祝銀嶺の民俗学

すいむ

第1話 民俗学の講義 導入

 年度初めのとあるキャンパスでの女子学生達の会話である。


「ねー、聞いたー?」

「何のこと?」

「考古学と民俗学の先生、凄いイケメンらしいよー」

「え、マジ?講義見に行こう!何限目だっけ?」

「えーと――」


 この様にして初日の二つの講義の受講生の男女比が偏っていく。















 『民俗学』の講義は一般教養枠扱いでどの学部の学生でも自由に取得可能の講義のため、広い講義室にて行われる。

 チャイムが鳴る少し前に学生達とそれほど見た目が変わらない若さに見える長身の青年が多くの荷物を抱えてやって来た。

 わりと色白だが体格がそれなりにガッシリとしているからかなよっとした印象はなく寧ろ男らしさ感じられる。

 そのような大都会でも滅多にいないような美貌の青年が教壇まで歩き、そしてこの講義で利用するであろう教材を机に置いた。

 すると一部の女子学生がざわめき出し、先生であろう青年に話しかけに行く。

 話しかけられた青年は控えめな塩対応をし、講義で配るであろうレジュメを出したり準備を始める。

 やがて、始まりのチャイムが鳴ると、青年がパンと柏手を打った。

 するとしーん、と講義室は静かになった。

 そして空気が少しひんやりとして澄んだように感じる人が何人か居たようで、あれ? とどこか違和感を覚えているようだ。

 そして青年はマイクのスイッチを入れて話し出した。


「ではこれより『民俗学A』の初回の講義を始めます」


 青年は人を惹き付ける美声で語り『民俗学A』と大きく黒板に書いた。


「まず、この講義を見に来てくれてありがとう。初めまして、講義をする僕の名は祝銀嶺ほうりぎんれいだ。この講義では『民俗学A』の文字通り、民俗学をやっていく」


 銀嶺と名乗った青年はそう言ってから机においていたレジュメの紙束を手に取った。


「今回の講義のレジュメを配ります。この中にいるまだ入りたての一年生にはまだ聞き慣れない言葉だろうが普通に高校で言う授業で使うプリントだと思えば良い。教科書を使わないタイプの講義ではそれが教科書の代わりになるので失くすとテスト勉強とか出来なくなるので気を付けるように。因みに僕が行うこの『民俗学』の講義では科目の教科書や特定の書籍の必要が無い代わりにこのレジュメで講義が進行するのでこの紙は重要なモノだ」


 そう言って受講生の机の端のほうに行き多めにレジュメの紙を列に流していく。そして教壇まで戻った。

 

「各列の端の人は余ったら一番後ろの列の人から前に紙を回して一番前の端の人の方へ集めて下さい、先生が少し話したら回収するので前の端の人は集めて少し待っていて下さい」


 そう言って銀嶺は講義の説明を始めた。


「今日は初回のお試しの講義なので軽い『民俗学A』の講義の説明と予定する講義内容の説明が主になる予定だ。講義らしい内容は初回の関係上、後日もう一度やるので気楽にこの講義の雰囲気とかを感じて履修するかどうかを決めると良いかと僕は思うよ」


 そして紙が全員に行き渡ったのを確認し、余った紙を前の端の学生から回収してまた話を続ける。


「出席確認は講義の最初の方で確認用の紙を配るのでそれを書いて提出する事で基本的に出席の扱いとするよ。日によっては講義の感想を書いて提出する事で出席扱いにすることもあるので絶対では無いとは言っておく。なのでこの講義で必須なのは筆記用具となる、ノートは任意だがレジュメの余白に書いてしまっても僕は基本的に構わないと思っている」


 銀嶺は講義の注意事項を話し始めた。


「僕の講義中において会話については周りの迷惑になる程に大きな声で話し込まないようにする事と僕は忠告をするよ」


 小声で話す分には黙認するようだ、おそらく騒いだら普通に怒られるだろう。


「では講義らしい講義を始めよう」


 そう言って銀嶺は民俗学の講義を始めた。


「さて、民俗学とはどんな学問か、と問われたら君達はどのようなことを知っているかい?答えられる人は挙手してくれ」


 僕は間違った答えだったとしても人を貶める様な事を言わなければ怒ることは無いよ、と言い銀嶺は受講生を切れ長の意思の強い眼で挙手した学生達を見渡す。

 そしてマイクを持って段差を降りて移動した。


「では一番前の右端の学生きみ、答えてくれ。」

「え、えーと……昔の人の暮らしとか習慣を調べたりするんでしたっけ?」


 マイクを向けられ解答を求められた学生は自信なさげに震え声で答えた。


「素晴らしい、正解だ。一応今の生活も入るが取り敢えず正解だ」


 解答に対して銀嶺は美貌の威力を高める笑顔を見せる、そしてマイクを切ってから軽く拍手をする。


「民俗学は『その場所に暮らす人がどのように暮らし生きているのか、あるいは生きてきたのか』を研究する学問だ。つまり今生きている人間も見ないわけではないよ、そして僕達は刻一刻と古くなり歴史の一部になっていくんだ」


 こうして民俗学の説明が始まった。

 銀嶺は黒板に書かれた民俗学の俗を丸で囲んで話し出す。


「僕が取り扱う『民俗学』の俗の漢字は『風俗』とか『俗っぽい』に使われる方の俗で、人間の帰属を表す方の族、やからの方の族では無いので注意だ。こちらの民学はこちらはこちらで学問として存在するが、紛らわしいので名前が変更されたりもしている」


 今でも使われてる所もあるが、等と説明してバツ印を書いたその右に民族学と書いて説明をした。


「民俗学の民俗の意味だが『古来より伝承された民衆の習わし』などを指す。つまり、『その地に住む人々が、先人から受け継がれてきた習慣』のことだ。因みにこの俗は読みで『ならわし』とも読むぞ」


 俗という字を書いて意味を書いていく。


「この『俗』という字は辞書で引くと大まかに『土俗、習俗などが表す世間の習わし』『俗説、俗語などが表す世間一般のこと』『低俗、俗物等の言葉に代表する卑しい事』後は仏教の概念として『俗人や還俗などと出家していない世間の人間』を指すと書かれている。つまり俗という漢字は『人々の日常生活に密着した漢字』という事になる」


「俗という漢字がつく言葉は、低俗とか俗物とかあまり良い言葉として聞いたことがない者が多いかもしれない。因みに風俗という言葉は本来、その時代場所における風習や生活様式を表したりする言葉だ。江戸時代の物とかが有名だが、日常生活を切り取った様な絵の事を風俗画と言うぞ」


 だから別に本来はいやらしいだとかそういう言葉では無い、と銀嶺は話す。


「つまり民俗学は僕達の日常生活に密着した、あるいは先人達の生活に密着していた日常的な習慣、昔話や民謡、生活に使われた道具や住んでいた家などを調査し、先人たちはあるいはその地方に住む人達はどのようにして何を考えて生きてきたのか研究する学問という訳だ」


 そして銀嶺は自身の身につけている腕時計を見た後、話を変える。


「さて、これからは『民俗学A』の講義において予定する講義内容の説明に移ろう、レジュメの裏を見てくれ」


 銀嶺の言葉で学生が一斉に紙を裏返す音が響き渡った。


「前期の民俗学、『民俗学A』においては始めの方は民俗学についての説明と分野が隣接していて類似した学問についての説明をしていこうと予定している」


 銀嶺は黒板に『四つの学問について』と『日本の行事』と『物語の分類』書いて説明をする。


「そして終わり次第日本の大まかな行事についての由来などを交えた講義を予定している。行事については例え同じ行事であっても地方によっての違いなど学生には意外に思える事もたくさんあるかと思っている」


 君達がなるべく興味を持てる講義を考えて居るよ、と銀嶺は言った。


「その他にも昔の人が伝えた伝承や文学作品の物語、御伽噺の分類解説について行うつもりだ」


 こちらも地方によって同じ物語でもモチーフになる動物など名称が変わったりする、と銀嶺は告げた。


「さて、今回は初回のお試しなのでこれでお開きにする。この場に居る学生の多くが履修してくれることを望むよ」


 そう言った後、マイクを切って銀嶺は講義を始める前と同じ様に再び柏手を打った。

 するとどこか空気が変わったと感じる学生がちらほら居た。


「もう今日の『民俗学A』の講義自体は終わっているので時間が押している学生はレジュメを持って退出して構わない。尚、講義終了のチャイムが鳴るまでの間は僕は今回は此処に留まるので講義に関する質問のある学生は直接此処で受け付けるよ」


 再びマイクをオンにして銀嶺その言葉を言うと、四分の一がすぐに退出を始めた。

 そして教壇までやってくる学生もそれに近い数におり女子学生がやたら多く、先程の塩対応にもめげない学生も混じっていた。

 その結果文字通りチャイムが鳴るまで銀嶺は質問攻めにされたのは言うまでもない。

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