第2話 Chapter2 「武器商人 鹿島」 

 西新宿の雑居ビルに米子の所属している組織の事務所があった。組織は『ニコニコ企画株式会社』という企業を装っている。組織は内閣情報統括室の末端の実働部隊である。米子は小学校3年生の時に孤児になった。両親と弟を目の前で惨殺されたのだ。米子は政府が運営する孤児院に引き取られた。適性検査を受けて工作員の適性を見出され、特別な組織で訓練を受けた。諜報、格闘、射撃、サバイバル等の過酷な訓練を受けて1級の工作員になった。

6:30、米子はニコニコ企画のオフィスにいた。150平米程の小さなオフィスだ。執務室と小さな会議室と応接室がある。執務室にはスチールデスクの4つの島が1つあり、島から離れた場所に木崎のデスクがあった。米子は木崎のデスクの前の椅子に座っていた。

「財布の中の免許証を見たが、3人とも『三輝会』の3次団体『青葉組』の構成員だ。何でお前を狙ったかはこれから調査する。奪った拳銃は前が無さそう(犯罪での使用)だから『ミント』に貸与しようと思う。ミントは357を欲しがってたから丁度いい」

木崎は煙草の煙を吐き出しながら言った。

「そうですか。じゃあミントちゃんにコーヒーでも奢ってもらいます。それと木崎さん、何度も言いますけど、私、煙草の臭い嫌いなんです」

「そうか悪いな。それにしても同じ17歳の女子高生なのに、『米子』と『ミント』って、対照的な名前だな」

木崎が楽しそうに言った。『高梨ミント』は米子と同じ組織に所属する17歳の高校生だ。通う高校は違うが孤児である。米子の名付け親は曾祖父だ。米子が生まれた時、93歳の曾祖父健在だった。沢村家において曾祖父の存在は絶対だった。その曾祖父が『米子』と名付けたのだ。曾祖父は代々続く豪農の米農家で、町長を務めた事があり、地元では名士だった。『米子』という名前は時代にそぐわなかったが、祖父も両親も逆らう事ができなかった。曾祖父が他界したら改名すれば良いと考えていた。

「名前の話はしないで下さい。それより『杉本淳史』は見つかったんですか?」

「残念だが神田川で見つかった。場所はお茶ノ水の聖橋の近くだ。死因は絞殺だ」

木崎が報告した。

「そうですか」

米子にショックを受けた様子はない。米子は感情が極めて希薄だった。

「仲が良かったのか?」

「いえ。学校で同じ学年でした。付き合ってくれって付き纏われて迷惑でした。学校の帰りに2、3回ファミレスで食事したことがあるだけです。食事を奢ってくれるって言われたんで」

米子は杉本淳史との食事を思い出した。ビーフシチューセットとフルーツパフェとアイスカフェモカを奢ってもらった。米子の収入は月に12万円だった。学費と住居費は組織が払ってくれるが、それ以外の生活費は自分で払い、月末はいつも金欠だった。食事を奢ってもらうのは有り難かった。

「そうか。きっと仲のいい友達か彼氏と勘違いされたんだろうな。可哀想だな。復讐しようと思わないのか?」

「思いません。組織が望むならそうしますけど。でも相手は広域暴力団です。もし戦うなら今の装備では足りません。最低でもアサルトライフルと爆発物が必要です。まあ、やるならトップを殺りますけど」

「三輝会のトップを殺ったら裏社会が混乱する。跡目狙いの抗争や、パワーバランスの変化で外国人グループの台頭もありえる。上もそれは望まないよ」

木崎は冷静に言った。

「でも私を狙った理由が気になります。また攻撃してくるかもしれません」

「その件は調査を進める。それと新しい仕事だ。この資料に目を通してくれ」

木崎はクリアファイルに入ったA4用紙の冊子を米子に渡した。

「今度のターゲットですね。武器商人?」

「そうだ。鹿島真司、ロシアと中国経由の武器を手広く売りさばいてる。近々極左集団にカラシニコフを売るようだ。『真革派』の実働部隊の『赤い連隊』だ。やっかいな連中だ」

「カラシコフは訓練所でさんざん撃ちました。故障の少ないいい銃です。砂漠やジャングルでも確実に作動します。扱いも楽です。素人でもすぐに扱えます」

「だから公安も焦ってるんだ。夏には四国でサミットが開催される。武器の供給元を潰す事が急務だ」

「いつまでに殺ればいいですか?」

「早い方がいい。方法は任せる。だがこいつにはハニートラップは効かないぞ。この男はゲイだ」

「そうなんですか。じゃあ木崎さんが接近したらいいじゃないですか。木崎さん結構イケおじですよ」

「イケおじって俺はまだ37歳だ! それに鹿島は美少年が好みらしいから難しいな。用心深い男で、ボディーガード付の防弾仕様のベンツに乗ってるらしい」

「美少年好きのゲイの武器商人ですか。嫌いなタイプなんでサクッと殺ります。防弾仕様のベンツなら手榴弾じゃ厳しいですね」

「必要な装備があったら言ってくれ」

「C4が必要になると思います。C4を2キロとタイマー式の電気雷管を用意して下さい。それと『FN57』もお願いします」

「わかった、用意する。『コーラグミ』も沢山付けてやる。ちゃんと歯磨けよ」

米子は木崎と話す時間が嫌いではなかった。木崎は天涯孤独の米子にとって唯一の理解者なのだ。

「じゃあ学校に行きます」

「ああ、気を付けろよ」


 時刻は7:28。米子は事務所を出ると新宿駅で京王線に乗った。桜山学園は『千歳烏山』にあった。京王線の中でも米子の可愛さは輝いていた。通学時の米子の存在は噂になっていた。男子高校生達のアイドル的存在だ。米子は吊革に摑まってショウペンハウアーの文庫本を読んでいた。



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