第23話 お互いの熱

 抱きしめられたまま、数十分。

「私、幸せです」

「良かった。俺でもキミをドキドキさせられるんだね」

「そうなのよ。すごくドキドキする」

 クスクスと笑う私を、強く抱きしめるレン。

「いい臭いがするわ」

「そりゃ毎日、御風呂に入っているからな」

 ほむっと耳を甘噛みする彼。

「もう。そんな」

 嫌がるような言い方だけど、抵抗はしない。

 むしろ包まれている安心感に私は心地よさを感じている。

 ああ。この人になら何をされてもいい。

「アイ。これからは俺たち、一緒にいられる。そうだろ?」

「ふふ。そうね。そのためにも早く和平交渉をしないと、ね?」

 絡み合った手をほどき、前に出る私。

 その後ろから苦笑を浮かべているレン。

「そうだな。一刻も早く、キミと結婚したい」

「! そ、そうね」

 真っ直ぐに言われるとなんだか照れてしまう。

 でもそれならいい方法がある。

「私に提案があるわ。私とあなたが和平交渉後に結婚するの。世界に平和が訪れたと証明するわ」

「それはいい。……でも、政略結婚と言われないか?」

「それでもいいじゃない。もともと私たちは相容れない続柄だったのだから」

「……」

 曖昧な笑みを返してくるレン。

 まあ、複雑な気持ちになるのは分かるけどね。

 結婚なんだから、盛大に祝ってほしいもの。

 そこに一つでも陰りが見えるなんて。

「しかし、父上がなんと仰るか……」

 レンは不安そうに窓の外に目を向ける。

 そこにはまん丸な月が二つ。

「そんなに大変なの?」

「いや、いざとなったらキミみたいに父を売る覚悟はあるんだ」

「それは……」

「キミの愛に比べれば軽い話だよ」

 私もそう思う。

 そう思っていた。

 でも毎日のように悪夢を見るようになった。

 以前聞いたことがある。

 全ての人類は精神世界でつながっており、意識という籠の中で個人を隔絶していると。

 そして眠るという行為が個人の籠から解き放たれる瞬間だと。

 だからありもしない世界が夢という形で現れる。

 そこにはお告げと呼ばれるものも多い。

 《夢のお告げ》とはよく言ったものだ。

「父を殺してから、私は心の平穏が保たれておりません。できればレンもあやめないでください」

「……分かった。でもキミがそうまで言うなんて……」

「すみません」

「いや、謝ることではない。むしろ俺が気を使えていなかった。悪い」

「そんなこと」

「いやいや」

「で、でも」

「悪かったのは俺だ」

「そんなこと」

「いやいや」

「で、でも」

「悪かったのは私です」


 一拍おいて、私とレンは吹き出す。

「いつまで続けるつもりだ。アイ」

「それはこっちのセリフよ、レン」

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