第7話 Chapter7 「アウル 仇討ち」
Chapter7 「アウル 仇討ち」
米子とミントは赤坂タワーレジデントにいた。あさりの遺体は掃除屋が運んで行った。
「米子、失敗したね。あいつらの方が一枚上だったのかな?」
「失敗じゃないよ。こっちの目的は達成したよ。ビリーも仲間達も皆殺ったよ」
「うん、でも、あさりさんが・・・・・・」
米子のスマートフォンが着信で震えた。木崎からだった。
『米子です』
『作戦は成功したみたいだな。あさりは残念だった』
『敵がもう一人いたなんて、完全なリサーチミスじゃないですか!』
『すまなかった。そいつの正体と居場所を掴んだ。3人だ。公安が尾行してる』
『そうですか。じゃあ公安が殺るんですね?』
『いや、泳がせるみたいだ。帰国させるんだろう。やつらの狙いはビリー達とは別だ。この国の諜報機関だ。この一週間で『桜』と『菊』の幹部が4人狙撃された。俺達も狙われていたようだ。あさりが殺られたのはたまたまだ。外国の組織だから本来なら『菊』の案件だが『桜』と公安が意地を張ってる』
『殺らないんですか?』
『米子は無駄な事はしないよな。仲間の復讐とかもした事無いもんな』
『今回はやってもいいです。あさりさんにはお世話になりました』
『珍しいな。米子も感情で動く事があるのか?』
『どうでしょう』
『だが正式な指令は出せない。公安案件になった』
『かまいません。公安案件になった事は知らなかった事にします。木崎さんも悔しいですよね?』
『悔しいさ。あさりが10歳の頃から知ってる。俺が優秀なスナイパーに育てたんだ。よし、情報は流す。だが支援はできない。手持ちの資源でやってくれ』
『わかりました。正確な情報をください』
『公安からの情報は逐一メールで送る。米子、頼んだぞ・・・・・・ぶっ殺せ!!!』
『聞かなかった事にします』
「米子、何だって?」
「あさりさんを殺ったやつが分かったみたい」
「米子、どうするの?」
「私は殺るよ。中学生の時、あさりさんと住んでたんだ。色々世話になった」
「そうなんだ。私も協力するよ。米子が復讐するなんて珍しいもんね」
米子とミントは木崎から送られた敵の情報を確認した。時刻は21:00。
「えっ? こいつらも『薔薇系』だよ」
「ビリー達とは別口らしいね」
「じゃあ、皇太子はまだ狙われてるの?」
「多分違う。こいつらはビリー達を利用して私達を誘き出したんだよ。だから『武宮様」はもう大丈夫だよ』
「米子、どういう事?」
「私達の事を良く思ってない連中がアメリカにいるんだよ。ミントちゃん、P90は?」
「持ってるよ、予備の弾倉は一つだから弾は70発くらいだね」
「私はSIG。弾は31発だよ。心細いね」
「相手は3人でしょ。大丈夫だよ」
「家にC4が500gと電気雷管がある。この前鹿島を殺った時に木崎さんから2キロ貰ったけど、少し残しておいたんだよ。取りに行くよ。明日合流しよう。また連絡するね」
「うん、わかった。私も家に帰るよ。米子に貰った『パイソン』がある。シャワーも浴びたいし。米子、気を付けてね」
「ミントちゃんもね」
日本には表立った諜報機関は存在しない。公表されていないのだ。しかし法務省の警察系の『桜』と防衛省系の組織『菊』が存在している。桜は国家の安定の為に国内の極左集団や反社勢力を対象とし、明治維新の直後から官軍を母体として活動を開始した。『菊』は外国の諜報機関やテロリストを対象に活動しており、その母体は昭和初期の陸軍参謀本部であり、戦後はGHQによって再編が行われた。この両方の組織を横断的に統括しているのが内閣情報統括室だった。設立は1987年と新しく、1985年の『プラザ合意』をきっかけに設立された。経済界が母体の内閣直轄の組織である。米子達の所属する『ニコニコ企画株式会社』は内閣情報統括室の枝の組織で雑用的な暗殺案件を担当している。ニコニコ企画株式会社に所属する工作員は特別な育成機関で育成された『孤児達』で構成されている。
木崎からメールで送られてきた敵の情報は詳細だった。敵グループは『アウル(フクロウ)』と命名されていた。
『チャック・バートン:狙撃手で元アメリア陸軍。暗殺人数は15人』
『エリック・ロギンス:作戦担当のリーダー。元CIA。イラク、ソマリアでの活動歴あり』
『マイク・デービッド:元ネイビーシールズ。銃器全般のプロ。格闘術はAクラス。傭兵経験あり』
『アウルは15:40羽田空港発のビジネスジェットでタイに向かう模様。搭乗手続きは『ロイヤルパークホテル ザ 羽田』の1階のビジネスジェット専用ゲートもしくは第3ターミナルのビジネスジェット専用カウンター』
10:00。米子とミントは浜松町の『旧芝離宮恩賜庭園』のベンチに座っていた。米子とミントの服装は、金色のボタンが目立つ明るめの紺のブレザーに同じ色のひざ丈のスカート。白いシャツに赤いネクタイ。黒のローファーに黒いソックス。スーツケースを持ち、リュックを背負って派手な土産袋を持った姿は修学旅行中の自由行動の女子高生に見える。
「強そうなやつらだね。勝てるのかな?」
ミントが不安そうに言う。
「戦うんじゃないの。暗殺だよ。奇襲をかける」
「わかってるよ。それより、ここいい所だね」
「うん、緑と池が綺麗だね。東京はいろんな所があって不思議だね。今度ゆっくり来たいね」
「そうだね。私達にも癒しは必要だよ。でも今日は気を引き締めていかないとね。さあ、お仕事お仕事」
12:30。米子とミントは『ハマサイト・グルメ』内のレストランで食事を摂っていた。
「なんか食欲が湧かないよ。米子はよく食べるね。ライス大盛だし」
ミントはパンケ-キをフォークで口に運びながら言った。
「うん、このビーフシチュー美味しいよ。タンも入ってるよ」
メールが着信した。
『アウルは3人で行動。京浜東北線で移動中、日暮里駅通過。人着は次の通り。チャック:金髪の長髪で碧眼。鼻の下に髭あり。身長180。エリック:白髪の短髪、黒目。白い襟付きシャツにベージュのチノパン。茶色のスウェードの靴。身長175。左手に大きなシルバーの指輪。マイク:黒毛の短髪。黒目。グレーのポロシャツにオリーブのカーゴパンツ。紺の大きなリュック。頭に黒いニューヨークヤンキースのベースボールキャップ。身長178』
「電車で移動か。検問とNシステムを避けてるんだね。京急かな、モノレールかな?」
「慎重なやつらだね。どっちにしろ第3ターミナルを通るよ。殺るならそこだね」
「ターミナルなら接近して拳銃だね。パイソンを使うよ」
「私はチャックとマイク。ミントちゃんはエリックを殺って」
「わかった。357で頭を撃ち抜くよ。米子、Ç4は持ってるの?」
「100均で買ったタッパーに入れてある。蓋にタイマー電気雷管、底に瞬発電気雷管を装着してあるからいつでも使えるよ」
「でもÇ4はオーバーキルだよね」
「そうだね。コーヒー飲んだら出よう」
米子とミントは羽田空港の第3ターミナルにいた。
メールが着信した。
『アウル、浜松町で下車』
「モノレールだね」
「乗り換え口が見える所に移動しよう」
米子とミントは修学旅行の女子高生にしか見えなかった。
「来たよ、あいつらだ。メールの通りの恰好だよ」
ミントが緊張した声で言った。3人組は第3ターミナルをビジネスジェット専用カウンターに向かって歩いている。ラフな服装は観光客のようだ。
「ミントちゃん、行こう、正面から殺るよ。5ḿで撃つよ」
米子とミントは笑顔で男性アイドルの話をしながら3人組に向かって歩いた。会話と笑顔は芝居だ。距離は20ḿ。
ニューヨークヤンキースのベースボールキャップを被ったマイク・デービッドが体の前に掛けたリュックから何かを素早く取り出した。
「ミントちゃん、危ない! 伏せて!」
米子が叫んだ。
『バババババババババババババババババババ』 『ババババババババババババ』
「It's the enemy, the rumored schoolgirl!」(敵だ、噂の女子学生だ!)
マイク・デービッドが叫んだ。ターミナルにマシンピストルの銃声が木霊する。
米子とミントはしゃがんでスーツケースを盾にした。銃弾がスーツケースに当たる。スーツケースはケプラー繊維を使った防弾仕様なので弾丸が貫通することは無い。
『チューン』 『キューン』 『キュイーン』
マイク・デービッドの撃つ『VZ61スコーピオンマシンピストル』の弾丸がターミナルの床に当たって跳弾になった。
「キャーーーーーー」「うわーーーーーーーー」 「うおーーー」「キャーーーーーー」
『パン、パン、パン、パン』 『パン、パン、パン』
ターミナルに悲鳴と銃声が響いた。チャック・バートンとエリック・ロギンスもベレッタ92を構えて撃ってくる。ターミナルの一般客はその場に伏せるか、蜘蛛の子を散らすように走って逃げている。
ミントは土産袋からパイソンを取り出した。
『バン、バン』 『バン』
ミントがパイソンで反撃する。ミントの撃った357マグナム弾がマイク・デービットの右前腕を撃ち抜き、エリック・ロギンスの左肩を掠めた。米子はスーツケースの蓋を開けて手前に倒した。タッパーを取り出し、底に付けた瞬発電気雷管の安全スイッチを解除した。3人組が後ろを向いて走り出した。米子は立ち上がるとタッパーを円盤投げの要領で体を2回転させて3人組のいる方角に投げた。四角いタッパーがクルクルと回りながら飛んで、走る3人組の頭上を越えて2ḿ前に落下した。
「ミントちゃん伏せてーーー!!!」
米子が伏せながら叫んだ。
『ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!』
Ç4が激しく爆発して爆風と衝撃波がターミナルを駆け抜けた。ターミナルの客が大勢、爆風に煽られて転倒した。衝撃で店舗やショウウィンドのガラスが激しく割れ、吊るされたモニターが何台か落下した。スプリンクラーが作動して天井からシャワーのように水が降る。米子は立ち上がると倒れている3人組に向かって歩き出した。
『バン、バン』 『バン、バン』 『バン、バン』
米子は倒れている3人組の上半身に2発ずつ357SIG弾を撃ち込んだ。米子とミントは穴だらけのスーツケースを抱えて、電車とのアクセスホールの階段を1階まで駆け下りて外に出た。品川駅に向かって環八通りを歩いた。3時間は掛かりそうだ。環八通りを沢山のパトカーと救急車と消防車がサイレンを鳴らして羽田空港に向かって走っている。
「米子、やりすぎだよ! 私も吹っ飛ぶところだったよ。木崎さんに怒られるよ」
「ごめん。でも逃がしたくなかったんだ」
「ここも空が広いね。飛行機が飛んでるね」
ミントが空を見上げ言った。
「いい天気だね、あれに乗りたいな」
「それより、お腹空いたよ。今日は米子が奢ってよ」
「マックでいい?」
「いいよ、いっぱい食べてやる。でも品川まで遠いね」
米子とミントは制服姿で穴だらけのスーツケースを引きながら環八通りの歩道を歩いた。
3日後、米子とミントは新宿の事務所にいた。
「米子、C4を隠してたのか?」
「すみません。返そうと思ってました」
「まあいい。あいつらはC4で即死だったようだ。米子が基本通りにトドメも刺したしな。一般人にも怪我人が大勢出た。尾行してた公安の連中も大怪我をしたようだ、抗議が来てる。ターミナルも一時閉鎖になって沢山の便が欠航になった」
「そうですか。でも、あさりさんの仇はとりました」
「ああ、よくやった。だが後始末が大変だ。今回は正式な指令が無い。3人だけの秘密だ。本来なら『菊』の案件だ。今回の件は『菊』に被ってもらう。古巣だから頼んでみる。しかし派手にやったな」
「だよねー、空港でC4使うなんてテロリスト顔負けだよ。でも、米子はやっぱり凄いよ。思い切りが凄いよね」
「じゃあ今日はミントちゃんが奢ってよ。『大将』の餃子が食べたいな。『ニンニク激増し』」
「いいよ、私はチャーハンが食べたいよ。天津飯も捨てがたいな」
「木崎さん、何見てるんですか」
木崎はノートパソコンを見ていた。
「皇室のホームページだ。アメリア大使の退任式は無事に終わったようだ」
木崎がノートパソコンの画面を米子とミントに見せた。皇太子『武宮』が笑顔で写っていた。
「『武宮様』はあさりさんが守ったんだよ!」
ミントが訴えるように言った。
「ああ、宮内庁からうちの上層部にお礼があったそうだ」
「やっぱり『武宮様』ってイケメンじゃないよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます