第2話 民俗学 民俗学導入と他の学問
「それでは『民俗学A』の講義を始めます」
チャイムが鳴った後、銀嶺はパァンと柏手を打ってからマイクのスイッチを入れた。
一度柏手を打つ事で講義室の中が静かになり冷たく澄んだ空気に変わった。
そして銀嶺の相も変わらず人を魅了する良い声による民俗学についての講義は始まった。
今回は履修選択後の講義でそれなりの人数が居るようで、女性の比率が多めである。
「この講義は『民俗学A』の講義だ。まず、僕の講義を履修してくれてありがとう。僕の名前を知っているとは思うが改めて、僕は祝銀嶺と言う者だ。祝の姓の通り、山奥で神職をしている一族の出身の者だ」
そう言って黒板に縦書きで右端に民俗学Aと大きく書く。そして左下に小さく祝銀嶺とついでに書いていた。
「これからレジュメを配るので端から端に向かって一枚自分の分を取ってから隣に渡して行ってくれ。レジュメは前回も言ったように高校で言う授業で使うプリントだと思えば良い。僕の講義では教科書や本の必要が無い代わりにこのレジュメで講義が進行するので失くすと期末になってから困ることになるぞ」
そう言いながらレジュメを持ち学生の席の各列の端にレジュメを多めに配って教壇に戻る。
「各列の端の人は余ったら一番後ろの列の人から前に紙を回して一番前の端の人の方へ集めて下さい。先生が少し話したら回収しに行くのでそれまで持ってて欲しい」
そう言って更に出席確認用の小さな紙を配り始めた。
「前回も話したが、講義中に置いての周りの迷惑になるような私語は慎むようにと忠告する」
そう言った後、銀嶺は余ったレジュメの紙を回収しに行った。
「今日の講義はこれからの講義の予定を説明をした初回のお試し講義である前回の振り返った
レジュメの内容も半分はおおよそ前回と同じ内容であった。異なる点は『四つの学問について』の説明の導入が書かれていることであった。
「前期の民俗学、『民俗学A』においては始めの方は民俗学についての説明と分野が隣接していて類似した学問についての説明をしていこうと予定している」
銀嶺は黒板に『四つの学問について』と『自国の行事』と書いて説明をする。
「そして終わり次第自国の大まかな行事についての由来などを交えた講義を予定している。行事については例え同じ行事であっても地方によっての違いなど学生には意外に思える事もたくさんあるかと思っている」
君達がなるべく興味を持てる講義を考えて居るよ、と銀嶺は言った。
「なので最初は初回のおさらいとなる関係上、暫く内容が
「まず最初に、民俗学とは『その場所に暮らす人がどのように暮らし生きているのか、あるいは生きてきたのか』を研究する学問だ」
そう言いながら黒板に白いチョークで民俗学の字を書き俗の部分を丸で囲む。
「民俗学の俗は俗っぽいの俗であり、家族や部族に用いられる方の族ではないので気を付けるように。こちらの方の民族学も一応学問として存在するが名前が変更されている事が多い。こちらについては後日話す予定だ」
前回と同じ様に黒板にバツ印をつけた下に民族学の字を書き説明をしていた。
「俗の字は辞書で引くと大まかに『土俗、習俗などが表す世間の習わし』『俗説、俗語などが表す世間一般のこと』『低俗、俗物等の言葉に代表する卑しい事』後は仏教用語として『俗人、還俗などを指す出家していない世間の人間』を指すと書かれているんだ。つまり俗は人々の日常生活に密着しているような言葉になる。因みにこの俗の字は読みで『ならわし』とも読むぞ」
黒板に俗の字を書き、日常生活(普段で陳腐)を指す言葉と書き加えた。
「俗という漢字がつく言葉は、低俗とか俗語即ちスラングとかあまり良い言葉として聞いたことがない者が多いかもしれない。因みに風俗という言葉は本来、その時代場所における風習や生活様式を表したりする言葉だ。だから別に本来はいやらしいだとかそういう言葉では無い。風俗営業とか風俗店という言葉が悪いんだろうな。因みに江戸時代の絵画が有名だが、日常生活を切り取った様な絵の事を風俗画と言うぞ」
これら基本的に普通の人々の生活風景の絵になる、と銀嶺は話す。
「そして民俗学の民俗という言葉は『古来より伝承された民衆の習わし』などを指している。つまり、『その地に住まう人々が、先人達から受け継がれてきた習慣』のことだ。」
そういった後銀嶺は口を閉じ、少し間を空けた後再び喋りだす。
「つまり僕が研究している学問、民俗学は僕達の日常生活に密着した、あるいは先人達の生活に密着していた日常的な習慣、非日常の祭事、昔話や民謡、受け継がれてきた道具や住んでいた家などを調査し、その地方に住む人達はどのようにして生き、また何を考えて生きてきたのか研究する学問という訳だ」
銀嶺は黒板に民俗学と書いた後その右に「その地に住む人がどの様に暮らし生きているのか、いたのか」を研究する学問と書き加えた。
「因みにここまでが初回のお試しの範囲でここからが新しく講義を行う範囲に入る。なので上の空なり他の事をしている学生は一度手を止める様に」
そう言った後マイクを切り柏手を打ち、またマイクのスイッチを入れた。
「さて、これからは予告したように、『民俗学を含む四つの学問について』の解説を始める」
銀嶺は黒板に『民俗学を含む四つの学問について』と書く。
「何故僕が民俗学の授業で他の学問についての解説をするのかと言うと、民俗学から見てこれら考古学、歴史学、文化人類学の学問はそれぞれ類似点を持つ学問であるからだ。そしてそれぞれの相違点を知る事で民俗学の理解を深めて欲しいと同時に、他の学問にも興味を持って貰いたい或いは知って欲しいと僕は考えている」
そして、民俗学、考古学、歴史学、文化人類学と並べて書いた。
「まず、これら四つの学問の共通点は『人間がどのように生きてきたのか』を探究する学問と言うことだ。そしてその研究を行う範囲やアプローチ方法が異なる。その違いをこれから説明していこう」
そう言って銀嶺は研究範囲、アプローチ方法と黒板に書いていく。
「今日は既に民俗学の説明の一部をしたので、考古学の学問についての説明を行う」
銀嶺は黒板の考古学の文字を丸で囲んだ。
「では、君達の中に考古学についてどんな学問か、と問われたら君達はどのようなことを知っているかい?答えられる人は挙手してくれ」
前回も言った様に、僕は例え見当違いな答えだったとしても人を貶める様な事を言わなければ怒ることは無いと言い、愛児の証である色素の薄い目で見渡した。
そして何人かの学生が挙手をした。
「では一番前の左端の
そう言って銀嶺はマイクを持って段差を降りて移動した。
「はい、考古学は、遺跡の発掘とかしたりするんですよね?映画で見ました」
銀嶺に指名され、マイクを向けられた学生は答えた。
「その通りだ。映画は某海外の人気冒険アクションアドベンチャー映画のシリーズかな?取り敢えず正解だ」
銀嶺はマイクを切ってから軽く拍手をした。
「考古学は一言でいうと人類が生まれ、まだ文字も文化も持たない時代から、今から少し前までの時代を見据える学問だ」
銀嶺は研究範囲に人類誕生(約400万年前?〜200万年前?)〜近世(例外あり)と黒板に書く。
「考古学は考古資料を分析して歴史を解明する学問となる。考古資料とは遺跡にある遺構や遺物の事を言うぞ。例を上げるとすれば縄文時代の遺跡があったとして、建物が建っていた場所の窪みの跡地が遺構、縄文人の骨や縄文式土器の欠片が遺物にあたる」
アプローチ方法に考古資料(遺構や遺物)の分析、と銀嶺は黒板に書いた。
「そして遺跡発掘調査などのフィールドワーク、それによって発掘された出土品の調査、調査資料の文献による研究を行うのが考古学になる」
遺跡発掘調査などのフィールドワーク、それによって発掘された出土品の調査、調査資料の文献による研究と銀嶺は書いた。
「考古学には大まかに先史時代、つまり人類が文字をもつ前の人類の歴史学的な空白を補完する先史考古学。そして人類が文字を得て文字、文献資料でも歴史を研究できるようになった有史、歴史時代を時代範囲として研究する歴史考古学に分かれる」
歴史学で追えるどうかで先史考古学・歴史考古学に分かれる、と黒板に銀嶺は書く。
「基本的に日本の考古学は近世、即ち江戸時代までが範囲になるのだが、戦前や戦時中などの軍の遺構や防空壕や戦災の爪痕のような遺構と遺物を戦跡考古学という形で扱う事があるので一応言及しておく」
戦跡考古学では近現代の戦争の遺物を扱う、と銀嶺は黒板に書いた。
「日本では考古学は一応、文系の学問になる。扱いとしては先程説明したように、文字を持つ前の文字資料が手に入らない時代の補完、補助をするのが日本だとメインなので歴史学の一部として扱われている。因みにアメリカにおいては人類学の一部としての扱いになる。そしてヨーロッパでは先史学という独立した学問と一つになる。国によって歴史背景も異なることで考古学の立ち位置はこうも変わっているも面白い所かな?社会学や宗教学とも原始的な研究をする中で関わりが深い分野になる」
史学、人類学、先史学、カテゴリーが国によって異なる、と銀嶺が書いた。
「因みに考古学は人類が誕生した時からが一応範囲内になるが、アウストラロピテクス等の猿人の時代は古人類学の面が強くなるぞ。日本の考古学では日本の南方の遺跡で出土したおよそ2万7000年前の後期旧石器時代人骨が最古の物となるそうだ。日本の高温多湿な気候だと中々死体が残り難くミイラも滅多に出てこないのも日本の特徴だな」
黒板の人類誕生の所に古人類学、と銀嶺は書き加えた。
「某映画において、冒険アクションアドベンチャー映画であるのも相まって全然考古学が文系な感じがしないと思うが、それはそもそも考古学の扱いが日本とはカテゴリーが違うというのもあるという事だからと考えると
そう言いつつ銀嶺は人類学に線を引いていた。
そして少し学生側がざわめく。あーみたいな声も聞こえるので納得した部分もあるのだろう。
「ハイハイ講義も後ほんの少しで終わるから後少しだけ頑張ってくれ」
そう言ってマイクを切ってからまた柏手を一度打ってから、スイッチを入れ直す。
「最後に注意事項だけ話しておく。別に僕は遺跡発掘調査においての注意事項とかは話さないよ」
そういうのは考古学の先生に聞いてくれ、と言いつつ注意事項と銀嶺は書いた。
「人間の化石、つまり化石人骨については考古学で研究するが恐竜やアンモナイトの化石は出ないぞ、とだけ言っておく。」
恐竜やアンモナイトは出ない、と銀嶺は黒板に書く。
すると、若干ざわめきが起こった。
「大真面目な話で、何も知らずに勘違いして考古学の講義を受けて、恐竜が出ないまま終わる事を落胆する学生が一定数居ると僕は聞いたことがある。実際に学生時代の友人にそんな残念な事をしてたのが居たよ」
真顔で銀嶺は溜め息混じりに言った。
「地質調査や資料の年代測定なども考古学は行うが、考古学はあくまで人間についての学問だ。因みに、恐竜やアンモナイトは古生物学と言う地学系の学問で取り扱う範囲になる。人類と関わりがあるナウマン象などの新生代の生き物なら考古学でも扱うのだろうが、中生代の恐竜やアンモナイトは時代も違うから考古学としてはまず扱わないだろう」
銀嶺は黒板の恐竜やアンモナイトの字の左側に古生物学(地学系)と書いた。
「さて、今日の講義はここまでだ、次回は歴史学と民俗学についての講義になる。出席確認の用紙に名前を書いて教壇に提出してから退出するように。そうしないと出席扱いにならないので注意だ」
そう言ってから銀嶺はマイクを切って柏手を打った。
「今日も僕はチャイムが鳴るまで此処に居るので講義の質問は受け付けるよ」
マイクのスイッチを再び入れて銀嶺が発言すると出席確認の用紙を書いて提出した学生の一部に囲まれチャイムが鳴るまで初回同様に質問責めにされる事となった。
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