引越し先、まさかの再会

 会社から異動を命じられたのが一カ月前。東京の西新宿にある支社への異動を命じられた僕は、躊躇うことなく会社の意向に従った。誰に気を使うこともない、気楽な独り身の身だ。仕事も嫌いではない。今回の異動は、支社の重要ポストを任せられるという意味もあり、僕をストリップ劇場に連れて行った上司も、送別会で泣いて送り出してくれた。この人も、付き合うのは面倒だし、他人への配慮もそう高いとも言えないが、悪い人ではない。

 引っ越し先は郊外の安アパートに決めた。これと独り身故の贅沢の一つだ。住むところに頓着はしない代わりに、他に金をかけることにしている。基本的には帰って来て寝るだけなのだから、そこまで良い場所に住む必要もない。僕も年齢にしてはそれなりに稼ぎはある方だが、どうして人は高い場所に住みたがるのか、昔から僕には謎だ。

 見栄だとか色々な理由はあるのだろうけど、住む場所なんて仕事にもそう関係ないし。僕よりも稼ぎのない同期などでも良いところに住みたい欲はあるのがより謎だった。そりゃ、家賃が日々の生活の苦にならないくらいの稼ぎにかって来たら、僕ももう一段良いところに住みたいとは思うけれど、そうでないのにひいこらするくらいなら、服装だとか他人に評価されるところに金をかけた方が効率も良いのに、なんて思う。

 引越し業者に荷物の梱包も開封も全て頼み、特に問題もなく引越しを終えた。隣近所への挨拶の為に菓子折りを買って、まず一件目にお隣の部屋のインターホンを押す。


「はーい」

「隣に引っ越して来ました。鈴村と言います。引越しのご挨拶を」


 少し待っていてくださいねー、とインターホン越しに返答があり、玄関の扉がガチャリと開く。


「わざわざどうもありがとうございますー」

「いえ」


 出て来たのは若い女性で、僕は菓子折りを渡そうとして、その顔に見覚えがある気がしたのを不思議に思った。その時はその既視感がどこから来るのかが分からずに、僕は彼女に菓子折りを渡した後、上の階やアパート周辺の一軒家にもまわって、同じように菓子折りを渡した。

 不在の家はなく、その日のうちに渡すつもりだった隣近所の家には全て菓子折りを渡し終えて、明日の仕事に備えようとした頃、僕はようやく、最初に挨拶に向かった家の女性に何故見覚えがあったのか思い出した。


「あの踊り子に似てる」


 ただ、思い出したその時は、まさかその時は本人だとは思いもしなかった。よく似ている人もいるものだなと思ったし、演技に魅せられたとは言え、またストリップ劇場に行くつもりもなかったから、その既視感は「そんなこともある」と自分の中で終わらせる予定だった。

 けれどまたある日、布団を外に干す際に、たまたま同じタイミングで玄関から出てきた彼女が、僕に会釈をした際に、また同じように思った。

 ──やっぱり似ている。

 二度もそう感じてしまうと、自分の中のモヤモヤがどうしても気になって来る。僕は上司に連れられたストリップ劇場の場所を探して、またパフォーマンスを観に行くことにした。今にして思えば、踊り子の名前も覚えていなかった上、タイムテーブルも気にせず行ったから、僕が魅入らされた彼女の演技を観れるとも限らなかったのだが、運が良かった。

 ワイワイと沸き立つ観客の中、バツンと証明が落ち、最初の演目が始まった。最初の演技は、僕が初めて魅入ったあの踊り子だった。そして僕は思わず、そこで「あ」と小さく声をあげた。

 ──間違いない、彼女だ。

 昔から、人の顔の見分けはつく方だ。髪型や服装の違いにもよく気がつくので、それを同僚や取引先の人間に対して発揮するだけでもウケが良い。

 だから、僕は確信した。今、僕の目の前で踊りを披露している彼女は、舞台の為、厚くメイクもしている。服装だって、脱ぐことを前提としたひらひらとしたドレスで、日常的に着るようなものではない。けれど、そこで妖艶な笑みを浮かべ、僕を含めた観客を魅了する彼女は、間違いなく、僕が引っ越して来た隣に住む、あの女性と同一人物だった。

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