第6話 Chapter6 「ビリー・サンダース 元CIA」
Chapter6 「ビリー・サンダース 元CIA」
「米子、ミント、また二人でやってもらいたい。次の仕事のターゲットは同業者だ」
「同業者?」
「所属は薔薇関連だ」
「えっ、薔薇ってアメリカですか? CIA?」
薔薇はアメリカの国花だ。米子達の組織は各国の諜報機関を花の名前で呼んでいる。その国の国花を基にしている。アメリカは『薔薇』、イギリスは『水仙』、フランスは『百合』、イタリアは『デージー』、イスラエルは『オリーブ』、ロシアは『向日葵(ひまり)』、中国は『牡丹』、韓国は『木槿(むくげ)、北朝鮮は『蓮華(れんげ)』。日本は警察系が『桜』、防衛省系は『菊』。
「そうだ。まあ元CIAだな」
「なんかヤバイんじゃないの? CIAって映画に出て来るあれだよね、強いよね」
ミントが不安そうに言った。
「どうかな。組織は強いが個人の強さは相手次第だ。今回は個人だ」
「相手は一人ですか?」
米子は冷静だった。
「一人だが応援を頼んでるらしい。応援については北山さんが調べてる」
「何者なんですか?」
「個人の殺し屋だ。今回も日本の要人を暗殺するために来日した。決行日は近いはずだ。おそらく接近して拳銃を使うだろう。こいつの得意なやり方だ。とにかく早く始末してくれ」
「なんでCIAを辞めたんですか?」
「金に目が眩んでマフィアに情報を流したらしい。詳しくはファイルを見てくれ」
木崎はクリアファイルに入ったA4用紙の冊子を机の上に置いた。米子はファイルに目を通した。
「名前はビリー・サンダース。滞在してるホテルは赤坂の『グリーングランドホテル』の1825室。元軍人で暗殺の人数は28人。武器は拳銃、格闘術はマーシャルアーツ・・・・・・これだけじゃ強さがイメージできません」
米子が不満げに言った。
「戦う必要は無い。暗殺するんだ CIAは辞めてるから薔薇と揉める事もないだろう」
米子はWebの地図サイトでホテルの周りを確認した。3D画像を注意深く見た。
「なるべく早く殺るなら狙撃がいいです。近くのタワーマンションから狙えます」
「やはりそうか。行動が読めない以上狙撃が無難だな」
「でも私には無理です。距離が600mあります。400mまでなら自信がありますが、それ以上は経験がありません」
「だよねー、私も無理だよ。接近戦で弾をぶち込むのは得意だけど、狙撃は難しいよ」
「狙撃は『あさり』に頼むか」
「あさりさんですか? じゃあ私達はいらないですよね。あさりさん元気なんですか?」
「あさりはIT系の専門学校に通ってる。この世界から足を洗うつもりらしい。お前達にはあさりのバックアップをして欲しい。ビリーにも応援部隊がいる。そいつらの動きを押さえるんだ。殺ってもかまわない」
『観月あさり』は19歳の1級工作員で狙撃が得意だ。現在専門学校に通っている。細面の顔にロングの黒髪で切れ長の目をした和風美人だ。あさりは米子とミントにとってお姉さん的な存在だった。
「あさりさん、引退するんだ。でも偉いよね、自分の将来を考えてるんだね。私もそろそろ考えないといけないな。米子も考えた方がいいよ」
米子とミントとあさりは『赤坂タワーレジデント』の43階の部屋にいた。窓際には大きな望遠鏡が設置されていた。
「あさりさん、あいつの動きは?」
「三日前から監視してるけど殆ど部屋から出てないよ。北山さんの情報だと決行日は5日後みたい。ターゲットは皇太子だって」
あさりが望遠鏡を覗きながら言った。
「えっ? 皇太子って、武宮(たけのみや)様? それヤバイんじゃないの? よく分からないけど、次の天皇だよね? 天皇っ日本で一番偉いんでしょ?」
ミントが驚きの声を上げる。
「昔は偉かっよ。神様だった。でも今は普通の人間だよ。国の象徴。国を代表したアイドルみたいな感じだね。武宮様は5日後のアメリカ大使の退任式に出席するんだけど、赤坂御所から皇居に移動する時を狙うと思うんだよね。だからその前に殺らないとね」
あさりはビリー達の行動を予測していた。
「そんなの警察の警備部の仕事じゃん。まあ、事前に犯人を暗殺するのは無理かもしれないけどさ。でもアイドルにしては武宮様ってイケメンじゃないよね。26歳だっけ」
「あさりさん、狙撃は明日ですか? 銃は何を使うんですか?」
米子は暗殺の事が気になっていた。なぜか胸騒ぎがした。
「そう、このマンションの屋上から撃つつもり。予行演習はしてる。この距離なら外さない。ビリーは毎朝、部屋で変な体操をしてるの。朝の8時くらい。こっちか丸見えだから一発だよ。終わったらすぐに二人にメール送るから。銃は使い慣れたレミントンM24。弾は7.62mm300Win.Mag弾」
「北山さんの情報だとビリーの応援グループは3人ずつの2組に分かれて行動してるみたいです。滞在してるホテルも2か所。あさりさんの狙撃が上手くいったら私とミントちゃんで襲撃します」
「うん、木崎さんからメールで資料もらったよ。私は日比谷のホテルをやるよ。スウィートルームに集まって3人で一緒にルームサービスの朝食を食べてるみたい。間抜けだよね。まとめて殺ってくれって言ってるようなもんだよ」
「わかった、私は六本木のホテルをやるよ」
「それにしてもこの部屋、よく借りられたね。家具や家電製品があるから誰か住んでるんだよね?」
ミントが疑問を口にした。
「うん、IT企業の社長らしいよ。セカンドハウスだってさ。今回は組織が脅して借りたみたい。いい所住んでるよね。夜景が綺麗なんだよ」
あさりが悔しそうに答えた。
「だよねー、セカンドハウスか。やっぱりIT社長は違うね。でも私達も無駄にいい所に住んでるよね。住む所より給料を上げてほしいよ」
「ミントちゃん、住む所は大事だよ。私達みたいな仕事をしてたら猶更だよ。組織はセキュリティのしっかりした所を借りてくれてるんだよ。有難いと思わないとだめだよ。私も来年には今の部屋出ないとなあ」
「あさりさんは引退するんですか?」
米子が訊いた。
「うん、10歳からこの仕事してきたけどそろそろ自由になりたいんだよ。まあ組織には感謝してるけどね。孤児だった私を高校まで通わせてくれて、今の専門学校の費用も払ってくれてる。でも真っ当な人間の生きる場所じゃない」
米子は六本木の『レック・カートレットホテル』のロビーにいた。グレードの高いホテルだ。朝のロビーは混んでいた。カウンターにチャックアウトの手続きをする客の列が何列も出来ていた。外国人の客が多かった。米子はセーラー服姿だった。夏服なので上着は白が基調で紺色の大きな襟にブルーのリボン。襟には3本の白い線。短めの紺色のプリーツスカート。黒いタッセルローファーに3つ折りにした白のソックス。A4サイズの黒いレザーの肩掛け鞄を肩から掛けている。ソファーに座る姿は学園ドラマに登場するヒロインのアイドル女優のようだった。ビリーの応援部隊の3人は朝食を取るために外出している。3人の人相とホテルの案内図は頭に焼き付けている。スマートフォンが振動してメールが着信した。
『狙撃成功 あさり』
15分後にまたメールが着信した。
『襲撃成功 ミント』
あさりの狙撃は成功し、ミントの襲撃も成功したようだ。米子はホテルの入り口を見つめていた。3人組が帰って来た。鍵は持って出たようで、フロントには寄らずにエレベーターに向かっている。米子はソファーから立ち上がるとエレベーターに向かった。エレベーターは東西に3基ずつ6基あった。3人組は東側の一番左のエレベーターの前に立っていた。滞在しているフロアは12階のはずだ。エレベーターホールは空いていた。この時間は上に行く客は殆どいない。エレベーターが到着して客が全て降りると3人組が乗り込んだ。米子も素早く乗り込んで操作パネルの前に立ち、10階のボタンを押した。すでに押された12階と14階のボタンが点灯していた。ドアが閉じ、エレベーターが上昇を始めた。エレベーターの中は米子と3人組と西洋人の若いカップルだった。3人組とカップルは米子の事を興味深そうに見ている。セーラーに興味があるのだろう。
「She is a schoolgirl.That's a school uniform」(彼女は女子学生だ。あれは学校の制服だよ)
カップルの男性が米子の服装を連れの女性に説明していた。米子は肩掛け鞄の中に手を入れてSIG‐P229のグリップを握った。エレベーターが10階に到着してドア開いた。米子はエレベーターをゆっくり降て立ち止まった。ドアが閉じる直前に振り返り、閉じる直前のドアの隙間に右足を伸ばした。すらっとした白く滑らかな足だった。ドアの多光軸センサーの赤外線が足を感知してドアが開いた瞬間、米子をは鞄から右手を抜いた。3人組とカップルは不思議そうな顔して米子を見た。米子の右手にはSIG‐P229。3人組が全員、慌てて上着の内側に手を入れた。
『バン! バン! バン!』
凄まじい銃声が響いて357SIG弾が3人組の頭に順番に撃ち込まれた。3人は糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。
『バン! バン! バン!』
米子は倒れた3人の胸に1発ずつ357SIG弾を撃ち込んだ。カップルの男女がエレベーターの壁に体の前面を張り付けるようして目をつぶって叫んでいる。
「No~~! Don’t Soot! Don’t Soot!」(やめろ、撃つな、撃たないでくれ)
「Sorry,I'm not a schoolgirl. I am an assassingirl. Have a nice trip!」(ごめんね、私は女子学生じゃないの。暗殺ギャルだよ。それじゃ良い旅を!)
『バン! バン!』
エレベーターのドアが閉まった。米子は鞄からゴムのマスクを取り出して被った。『キン肉マン』のマスクだった。監視カメラに素顔の映像を残さない為だ。米子は廊下を走って非常階段の扉を開けるとセーラー服を着た筋肉マンの姿で非常階段を猛スピードで下った。1階に到着するとロビーを全速力で横切って裏側出入口からホテルの外に出た。ロビーの客やホテルの従業員は唖然とした表情で、疾走するセーラー服の筋肉マンを見ていた。
米子が赤坂タワーレジデントの部屋に入るとあさりが倒れていた。窓ガラスに蜘蛛の巣のようなヒビが入っている。あさりは右胸から血を流していた。
「あさりさん、大丈夫ですか!?」
「米子ちゃん、しくじったよ。あいつらもう一人仲間がいたみたい。スナイパーだよ。きっとこっちを監視してたんだよ。屋上から戻って来たところをやられた」
「あさりさん、救急車呼ぶから!!!」
「米子ちゃん、この仕事、早く辞めた方がいいよ。続けてもいい事ないから。寂しいけど組織と離れて1人で生きて行くの。そうして・・・・・・」
あさりの体から力が抜けて呼吸が止まった。米子は掃除屋に電話をしてあさりの遺体の回収と処分を依頼した。木崎にもメールで報告した。なぜか心が痛かった。珍しく寂しい気分になった。
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