第9話 Chapter 9 「青木翔太 面影」

Chapter 9 「青木翔太 面影」


 米子は近所のスーパー『トゥモローサンライズ』で買い物をしていた。明日の朝食の食パンと卵を買うためだ。米子はレジにカゴを置いた。少年がレジを打っていた。白い肌に『黒目がちな目』に赤く薄い唇。絵本の中の少年のような儚さと幼さが重なる顔だった。

「中学生? もう9時過ぎだよ。バイトしていいの?」

「中学2年です。アルバイトじゃありません、親戚の店を手伝ってるんです」

「へえ、偉いんだね」

なぜか米子は少年の事が気になった。どこか儚げで、憂いがあって影の薄い少年だった。死んだ弟に似ているような気がした。米子の弟も生きていれば少年と同じ歳だった。


 米子は京王線の笹塚にあるマンションに住んでいた。オートロックで監視カメラが複数設置されている築5年のマンションだ。部屋のいくつかは政府関係の諜報活動を行う者達のセーフハウスに使われていた。管理人は元公安警察の工作員だ。米子の部屋は2LDKで一人暮らしとしては広く、米子は気に入っていた。家賃は組織が負担している。普段は駅の近くの『フレンテ笹塚』、『笹塚TWENTY ONE』、『ライフ』、『サミットストア』で買い物をしているが、最近はトゥモローサンライズで買い物することが多くなった。レジの中学生が気になっていたのだ。トゥモローサンライズは家族経営のような小さなスーパーだったが野菜が新鮮で充実していた。元々は八百屋だったのだ。

「こんばんは、今日も頑張ってるね」

「こんばんは」

「ねえ、このお店の名前誰が考えたの?」

「さあ、詳しい事は分からないです」

「ふーん。君はこの近くに住んでるの? 名前は?」

「住んでるのは杉並区です。名前は青木翔太です」

「そうなんだ、ありがとう。翔太君って昔の友達に似てるんだよね」

「昔の友達ですか?」

「そう。凄く仲が良かったんだけど、遠くに行っちゃったんだ」

青木翔太は米子の瞳を覗くように見ていた。

「おねえさん、名前はなんていうんですか?」

「ほーう、おねえさんに興味持ったか。沢村米子だよ。よろしくね。君、なかなかイケメンだね、今度ハンバーガー奢ってあげるよ」

「お願いします」


 米子は新宿の事務所にいた。

「米子、決心はついたか?」

「はい、やらせてもらいます」

「木崎さん、私もやるよ。私は米子の相棒だよ」

ミントが勢いよく言った。

「迷いがあるようじゃ危険だぞ」

「木崎さん、一つ聞きたいことがあります」

米子が言った。

「なんだ?」

「今回の件、どこからの依頼ですか?」

「お前たちが知る必要ない!」

「その言葉が聞きたかったんです。木崎さんも知らないんですね? その方が気楽にやれます」

「それに答える必要もない。しかし米子は勘がいいな。本当にやるのか?」

「大丈夫です。ターゲットの行動パターンとこの先ニヵ月のスケージュールを教えて下さい」

「それは北山さんに調べてもらう。ちなみにターゲットの呼称は『オットー(カワウソ)』だ」

「木崎さん、スタームルガーMK-Ⅳを用意して下さい。サプレッサーもお願いします」

「ほう、スタームルガーか。暗殺者御用達の銃だな。サプレッサー内臓のアサシンモデルも用意できるぞ」

「サプレッサーは外付けでいいです。できれば室内で殺ろうと思います」

スタームルガーMKシリーズは22口径LR弾を使用するオートマチック拳銃で、威力は弱いが反動が少ないので命中率が良く、発射時の銃声が小さいのが特徴である。サプレッサーを装着するとかなり銃声が小さくなるため暗殺に適した銃である。冷戦期はサプレッサー内蔵型のMK-ⅡがCIAエージェントに支給された。見た目がレトロで独特なフォルムを持っている。

「わかった。5日待ってくれ。それと『三輝会』の件だが、お前を狙った理由が分かった」

「何ですか? 教えて下さい」

「三輝会の組長、木船康夫の息子が絡んでる。息子の名前は木船一馬だ」

「木船康夫も木船一馬も知らないです」

「去年、六本木でストーカーに合ってただろ。お前が闇クラブに潜入してる時だ。木船一馬は郷田拓哉と名乗っていた。25歳だった」

「思い出しました。しつこい客でした。変なカクテルを飲まされて乱暴されそうになったんで半殺しにしました」

「木船一馬はあの時お前に大事な所を潰されて不具(かたわ)になった。それがショックで引き籠りになったそうだ。父親の木船康夫はその顛末を調べたようだ。そしてお前の事を見つけた。残念だがお前の仕事についても、大まかには知ったようだ。よほど優秀な探偵でも使ったんだろう。まあ、あいつらの闇ネットワークと情報収集力も洒落にならないけどな。そして息子の復讐を考えたようだ」

「それで配下の青葉組を使ったんですね? じゃあまだ私の事を狙ってるんですね?」

「ああ、だがその青葉組の組員が3人行方不明になった。お前が殺ったんだがな。さすがに木船も慎重になったようだ。だがまだ諦めた訳じゃなさそうだ」

「そんなのそのロリコン男が悪いんじゃん! 米子を怒らせて命があっただけでもラッキーだよ。その父親も父親だよ! 自分の息子が悪いのに米子を狙うなんてサイテーだよ。だからヤクザは嫌いなんだよ!」

ミントが憤っている。


 1年前、米子は六本木の闇クラブに潜入していた。そこのオーナーを暗殺する為だ。闇クラブは中学生や高校生がホステスとして客を接待をする高級クラブだった。中には小学生のホステスもいた。もちろん店との交渉と金額次第でホステスを自由にできる少女売春のクラブだ。米子はホステス見習いとして一か月半ほどその店に潜入した。オーナーの暗殺だけでなく、客の情報を得る目的もあった。クラブは会員性で客は各界の大物も多かった。反社会勢力、経営者、財界人、政治家、芸能人等である。組織は出入りする会員の情報が欲しかった。未成年を買う事を目的に闇クラブに通っているという情報はネタとしては十分だった。諜報機関は情報も武器にするのだ。


 木船一馬は店に潜入していた米子を見初め、猛烈にアプローチをした。木船一馬は三輝会の2次団体の『仁政会』の若頭として、父の後を継ぐべく修行をしていた。米子は距離を取ったが、ある時しつこい誘いをどうにも断れず、オーナーの命令もあったのでバーに付き合った。そこで睡眠薬の入ったカクテルを飲まされた。バーは仁政会の息のかかったバーだった。米子は特殊な訓練を受けおり、潜入任務中は汎用解毒剤を服用していたので薬は殆ど効かなかったが身の危険を感じた為、木船一馬とボディーガードとバーテンダーの3人を倒した。ボディーガードの喉を手刀で潰し、バーテンダーをハイキックで倒して肘打ちで頸椎を骨折させた。木船一馬の肝臓を左ボディーブローで割り、脛と踵で股間を完全に潰した。木船一馬の男性としての機能は完全に失われた。


「沢村さん! 三輝会の動きは完全に掴んでいますんで安心して下さい! 動きがあったらすぐに報告します!」

窓際の席に座ってパソコンを操作していた北山がこっちを向いて大きな声で言った。話を聞いていたようだ。机の上には美少女戦士のフィギュアとエナジードリンクの『シコリッシュ・ゴールド』の缶が置いてある。

「北山さん、ありがとうございます。頼りにしてます」

米子が北山を見てお礼を言った。北山の顔が赤くなった。

「北山さん、米子にデートしてもらったら? ワンチャンあるかもよ」

ミントが北山をからかう。

「わおっ! デートですか? 沢村さんとデート! そんな・・・そんな・・・」

「北山さん、私二十歳までは彼氏作る気ないんです。だからいい人見つけて下さい」

「待ちます!  待ちますよ! 待ちます!  待ちます! 待ちます~~~!!」

北山は口を尖らせて目をつぶっている。

「北山さん、キモいぞ」

木崎が言った。


 「翔太君、遠慮しないでもっと食べなよ」

「ハンバーガーじゃなくてハンバーグなんて嬉しいです」

「そうか、私もハンバーグ大好物だよ」

「何で食べないんですか?」

「今ダイエット中なんだよね。アイスカフェモカで十分だよ。これ好きなんだよね」

「なんか僕だけ食べて申し訳ないです」

「前に話した友達もハンバーグが大好きだったんだよね」

「僕に似てる友達ですか?」

「そう、よく似てる」

「引っ越したんでしたっけ? 会ってないんですか?」

「うん、もう会えないんだよ」

「それにしても沢村さん綺麗ですね。学校で男子にモテるんじゃないんですか?」

「モテないよ。翔太君こそ彼女いるんじゃないの?」

「いませんよ」

「怪しいな~ファーストキスとかはもうしたの?」

「するわけないじゃないですか! まだ中2ですよ」

「ふーん、したら教えてよ」

「するんだったら沢村さんみたいな綺麗な人がいいです」

「言うねー、けっこうマセてるんだね」

「違いますよ!」

米子はファーミリーレストラン『シコリーホスト』を出た後、翔太と別れて自宅に向かった。時刻は20:28。米子は見覚えのある顔を見つけた。北山だった。北山も米子に気が付いた。

「さっ、沢村さん」

「北山さん、こんな所で何やってるんですか?」

「三輝会の最新の動きを纏めたんで、沢村さんの家に届けようと思ったんです。まさか会えるなんて」

「事務所で渡せばいいじゃないですか!」

「だって沢村さんいつ来るかわからないですし、少しでも早い方がいいと思ったんで」

「それはありがとうございます。でも、びっくりするじゃないですか」

「それと、さっき声を掛けようと思ったんですけど、男の子と一緒でしたよね。あの子だれですか?」

「あっ、弟です」

「沢村さん家族いないですよね」

「青木翔太君、近所の中学生です。弟にそっくりなんですよ。まあ生きてればですけど」

「あの、ハンバーグ食べませんか? 奢りますよ。高梨さんに聞いたんですよ、沢村さんハンバーグが好物だって」

「いえ、ダイエット中なんです。それより私の部屋に来てゲームでもやりませんか?」

「えっ?、ええーーー? いいんですか? これでも私、男ですよ!」

「ウソですよ、じゃあ、観たいドラマがあるんで、失礼しまーす」



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