第11話 努力嫌いの恋愛観
歩みを止める度に、呼吸が出来なくなる呪いだ。
思考を止める度に、視界が狭くなる呪いだ。
まるでそういう呪いに人間が呪われているとでも言わんばかりに歩みを進める人が苦手だ。
まるでそういう呪いに人間が呪われているとでも言わんばかりに思考を止めない人が嫌いだ。
怠惰だと、そう言われればそれまでだけど。
歩みを強制される度に、思考を続ける限り、苦しくなるのは私の方だ。
だから、昔からマイペースだなんて、言われてきた。
要するに、何かを頑張る人の近くにいることが、苦手だった。
ある程度大人になると、恋愛や結婚というのは自然と達成できるものではない、と悟る。
大人の恋愛には想像以上の努力と忍耐が必要で、私には縁のないその二つの素養が揃ってないばかりに、その二つの単語同様に恋愛や結婚というのも縁の無い物になっていた。
だからこそ、お金さえ払えば気軽に体験の出来るホストなどという疑似恋愛にのめり込んだのだとも言える。
だが、昔から幻想や夢想というのは現実より余程魅力的なのは確かであって、私はその疑似恋愛で得た初恋の相手こそ未だに私の理想そのものだと、思ってしまっている。
その幻想そのものを否定出来ない限り、結局私にとって恋愛や結婚というのは縁の無い言葉なのだろう。
◇
そんな風に自分の恋愛観を改めて考えたのには、理由があった。
新年になって、お互い暇を持て余していた私と未来は何をする訳でもなく、駅伝を流しながらダラダラと時間を潰していた時のこと。
共通する思い出も少ない私達の話題は自然とお互いの正体を探る様な、まるで昔のアンゲームじみた質問を繰り返した。
そんな中で、丁度テレビの映像が往路の箱根山に差し掛かった頃に未来がこんなことを聴いてきた。
「志乃さんの初恋の人は?」
と、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
既に彼女は私が年齢イコール彼氏いない歴と知っているので、そんな質問にしたのだろう。
被害妄想かも知れないけど、その情報知らなければ「何年位彼氏居ないんですか?」という風な質問だったに違いない。
私は少し逡巡して——本当は即答出来たのだけど、それは少し恥ずかしくて——自嘲気味に答えた。
「前にホストにハマってた、って話したよね。そのホストが、初恋」
と、年甲斐も無く初恋なんて単語を口に出すのは想像以上に恥ずかしい新事実に気付きつつ、答える。
ホストに縁が無いのか、それとも破廉恥な想像でもしたのか、何故か未来は顔を赤らめていた。
「カッコよかった……ですか?」
「うーん、なんだろう。可愛い系だっかなぁ。なんていうかさ、守ってあげたくなる様な感じ。一緒に居てさ、自分を繕う必要が無いってのも魅力的だったし、一緒に居るのが自然って思えたくらいなんだよね」
「へ、へぇ……。もう、そのホストには会わないんですか?」
「流石に、ホストとの恋愛なんて無駄だし意味ないっていう分別はつくよ。でもさ、同時にこうも思うんだよね。彼以外に、私はもう恋が出来ないんだろうなってさ」
そういう思いを断ち切って、将来への安定だとか、社会に対する責務だとか、両親への恩返しとか、そういう要因を考えて恋愛や結婚するのには努力が必要だ。
私にはそういう努力が出来ない。根っからの怠惰さが、私を縛っていた。
「志乃さん、美人だし話してて楽しいから、すぐに恋人は作れそうですけどねぇ」
「話してて楽しい?私は昔から陰キャだしコミュ障だから、そんなことないと思うけどなぁ」
「えー?私は志乃さんと一緒に居て楽しいし、一緒に居る時間大好きですよ?」
笑みを浮かべて未来は言う。
多分そう言う単語を意図せず使えるのが、私との差だ。好きとか、そう言う言葉は私にとっては重すぎる言葉だし、彼女にとってはそのままの意味を持つだけの単語なのだろう。
「私もそうかも。いつの間にか、一緒に時間潰すのが当たり前みたいになってるし。そう考えると、さっき言った一緒に居るのが自然って思える一人なのかもね、私にとっては未来はさ」
頬杖をついて、私はテーブルの上に載せたお茶請けの煎餅に手を伸ばす。
「もう……志乃さんって結構タラシですよね」
「へ?何が?」
未来の愚痴の様な口調の言葉に、私は訊き返す。テレビの方では注目の選手にタスキが渡った様で静かに盛り上がっていた。
「もし、志乃さんに誰かが告白してきても、そのホスト以外だと断っちゃうんですか?」
私は少し逡巡して。
「まぁ、相手との関係性にもよるけどさ……多分、そうだろうねぇ」
と、曖昧に答えた。
私は嘘をついた。
多分だなんて言葉を使って。
本当は、恋愛をする気も結婚する気もさらさらないのだ。
だから、ホストという疑似恋愛が私にとって居心地が良かった。
恋するために努力して、結婚するために努力して。
その末路を私は知っている。
結婚して半年もしないうちに、不倫されて心を壊された、姉のことを、知っているのだ。
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