第7話 初恋に似た君を拾う
ヘラヘラと笑って、自身の家が燃えていることを報告する未来に危うさを感じた。
「……」
何かがフラッシュバックする。
黒くて大きな闇の中で、動く小さな影。
肌が白くて、私と同じ様に寡黙で人見知りで臆病な姉が初めて見せた大胆な行動。
もっと辛い顔をするのかとも思っていた。もしかしたら泣いたり叫んだりするのかもと思った。
だけどそんな予想を裏切って、何処か静かに笑みさえ浮かべていたあの日のこと。
——ねぇ、志乃。貴女は私みたいな道を選んじゃダメだからね。
そう言って、笑う姉のことを。
(いや、違う。彼女と姉は、違う)
根本的に違う。
未来は明るいし、人懐こいし——それに、賢いと思う。
だから、大丈夫だ。
私は息を吐いて、再び燃え盛るアパートを見上げた。
確かに、これだけド派手に燃やされちゃうと笑えてくるのかもしれない。
他人事ながら、そう思うことにする。
「未来は大丈夫?怪我とか無い?」
「あ、はい。バイト終わって帰ってきたらこの有様だったので、一応無事ですけど」
「大家には連絡した?」
「いえ、まだ……」
そりゃ、動転していたらそこら辺まで気は回らないか。
周囲を見ると、元々入居者が少ないのか、それともまだ帰ってきていないだけなのか、未来と同じ様に火事を呆然と見ている人は居ない。
「未来、他の入居者で知ってる顔ある?」
私がそう問いかけると、彼女は周りを見渡す。自信無さ気に一人の老婆を示したが、その当人は救急隊員に囲まれて近づくどころじゃ無さそうだ。
「志乃、ネットでここの管理会社分かったよ」
後ろで私達の会話を聞いていたちーちゃんが、スマホの画面を見せる。
「……ありがと」
その後管理会社に電話して、その後の対応を聞き、取り敢えずどうするべきなのか聞き終えた頃には、未来もようやく平常心を取り戻した様で、立ち上がって所在なさ気にしていた。
「未来、取り敢えず借り住まい費は出るらしいし、家財保険にも入居時の契約に含まれてるからそっちも問題無いみたい。今から……ホテル取りに行こうか」
「あ、そうなんですか?良かったぁ……」
「志乃、もうホテルは無理だと思うよ。明日から完全に世間は年末年始モードだしね」
あー、そうか。すっかり忘れてたけれど、この時期にホテルの部屋が空いてることなんて無いか。
一応都内でも都心寄りの立地だしなぁ……ここ。
「じゃあ取り敢えず、未来。うちに来る?」
たった一回、居酒屋でたまたま会っただけの人間の部屋に泊まるのが嫌じゃなければ、の話だけど。
と言い掛けたが、やめておく。
そんなことを言われたら益々断り難くなってしまう。
私がこんな状況になったとしても、同性とは言え年上の人の家に泊まるの嫌だしなぁ。ホテルじゃなくてもマンガ喫茶とかもあるし。
気を利かせたつもりが、気の利かない言葉を投げてしまった。
そんな自己反省が早いか、それとも彼女の言葉が早いか、というタイミングだった。
少なくとも、私はもっと逡巡するのかとも、或いは程よく断る言い訳を考えるのかとも思っていた。
だが、間髪入れずという慣用句がピッタリと当て嵌まりそうだと思ってしまう程に。
未来は直ぐに、
「いいんですか?じゃあ、お願いしたいです」
と答えた。
それどころか、火事なんて何処へやらといったくらいに、純粋な笑顔を浮かべていた。
「お邪魔しまーす」
最早第二の我が家として見ているちーちゃん以外に人を上げる事が殆どないので、未来のそんな言葉は新鮮だった。
「今朝も来たでしょ?そんなに畏まらなくていいよ」
潰れて彼女に介抱して貰ったので、少なくとも一度は部屋に来た事がある筈だ。
「いえ、志乃さんを玄関前まで運んだだけなんで、部屋の中までは」
「あ。そうなんだ」
「え?なに志乃、アンタこんな歳下の子に介抱させたの?」
事情を知らないちーちゃんは驚くというよりも、どこか引いている。
「あはは。昨日居酒屋で飲み過ぎてさ。たまたま隣の席に居た未来に迷惑かけちゃった」
「……たまたま、ねぇ」
ちーちゃんは訝しそうに私を見てから、ソファに座り込む。
「未来ちゃんだっけ?アンタも適当に座っていいよ。バイト終わりで疲れてるでしょ?」
「ちょっと、私の家なんだけど」
家主面するちーちゃんに文句を言いながら、適当に麦茶をコップに注いで未来に手渡す。
「明日、一回管理会社に行かないとね。あ、でも明日やってるかなぁ……」
「志乃さん、色々ありがとうございます」
「ま、袖擦り合うも他生の縁って言うしね。それに昨日は私が迷惑かけたんだし」
それに、何となくだけど、やっぱり彼女は例のホストである城ヶ崎未来に似ている気がする。
(素面でもそう思っちゃうんだから、やっぱり顔の作りとか似てるよね……)
私がまじまじと彼女の顔を見ながらそんなことを考えていると、未来は私の視線を感じてか、少し顔を赤らめて、
「それにしても、落ち着いて色々なことに手を回してくれた志乃さん、かっこよかったですね」
と少年の様な笑みを浮かべた。
それは、まるで、城ヶ崎未来が私に言っている様で。
(本当に、私は彼に惚れてたんだなぁ)
と、失恋すらしていない初恋のことをしみじみと思い出すのであった。
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