第5話 劇場

 劇場に着くと、受付にレンが訊ねる。

「良かったら、もう一席空けてくれないか? 俺の大事な人のためなんだ」

 そう言いレンが私を抱きしめる。

 細すぎず、引き締まった腕の中で少し頬ずりをする。

 頭にポンッと手をのせてくれる。

 七瀬さんには悪いけど、私専用の彼なの。

 仕方ないね♪

「はい。今すぐ用意します」

 お偉いと分かっているのか、受付のお嬢さんは快く承諾してくれた。


 すぐに劇場に通され、三席ある最前列に通される。

「ここは昔から通っていてね。顔も広いんだ」

 苦笑を浮かべているレン。

「そうなのね」

 そう言えば顔パスだったかも。

「これからやる演劇は初めてみるから、楽しい保障はないけど、きっと演技には驚くから」

「分かったわ。楽しみ♪」

 彼の腕にギュッとからみつく私。

「あ、あの。胸が……」


 ――あててんのよ!


 私の魅力でイチコロにしちゃうんだからね。

 知の宙を舐めてもらっては困るわ。


 そのままの状態で観劇をみる。


 内容はラブストーリーで、最初いがみ合っていたダンとミリだったが、生年月日や血液型などを始めとし、様々な共通点を見つける。次第に仲良くなって恋愛に発展するのだが、二人は実は生き別れの兄妹と知る。

 二人は愛し合ってはいけない――そんな関係だったのだ。

 現実に絶望し、自ら命を絶つミリ。それを知ったダンも自らの命を投げ出した。


 そんなバッドエンドな話である。


 私はジーンときて、涙なしには見られなかった。

 そもそも結ばれてはいけない相手との恋。特に悲恋は心にくるものがある。

 感性が似ているのか、レンも何度か泣いていた。

 メイドである七瀬さんは冷静沈着だったが。


「ハンカチ、いる?」

 レンに訊ねると、彼は遠慮しがちに受け取る。

 そして涙を拭う。

 少年のようによく笑い、よく泣き、よく照れる。

 そんな愛おしい彼が劇場を出て呟く。

「夕飯も一緒にしないか?」

「ええ。そうね」

 私は何か忘れている気がしてけど、彼の好意に嬉しそく思う。

 つい弾んでしまう。

「じゃあ、この辺りにあるオコノミヤキとやらを食べないか?」

「喜んで」

 私も聴いたことがある。

 この都市の名物料理だ。

 ソースの味が甘塩っぱくておいしいらしい。

 なんだか楽しみになってきた。

 私はステップを踏みながら彼の後についていく――。





 ……。

 同時刻同都市。

「アイ様! どこへ行かれたのですか――――っ!」

 アストだった。

 彼はアイの身を案じつつ、悲嘆に暮れる。

 アイの行動を読み切れずに、ジュール内を彷徨い続けていた。

 とりあえず事件は起きていないのが彼にとって最大の幸いであった。

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