恋愛相談、心のつかえ
☕️
マリアさんの準備ができてから、僕とマリアさんは二人並んで喫茶店まで向かった。道中も何か会話をしようと思いながらも、中々言葉を切り出しにくくて、気付けば喫茶店に到着する。マリアさんも僕もアイスコーヒーを注文した。二人で向かい合い、無言の時間が流れる。今日誘ったのは僕の方だ。僕から切り出さないといけない。
「この間の人って、よく来るんですか?」
考えた末に、かなりバッサリと本題に入ってしまった。マリアさんはしばらくキョトンとした顔をしていたが、途中得心したように「ああ」と首を縦に振った。
「はい。昔からご贔屓にされている方で、ああいう時もよく助けてくれます」
注文したアイスコーヒーが届く。マリアさんはあの日と同じように、遠くを見るような眼差しを浮かべて、コーヒーを飲んだ。
「あの人のこと、好きなんですか」
「……ごほっ!」
僕の問い掛けに、マリアさんが咽せた。またちょっと間違えたかもしれない。少し口に含んだものを吹き出しこそしなかったのは流石だと思う。
「え、えと」
マリアさんは目を泳がせる。耳は紅潮して、右手を扇のようにしてあおる仕草をした。こんな表情も見せる人なんだな、というのが少し新鮮だが、そんなことを考えている場合ではない。僕は、自分のことばかり考えて少しデリカシーに欠けている言い方を続けてしまっていることを一旦反省する。
「マリアさんの目が、そんな風に見えて……」
僕はそこで言い淀む。マリアさんがあの日、迷惑客から助けてくれた人のことを好いているのは間違いないと思う。そういう勘は効く方だと自負している。だから、聞いてみたい。マリアさん自身は、あの人のことをどう思っているのか。
「……好きな人がいるんです」
迷いながら、僕は衒いなく事実を述べた。僕の言葉を聞いて、慌てた仕草をしていたマリアさんは、ぴたりと一瞬動きを止めた。
「その人は、昔からの友人で……。だけど、気付いてしまったんです。僕がその人のことを好きなことに」
「──続けてください」
いつの間にか、マリアさんは真剣な顔付きで僕を見つめていた。僕はその顔を見て、ホッとする。僕が思っていたように、こういう話をしても茶化したりする人じゃない。
「僕、その人に──彼に告白したんです。好きだって。でも、その人の返事を聞く前に僕は逃げて……」
──そう。僕は逃げた。それてまだ逃げ続けている。僕は、行平の気持ちを聞くのが怖い。
「その人は、鈴村さんの告白を聞いて、鈴村さんから離れようとしたんですか?」
マリアさんにそう尋ねられ、僕は首を横に振った。
「いえ。つい先日、遊びの誘いを受けました」
「じゃあ、鈴村さんのこと、嫌いになったわけじゃないんですよね」
「多分」
「それでさっき」
「ご、ごめんなさい。他に相談できるような友人もいなくて」
マリアさんは僕を見て、にっこりと微笑む。
「いえ、嬉しいです」
マリアさんは「こほん」と咳払いをした。それから少し言いにくそうに肩を少し竦めた後、すぅーっと小さく息を吐く。
「鈴村さんの言う通りです。私、えっと、あの、あの人のこと──ハルトくんのこと、今でも好きです」
「今でも?」
マリアさんは誤魔化すようにコーヒーに口をつける。
「あ、えっとですね。あの人とは、私がこの仕事を始める前からの友達で」
「な、なるほど」
他の客よりも親しげにも見えたのはそのせいか。
「……元カレ、ですか?」
僕はおそるおそる、マリアさんに尋ねる。けれど、マリアさんは意外にも首を横に振った。
「いえ、友人です。今も昔も、大切な」
「辛くないですか?」
僕は辛かった。好きだと気付いてしまえば、それを心に秘め続けることが、僕にはできなかった。だから僕は行平に気持ちを打ち明けた。
「辛くないですよ」
マリアさんは、あっけらかんとそう口にする。
「私もあの人には、告白したことあるんです」
「そうなんですか?」
じゃあ、マリアさんも僕と一緒だ。自分の気持ちを、好きな人にぶつけている。けれど、マリアさんはその人と今でも付き合いを続けていて、そしてまだ好いている。
「はい。でもあの人には他に好きな人がいて、フラれちゃいました」
そう笑顔で語る彼女の顔は、思いの外すっきりとしているように見えた。
「女の人は上書き保存、なんて言いますけどそんなの人によりけりですよね。私も当然、それから他の人と何人か、お付き合いしましたけど、ハルトくんへの好きな気持ちが消えることなんてないです」
マリアさんはそう言うと、僕の目をまっすぐに見た。
「大切なのは、鈴村さんがどうしたいかじゃないですかね」
「僕が……」
「はい。まだ知り合って間もない私に相談したいくらいに、鈴村さんはその人に対してどうしたいか、悩んでる。だけど、好きって気持ちは多分、そう簡単に消えませんから」
マリアさんの視線が、僕の目を通り過ぎて、脳髄まで貫き通るような心地がした。
「私はそれでも、ハルトくんと友達でいたかった。欲張りって言う人もいるかもしれません。けど、私がそうしたかったんです」
マリアさんはずっと、真剣だった。急な相談にも関わらず、この人は僕に向き合って話をしてくれている。そのことが、何よりも心強かった。
「だから、それが正しいなんて言う気もないですけど、私は鈴村さんも自分がしたいようにすればいいと思います」
「──そうですね」
僕は頷く。届いてから一口もつけていなかった、自分のアイスコーヒーを手にとって、ぐいっと飲む。冷涼な液体が体を通り過ぎる。喉につかえていたものが、少しだけコーヒーと一緒に流れ落ちたような気がした。
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