第5話 オレンジ色の夜空
「痛ったあ……」
ガンガンと波状的に痛みを鳴らす二日酔いに顔を顰めて起き上がる。
うっすらと憶えているのは、未来という年下の女の子と楽しく飲んでいたことだけ。
どうやって帰ってきたのかも憶えていないが、どうしてそこまで飲んでしまったのかも憶えていない。
だけど、前者の疑問の回答だけはすぐに得られた。テーブルの上に彼女の残したメモが置いてあった。
『鍵を閉めてないと不用心なのでお借りしました。ポストの中に入れておきます。もし気が向いたら、お店に来て下さい。また一緒に飲みましょう』
そんな書き置きに、私の方が年長者だというのに迷惑をかけてしまったという恥ずかしさが湧き上がる。
(また気が向いたら顔を出してみようかな)
あの時間を否定できるほど、私は馬鹿じゃ無い。素直に楽しいと言える時間だった。
(それに、友人と呼べる人間が増えるっていうのも、久しぶりの感覚だし)
今度会ったら連絡先でも聞いてみよう。
なんて思いながら布団をのそのそと出る。
昨日回したソシャゲのイベントも進めなきゃだし、天気も良いので布団も干したい。
それに、夜には私が最近推しているアニメの劇場版が配信開始される。
もちろん半年以上前に劇場まで足を運んだけど、やっぱりハマってるものは何度だって見たい。
「そうだ、夜はちーちゃんを呼んで宅飲みしよう」
一緒に劇場まで足を運んだとはいえ、ちーちゃんも同好の士。きっと今晩は配信が開始されるアニメ映画を観る予定だろう。
思い立って早速メッセージを送る。
承諾を意味していそうなスタンプの後に、『今彼氏と池袋にいるから夕方になったら行くね』と返信が送られてくる。
そしてトドメの彼氏とのツーショット写真。
「むぅ……彼氏持ちめ」
と、どこか羨ましい様な、そうでもない様な。
なんとも言えない気分を味わってから、スマホをソファの上に投げ出して、顔を洗う。
誰かと居ないと寂しいと思うくせに。
自分の世界を優先してしまう、そんな自分が少しだけ嫌いだった。
部屋の片付けを終え、時間も余ったので近くの駅ビルで服やら小物やらを見て回ったりすると、直ぐにちーちゃんとの約束の時間になった。
「志乃、来たよー」
慣れた様子でちーちゃんは私の家に入ると、手土産の缶チューハイとおつまみが入ったスーパーの袋を掲げた。
「誘っておいて何だけど、別に彼氏の方優先しても良かったのに」
「同棲してると、友達と遊ぶ方が特別感あるんだよ。あっちも今頃一人でゲームしてるだろうし」
まるで我が家の様にソファに腰を沈めると、ちーちゃんは早速缶チューハイのプルタブを開けた。
恋人と暮らすということは、そんなもんなのか、と他人事のように思いながら私もその横に腰掛けた。
「何度見ても、孤夕君は可愛いなぁ」
それに劇場版だから作画も力が入っていて、テレビ版よりもさらに男っぷりに磨きがかかってカッコ良くもある。
「志乃ってさぁ……」
と、何本目かのチューハイを飲みながらちーみゃんは私の顔を見ていた。
「うん?」
「志乃の好みって、ショタとか中性的な美少年じゃん?アンタ、アレとかにもハマりそうだよね、ほらあの歌劇団の」
と言われ、ああ、と合点がいく。
確かに男性役も女性が男装して行うあの伝統的な歌劇団は、少しばかり私も興味があった。
とはいえ、
「うーん、でも王子様系とは違うんだよねぇ……」
「そりゃ難儀だね……。あ、言っておくけど、現実にショタに手を出したら犯罪だからね」
揶揄うようにちーちゃんは笑う。分かってます、と唇を尖らせてから私も缶チューハイを喉に通す。
他に何か良い映画ないかな、と。
サブスクの視聴可能作品一覧を見ながらマウスを動かしていると、不意にマンションの外が煩いことに気付く。
「消防車のサイレン、近くで止まったね」
「火事かな?」
ちーちゃんがベランダに繋がる窓のカーテンを開けて見る。
探すまでも無く、オレンジ色の光が窓のガラスに叩き付けられている。
3ブロック程向こうの木造アパートが赤々と火柱を立てていた。
一通の細い道路とはいえ、二本分も離れている距離だ。流石にウチまで延焼はしないだろうけど、それでもここまで派手に燃え上がる火事というのはそうそう見ないし、少しばかり恐怖心もある。
「ね、志乃、飲み物足りなくなって来たよね」
「へ?酎ハイ無くなったんなら、戸棚に焼酎とワインがあるよ?」
窓外の火事を見て何を思ったのか、ちーちゃんは唐突も無くそんな事を言い出すので立ち上がって焼酎の瓶を取り出そうと立ち上がると、何処か呆れたように私の服を掴む。
「……もう、なに真面目に受け取ってんのさ。コンビニに行くついでに家事を見物しに行こうぜ、って言ってんの」
「野次馬ってこと?好きだねぇ、そーいうの……。ま、こっちに火が来ないか心配だし、ちょっと見に行こうか」
パーカーを羽織り、先にコンビニへ買い出しを済ませてから件の火事現場へと向かう。
案の定、というか。
かなりの出火なので近所の人々が不安そうに夜空まで伸びる火柱を眺めて人集りを作っていた。
「冬は火事多いよなぁ」
「空気が乾燥してるからねぇ……。火の不始末かな」
野次馬の雰囲気がそこまで緊迫感が無いのは、どうやらアパートの入居人は全員避難出来たかららしい。これが深夜なら寝ていて……って事もあるかもしれないけど、まだ九時前だし、全員火の気に気付いて逃げ出せたのだろう。
消防士が一所懸命に消化活動をしているのをずっと眺めているのも飽きて来たので、ちーちゃんの好奇心も満足させれただろう、と踵を返す。
その時、野次馬とは少し離れた場所に、燃え上がるアパートを呆然と眺めている人が視界に入った。
「あれって……。未来?」
どうやら不運にも、彼女の住んでいたアパートというのは今目の前で灰になりつつある木造アパートのようだ。
声を掛けるべきか、と数瞬迷った私は冷たい人間なのだろうか。
少なくとも善人と見られたい私は、そんな迷いを振り切るように彼女の元へと歩み寄る。
私が話しかけるよりも先に、私の気配に気づいた彼女が私を見る。
悲しむというよりも、本当に呆然とするしかない様子の彼女は何故か、私を見て気恥ずかしそうにしていた。
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