第3話 年末の居酒屋にて
「流石に引くわー」
ちーちゃんが私の大発表を聞き終えるなり、半年前に見せた呆れ顔にそっくりの表情で私を見た。
「流石に極端すぎ」
「私も成長しているんだよ、ちーちゃん」
内容は半年前のホスト通いで失った貯金が元の金額よりさらに倍の200万まで貯まったという報告だ。
手取りは月給27万円。夏と冬のボーナスは合わせて8ヶ月分ということを考えると、どれだけ血の滲む努力があったのか推しはかれるだろう。
「それって家賃と光熱費以外殆ど払ってないんじゃないの?」
「ふふふっ。それだけじゃないよちーちゃん。金曜日は先輩と飲みに行って食事代を浮かし、平日は毎日野菜ジュースで腹を誤魔化し、休日は図書館で暇を潰し続けるこの努力!恐れ入ったか!」
むん!と胸を張ってから口座残高を見れるアプリの画面を自慢するように見せつける。
「だから極端過ぎるって。その様子じゃオタク活動全然してないんじゃないの?」
「まーネットで情報見るくらいかな。でもそれも今日まで。目標を達成したから普段通りの生活に戻るよ」
「普段通り?」
「そう!美少年の出るアニメを漁ったり!ショタ系Vtuberに投げ銭したり!あ、それからソシャゲのガチャも回さないとなー」
「結局そっちに戻るのね。私が何のためにホストに連れてったんだか……」
これじゃあ元の木阿弥じゃないの、と愚痴るように呟くちーちゃん。
「む、ちーちゃんだってオタクじゃない!それに私なんかよりもっとディープの!」
「私はちゃんと彼氏いるし、来年結婚するし。オタク活動もいいけど、そろそろ恋人の一人くらい見つけたら?志乃は私なんかと違って、顔もスタイルも良いんだから」
自慢なのか、それとも褒めているのか。
そんな言葉に思わず現実逃避をしたくなる。
私も気付けば、もう26歳だ。実家に帰る度に親からは心配されるし、弟はまだ24なのにもう結婚してるし。
何だろうなぁ……。
焦るというよりも、何というか、現実社会の圧力のようなものが、煩わしい。
「でも、まぁ」
と、言い訳のための枕詞を口に出す。
「いつか、何とかなるでしょ」
ちーちゃんの小言を封印するためにワザと白い歯を見せて笑顔を浮かべる。
ちーちゃんは、諦めるようにため息を吐いてから、立ち上がった。
「さて、そろそろ午後の業務に戻りますかー。じゃ、志乃。また明日ね」
「うん、じゃあね」
ちーちゃんはどうやら午後からミーティングがあるらしい。私といえば、そのまま営業の外回りに向かうので、オフィスに戻る必要もなく、サボりにはなってしまうが、もう少しゆっくりしようと文庫本を広げた。
「もう、年末かぁ……」
あと一週間もしない内に今年も仕事納めになる。
今年は色々あったなぁ、と。
少し早い今年の総括を心の中で行いながら、例の美少年ホストの顔を思い出す。
今頃、どこで何してるのかな、なんて。
◇
所属する営業2課の納会は、部署内に家庭持ちが多いこともあり、21時を回る頃には解散の流れとなった。
どうでもいいけど、会社の飲み会は下手な話題(特に私の趣味とか)は出来ないので、楽しくないというわけじゃないけど、毎回どこか消化不良のまま終わる。
今年入社した後輩達は同期で二軒目にいくらしいので空気を読んで私はそのまま電車に乗り、家の最寄駅に到着すると、帰宅する気にもなれずに、駅の近くの居酒屋にふらりと入店した。
ハイボールと焼き鳥、それからナムルを頼んで何をする訳でもなくボーッと周囲を眺めていると、忙しそうにワタワタと走り回る店員と目が合った。
「……わっ!!」
そんなに私、変な顔をしていただろうか。
店員の過剰とも思えるリアクションに不信がっていると、その店員の女性は慌てて平静さを装うようにニコリと笑みを浮かべてから厨房の方へと戻っていく。
今時の娘にしては薄いナチュラルメイクの女性だった。背丈は少し低いが、キリッとした中性的な美人さんだ。
どこかで見たことあるような……と、思い返して、私がハマっているソシャゲの美少年キャラが期間限定イベントで女装していた時の立ち絵だと思い出す。
(あ、そうだ、ガチャ回さなきゃ)
近くの別の店員を呼び、ハイボールを追加注文してからスマホでソシャゲを起動させる。
5000円程の課金で虹色の確定演出が出たことに満足していると、隣の席に誰かが座る気配がした。
おひとり様用のカウンター席なので、別にそこに座られることに違和感は無かったが、何となく視線を向けると先ほどの店員が私服に着替えて座っていた。
「おねーさん。一人で飲んでるんですか?」
「……え、あ、うん」
歳上なのにあたふたしてしまう自分の人見知り加減にほとほと嫌気が差しながらも、なんとかそう返すと、彼女は満足そうに笑みを浮かべる。
「平田さん、ビールお願い出来ますか?」
それから、バイト仲間らしき女性にビールを注文すると当たり前のようにこちらを向いた。
「ね、おねーさん、一緒に飲んでもいいですか?」
随分と人懐こい子なんだな、と思う。
どこか見覚えのあるふにゃりとしたやわっこい笑みに、大抵の人は警戒心を緩めて絆されてしまうだろう。
絆されてしまう、と認識しながらも、それを許容させてしまうほどの愛嬌を持っている。
私は僅かに頷くと、彼女は嬉しそうに平田さんとやらが運んできたビールジョッキを掲げた。
「じゃ、乾杯しましょ、乾杯!」
「え、あ、うん……」
乾杯の勢いのままハイボールを喉に流し込む。
何故私は知らない女性と杯を交わしていているのだろう、という疑問も勢いに飲まれて、そのまま流れ去っていく。
(……まぁ、楽しければ何だっていいか)
現実の男性は結局ホストクラブ以降も免疫の無いままだったが、幸い、同性相手ならそこまで緊張はしない性格だ。
友人は多い方では無いけれど、オタク趣味のおかげか、それなりに同じ趣味の友人と出会う機会は多かったし、SNSで出会ってからのオフ会よりは何故か気楽だ。
「おねーさん、名前は?」
「駒井。駒井志乃っていうの。貴女は?」
「え?私?あ、えーっと」
向こうから名前を聞いてきたくせに、何故か少し間が開いた彼女は、少しだけ俯いて、呟くように名乗る。
秘密事をそっと打ち明けるように、子供が、おねしょしてしまったことを母親に報告するように。
「白咲未来……っていいます」
「へぇ、『みく』ちゃんね……。可愛い名前ね」
しろさきみく、か。
どんな漢字なのかは分からないけど、なんか覚えやすい名前だ。
駒井志乃、なんて名前よりは発音しやすいし、頭に残りやすい。
何より私が入れ込んでいたホスト、城ヶ崎未来になんとなく名前が似ている気がした。
改めて見ると、性別は違えど、顔立ちも何処となく似ている気がする。
(……なんて、折に触れて思い出すなんで、相当好みの顔だったんだなぁ……)
自重するように少し笑うと、白咲未来と名乗った彼女も何故か釣られて笑みを浮かべた。
「志乃さんはここら辺に?」
「まぁ、そんなところ。ここら辺家賃安いし、少し不便だけど勤め先なら、一回の乗り継ぎで済むしね」
「へぇ、そうなんですね」
「えーと、白咲さんは学生さん?」
「未来、でいいですよ。年下なんで呼び捨てで。私ももう、志乃さんなんて呼んじゃってますし」
「じゃあ、未来——……は、ここら辺に?近くに大学なんてないから結構不便でしょ」
「あはは。そこら辺は志乃さんと同じですよ。家賃が安いからです。風呂無しトイレ共同で二万円の格安物件に住んでます。なかなか東京で見つけるの苦労したんですよ」
と、何故か自慢げに語る彼女。
どうやら相当の苦学生のようだ。だというのにあっけらかんと明るく話すのは、彼女の根っからの性格が強く出ているのだろう。
「で、ここでバイトしてるんだ。大変だねぇ」
「いやいや、大学に行ってるのは私の我儘なんで、別に」
いやはや何とも立派な子だ。
私が学生の時なんか、親の仕送りがあったし、バイト代の殆どは趣味に消えていた。
それと対比すると、学生の鑑と言えよう。
(なんか、若い子と話すと……。なんていうか、元気が貰えるなぁ)
フレッシュさというか、若々しさというか。
そういうのに当てられて、私の日頃の悩みなんてものは、やる気と根性さえあれば何とでもなるような気がしてくる。
とはいっても、二十歳は超えているはずなので、私との差は七歳も変わらないはずだけど。
(やっぱ社会人と学生ってだけで、だいぶ変わっちゃうんだな)
私は、彼女の歳の頃はどう考えていたっけ。
一生、趣味に人生を捧げようなんて、思っていたような気がする。
(けど、歳をとるということは、何かが変わっていくということで)
昔程、オタク趣味に熱を上げなくなったし。とは言っても、誰か男の人と付き合うとか結婚っていうのは、想像がつかない。
(これが年齢イコール彼氏いない歴の人間の末路ってやつかな)
もう少し、普通の人と同じような人生経験を積んでおくべきだった。
後悔しても仕方が無いので、後悔を消すようにどんどんと飲むペースを上げていく。
「けっこー飲みますね、志乃さん」
未来の明るさというか人懐こさも手伝って、アルコールの痺れが私を饒舌にさせていき、大胆にさせていく。
色々なことを話していたと思う。
覚えていることは少ないが、思い出せるのは私の話に未来が笑って、彼女の話に私が笑っていたことだ。
こんなに楽しく呑んだのはいつ以来だろうか。
今となっては、会社の人と飲んでは仕事の話、友人と飲んでは結婚や将来の話で、心の底から笑って飲むことなんて無かったかも知れない。
心地良い酔いが、頭を支配する。
たまたま居酒屋で一緒に飲んだ他人とのコミュニケーションを楽しめたかどうか、その判断は後に置いておくとして。
今はこの場に、身を任せよう。
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