第24話 メイド

 レンの部屋にノックの音が鳴る。

「だ、誰かきた!」

 焦っているレンも可愛い。

 でも。

「どうしよう。私隠れるね」

 カーテンの裏に身を隠す私。

「ど、どうした?」

 まだ動揺しているレンがドアを開ける。

 そこには前にも見たことのあるメイド――確か七瀬ななせと言ったか。

 異国の雰囲気を持つ黒髪黒目の彼女。

「レン様。今回の和平交渉、本当にうまく行くのでしょうか?」

「なんだ。そんなことか。気にするな。俺は七瀬に言われるほど柔じゃない」

「それは、そうですけど。でもあの女にそそのかされているだけならおやめください」

「あの女?」

「アイ=レンティアです。彼女からは危険な香りがします」

 とくんと心臓が軋む。

「おいおい。そんなことを言いに来たのか?」

 相手にする気はないと言いたげなレン。

「あの人は実の父を――」

「知っている」

 心臓が痛む。

「でも、平和のためなら仕方ない。俺も父上を……」

「おやめください! そんな不幸を願うなど」

「不幸? 本当に不幸か?」

「そうでしょう? 実の父を殺めるなど、不幸意外の何があるんですか?」

 真っ直ぐな瞳でレンを見る七瀬。

「わたしならあなたを幸せにできます。もちろん愛人でかまいません。ですからおそばにずっと」

 レンの頬に手を伸ばし触れ、そして顔を近づける。

 え。もしかして――。

「やめろ。そんなことをしてもむなしくなるだけだ」

「レン様……いい加減ご自分の立場を理解してください」

「理解している。だからこうして敵国の交渉に乗ったのだ」

「そ、そんな……」

 愕然としている七瀬。

「本気であの人が好きなのですか!?」

「……ああ。もちろんだ」

 悔しそうに顔を歪めて去って行く七瀬。

「……すまん。七瀬」

 あんな酷い顔をしたレンは初めてみた。

「友達なんだ。それだけは変わらぬ」

 それだけを言い、ドアを閉めるレン。

「いいぞ」

「すみません。私が聞く話ではなかったですね」

「いや、いい。気遣いは無用だ」

 そっと頬に手を伸ばす。

 少し寂しそうに見えたのだ。

 私が触れるとレンは目を潤ませる。

 ギュッとその手を取り、すぐに抱きしめてくれるレン。

「ありがとう」

「……いえ」

 たぶん、今後も七瀬さんのことを思い出すのだろう。

 優しく繊細な彼のことだから。


「そろそろ行きますね」

「ああ」

 私はドアを開けると、長いスカートを揺らして歩き出す。

「アイ」

「はい?」

 振り返る。

「敬語はなしでいいからな」

 目を丸くする。

 確かに私は敬語を使っているときもあった。

「そうね。ありがとう」

 憑き物が落ちたのか、彼の目はキラキラしていた。

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