第8話 Chapter8 「オットー 構造改革のツケ」 

Chapter8 「オットー 構造改革のツケ」 


 「米子、新しい仕事だ。ファイルに目を通してくれ」

木崎が電子タバコの煙を吐きながら言った。

「煙草、変えたんですね。でも臭いです。えっ、元参議院議員? 魁応大学名誉教授? いろんな会社の理事や顧問もやってますね。『竹長建蔵』ってこの人有名じゃないですか」

「ああ、著名人だな」

「大丈夫なんですか? 重要人物ですよね。今までは反社会勢力や犯罪者や同業者でしたが、この人はカタギですよね」

「イヤなのか?」

「いえ、指令なら殺りますけど」

「元金融財政担当大臣でもある。ある意味 犯罪者よりも多くの人間に憎まれてる」

「詳しく教えて下さい」

「第1次小鼠内閣の下で金融財政担当大臣と情報産業担当大臣を務めた男だ。市場原理主義を導入して労働者派遣法を緩和した」

「それの何がいけないんですか?」

「そのせいで雇用情勢が大きく変わった。正社員の代わりに非正規社員が増えた。不景気も重って就職氷河期という世代も生み出し、格差も生み出した。ワーキングプアや低賃金労働が当たり前になった。当の本人は人材派遣会社を作り、その会社は最大手の人材派遣会社グループに成長し、そこで会長をやってる。まあ平たく言えば『中抜き』構造を作って推進した人物だ。いわゆる勝ち組と負け組の負け組を増やした」

「それがいけない事なんですか?」

「多くの人間の恨みを買ってる。今この国は30年以上経済の低迷を抜け出せないでいる。国力も弱っている。2年前に元首相が一般人に暗殺されたように国民の不満が高まっている。この国の将来に絶望する国民が増えている。少子化への影響も否めない。国民のガス抜きが必要になっている」

「でも重要な財界人ですよね。それに全部この人のせいなんですか? ガス抜きってトカゲの尻尾切りじゃないですか。大きな尻尾ですけど」

「だから『桜』も『菊』も引き受けないんだ。うち依頼が来たんだ。依頼主は総理大臣より力がある。『薔薇』も関係している」

「引き受けたんですか?」

「時代の転換期だ。米子、やるのかやらないのか?」

「考えさせて下さい」

「初めて組織に逆らったな」

「逆らってません。考えたいんです」

「まあいい、時間はある。急ぎじゃない」


 「お疲れ様でーす」

ミントが事務所に入ってきた。

「どうしたの? 木崎さんも米子も怖い顔してるよ」

「ミント、成功したのか?」

「楽勝だよ! 教祖様はベットの上で頭パッカーンだよ」

「ミントちゃん久しぶり、例の教祖を殺ったの?」

「うん、変な新興宗教。入信して1ヵ月も潜入したんだよ。おかげで学校も休んだよ。キモい施設だった」

「大変だったね」

「あの教祖、信者の女を何人も囲ってたんだよ。専用のマンションがあって、1人に一つずつ部屋を与えてた。私も危なかったよ。今朝、ある女の部屋で殺ったんだよ。女は眠らせた。顔は見られてないよ。米子に貰ったパイソンで頭に357マグナム弾を撃ち込んでやったよ」

「ミント、よくやった。洗脳されてないだろうな?」

「大丈夫だよ。あの施設の食事クソまずだった。あんな所冗談じゃないよ。一日中、変なお経みたいのが流れてるし、肉食肉禁止だったよ。おかげでダイエットになったけどね。でも教祖は隠れてステーキをバクバク食べてたよ」

「ミントちゃん、だったら『ステーキゴスト』か『むりやりステーキ』行こうよ。タンパク質摂らないと体に悪いよ」

「だよねー、行こう行こう。ところで何の話してたの?」

「ミントにも手伝ってもらおうと思ってたから丁度いい。ファイルに目を通してくれ」

木崎が渋い顔で言った。

「この人知ってるよ。『正社員をなくせ』とか言ってる人でしょ、『パセナ』の会長だよね」

「ミントちゃん詳しいね」

「私、政治や経済は詳しんいんだよ。米子は理系科目が得意でIQ滅茶苦茶高いけどさ、私は文系科目が得意なんだよ」

「この人そんなに有名なんだ」

「木崎さん、護衛任務なんて久しぶりだね。ボーナス期待していいよね?」

「護衛じゃない」

「えっ! まさかこの人がターゲット? ヤバイんじゃないの! 経済界の超大物だよ。誰の依頼なの!? だって国側の人間だよ!」

「国も一枚岩じゃないんだ」

「私、政治の駆け引きとかに利用されるのはイヤだよ。悪党ならいくらでも殺るけどさ」

「ミント、米子、調子に乗るな! お前たちは駒なんだ! 正義の味方にでもなったつもりか! 任務を遂行することだけを考えろ! 誰のおかげで大人になったと思ってるんだ!」

「まだ大人じゃありません」

米子がきっぱりと言った。


 米子とミントは渋谷のカラオケボックスにいた。カラオケボックスは密談に最適な場所だった。

「米子、この話ヤバイよ。今までの暗殺とは違うよ」

「私もそんな気がするよ。でも組織には逆らえないよね。世話になってるし」

「だよねー、困ったよねー」

「木崎さんが国は一枚岩じゃないって言ってたけど、今の日本って纏まってないの?」

「うん、与党の自由等も結構ヤバイんだよね。最近地方選挙で負けてばっかだし。何よりも経済が低迷してるよ。少子高齢化と労働人口の減少、円安問題、デフレを脱却したと思ったらインフレっていうよりスタグフレーションだし。GDPも落ちまくりで、この国の未来は暗いよ」

「ミントちゃん凄いね」

「米子も新聞読んだ方がいいよ。今の若い人達は新聞を馬鹿にしてるけどさ、新聞読むのは大事だよ。新聞読んで気になった事はネットで深く調べるんだよ。それが賢いやり方だよ。広く浅く情報に触れて、関連付けて、自分にとって有用なものはとことん調べる。ネットの情報は断片的だから入り口としては狭すぎるんだよ。コスパとかタイパとか言ってる場合じゃないよ。重要な事には時間とお金を掛けるべきだよ。まあ、新聞が嘘を書く時もあるけどね。でも米子はいつも難しい本読んでるよね。さっきも電車の中で読んでたじゃん」

「今は芥川龍之介を読んでる。『侏儒の言葉』っていう作品」

「芥川龍之介なら知っるけど、それは知らないなあ」

「エッセイみたいな感じ。哲学チックだけど」

「へえー、なんか難しそうだね」

「ミントちゃんは本読まないの?」

「最近読み始めたよ。ネット小説のライトノベルだけどね」

「ライトノベル? どんな感じなの?」

「今読んでるのは『私とアイドルエイリアン』っていうちょっと不思議なラブコメだよ。結構エモいんだよね」

「面白いの?」

「うん、ラストが結構良かったから、今は続編を読んでるよ。続編はさらに物語が広がって面白いんだよね」

「ふーん、ラブコメか。私も読んでみようかな」

「気軽に読めるからお勧めだよ。ネットで読めばタダだよ」

「でも政治や経済とか文系科目は答えが無いから嫌いなんだよね。数学や物理は必ず答えがある。どんな物でも数式で解明できるんだよ。宇宙だってそのうち解明されるよ」

「それは米子が頭いいからだよ。だって『IQ160』でしょ? 東大生の平均が120だよ。150超えたら天才だよ。でも生き辛いらしいね。ギフテッドだっけ?」

「そんな事ないよ。ダビンチやアインシュタインやシェークスピアが200くらい。ノイマンなんて300だよ」

「ノイマンって誰?」

「コンピューターを作った人だよ。それも片手間にね。天気予報を発明したり、原爆の開発でも中心メンバーだった。数学、物理学、経済学、政治学、心理学にも大きな影響を与えた人で『ゲーム理論』も作ったんだよ。20世紀最大の天才だよ」

「へえ、ゲームも得意なんだ。凄いね」

「ゲーム理論は意思決定のプロセスを数理モデルで解き明かす学問だよ。面白いよ」

「なんか難しそうだよ。米子、それよりステーキ食べに行こうよ」

「いいよ。私もお腹空いてきた」

「でもさ、今回の仕事、やるかやらないか、決めないといけないよね。今回の仕事は誰の依頼なんだろう? 何が目的なんだろう? だれがこの国を動かしてるんだろう?」

「ミントちゃん、やろうよ」

「えっ、やるの!?」

「うん。私達がステーキとか食べられるのは組織のおかげだよ。木崎さんのいう通り私達は駒なんだよ。軍隊で言えば兵隊。考えずに命令に従えばいいんだよ。何が正しいかなんてわからないよ」

「そうなのかな」

「その方が楽だと思う。何も考えなくていいしマシンのように暗殺すればいいんだよ」

「だよね、そうだよね、考えたら老けそうだよ。この世界も裏がいろいろありそうだもんね。木崎さんもたいへんだよね」

「ややこしい事は大人に任せようよ。私たちは高校生だよ。花も恥じらう女子高生」

米子が自分を説得するよに言った。

「だよねー、輝くJKブランドだよ」

「アサシンだけどね」


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