手を下げて良いぞ」


 銀嶺がそういうとその半分が手を下ろした。

 そして残った四半分の者たちを銀嶺は見遣り眼が惹かれた学生を指名する。


「えー、では二列目の左から五番目の学生に解答を願おう」


 そう言って指名した学生にマイクを向けた。


「はい、文字を持つ様になってからを歴史時代、そして歴史考古学だと先生は仰いました。つまり文字が書かれるようになった時代以降が歴史学の範囲の始まりだと思います」


 キリッとした態度で男子学生は言った。


「正解だ。よく聞いてたね、素晴らしい答えだ」


 そう言って銀嶺はマイクを置いて短く拍手を送った。


「歴史学は前回考古学の説明で話したように文字、文献資料を基本材料とする学問だ」


 そういった後、机の紙束を持ち上げた。


「さて、これからレジュメを配るので端から端に向かって一枚自分の分を取ってから隣に渡して行ってくれ」


 そう言ってレジュメの紙を各列の端に配り始めた。

 その後、出席確認用の小さな紙を配り始めた。


「各列の端の人は余ったら一番後ろの列の人から前に紙を回して一番前の端の人の方へ集めておいて。先生が少し話したら回収しに行くのでそれまで持っててくれ」


 そう言って教壇に戻り話し始めた。


「このレジュメの頭に答えが思い切り書いてあるので今回はレジュメの配布の前に質問をしたんだが、思いの外ちゃんと覚えている人が居て嬉しかったよ」


 そう言ってから銀嶺は余ったレジュメと出席確認の紙を取りに行った。


「さて、歴史学は言ってしまえば『文字の学問』だ。文字によって記録された『文献資料を元に人類の歩んで来た道、足跡を研究する学問』になる。だから、文字の無い時代は歴史学の分野では追うことが出来ず、考古学の分野となる訳だ。歴史学の時代区分として原始時代カテゴリの時代は考古学の独壇場だな」


 銀嶺はそう言って黒板に歴史学の左に「文字の学問」と書く。

 そして文字の無い時代の人間の生活や文化は考古学が補完すると書き加えた。


「そして歴史学の研究対象の時代範囲としては漢字の刻まれた史料が出土する古墳時代から今僕達が生きる現代までとなる。そしてこれからも何か出来事が起こるたびにそれは歴史の一ページとなる訳だ」


 僕達は刻一刻と古くなっていく、と多くの女性には嫌な言葉を口にしながら時代範囲を古墳時代から現代と黒板に書いた。


「無論、歴史学のアプローチ方法は『文字、文献資料を元に研究する事』になる。当時の人の日記だったり業務日誌だったり報告書とか様々だな」


 そう言い、銀嶺はアプローチ方法を黒板に書 いた。


「因みに遺跡発掘調査において、文字が書かれた物品が出土した場合は歴史学と考古学をまたぐ研究対象になるぞ。木簡や文字の掘られた道具や武器などがその例だ。因みに七世紀の飛鳥時代以降は一般的に日本においての歴史考古学の範囲に入るぞ。尤も漢字の銘入りの物品はより古い古墳時代から出てくるが、日本独自の銘入りの品が多く出てくるようになるのは飛鳥時代辺りという事なんだろう。僕も専攻では無い関係で考古学の友人に訊かないとわからないのではっきりとは言えない。なので黒板やレジュメには書かないが」


 歴史考古学、文字入り出土品は考古学と歴史学のどちらの分野でも研究対象になると銀嶺は黒板に書く。


「歴史学は大まかに日本史即ち自国の歴史と東洋史と西洋史に分類され、更にそれぞれで政治史、経済史、文化史などに区分される。尚、今回は民俗学との比較の為の解説なので深掘りはしない」


 そう言いつつ、銀嶺は黒板に日本史(自国の歴史)、東洋史、西洋史と書く。その後に横並びに政治史、経済史、文化史と書き加えた。

 

「政治史は僕たちが高校時代までに習った歴史の授業のメインだった内容で、国家の発達を統治の理念や機構の推移に重点を置いて記述された歴史になる。これで高校までで習った日本史における〇〇時代と言う区分の多くが統治支配の機構や首都の転換等によるものだと分かるな」


 そう言いつつ、政治史の下に今まで習ってきた歴史、と書き、支配体制に重点を置くと書いていく。

 

「経済史は経済活動に沿った視点の歴史観念であり、経済生活の発展と過程及び経済と社会、法制、民族、地理等との関連を重点とする物だ。物々交換から始まった経済が貨幣に代わる過程そして手形の台頭やそして鋳造された特定の貨幣が何処までの範囲で利用されたのか、そして物品の流通や取引等の関わりのあった人間等を見る歴史と言うことだな」


 銀嶺は黒板の経済史の字の下に経済発展の歴史で経済圏などにまつわるものと書いた。


「最後の文化史はについて包括的に記述した歴史であり、とまぁ、民俗学に類似しているのが分かるな」


 銀嶺は黒板の文化史の字の下に学問、芸術、思想、文学、宗教、風俗、制度等人間の文化的活動の所産の歴史と改行して書き、学問から文化的活動の所産までに棒線を引いた。


「さて、歴史学の説明はここまでにして此処からは民俗学について更に詳しく見ていこう」


 そう言って銀嶺は民俗学と黒板に書いた。


「民俗学は有形無形問わない民俗資料を主な研究資料として民俗性や民俗文化を庶民の生活感情を通して研究する学問だ。一文字違いの民族学と紛らわしかったのでこちらの民俗学は『フォークロアの民俗学』と言う呼び名も存在するぞ」


 民俗学の下にFolklore(民間伝承)と書き、前回の民俗学の習俗以外にも焦点を当てる説明をする。そして左側には習俗、民話、歌謡、生活用具、家屋などの継承されたもの、と改行しつつ書き加える。そして習俗から継承されたもの、までに線引きをした。


「さて、満を持して民俗学とそれ以外との比較をしながら説明していこう。わかりやすいのは文化史の下に書いた物と似通っている点である。黒板の線引をした所を見比べれば分かる通りだ」


 そう言って黒板の文化史の線引きした部分と民俗学の線引きをした部分を右手のチョークで指し示した。

 

「文化史側の芸術、思想、文学、宗教、風俗と民俗学側の習俗、民話、歌謡がある程度類似する部分になるかな。因みに民俗学自体も宗教学とも密接な関わりがあるぞ。それについては年間行事で宗教との関わりを扱う予定だ」


 銀嶺はそう言いながら、文化史側の芸術から風俗までと民俗学側のを赤いチョークで線を上書きした。


「そして民俗学と文化史の相違点だが、此れは歴史学に関する特徴に対し民俗学がその枠組から外れている点でもある。実は黒板にもよく見ると書いてなくもない」 


 文化史との相違点、と銀嶺は黒板に書いた。


「誰か分かる人が居れば挙手してくれ」


 すると、怖ず怖ずと手を挙げた者が数人居た。

 銀嶺は眼に任せて指名した。


「別に見当違いでも僕は怒らないので前から三列目で挙手してた学生キミ。相違点の説明を宜しく頼む」


 そう言って銀嶺はマイクを持って段差を降りて移動した。


「は、はい、歴史学はあくまで文字の学問と仰ってましたが、民俗学の説明では使っている道具や家屋というあまり文字が書かれてるとは思えない物が対象になっている事です」


 銀嶺に指名され、マイクを向けられた学生は震えた声で答えた。


「その通りだ、素晴らしい。解答をはそれで大丈夫だ」


 銀嶺はマイクを切ってから軽く拍手をした。


「彼女の言う通り、民俗学は文字で残されていない言い伝え、昔話や唄も研究対象になる。此れは歴史学とは一線を画す点だ。因みにフォークロアは言い伝えの伝説、説話などを表す言葉だ。識字率が低かった時代は口伝えでしか残せなかった物だな。更にその地に住む人々にとって文字に残すまでもないとされたであろう風習なども民俗学では重要な資料として扱う事になる」


 銀嶺はマイクのスイッチを入れ直して説明をしながら教壇に戻る。


「Folklore《フォークロア》言う言葉の語源や民俗学の歴史について話すと今日の講義が終わらないので割愛するぞ。因みにフォークロアは英語だが、他の国でも同じ綴りで発音が違う使い方をしたりするぞ」


 銀嶺はそう言って、Folkloreと黒板に書いた。


「文化史は文献資料で研究するため、識字率の低い時代においては、文字を扱う中心であった上流階級の営みと文化が鮮明になり、庶民の営みと文化は包括的或いは伝聞的になりやすい。また文章を残した人物の主観などが、反映されやすく実態との乖離が生まれていることもある。此れについては人が見聞きして書いている以上仕方ない事ではあるが、隠したい事は書かないだろうし、事態を大袈裟に書くこともあるだろう。まぁ、これは歴史に限った話ではないが」


 銀嶺は黒板に文化史と新しく書き、そこには上流階級が文献を残し文化の様相はと書き加えた。


「人の主観というのは仕方ない話でそれも当時の思想が反映されてたりする事がある。僕がこうやって広く浅く講義をしてても講義の進行から外れて自分のしたいように深く話をしてしまうことがあるし、進行にしても好みに合わせた話し方をしてしまったりと様々だ。まぁ、自分のしたい話をずっとしてるんじゃないかと思う先生もいらっしゃるからね、いきいきと講義をしてらっしゃる方も居るよ」


 仕方ないことだ、とそしてさりげなく目上の人間でそういう人がいることを銀嶺は仄めかした。


「その為考古学の資料、つまり考古資料が歴史研究の補助資料となり、物あるいは痕跡が発見されるということは少なくとも存在したと言う証明になる。それによって客観的に物事を観測できる訳だ」


 考古学による補助で事象の有無や規模の大きさの情報が得られると銀嶺は黒板に書いた。


「民俗学は庶民、民間の伝承とその地域の習俗等を研究する。つまり口伝で継承される昔話や唄など文字で遺されていない伝承を資料にするため、狭いコミュニティの中で受け継がれた文化だったり、その地方の中でも微妙に異なったりする特徴が出たりして興味深い発見もあるぞ」


 銀嶺は黒板に、民俗学とまた書いた後、文字で遺されていない言い伝えや唄や習慣などを資料にするためと書き足した。


「言い伝え等は直接実地での住人に聞き取り調査等のフィールドワークを行ったりする点が歴史学とは違う点だな」


 民俗学のアプローチ方法に現地で聞き取り調査などのフィールドワーク、先行研究の聞き取り調査資料や文献資料等と銀嶺は書いた。

 

「民俗学も文字で書かれた史料を研究資料として扱い、神話などの古い伝説や童話もその話が作られた時代の暮らしや思想と背景を考察する資料となる。食べ物が出たりすると、当時の人はこの食べ物を常食していた、或いは死ぬ前に食べたい物として存在したとかまちまちではあるが」


 そう言いながら銀嶺は神話、童話も歴史背景を考察する材料となると黒板に書いた。


「因みに現代においての民俗学はオカルト、都市伝説、学校の怪談等も研究対象になっているぞ」


 そう言って銀嶺はオカルト、都市伝説と書いた後、当時の人の思想の傾向と書き、学校の怪談には子供の文化と追加で書いた。


「因みに考古学との関係だが、どちらもフィールドワークをする学問だな、やる内容は異なるが。後は歴史学と同様に、考古資料が研究の補助資料となる。そして逆に巨人が住んでいたという伝承があった地域から考古学的な遺跡が発掘されることがあったり、古墳に埋葬された人物の伝承があったりして面白いぞ」


 そう言って黒板に「伝承の地に遺跡あり、遺跡の地に伝承あり」と銀嶺は書いた。


「さて、今日の講義はここまでだ。次回は『文化人類学についてと民俗学との比較』の講義になる。今回も出席確認の用紙に名前を書いて教壇に提出してから退出するように。そうしないと今日の講義出席扱いにならないので忘れないように」


 そう言ってから銀嶺はマイクを切って柏手を打った。


「今日も僕はチャイムが鳴るまで一応此処に居るので講義の質問は受け付けるよ」


 マイクのスイッチを再び入れて銀嶺が発言すると出席確認の用紙を書いて提出した学生の一部に囲まれチャイムが鳴るまで初回同様に質問にされる事になった。

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