第2話 白咲未来のなんてことない物語

 突然だけど。

 私はスニーカーの靴紐を結ぶのが苦手だ。

 紐穴に通して結ぶ途中の何処かで左右のバランスが崩れ、結び終える頃には酷く不釣り合いな結目が出来上がってしまう。

 ——私にとって、人生とはそんなものか、と思っていた。

 一方が長ければ、もう一方は短くなる。

 生まれ落ちた私が持ち合わせていた長所の分だけ、短所が決まる。

 自慢じゃないけど、私は顔が良い。昔から化粧せずとも美人だとか可愛いだとかよく言われたものだ。男子から告白された回数だって、数え切れない。中性的な顔立ちなので、短髪に切りそろえていた時は、女子からも告白されたことがあったり。

 だけどこれは持って生まれた物で、それが突出すればする程、その分だけ欠点が浮き彫りになっていく。

 私の場合は、両親がどうしようもない人間のクズだということだ。

 父親は私が幼い頃に詐欺が何かで捕まり、もう刑期は終えている筈なのだろうけど姿を消したままだ。

 母親は、私が大学に上がる直前に借金を残して蒸発した。

 大学だけは何としても卒業したかったので、奨学金を貰い、何とか通い続けることは出来た。

 借金の方はというと——。


 ◇


 ビジネス街の少し外れ、キャバクラやスナックが多く立ち並ぶ飲み屋街にそのホストクラブはあった。

 キャバクラでもガールズバーでも良かったのだけど、少し化粧を整えて服装を男性物にすれば中性的な私の顔だとホストの方がより儲かるらしい。

 ホスト店のオーナーが太鼓判を押したのだから、私は素直に女性としての何かを売るよりもホストで同性を騙す方が安心できるという理由も後押しして、性別を隠して働き始めた。

 白咲未来しろさきみくという本名をもじって、源氏名を城ヶ崎未来にして、私は毎夜女の子を相手に稼がせてもらうことにしたのだ。

 働き始めて一ヶ月が経った頃だろうか。

 少し年上の女性の席についた。

 初めはオドオドしていて、どこか可愛げのある印象だった。

 さっぱりとした短い髪型をしていて、仕事帰りなのかパンツスーツ姿だ。

 控えめなピアスをつけていて、小さな腕時計をしている姿は、大人の女性という感じだった。

 それでも慣れない場のせいか、緊張と萎縮の入り混じった怯えたような表情が可愛くて、つい調子に乗ってしまった。

 連れの女性が言うには、彼女は昔から美少年が好きらしく、そのせいで三次元の男との付き合いが全くないそうだ。

 その言葉をヒントに私の数少ない知識を総動員して、彼女の心をくすぐるようなキャラクターで接してしまった。

 どうやら、そんな私の演技が彼女にとってはドストライクだったようだ。

 それから毎晩のように一人で来店しては、私を指名してくれた。

 その頃からだろうか。

 私はホストに向いていないらしい、と悟ってしまった。彼女に大金を払わせてしまっていること、そして騙してしまっていること。

 親密になっていくにつれ、そのことに耐えられなくなってしまった。

 母の残した借金も十分に返済出来る程度には稼がせてもらったので、私はそれを理由にホストを辞めた。

 あとは細々とバイトでもしながら、慎ましく大学生活を送ろう——なんて、思っていた。


 だけど、それはただの言い訳だと。

 気づいていた。


 ◇


 最早ホストをしていた頃が懐かしい。

 あれから、半年が過ぎた。

 懐かしい、と振り返っても。思い出されるのは、やはりあの常連のお姉さん——志乃さんのことばかりで、他のことはもうほとんど記憶になかった。

 年末の風は、私の本音の上に被せていたベールを一枚ずつ脱がしていく。

 いや、分かっていたさ。

 そうとも、とうの昔に、私には分かっていた。


 私を理想の美少年だと、そう騙されていたあのお姉さんに。

 どこか甘えたくなるような笑みと、あの爽やかなこざっぱりとした性格の彼女に。


「なーんで、あんな場所で出会った人が、初恋の人になっちゃうかなぁ……」


 人生はスニーカーの紐のような物だ。

 どんなに上手く結ぼうとしたって、完成した頃にはひどく不恰好なものになっている。

 厄介なのは。

 どこかで間違ってしまっても、結び終えるまで、間違ってしまったことに気づかないことなのだ。


 これはそんな私の、なんてことない、物語。

 

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