第3話 百万の救済と千の犠牲
「俺の任務は異世界を構成する『
張り詰めた空気の中、滔々と言葉を紡ぐ。
恐らく、この場で伝え切れる事は少ないだろうが、可能な限り、丁寧に話を汲んでいくつもりである。
「この世界には無数の異世界が存在している。歴史をかけ違えただけの平行世界から、物理法則や理すら異なる別世界まで。」
所謂、
この宇宙とは異なる宇宙が複数存在しているという考え方のことであり、良くフィクションなどでも用いられる設定のことである。
「『世界核』はそれらの心臓部であり、動力源のことだ。」
とはいえ、この単語も、考え方もアリシアには馴染みの無いものであるのは半年間の経験により、理解していた。
「・・・・・あの宝石のような物の事ね。」
なので、様々な否定や反論を予期したが、アリシアは目元をぴくりと動かしただけで深く追求せず、話を流した。恐らく、異なる世界に来た違和感を本能的なところで理解しての事だろう。
「そうだ。あれを回収することが、異世界を渡り歩く『探索者』の役目の一つだった。」
「なんでそんな事を?そんな大切なものを奪われたら、大変な事になるって分かっていたはずよ。」
非難めいた問い掛けが鋭い刃となって、胸に突き刺さる。
憎悪に身を焦がそうとも、その英明さまでは失っていないらしい。自分の世界が滅んだ理由をなんとなく感じ取っているようだった。
「新しい女神を作り出すため。」
何の躊躇いもなくきっぱりと答える。
これが大義名分になりうるのだと心の何処かで考えていたのだ。
「もう気づいていると思うが、『
「女神?」
「全ての異世界が始まる前の原初の力を操る存在だ。その力は強大無比であり、百万の世界を救うことが出来ると言われている。」
そう告げると、アリシアは頭上に疑問符を浮かべた。
「まるで、世界が滅ぶみたいな言い回しね。」
「その認識で正しい。女神の加護を授かっていない世界は遅かれ早かれ、いずれ滅ぶ。」
アリシアは目を見開き、驚きを露わにする。
言ってみたはいいものの、心の底から信じていたわけではなかったらしい。
だが、それは紛れもない事実であった。
「全ての世界は大まかに二つに分けられる。神の加護が与えられた安定した世界か。加護が与えられず、再生と消滅を繰り返す不安定な世界か。」
組んでいた腕を解き、両手を広げる。
そして、その手のひらに『魔力』で構成された光球を浮かべる。
右が赤、左は青。
「前者の世界は決して滅びることもなく、永遠の繁栄が約束された世界。対して、後者は有限の世界。世界そのものにさえ寿命があり、百年周期で外部からエネルギーを供給しなければ、不安定な世界を維持できず、『世界核』を奪われたとき同様、滅んでしまう。」
青い光球に魔力を送らずにいると、徐々に点滅し始め、やがて空気に溶けいるように消滅する。視覚的でわかりやすい演出だ。
その証拠にアリシアは眉間に嫌悪感を露わにし、悪趣味だと表情で訴えている。
「どうしてそんな不完全な世界を女神は作ったのよ?」
呻るような低い声だった。
その不信感満載な疑問はかつてアキラも抱いた類の物であり、返答には事欠かさなかいものである。
「女神というのは、あくまで呼称だ。何か宗教的な存在を指すものじゃない。天地開闢ぐらい容易に出来るだろうが、大体の宇宙は無から偶発的に生まれ、それが徐々に一つの形になっていったものだ。女神が作った訳じゃない。」
言ってしまえば、加護のない世界こそが普通の世界なのだ。
だからこそ、全てのものに終わりがある。
「そして、世界の寿命を少しでも先延ばしにする為にも、必要になるのが──」
「『
呆然自失とした呟きに、アキラは無言で頷いた。
新しい神の台頭を望んでいなくても、自身の世界を存続させたいと願うのであれば、いずれにしても他の世界を犠牲にすることは避けられない。
デスゲームなど生温い、剥き出しの生存競争に加護のない世界は晒されているのである。
何故、アキラ達が、女神の誕生を切望しているのか、最早、語るまでもないだろう。
握りつぶすようにして光球を消し去り、腕を組み直す。
「ただ、幸いにして女神は作り出せる。女神に相応しい器が、二つの女神の魂と千の『
「その為に千を超える世界を犠牲にする気?」
信じられないものを見るような眼をするアリシア。
アキラは少し押し黙った後、平坦な声で反論した。
「代わりに百万の世界を救うことが出来る。」
「
返す言葉もなかった。
理想の為の犠牲を唱えるのであれば、誰よりもその本人が犠牲を払わなければならない。それをやらずして発せられる言葉は軽い。
全てアリシアの言う通りである。
「……」
しかし、アリシアはそれ以上の追及を避けた。
薄い唇を噛み締め、何かを耐えるように苦々しく表情を歪めている。心なしか瞳の奥に宿る憎悪の炎も勢いを失っているように見えた。
その理由はすぐに察せられた。
例え、こちらの理想を欺瞞であると否定しようとも、自分の世界を守りたいという思いを糾弾することは出来ない。
きっと自分が同じ立場であるのならば、同じ選択をしただろうから。
それ故の葛藤。想像力とは時として人を縛る鎖になりうる。
暫しの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「……一つ聞きたいことが有るわ。私はどうして死ななかったの?本当なら消える筈だったんでしょ?」
「それは──」
「──私が貴方に情を抱いてしまったからです。」
答えたのはアキラではない。
開きっぱなしになっているドアの前に立つ新たな人影、シエル・ノウスエラだった。
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