第2話 かわした先に

「敵大将が力押しで真っ直ぐにこちらに向かってくる!?」

 私の驚嘆の意を露わにする。

 そんなことをすれば罠にかかり、数千の矢が降り注ぐ。

「私も前戦に向かいます。すぐに出撃の用意を!」

「なりません! 余にもアイ様をお守りするという義務があります!」

「なら、お主もついてくればよい。守ってくれるのだろう?」

 アストはぐぬぬぬと悔しそうに顔を歪める。

「それにこれは好機だ。こちらが敵大将を捕虜にすれば全て終わる」

「……分かりました。総員出撃用意!」

 アストは部下に呼びかけると、すぐに武器と鎧をそろえてくれる。

「しかし、癒やしの姫巫女が前戦とは……」

 部下の一人が呟いているのを聞く。

「それはもう言うな」

「ああ。そうだな」

 私が影でそう呼ばれているのは知っていた。

 私の得意技は治癒魔法だ。

 だから、癒やしの姫巫女。

 神事にも携わっているからな。

 でもそれだけじゃ、世界は変わらぬ。

 この武と知の争いがなくならねば、彼と大手を振って歩けぬ。

 そんなつまらない世界など滅びてしまえばよい。

 だから、変える。

 今の世界は嫌いだから。

 そんなワガママで軍を動かしていると知られるわけにも行くまい。

 しかし、彼は何を考えておる。

 なぜ前戦に出る。

 じわりと額に脂汗が浮かび、指で拭い払う。


 槍と馬を駆り私は前戦に向かう。

 両脇、50の位置に弓兵が見える。

 手前の空間には30のトラップが仕掛けてある。

 落とし穴だ。しかも下には竹を削って作った棘がいくつも設置してある。

 落ちれば、無事ではすむまい。

 私は彼を罠にかからないよう誘導し、人質にすればよい。

 それで全て解決する。

 人質といいながら、私のそばに居させればもう考えなくてもよい。

 武の彼はそれが気に食わないかもしれぬが。


 戦場の血なまぐさい匂いが鼻を刺激する。

 ビリビリと殺気で産毛が逆立つのを感じる。

 敵としての出会い。

 それは一ヶ月前だった。

「まさか、前戦に出てくるとはな。レン=フロック」

 私は彼の名を呼ぶ。

「はっ。それは俺のセリフだ。アイ=レンティア」

 風が吹き抜ける。


「「いざ、参る!!」」

 槍と槍がぶつかり合う。

 私はうまくいなし、罠のある土塊を回避させる。

 こちらが落ちてはかなわぬ。

 少し距離をとる。

「食らえ! サーマル・ナラティブ・エキドナ!」

 魔法詠唱を唱えるレン。

 発射された火球が、私の後ろに控える同胞に向かって飛翔する。

「かわせ――っ!!」

 散り散りになる部下たち。

「ちっ。反応が遅い!」

 戦場では、簡単に命を落とすというのに。

 訓練は三倍にするか。

 そう考えている間に、私の懐に入るレン。

「甘いぞ、アイ」

「それはどうかな?」

 馬から飛び出す。

 合図で両脇から矢が飛んでくる。

「なにぃ!?」

 レンが驚きの声をあげる。


 絶体絶命。


 かわすなら槍を捨てて、私の胸に飛び込んでくるしかない。


 さあ、飛び込んでおいで。

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