第3話 Chapter3 「青山通り C4」

Chapter3 「青山通り C4」


 桜山学園は私立の男女共学の高校である。学力レベルは中の上くらいで偏差値は65だ。米子は中学校までは公立だったが、組織の援助で桜山高校に通っている。米子は高校2年生で、知能指数が160だ。学力で落ちこぼれることはない。記憶力も抜群に良かった。一度見たものは忘れない。映像記憶として残るのだ。桜山高校は隠れ蓑でしかなかった。

 

 教室入ると朝のホームルームが始まった。社会教師の担任の太田は他のクラス杉本淳史の死亡についてその概要を淡々と語った。教室内はざわついた。午前の授業中、米子は武器商人の鹿島をどうやって暗殺するか思案も巡らせていた。昼休みは購買で買ったパンを一人で食べた。米子はクラスメートと殆ど口をきくことが無い。


 入学当初は言い寄ってくる男子が後を絶たなかったが米子は相手にしなかった。入学してしばらくするとクラスにスクールカースト的な物が朧げに出来始め、グループも形成されていったが米子は誰とも仲良くしなかった。クラスの女子のボス的存在の浜崎里香がマウントを取り始めた。女子トイレの洗面台の前だった。米子が髪型を直していると浜崎里香が話しかけてきた。取り巻きの女子も3人いた。

「沢村さん、あんた名前が『米子』って言うんだって? ウケるーー、可愛い顔してるけど米子ってありえないよ、あっはっは。まあさ、仲良くしようよ、悪いようにはしないよ。米子ちゃ~ん」

浜崎里香は米子を自分の配下に置きたかった。美形で可愛い米子を取り込んでそのルックスを利用しようと思っていた。米子がグループに入れば男子達が集まってくるだろう。米子を手下にすれば何かと便利そうだ。

「ウゲッ、ゲホホ」

米子の強烈な左ボディブローが浜崎里香のレバーに食い込んだ。浜崎里香がしゃがみ込んでトイレの床に両手を付いた。

「私の事を下の名前で呼ばないで」

米子が冷たく言い放った。浜崎里香は上目遣いで米子を見つめた。その目には涙が溢れ、顔は恐怖で引き攣っていた。米子はクラスで孤立したが、むしろそれを居心地良く感じた。学校では他の生徒と距離を取りたかった。しかし他のクラスや上級生の男子にとって米子の美貌は憧れだった。


 初夏の青山通りは街路樹と分離帯の緑が鮮やかだった。青山5丁目の右車線を鹿島が乗った防弾仕様のベンツが走っていた。運転手は清水、ボディーガードは金村だ。250ccの黒いオフロードバイクが中央車線を時速60Kmで走り、鹿島のベンツに並走した。オフロードバイクに乗った米子が腰のホルスターから、右手で『FN57』を引き抜いた。スライドは事前に引いて弾はチェンバー(薬室)に装填されている。ベンツのリアタイヤに向けてFN57を発砲した。銃声は10発、連射だった。タイヤはバーストしてベンツの左後ろの車高が下がった。運転手の清水はドアミラーを見て焦った。ベンツのスピードがガクンと落ちた。

「金村さん、タイヤを撃たれました、後ろのバイクです!」

「何? スピードを上げろ。この車は『PAX』タイヤだ、走れる」

「ダメです、ゴムが全部剥がれてます。あいつ何発も撃ちやがった! 無茶苦茶だ!」

「あのバイクか? 止まれ!」

防弾仕様のベンツが右車線を塞ぐように停まった。黒いオフロードバイクもベンツにぶつかるように横に停まった。米子は制服に黒いフルフェイスのヘルメットだった。制服は薄いカーキ色のブレザーに白いシャツ、えんじ色のリボンに、赤のタータンチェックのミニスカート、茶色のローファーに白い靴下だった。米子は20種類の制服を持っていた。仕事の時は他校の制服を着用している。米子は肩掛け鞄から弁当箱のような箱を素早く取り出すとベンツの下に置くように投げ込み、ギアを上げるとスロットルを全開した。後輪が音を鳴らしながら煙を上げ、バイクは猛スピードで加速した。後続車両はベンツを避けるようにしてスピードを落としながら一番左の車線に移動して追い越していく。

「どうした? 事故か? まさか襲撃か!」 

後部座席で居眠りをしていた鹿島が目を覚まして不安そうに言った。

「大丈夫です、チンピラです。排除します」

金村が応える。金村はスーツの下のショルダーホルスターからのコルトガバメントを取り出しながら助手席の右ドアを開けて路面に立ってコルトガバメントのスライドを引いた。

「くそっ、なんだアイツ! 制服を着てやがった。女か?」

金村は30mほど離れたオフロードバイクに向けてコルトガバメントを構えた。

『ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!』

凄まじい爆発が起きて防弾仕様のベンツが5mほど飛び上がった。C4独特のオレンジ色の爆発だった。金村は10mほど斜め上に吹き飛ばされ、歩道に落下した。両足が捻じれ、両目の眼球が飛び出していた。分離帯に乗っかった防弾仕様のベンツは床が捲れ上がり、車内はグチャグチャになっていた。運転手の清水も後部座席の鹿島も即死だった。米子はオフロードバイクのスピードを法定速度に落とした。反対側の3車線をパトカー、救急車、消防車がサイレンを鳴らしながら走っている。米子は道路沿いのファミレスの駐車場にオフロードバイクを停めて、ハンドルにヘルメットの紐を掛けると徒歩で青山通りを歩いた。普通の女子高生にしか見えなかった。いや、かなりカワイイ。米子はしばらく歩くとチェーン店のカフェの『センズリコ・カフェ』に入り、窓側の席に座ってナポリタンとアイスカフェラテを注文した。残念ながら好物のアイスカフェモカはメニューに無かった。ポケットから『コーラグミ』の袋を取り出して2粒口に入れた。

「グミうま」

米子はスマートフォンで木崎に電話を掛けた。

『木崎だ』

『米子です。武器商人を殺りました。車ごとです』

『ああ、今テレビのワイドショーで速報をやってる。大騒ぎになってる。2キロ全部使ったのか?』

『はい、確実に殺りたかったので。それとバイクは乗り捨てました』

『わかった。ご苦労さん。事務所に寄れるか?』

『はい、17時に行きます』


 「米子、よくやった。鹿島は即死だ」

木崎が労う。

「米子凄~い。今回は派手だったね」

ミントが声を上げる。高梨ミント、17歳。私立『彩雲女子高校』に通う女子高生だ。身長は155cm、髪の毛はオカッパに近いショートカットでピンクゴールドに染めている。童顔で目がクリッとして、リスのような小動物系のカワイイ顔をしている。

「防弾仕様だったからC4(プラスチック爆弾)にしたの」

「私、爆弾は苦手なんだよね。訓練所で習ったけど、爆発の効果計算とか難しいし。マシンガンで穴だらけにする方が楽だよ」

ミントはサブマシンガンやマシンピストルの射撃を得意としていた。

「そうかな。単純な掛け算と割り算だよ」

「米子は頭いいし、超美形なのにこんな仕事やってるの勿体ないよね。コンカフェとか行ったら稼げるよ。歳ごまかしてキャバクラ行けばもっと稼げるよ。アイドルでもいけるくらいなのに」

「木崎さん、FN57の5.7mm弾は有効でした。PAXタイヤでも10発撃ち込めば走れなくなります」

「ああ、あれは貫通力重視の弾丸だ」

「だから私もP90を使ってるんだよ。ボディーアーマーも貫通するし」

ミントが得意気に言った。

FN P90は高速で貫通力のある5.7mm弾を50発装弾できるサブマシンガンだ。戦車や装甲車の操縦士や砲兵や輸送部隊などの後方支援の兵士用に作られた取り回しの良い護身用の小型のマシンガンである。ぱっと見には銃に見えない独特な形をしている。5.7mm弾はボディーアーマーなどのハードターゲットを貫通し、人体などのソフトターゲートに対しては命中後に内部で弾頭がタンブリング(縦回転)して傷付ける特性のある弾丸だ。

「米子、お前を襲った青葉組だが、上部団体の指示だったらしい。組長の青葉を拉致して『マッサージ屋』(拷問専門のチーム)が吐かせてる。なんでお前を襲ったか青葉は知らないようだ」

「指示したのは『三輝会』でしょ、ヤバイよね。米子、なんか心当たりあるの?」

「三輝会は知らないよ。面倒臭いからトップを殺っちゃおうかな」

「米子、それはダメだ。相手が大物過ぎる。上はそれを望まない」

木崎が制するように言った。

「でも待ってるだけなんてイヤです。枕を高くして眠れません」

「だよねー、でも枕を高くって古クサ、時代劇かよ。それより『パイソン』ありがとね。サイドアームとして丁度いいよ、4インチだし。357、欲しかったんだ」

「ミントちゃん、じゃあ、回転寿司奢って」

「いいよ、今度の彼氏、金持ちなんだよね、30歳だけど」

「ミント、男遊びは止めろ。罠かもしれないぞ」

木崎が窘めるように言った。

「大丈夫だよ。私、鼻効くし。それにここ給料安すぎだよ。まあいろいろ世話になってるけどさ」

「あの、お先に失礼します」

事務員の北山が挨拶をすると事務所を出て行った。

「あの人、ちょとキモいよね」

ミントが言った。

「そう言うな。あれでも腕利きのハッカーなんだ」

木崎がフォローした。


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