私が神になったきっかけである『禁じられた曲』について知りたいので、イケメン護衛に訊きます

@niniyodo

第1話◇憐華姫と藍氷

「約二百年前――




琉璃國の草原にて、美しい笛の音が鳴り響いておりました。

一人豪雨の中笛を吹いているのは、白と水色の水干を着た少年。


琉璃國は長いこと雨が降り続け、膨大な被害を受け続けていたのです。道を歩けば人の死体、大量の人が犠牲になっていきます。


それを不満に思った少年は笛を吹きました。


その曲をきくと誰もが不思議な気分になります。少年が笛を吹き終わると同時に、ずっと降り続けていた雨がやみました。少年によって多くの人の命が救われました。




この出来事から少年は、紺笛神と呼ばれる神となりました。










 琉璃國の後宮へと向かう牛車。そこに乗っているのは琉璃國公主・憐華姫だった。


彼女は人々を救い、齢十二で神の一人となった。神になってからの四年間、天界で過ごしていた憐華姫は、やっと今両親と再会しようとしている。正直憐華姫は自分が歓喜しているのか、はたまた緊張しているのかよくわかっていなかった。


この感情は何だろうと自身に問いかけつつ、外が賑わっていることに気付く。四年ぶりに公主が帰ってくるのだから、それは賑わいもするはずだ。


これから憐華姫は後宮内の逢華宮に住むことになるだろう。その逢華宮は後宮内の建物の中でもかなり大きさである。




 琉璃國は他の国とは違う独特なきまりがいくつもある。特に厳しいものではなく、反対に国民たちが過ごしやすくするためのものだった。


その例として宦官制がない。男性が後宮へ行く時宦官になる必要がないのだ。ただその件には対策が必要なので、後宮側がしっかりと管理している。


前皇帝時期は厳格な規則も多少あったようだが、現皇帝である憐華姫の父が即位すると国民の意見を聞き入れ新しい規則へと変えたのだ。


 しばらくすると後宮の門付近で牛車が止まり、憐華姫が牛車から降りた。外は祭りのようで花びらが舞い踊り、非常に華やかだった。


そして門のそばにいた群衆は、憐華姫の美しさに驚きを隠せなかった。皆幼い頃の憐華姫なら見たことがある。だからこそ最初から綺麗なのだろうなとは思っていた。だがこれほどまでのものだとは予想していなかったのだ。



深紫色の髪に桃花色に見える瞳。紅の着物を身に纏っていることで、その美貌がさらに協調されている。重そうな門が音を立てながら開いていく。その先には皇帝である父と后の母がいた。



 神となった者は必ず天界で四年間過ごさなくてはならない。その間地上に降りることは禁止されていた。だから地上にいなかった数年間のことは文でしか知れなく、地上にいる人とは話せないのだった。






 父、母との感動の再会を経て、憐華姫レンカは逢華宮で休息する。白と青を中心とした配色の殿であった。


憐華姫は安楽椅子にだらしなく座り部屋を見渡す。上の階にはまだ目を通していないが、今のところこの殿は清潔に保たれ、四年前と大した違いがない。しかし後宮内の建物の場所は大分変化していた。そのうち迷子になることは確定しているので、地図を持ち歩かなければいけなそうだ。



 そしてここには侍女がいない。どこの馬の骨かもわからない者を侍女にはしたくないから、後でゆっくり決めようと思っていた。母である紅憐后コウアワヒから渡された、後宮にいる女官の名簿を閲覧する。この短時間で良さそうな人を数名見つけた。




 亥の時間に差し掛かった時、逢華宮の扉を外から誰かが叩いた。父・逢蓮ホウレンの使いだろうか。椅子から立ち上がり扉の鍵を開ける。


「どうぞ」


扉の前に立っていたのは誰もが目を奪われるほどの眉目秀麗な一人の少年だった。年齢はおおよそ憐華姫と同じ十六歳程度だろう。光沢のある黒髪を組糸でお団子にし、漆黒の瞳は少し冷たい青色が混ざっている。


真面目そうな性格が目に見えるような表情をしていた。お辞儀をしながら少年が口を開く。


「普段は主上の付き人をさせていただいている藍氷です」


藍氷と名乗った少年をしばし見つめる。女なのなら必ず妃になり寵愛を受けることができそうな容貌だ。こんな絶世の美女のような少年を父上は普段そばに置いているのか、と少し引く。やはり逢蓮は今も変わらず面食いな模様。


「主上がお呼びです」

「父上が…」


先ほどはあまり話をできなかったのでその続きだろうか。


 


少年は自分が案内する、と逢蓮のいる殿まで同行してくれた。場所の把握をしていなかったので本当にありがたい。


内廷ないていから外廷がいていへと続く道を通り目的地に到着する。逢蓮の殿は他の建物とは比べ物にならないほど壮大で、所々に金が散りばめられている。


殿の中に入ると数人の武官が憐華姫に向かって頭を下げる。階段を上り一番奥の部屋の前に来る。その部屋に扉はなく、薄めの暖簾のれんがかかっていた。そのため中の様子がほんの少し見える。


おそらくここは執務室だ。逢蓮は机と向き合い椅子に腰かけている。


「父上」


そう呼びかけると、逢蓮は微笑みを浮かべた。


「よく来てくれたね。入りな」


憐華姫は暖簾をくぐり中へと入るが、藍氷は部屋の区切りとなっている暖簾の外側に佇んだままだ。それに気付いた逢蓮は「藍氷は私の横に来なさい」と言う。藍氷は言われた通り、逢蓮の横へと移動する。逢蓮は藍氷のことを随分気に入っているようだ。


「憐華姫、しばらく後宮での生活は久しぶりで慣れないだろうが、こちらも十分手助けをするから。安心していな」

「ありがとうございます、父上」

「私が後宮にいることは少ないから、もし困ったら藍氷か他の者に聞くといい」


なぜ後宮に藍氷がいるということになっているのだろう、藍氷は逢蓮の付き人ではないのだろうか。そんな疑問を抱ききょとんとしていると、その疑問に気付いたのか藍氷が言った。


「私の責務には後宮の見回りも入っているので」


琉璃國の後宮では、見回りの者は印として銀色の腕輪をする。藍氷の左手首に腕輪が付けてあった。ちょうど憐華姫も左手首に腕輪をしている。


神となった者には、色や装飾はそれぞれ違うが左手首に必ず腕輪が付けられるのだ。それは神をやめない限り取ることができない。まるで強力な接着剤を付けられたように取ろうとしてもびくともしないのだ。


 逢蓮が足を組ながら言う。


「藍氷には色々なことを任せているのでな。……憐華姫、今日は疲れただろう。ゆっくり休むといい」

「はい、そうすることにします」


随分短い面会だったな、と思いながら憐華姫は暖簾をくぐり、部屋の外へ出て殿の出口へ向かう。


 逢蓮は藍氷に顔を向け命じた。


「憐華姫を送ってきてくれないか」

「御意」


藍氷もまた会釈をしながら暖簾を通り素早く憐華姫の後に続く。




「また道案内してくれるのですか?」

「はい」


 逢蓮の殿と逢華宮の距離はかなりあり、その分二人でいる時間も長い。ただ藍氷は指示された事柄しかこなさないようだ。全く話しかけてこない。無駄が嫌いなのだろうか。


憐華姫はそんな藍氷とちょっとでも話がしたいと思った。


「お願いがあるんだけど、天界や神についての書物を明日までに集めて持ってきてくれませんか?」

「御意」


しばらく沈黙が続いていると、落ち着いた様子でいた藍氷が自分から口を開いた。


「あ……ああ、何か調べものですか」

「そう。『禁きんじられた曲きょく』の作曲者は誰なのか知りたくて」

「そうですか」


 翠糸妃の宮・翠蓮宮の前を通った時。何かが物凄い勢いでとんできた。避けるのが遅れてしまった憐華姫はぎゅっと目を瞑った。神は怪我をしてもすぐ治ってしまうので、別に当たってしまっても良いのだ。


 腕を強く握られた感覚がし、瞼を開くと目の前に呆然とした藍氷の顔があった。どうやら藍氷が助けてくれたようだ。それは良いのだが、問題は体勢だった。


憐華姫は壁を背にして、藍氷は腕を握ったまま憐華姫に覆いかぶさっているような状態。これは外国でいう「壁どん」というものではないか。


「すみません」


すぐ平常心に戻った藍氷は、腕をぱっと離し謝罪すると憐華姫から離れた。そして先ほど勢いよくとんできて地面に刺さった物を抜く。随分と安価そうな小刀だ。その小刀をどうするのかと興味を持った憐華姫。藍氷は平然とした表情のまま小刀を握り潰す。


「えっ」


握り潰す?その突拍子もない行動に仰天した。普通の人がそんなことできるか?


「大丈夫なの?!」

「全然平気です」


そう言った藍氷の手の中にあったのは、もう小刀とも言えなくなった粉だった。藍氷は手をはたいて粉を落とす。


「大丈夫ならいいのだけれど…」


そのまま逢華宮へお供してもらい、憐華姫は無事帰ってくるすることができた。




 翌日。寝間着から公主ではなく女官の服装に着替える。憐華姫は後宮内の出来事への探求心が人一倍強く、公主としての立場からでは知れないことを把握しておきたいのだ。


この変装はばれたことが一度もない。我ながら変装術には自信を持っている。窓から光が差し、部屋が明るく照らされ、金魚鉢の水が輝いた。


 逢華宮は一階と二階に分かれており、一階には応接間や台所。二階には寝室や侍女用の部屋などがあった。


実のところ憐華姫は侍女を雇うのをやはりやめようかなと悩んでいた。第一の理由に一人でも十分生活していけそうだということ。第二に人間関係が面倒だということ。


髪を編み込みの一つ結びにし、逢華宮を出る。一旦後宮全体を回ってみよう、と意気込む。食事係や洗濯係の下女などはよく噂話をしているそう。



 後宮は大体四つに区分してある。

北側が逢華宮で、南側が紅憐妃の逢紅宮、西側が柑蘭妃の柑蓮宮、東側が翠糸妃の翠蓮宮。それぞれの宮を中心に他の建物が建てられ管理されている。唯一顔を合わせたことがないのは、翠糸妃だった。



 憐華姫は北、西、南、東の順で後宮を周回することにする。そこでは噂ではあるが数々の情報を得て後宮が今どういう状態か知る機会になった。



例えば「今の帝の寵愛は紅憐后に傾いたまま」や「翠糸妃と柑蘭妃が前回の園遊会で言い争ったことにより不仲になった」だとか。柱に寄りかかって少々休憩していると、また噂話が耳に入ってくる。


「前回の園遊会の時、皇帝と藍氷さまがとても親しげだったよね」

「そうだね、そういえば藍氷さまは皇帝の愛人って言われているものね」


逢蓮の噂はかなり聞いていたが、この話は初耳だった。ただ父上は何をやっているんだとあきれるだかりだ。確かに面食いの逢蓮なら、あれほどの美貌を持った藍氷に手を出さないわけがないだろう。娘としては何とも複雑な気持ちになる。



「たださ、帝はまだ何年も前に亡くなった――妃を想っているいるらしいよ」


まだ噂話は終わっていなかったようだ。ただ肝心な何妃のことを言っているのかを聞き取れなかった。


それは背後にある食堂の方からきゃあきゃあと騒ぐ声が上がったから。一体何事かと振り返る。


 そこには女官たちと彼女たちに囲まれている人物の姿があった。取り巻きの中心にいるその男はこちらへと近づいてくる。洗濯をしていた下女たちは手を止め、目が釘付けになっていた。


その男に既視感を覚えた憐華姫は、遠目で男の容姿をじっくりと見つめる。男は紺色の着物を着ているようだった。琉璃國では一部で服の色により位の判別がされていた。上から順に紫、青、赤、緑、黄である。紺色は青と同様な扱いのため、おそらくあの男の位はかなり高いのだろう。



そうこうしているうちに男が自分に向かってきていると気付いた。


「やば…っ」


思わず声が出てしまう。逃げようと思ったのだが、既に男は憐華姫の前で立ち止まっていた。取り巻きは不思議そうな顔をして、お互いに顔を見合わせている。



男の顔立ちはとても端正なものだった。瞳はまるで異国人のように青く、濃紺色の髪は高めの一つ結び、前髪は中分けにしていた。十八歳ほどだろうか。


 なぜ自分の所へ来たのだろうと少々戸惑う。その美しい顔がすっと自分に近づいたかと思うと、耳元で「公主」と囁いてきた。


びくっと体を震わせる。まさかこの変装がばれるとは…。それにしても、笑顔でこちらを見つめてくるこの男が誰なのかわからない。控え目に質問する。


「私に何か用でしょうか?あなたは一体…」

「一晩でお忘れになられましたか?」


昨日会っているとでもいう口ぶりだ。ただこんな華やかな男と会った覚えはこれっぽっちもない。


顎に手を当て必死に思い出そうとする。しかし考えれば考えるほどわからなくなっていった。男は陽気に笑いかけてくるばかり。しばらく経っても思い出せない憐華姫を見て、諦めたらしく男はついに自分の名を口にする。満面の笑みを浮かべたまま。


「藍氷ですよ」

「藍氷…藍氷…藍氷⁉」


彼の名を何度か繰り返しやっと意味を理解した憐華姫は、自身のことを藍氷だと言った男の顔を今一度確認する。


髪型は多少異なるが、言われてみれば藍氷の顔立ちだ。ただこんな快活ではなかったはず。何というかもっと陰湿な雰囲気だった。藍氷は言葉を続ける。


「昨夜命じられた書物の収集、終了しましたので後に逢華宮へ持参しますね」

「あ、ありがとうございます」


鍵を開けられないので逢華宮にいてほしい、と遠回しに伝えているようだ。


「では」


お辞儀を一度し、藍氷は群衆に囲まれたままその場を立ち去って行った。緊張が抜けて憐華姫は、柱に寄りかかりながらずるずると体を崩していく。まだあれが藍氷だと信じられない。もしや二重人格か何かなのかな、と思った。ただ気分屋なだけかもだが、二重人格という可能性は捨てきれない。とにかく逢華宮へ戻ることにする。



 ちょうど憐華姫が逢華宮の扉を開けた時だった。「公主」と今にも歌いだしそうに弾んだ声が憐華姫の名を呼ぶ。斜め後ろを見ると十冊ほどの書物を抱えた藍氷が微笑んでいた。憐華姫もまた笑い返し、藍氷を中に入れる。


「じゃあ書物はそこに置いておいてくれますか?」


安楽椅子の近くにある机を指さす。藍氷は書物をそっと置き、退出しようとした。


「では…失礼しま――」

「ま、待って」


憐華姫は焦り、藍氷の着物の袖を掴む。


「すいません、まだ何か」

「一旦そこ、座ってください」


向かい合って設置されてある安楽椅子の片側を藍氷にすすめ、自分ももう片方に腰かける。



「『禁じられた曲』の作曲者が誰か知っていますか?」




 『禁じられた曲』とは約二百年前に作られたといわれる曲の仮の名称である。本来の題名、作曲者の名前、どれも不明。弾けば望みが叶うというが、この曲を未熟な者が演奏すると最悪の場合死に至るという大変危険な話もある。


憐華姫は琴ことの腕の上げることに一心になり、その曲を弾き人々を救った。そのため憐華姫は神となれた。とにかく謎に包まれたのが『禁じられた曲』なのだ。


「『禁じられた曲』…」


藍氷はその言葉に少し反応したような素振りを見せたが、すぐ爽やかな笑顔に戻った。


「ああ、作曲者は紺笛神ですね」


紺笛神。昔天界で名をはせた神の名だ。現在は行方不明と聞いているが。

「なるほど」と呟き立ち上がる。


「藍氷さん、協力してください」


藍氷の肩を掴み、誓いの言葉を口にするように言う。



「私は『禁じられた曲』、いや『紺笛神』のことを知りたいんです!」



藍氷の瞳が憐華姫を真っすぐ見つめたまま揺れていた。




 




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