第3話 罠

 数千の矢が降り注ぐ。

 だが、レンは真っ直ぐにこっちに走り出す。

 馬の足が罠にかかり、足止めに成功する。

 馬の背を蹴り、こちらまで飛翔してくるレン。

 抱きしめられ、私の身体ごと後方に吹っ飛ぶ。

(愛している。貴殿が欲しい……!)

 耳元に小声で囁くレン。

(私もよ。レン)

 こちらも小さく声を上げる。

 後方に飛んだことで、落とし穴に落ちる。

 そこには数十の竹の槍が迫ってきた。

 落ちればただではすむまい。それどころか、心臓や脳を破壊するには十分じゅうぶんな強度を持っている。


かっ!!」


 気を放つレン。

 気に気圧された竹槍がバラバラに吹っ飛ぶ。

 竹槍を破壊すると、柔らかな土壌が目に入る。

 レンは自分の背を地面にし、私を庇うように着地する。


「怪我はないか?」

「は、はい……」

 うっとりする。

 男性の身体ってこんなに逞しく、かたいんだ。

 少し頬が赤くなり、ギュッとレンを抱きしめる。

「好き」

「ああ。俺もだ。さっさとこの戦いを終わらせるぞ」

「はい」

 私は知を持って、彼は武を持って、この戦を終わらせる。

 それができるのは私たちなんだ。


「大丈夫ですか!? アイ様!!」

 アストが私の身を案じて、落とし穴の上から覗き込んでいた。

(じゃあ、またあとで)

(おう)

 私はレンの力を借りて、落とし穴から抜け出す。

「大丈夫だ。心配するでない」

「し、しかし……」

「それよりも。竹槍ごときでは倒せぬのが分かった。今回の進軍は一時撤退する」

「ですがっ!」

「聞こえなかったのか? 撤退する」

「……了解しました」

 歯切れの悪い言葉で応じるアスト。

「撤退だ」

 部下に指示を出すと、彼は私の手をとる。

「いつも傍にいるのは自分です。どうか、そのことをゆめゆめ忘れることのなきよう、お願いします」

「ふむ。一考しよう」

 私はそう返すと、ちゅうに戻るため、帰路につく。

 しかし……。

「ぐふっ。ふふふ……」

「アイ様が不気味な笑みを浮かべてらっしゃる……」

 アストが不安そうに眉根を寄せる。

 ああ。レンとの一時ひとときは楽しかったな~。

 本音で話し合える貴重な機会だった。

 あー。もう! きゃー!

 私は鞄を抱きしめて、左右に身体を振る。

「テンション高いですね。アイ様」

「だって……!」

 こほんっと咳払いをする。

「相手も引いたのでしょう? とうぶんの進撃はないと分かりました。あさっては久々の休暇ですし」

 私もたまには羽目を外したい。

 あさっては中立都市にでもいくかな。

 久々の食べ歩きでもするかな。

「アストはどうするのです?」

「自分も一緒にいっていいですか?」

 躊躇いがちに言葉を発するアスト。

 ちょっと頬が赤いけど、どうしたのだろう。

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