舞い散る華
宮塚恵一
喫茶店と踊り子、舞い踊る裸体
「あ、どうも」
「あら、どうも。また会いましたね」
休日のおやつどき、近所の喫茶店。珈琲を飲みに行くと、店内に隣に住むマリアさんを見かけた。マリアさんはビクビクしている僕を不審がることもなく、にこにことした表情で挨拶を返す。僕はそのままマリアさんの席から離れて、空いた席を見つけようとする。
「良かったらご一緒しませんか?」
マリアさんのそんなお誘いに、僕はビクリと肩を震わせた。
「い、良いんですか?」
「はい。鈴村さんなら是非」
「それじゃ、相席失礼します」
僕はマリアさんのお誘いを断ることなく、マリアさんの座るテーブルの向かいの席に座った。僕は珈琲とナポリタンを注文して、店員さんが運んで来た水を飲んで待ち時間を誤魔化す。
「土日お休みですか?」
そうしていると、マリアさんの方から話しかけてきた。
「は、はい。そうです。マリアさんは?」
「私は今夜も出勤です。ふふ、鈴村さんもいらっしゃいます?」
そんな風に笑うマリアさんの顔は僕から見てもとても魅力的であり、夜の彼女のことを否応にも想像させられた。
「はい。今日も観にいくつもりです」
「良かった。今日は新しい演目もやるんです。楽しみにしてくださいね」
にこやかに笑うマリアさんに、僕も笑い返す。その顔が、気持ちの悪いものでないことだけを願った。
✨
「ストリップ劇場って一回行ってみたいんだよなあ」
数ヶ月前の東京出張で、上司に連れられて飲み屋を転々としていたら、彼がそんなことを言い出した。俺行ってみようと思うけど、お前どうする? そんな風に聞かれ、はあ確かに僕も少しは興味ありますね、なんて曖昧な返事をする。
「それじゃあ決まりだ。勿論俺の奢りな」
俺の返事に上司はそんな風に言って、へべれけのままストリップ劇場に俺を連れて行った。こういう時に断ることができないのは僕の悪いところだ。ただ、風俗やソープに誘われたわけでもない。その場合だったら、余計にどうしたら良いかわからず、ただひたすらおろおろしていたかもしれない。僕は女性に興味はない。そのことを知っている人も、上司を含め会社にはいない。
上司に連れられて来たストリップ劇場は僕がイメージしていたものよりも数段小綺麗で、目を爛々に輝かせたオヤジどもばかりがいるものと思っていたが、客の半数ほどが女性なのに僕は驚いた。若い男女で来ている客すらいる。
本当にここはストリップ劇場なのか?
何かの間違いで、別の場所に迷い込んだんじゃないか、とそんなことを思っているうちに、上司と共に案内された席に座る。そして、すぐに演目が始まった。ステージが照らされて、そこに脚もすらりと長く、張りのある胸のストリッパーが登場した。彼女はベールのような薄い布地を羽織りながら、優雅にバレエのような踊りを披露した。音楽と共に躍動する女性の体。照明も彼女のダンスに合わせて色を変え、客を魅了する。その踊りは、ダンスの素人である僕から観てもとてつもなくレベルの高いモノのように見える。やっぱりストリップ劇場なんて嘘だ。きっと上司が間違えて、どこか別のところに来てしまったんだ、なんて思うのも束の間。
──彼女が、その柔肌を隠していたベールのような服を脱ぎ捨てた。
あまりにも自然に脱ぎ捨てられたために、僕は一瞬、彼女が服を脱いだことを認識できなかった。ビシッとした真剣な面持ちで、そのストリッパーは見栄を張るようにピタリと止まる。観客席からわああ、と拍手が鳴り響き、僕もそれに合わせて手を叩いた。
隣を見ると、赤らんでいた顔をしていた上司からも酔いが引き、踊る彼女の姿に釘付けになっていた。
彼女は美しいその裸体を見せつけるように、激しく動かして踊る。胸や尻、脇や陰部に至るまで、体の全ての部位を曝け出して踊るその姿は、正に一つの芸術だった。
音楽が鳴り止み、彼女もピタリと止まる。何にも縛り付けられていない豊満な胸は、彼女が激しく動く度に揺れる。そんなにも激しく踊っているというのに、汗一つかいていないように見える。扇情的な笑みをその表情に称えて客席に見せながら、彼女は惜しげもなく、その美しい裸体を見せつける。女性の体に興味があるかないかは、この際関係ない。この芸術的な姿に魅せられない人はいないだろう。そう感じる程に、洗練された動きに僕も思わず釘付けになる。
音楽が止む。それと同時に彼女もピタリと踊りを止める。
そして鳴り止まぬ拍手が劇場を包み、舞台は暗転した。
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