第11話 Chapter11 「ハンバーグ 漏洩」

Chapter11 「ハンバーグ 漏洩」


トクッ  トクッ  トクッ・・・・・・

何の音?


「――――子」 

「――――米子」

「――――ぶか米子」

声?


「大丈夫か米子!」


「誰?」


「俺だ、木崎だ!」

「木崎さん?」

「そうだ、米子、大丈夫か!?」

「はい、大丈夫です・・・・・・」

「米子、安心しろ! 病院だ!」

「病院?」

「ああ、防衛中央病院だ」

「そうなんですか、でも、なんか暗いです・・・・・・」

「神経ガスの影響だ。点滴を打ってるからじきに治る。ゆっくり眠るんだ」


病室のドアが開いた。

「木崎さん、米子は大丈夫?」

「ああ、さっき一回目を覚ました」

「ほんと?」

「本当だ、もう大丈夫だ」

「良かったよ。二日間も意識が無かったんだよ」

「明日には完全に目を覚ますだろう」


オットーの暗殺決行日から3日が過ぎていた。

「目を覚ましましたね。私は医者です」

「お医者さん? ここはどこですか?」

「防衛中央病院です。ちょっと待ってて下さい、お知り合いの方に連絡します」

米子は目を覚ました。視界が薄暗く。体が鉛のように重かった。頭痛と吐き気もあった。

2時間ほどすると病室に木崎とミントが入って来た。

「米子、大丈夫?」

「私、どうしたの? たしか産業振興発展会館で男達と撃ち合いになって」

「米子、お前は神経ガスで気を失ってたんだ。ミントがお前を助けたんだ」

「そうだよ、私、廊下で米子が暗殺するのを待ってたら男達が4人、前と後ろのドアから米子の待機してる部屋に入って行くのを見たんだよ。その直後に木崎さんからメールが来て、ヤバイと思って部屋に入ったら男達が床に伏せてたんだ。気付かれたからパイソンで部屋の後ろにいた2人を撃ったんだよ。前の2人が拳銃で反撃してきたよ。机が邪魔で上手く狙えなかったから、机の上に飛び乗って撃ったんだよ。何とか4人を倒したよ」

「私はミントちゃんが撃たれる所を見たよ。ミントちゃん血だらけだった。 大丈夫なの?」

「私が部屋に入った時には米子は気を失ってたよ。多分夢かなんか見たんだよ。あいつらガスマスクしてた。私は米子を背負って産業振興更新発展会館の正面玄関から外に出て、近くのコンビニに駆けこんで救急車を呼んでもらったんだよ。木崎さんに電話で報告して、その後一緒に救急車に乗ったら私も気分が悪くなってそのまま寝ちゃったよ。目が覚めて吐きまくったよ。翌日には回復したけどね。中和剤の点滴も受けたし」

「よかった。ミントちゃん無事だったんだ・・・」

米子がホッとしたように言った。

「でも危なかったよ。もう少しガスを吸ってたら私も米子も終わりだったよ」

「掃除屋は俺が呼んだ。ヤツらの死体は本部にある。正体は不明だ。俺達の作戦が漏れていたようだ。神経ガスを使うくらいだからどこかの組織のプロだろう」

「作戦はどうなるんですか?」

「延期だ。今動くのは危険だ」


 米子は久しぶりに学校に顔を出した。授業は退屈だったが、出席日数が足りなくなりそうだったのだ。帰りのホームルームが終わり、廊下を出た所に浜崎里香達が待っていた。

「沢村さん、相談があるんだけど」

浜崎里香が米子を見つめながら言った。

「じゃあ屋上に行こうよ」

米子は面倒くさかった。もし因縁をつけてきたら屋上から落そうと思った。事故に見せ掛ければいい。米子は浜崎里香と取り巻きの女子3人と階段を上って屋上に出た。桜山学園の校舎は3階建てだった。屋上は高さ1m程の柵があるだけで、下はコンクリートだった。放課後の屋上は美術部の生徒が屋上から見える景色の写生をし、演劇部の生徒が発声練習をしていた。

「沢村さん、喧嘩強いよね」

浜崎里香が言った。

「そんな事ないよ」

「だって一年前にトイレで私を殴ったじゃん。凄い威力だったよ。いっぱい血尿が出たもん。私、お父さんの影響で小学生の時からレスリングを習ってて、今は総合格闘技を習ってるんだけど、あんなに強いパンチ受けたの初めてだよ。男のパンチ以上だよ。なんかやってるでしょ?」

「何もやってないよ。で、相談って何なの?」

「じつは助けて欲しいんだよ」

米子は黙っていた。

「D組の木村加奈がパパ活で稼いでてさ、ムカついたからその事をSNSにあげるって脅したんだけど、あいつの相手がヤバイやつらしくてさ、私達呼び出されてるんだよ。半グレっていうのかな、めちゃ怒ってるみたいなんだよね」

「私に関係ないでしょ。男子に頼めばいいじゃん。浜崎さんのグループって男子達と仲いいじゃん」

「相談したんだけどビビッちゃってさあ、所詮みんな『おぼっちゃん』なんだよ。だから強い沢村さんに立ち会って欲しんだよ。揉めたら私が何とかするよ。伊達に格闘技やってないからさ」

「先生か警察に相談すればいいでしょ」

「ムリだよ、加奈の事を脅したのは事実だし」

「そんなの知らないよ。忙しいから帰るよ」

「沢村さん、出席日数ヤバイんじゃないの? 足りなかったら留年だよ」

「貴方達には関係ないでしょ」

「私達、太田の弱みを握ってるんだよね。太田は瑠奈にやらしい事したんだよ。だから太田を脅したんだよ。あいつ焦ってさ、私達、世界史や政治・経済の点数凄く良くなったんだよ」

太田は社会科の教師で米子のクラスの担任だった。

「あんた達脅してばっかりだね」

「瑠奈、本当だよね」

「うん、そうだよ、太田のヤツ、指導とか言って社会科教員室に呼び出して、テストは赤点だけど、点数あげてやるからって私の事触りまくって、もう少しでやられるところだったよ」

吉田瑠奈が悔しそうに言った。

「だからさ、沢村さんの出席日数だってなんとかなるよ。太田のヤツかなり焦ってる」

「場所と日時を教えて。暇だったら行くよ」


米子は新宿の事務所に顔を出した。

「沢村さん、もう大丈夫なんですか?」

北山が驚いている。手にはエナジードリンク『シコリッシュ・ゴールド』の缶を持っている。

「大丈夫です」

「米子は不死身なんだよ」

ミントが言った。

「良かった、神経ガスにやられたって聞いてたから心配してたんです」

「私、運がいいんです。家族の中でも私だけ生き残ったし」

「あっ、それと、青木翔太、まずいですよ!」

北山が言った。

「何がまずいんですか?」

「あの少年、アサシンです!」

「えっ? どういう事? ねえ、どういう事ですか?」

「米子、北山さんの言ってる事は本当だ。おそらく三輝会が雇ったんだ。青木翔太というのは偽名だ」

木崎が北山の発言をフォローした。

「嘘でしょ!?」

「本当だ。子供の暗殺者はお前達だけじゃない。プロの殺し屋集団、通称『デスエンジェルス』という組織がある。青木翔太はそこのメンバーだ」

「だって青木翔太は中学生ですよ!」

「米子、何の話?」

ミントが訊いた。

「ミントちゃん、後で詳しく話すよ」

「米子、この業界には小学生の殺し屋だっている。まあ、お前達と同じような孤児が殆どだ。青木翔太はお前に近づいた。目的はお前の暗殺だ。三輝会とデスエンジェルスがお膳立てをしてお前の前に弟と雰囲気の似た青木翔太を登場させた。あのスーパーの経営者を脅したんだろう。あいつらはお前の弟の事も調べたんだ」

木崎が言った。米子は黙っていた。

「青木翔太は『ナイフ術のプロ』だ。10人以上ナイフで殺してる。米子、気を付けろ!」

「木崎さん、私達の情報が漏れ過ぎてませんか? 『オットー』の暗殺の件、私の情報。おかしいですよね? 私達の組織、国家機密なんですよね?」

米子は落ち着いた声で言った。

「そうだ。米子は勘がいいな」

「木崎さん、『青酸シロアニン』と『解毒剤』を用意して下さい」

「分かった、少し時間がかかる」

「北山さん、いろいろ調べてくれてありがとう」

米子は笑顔で北山に言った。

「いやっ、沢村さんの為ならお安い御用ですよ」

「でもね、私、ハンバーグ好きじゃないですよ。弟の好物だったから思い出したくないんです。ミントちゃんに聞いたって言ってましたけど、ミントちゃんに好物だなんて言った事ないです。あの時は雰囲気を壊さないように、青木翔太にハンバーグが好きだって言いました」

「沢村さん、何の話ですか!?」

北山が目を見開き、顔が青くなった。

「米子はハンバーグが嫌いだよ。ファミレス行っても絶対にたのまない。『ぱっくりマンキー』の感謝フェアの時にサービス券があったから奢ってあげようとしたけどイヤだって言われたよ。嫌いなんだって」

「私と青木翔太の話を盗聴してましたね。今気が付きました。青木翔太が胸ポケットに刺してたボールペン、盗聴器ですよね。あれ、私も使ったことあるんです。北山さんが彼に付けさせたんですね。それにあの日、北山さんがあの場所にいるのも不自然でした。もらった三輝会の資料もどうでもいい内容でした。北山さんは私と青木翔太を監視してたんですね」

「沢村さん、誤解だ! 青木翔太がアサシンだっていう情報を教えたじゃないですか、彼が仲間だったらそんなことしませんよ!」

「そのパズルは後で解きます。北山さん、神経ガスの事は私と木崎さんとミントちゃんと医者しか知らないはずです。最近、情報が洩れてるようなので秘密にしていました。他に知っているとしたら私を襲ったやつらです」

「えっ、木崎さんが教えたんじゃないの?」

ミントが言った。

「木崎さん、会議室を使わせて下さい」

米子が立ち上がった。北山が震えながエナジードリンクの缶を口に寄せた。

「米子、よくやった。お前の洞察力と推理は凄いな。いい物がある。丁度試そうと思ってたんだ」

米子は椅子に座る北山の左のこめかみに、渾身の力を込めたミドルキックの右足の甲を打ち込んだ。北山の意識と『シコリッシュ・ゴールド』の缶が飛んだ。

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