第8話 幼馴染み

 王都ジベールに戻ると、私はさっそく料理長にお願いする。

「しかし、姫様。わたくしどもには……」

「頼みます。おいしい料理を作りたいの」

 深々と頭を下げる。

 料理長は困ったように吐息を漏らす。

「……分かりました。でも厳しくいきますよ」

「ありがとうございます!!」

 こんな面倒なこと引き受けてくれる人はそうそういない。

 だって一国の姫なのだから。

 包丁で怪我をするかもしれない。

 満足いく仕上がりにできないかもしれない。

 今まで政策と戦闘しかしてこなかった姫君が料理をするのだ。

 その意味合いを理解できない料理長ではない。

 料理長が何年も、何十年も修行をして、ようやくたどりついた境地。

 それを簡単にマネるなんてできるはずもない。

「もっとかき混ぜてください」

「砂糖多すぎです」

「焦げていますよ」

「それはあとで大丈夫です」

「もっと素早く、丁寧に!」

 花嫁修業を始めて一週間。

 未だに敵軍の動きはない。

 何かを待っているようにも思える。

 時間があるのは不幸中の幸いだった。

 これで料理に集中できる。


 料理手順をメモした手帳を開き、私はため息を吐く。

 まず料理の行程を覚えなくてはいけない。

 蝋燭ろうそくの火を頼りに書き込んだ注意事項に目を通す。

 まず卵を二つ溶く。

 そこに小さじ一つの砂糖を入れる。

 さらにかき混ぜる。

 フライパンには油を塗り、

 コンコンとノックが聞こえてくる。

「誰?」

 誰何すいかの声をあげる。

「アストです」

「入りなさい」

 私は手帳を閉じて眉間に手を当てる。

「どうしたの?」

「失礼ながら、なんでそんなに料理がしたいのですか? アイ様は姫なのです。そんなことをする理由なんてどこにもありません」

 アストはドアを開けるなり、そんな言葉をぶつけてくる。

「いいじゃない。私は自分でなんでもできるようになりたいの」

「それで料理ですか? でもその怪我は看過できませんよ」

 私の手を見てアストは哀しそうにしている。

 絆創膏で傷口を防いでいる指がドンドン増えている。

 でも私にだって矜持がある。

 一人の女の子だもの。

 彼においしいと言ってもらいたいじゃない。

 それは誰にも否定させたくない。

「それは今、必要なことなのですか? 自分は心配なのです。ジュールに行ってから人が変わったように料理をして……」

 そうか。アストは邪魔をしたいんじゃない。

 あくまでも私のことを心配してくれていたのだ。

「アスト……」

「怖いんです。アイ様がドンドン離れていっているようで。昔はあんなに一緒だったのに」

「そうね……」

 この幼馴染みは私のことが心配なのだ。

 たぶん一人の友人として。

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